頭の中
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頭の目覚まし時計を見れば、もうとっくに昼をまわっていた。それでも部屋はどんより暗い。今日もひどく曇っているのだとすぐにわかる。
「はぁあ……あぁっ!」
低く、年寄りくさい声で伸びをする。そして、自分が本当に嫌になる。嫌になって、最後にはぁとついた大きな溜め息で、自らにとどめを刺してしまった。
両手で顔を覆い、再びふて寝したくなる衝動を無理やり殺す。でないと、これは永久に繰り返し続いてしまうだろう。
しばらく動けずじっとした後、子供の頃から見慣れたうす汚れ、すっかり日に焼けてしまった黄色のカーテンを開ける。シャッと短く音を立て、これまたすっかり目に焼き付いてしまった景色は飛び込んできた。
少々小高い所に建つマンションの八階からは遠くに駅と、その周辺の街を眼下に望むことができるが、平日の昼にその街の一部にいないこと、参加できていないことに無性に胸は詰まったようになる。
少し窓を開けてみた。空は、私の心中を見事に反映しているようで、雨もしとしと降りだす。私が外を覗き見ているのを察したように、雨足は激しくなったので、慌ててドンと強く閉めた。
いい年をして、今日も何をしているのか。いや、何もしていない。だから私はダメなんだ……お決まりの思考というよりは雑念のようなものが、毎日のタイミングでやってくる。まるで待ち構えているように。
部屋にとどまる湿ったぬるい空気を鼻から吸って、ふーんと吐いた。仕方がないのでトイレを済ませ、顔を洗う。
「あぁ、実理。起きたの? 今日も雨だよ。もう七月の半ばをとっくに過ぎたのに、気温も上がらないし、トンボが群れで飛んでるよ。びっくりだねぇ。何か食べる?」
洗面所の前を通りかかった専業主婦である母、静江は私に声をかけた。
「うん、なんか食べようかな。そういえば、今年はセミが鳴いているのをまだ聴いていないような気がするけど」
「朝方はちょっと鳴いてるんだよ。素麺、茹でようか?」
「うん。じゃぁ、お願いしようかな……」
いい年をして、私はいまだに素麺を母に茹でてもらうのか。そうやって、また必要以上に落ち込んでしまう。だったら自分で茹でればいいだけのことなのだろうけど……
「ふーん……今年は日照時間がすごく短いから、野菜が育たなくて値段も高いし、プールには人が全然、集まらないんだって」
老眼鏡をかけた母は眺めるようにして、新聞との距離をはかっている。
「全く夏って感じじゃないもんね。今年は夏がこなかったりして」
新聞を眺める母の向かいで、私はテレビをチラ見しながら、茹でてもらった素麺をザルからお椀にごっそり入れた。箸でぐるぐるにかき回し、ズルズルすする。
ターラーラーラー……チャラチャララーラー……!!
「あっ、電話だよ!!」
妙に軽快ないつもの謎の音楽で、固定電話は部屋中に鳴り響き、着信を知らしめた。
電話が鳴ると、自分の用でもないのに毎度胸がざわざわする。もちろんだが、私は電話だよと叫ぶだけで、決して出ることはない。
母は電話の元へ急ぐと受話器を取った。
「あぁ、もしもし? どうしたの?」
対応する母の声は明らかに機嫌が悪い。
相手は誰だかすぐにわかる。母の姉、君子だ。私の伯母である。
「えー、何それ? 気持ち悪いね。うん、うん、そうして……じゃあね」
二人の電話はいつも短い。
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