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「どうやって情報を盗むにしても、おじいちゃんの書類に名前が載ったところで、いいことはないよ。資産だってないし。ねぇ、どう思う? 病院へ行ってみた方がいいかな?」


 ぱさっとテーブルに着地した便箋を母は見つめている。


「うーん、おじいちゃんの様子も気になるし、行けるなら行った方がいいのかもしれないけど。うちの住所と母さんの今の名字まで知っているっていうのは……


 もしかしたら、病院に行くっていうのは、みすみす罠にかかるようなものだったりして! 母さん、危ないんじゃない? あっ、おばちゃんの所には手紙、届いてないのかな?」


 勝手に大きく妄想を膨らませ、私の鼻息は荒い。


「あぁ、そうだね。おばちゃんの所にも手紙がいってるかも。やっぱりもう一回、電話してみようか。おばちゃんと相談した方がいいね」


 母は再び固定電話の前に行くと、受話器を持つ。だが、一言も発することなく、すぐに戻ってきた。


「はぁ、留守電になっちゃう」


 椅子に座りため息をついて、母は流れるテレビCMをちらっと見た。


「忙しいのかもね。きっとまた夜に、かけてくれるよ」


 どうすることもできない私も、テレビ画面を見つめる。


 ワイドショーはいつの間にか終わりドラマの再放送が流れ、そして、夕方の地方特有の情報番組は始まった。どうやらデパートのスイーツ特集らしい。テラテラと照明をあびる溶けかけのフルーツパフェが、大げさに称賛されているのだった。




 翌々日の早朝、私は家を出た。電車と新幹線を乗り継ぎ、希迫醫院を目指している。




 謎の速達が届いたその晩、伯母である君子から折り返しの電話があった。やはり、伯母の元にも手紙は届いたそうだ。


 母の静江に届いたものと同じように、伯母の今現在住んでいる家の住所に送られ、そして旧姓の子沢ではなく結婚後の名字、田野君子様と記されていた。


 ただ、中の便箋に書かれた文言は、母のものと全く異なるらしい。それでもやっぱり意味不明だった。


 伯母はあの、後期高齢者の書類で子沢修睦の名前があった件について、母と電話をした後すぐに、祖父母の住んでいるところの市役所へ電話をかけ、問い合わせてくれていた。


 ところが、それについてはすぐにはわかりかねますので調べます、と言われ、それきりになってしまったそうだ。


 母と伯母は相談の末、翌日に、二人で待ち合わせをして一緒に病院へ行こうということになった。祖父を見舞いがてら、おそらく入院している子沢修睦を訪ねてみようと。


 そうして、封筒の届いた翌日の朝である。母と伯母が約束した日の朝、二人の身に異変は起きた。


 布団から起き上がろうとした母は、ひどいぎっくり腰をやってしまった。しばらく動けずに布団の上で固まっていたが、ずっと動かないのもつらい。


 それに、隣で寝ている父を起こし、会社へ送り出さなければならない。そんな強い一心でゆっくり立ち上がった。けれど、こんな状態ではとても希迫醫院まで行けそうにない。




 ターラーラーラー……チャラチャララーラー……!!




 軽快に固定電話は鳴り響き、苦しむ母を呼びつけた。その痛みのために半ば無心になって、受話器を取る。相手は伯母の君子だった。


“しーちゃん? ごめんね、私……ゴホッ、ゴホッ……ヴォゥエッ!!”


 電話の向こうで、君子は吐いているようだ。


「ど、どうしたの!? どうしたの!!」


“はぁ、はぁあ……あの、何か……昨日、悪い物を食べちゃったみたいで……今日、ごめんね、行けそうになくて……”


「大丈夫なの!? 全然、そんなの気にしなくていいから! あっ、お義兄にいさんは? 無事なの? 病院に行った方が……」


“そうね……私だけなの、なんだかわからないけど……うん、病院へ連れてってもらうから。それじゃ……”


 静かに切って、電話は終わった。痛む腰をさすりながら、母はテレビを見ることにした。

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