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「ユリちゃん? ユリちゃんって、今のニュースで殺されたって人のこと? あんた、知り合いなの?」
「うん、母さんも覚えてるでしょ? 私が小学校のときに仲のよかったユリちゃん……ユリちゃんが、そのユリちゃんなの、さっきの……」
「えっ!? あのユリちゃんが!? でも、名字が違うじゃない? それにあの子は確か、もっとあっちの方のマンションに住んでいたんじゃなかった?」
向かいに座る母は目をまん丸くしている。
「……そう。そうなんだけど、同級生の石田宏樹君って人と七年前に結婚して、さっき映っていたあの家に住んでたらしくて……私も昨日というか、今日の夜中二時頃に初めて知ったんだよね。実は夜中に、自販機へジュースを買いに行ったの。今まで行ったことなかったのに、本当にたまたま昨日……」
「そうなの!? まったく気が付かなかったけど、それで? 何、あんた、そのユリちゃんと会ったの? 何か知ってるの、さっきの事件のこと……」
母は先を聞くのが怖いのか、ツバを飲むと大きなゲップをした。
そんな母を見た私も心苦しく、胃から熱いものがこみあげてくる。それを必死に飲み込んだ。
「事件というか、何が起こったのか、私にも理解できなくて。本当に変な話だから……ちゃんと説明できないかもしれないけど、聞いてくれる?」
「も、もちろん。聞くよ。だから、話して。ゆっくりね……」
「うん。あの、夜中にね、コーラを買いに行こうと思って、二時前くらいにね。それで、あそこの坂の下の自販機まで行ったら、石田君に会ってね、それで……」
私はあったことを、自分の覚えている限り全てを母に話した。
自販機前で石田君にポケットティッシュをもらったこと、そのあと忌中の提灯を見てユリちゃんの家へ上がったこと、そこに石田君の遺体があって数珠回しをしたこと、ユリちゃんと知らない女がもめていたこと、帰りに再び石田君に会ったこと。それと、石田君の内臓と血液や眼球が壺の中に入っているらしいことや、壺中の天についても説明した。
「そんな不思議なことが? 数珠回しってこの辺じゃ、やらないでしょう?」
ふぅと一息ついて母は立ち上がると、冷蔵庫からお茶を出し、自らの湯飲みへ入れて一気に飲み干す。
「私だって信じられないよ。父さんが昔、ひぃばあちゃんの葬式で数珠回しをやったことがあるって言ってたのを聞いてたから、それかなって思ったけど。それに、入ってきた白装束のおばさんがね、おばんでがんすって言ってたから。それで確信したんだけど。あれ、おばあちゃんちの方の言葉だよね? なんでこんな中部の地域で……私、やっぱり警察に行かないといけないのかな? 一応、ユリちゃんとケンカしてる女も見てるし……」
どうすればいいのだろう。両方のこめかみがドクドク痛むのを、私は全部の指先で押さえる。
「警察に話すっていっても……そんな話したって、なかなか信じてもらえないだろうし、実理の頭が大丈夫かって、病院に連れていかれちゃうかもしれないよ? 知らない女ともめていたっていうのは重要な情報かもしれないけどさ。母さんは、実理が夢を見ていたんじゃないかと思う。
家の中にいる時間も長いしさ、ちょっと妄想と夢が混ざって、そういうものを頭の中で見たんじゃない? 実理だって、本当はそう思ってるんでしょ? 夜中にこの辺で数珠回しとか、死んだ人に何度も会うとか、ありえないって」
背後に回ってきた母は、私の両肩に手を置いてパンパンと軽くたたいた。
「そう、だよね……うん、私もありえないとは、ちゃんと思ってるけど……」
「そうでしょう? 実は、実理が忘れていただけで、ユリちゃんが石田君と結婚していたのは、昔に知っていたんじゃない? それで夢を見て、たまたまこのタイミングでユリちゃんが亡くなってしまったんじゃないの? 虫の知らせみたいな、勘が働いたとかさ。
まぁ、どっちにしてもよ。今は混乱してるから、とりあえず休んだ方がいい。何日かして落ちついて、それでも警察に言いに行くことがあれば、一緒に考えて行こう。もし警察が尋ねてくることがあったら、実理が知っていることを話せばいいだけだし。ね、そうしよう?」
母は私の肩を前後にゆする。
「うん、そうだね……うん、数日はみた方がいいよね」
言いながら、私は嗚咽をもらし泣きだす。安心はない。ただ変に、漠然と大きな不安だけがある。
私を抱きしめると、同じように母も一緒に泣く。
ついに私の頭がおかしくなってしまったか、それとも人を殺しでもしたか。
きっと私よりも母の方がつらいだろう。
その日はドラッグストアであらかじめ買ってあった鎮静剤を呑み、早く布団へ入った。泣きはらしたおかげもあって十二時間以上眠り、翌日は午前中に起きることができた。母に話したことと深い睡眠をとれたことで、私の気分はいくらか晴れたようだった。
それから三日間、私は家で静かに過ごした。テレビを見たり本を読んだり、久々に風呂に湯を張ってみたりした。それ以外はだいたい寝っ転がったりして、そんな風に心を乱さないようにして過ごしていた。
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