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「えぇ? 二人同時に体を壊すなんて、そんなことある? あれ、不幸の手紙とかじゃないよね?」


 例によって昼過ぎに起きてきた私は、布団でうつぶせになる母の腰に湿布を貼る。


「ひっ、冷たっ……本当にね。なんだか気味が悪い」


「……じゃぁ、私が行ってこようか?」


「はぁ? 行くって、どこに?」


「どこにって、決まってるでしょ? 希迫醫院だよ。子沢修睦さんを探しに」


 言いながら、私は母の腰に貼った湿布でペチペチと軽くリズムを刻んだ。


「何を言ってんの!? やめなさいよ! 一人で行くなんて、危ない、変な人かもしれないし! あんたも自分で罠だとか言ってたじゃないの!」


 うっかり上半身を反らしひねってしまった母は、うっと声を上げる。


「大丈夫だって。病院なんて人の目もあるし、むこうだって変なことは出来ないでしょ? 母さんを一人残すのはちょっと心配だけど、明日は父さんも早く帰ってくる日だから、それも大丈夫だね」


「そりゃあ、私は大丈夫だけど……明日は天気も悪そうだし、あんた、最近はろくに外出してないじゃない? 急に遠出なんて、心配にもなるよ」


 母はまっすぐに私の瞳を見つめた。


「そんなに心配しないでよ。電話するからさ」


「……まぁ、せっかくだし、観光もしてきたらいいんじゃない」


 ため息をつくと、母は枕に顔を沈めた。




 そうして、私は希迫醫院を目指している。新幹線から電車を乗り継いで、私の他に一人降りただけの、小さな無人駅に着いた。


 改札は一つしかない。前を歩く中年女性をまねて、そこに設置された小さな郵便受けのような箱に切符を入れた。カコッと底にあたる音がして、箱の中はほとんど空だろうと察しが付く。


 外に出て見ればどんよりと曇っていた。ねっとりとした熱風が吹いてきて、今にもスコールのような雨が降ってきそう。


 ここからは路線バスに乗るつもりでいたが、こうも人がいないのなら、バスも本数は期待できそうにない。キョロキョロしていると、バス停は見つかった。


 それは間違いなく希迫醫院方面行きのバス停であるが、あと一時間半は待たなければならないようだ。


「はぁ……どうしようかなぁ……」


 小さく呟きながら、腕時計と決して変わることのない時刻表に、交互に目をやる。すると、どこからか誰かにじっと見られているような感覚を覚えた。


 ふり返り、視線の先を探す。ちょっと離れた所に一台のタクシーがとまっていて、運転席に座る、いかにもベテランそうな中年男性の運転手と目は合ってしまった。


 運転手は何も動じることなく目を合わせたまま、無表情でこちらに手招きしてくるので、不意に呼ばれてしまった私は、ふらふらとそちらへ歩いていく。


 運転席の窓がウィーンとなって、開けられた。

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