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なーんまーいだー……なーんまーいだー……一体何なの、これは。何をしているんだろ、私は。でも、なんか久々に人の中に入ってこういうのも、ちょっといいかも。
すごい一体感、みんな仲間みたい。こんな謎の狂気じみた一体感は……中学三年の体育祭以来だな。あれは強迫に近い。なんであんなことに一生懸命参加したのか。あんなに頑張らなくてもよかったのに。体育すっごい苦手だし、憂鬱だったんだから嘘のひとつでもついて休めばよかったのに。そういえば、クラスごとにグラウンドに入場するときの、行進の美しさで順位が付けられるやつって、あれは本当になんだったんだ? うまくやらなきゃと緊張しすぎて手と足が一緒になっちゃって、挙句元に戻せなくなって立山さん、手逆だよ! とか仕切ってる女子に怒られたりして、地獄だったな。なんじゃ、ありゃ。今の時世にはないよね、絶対。はぁ……クソ真面目で気が小さいにも程がある。もっとこう、柔らかく、柔軟に軽やかに物事を見て適当にあしらうように応じられれば、私の人生は少なくとも三倍以上には華やかなものになっていたんじゃなかろうか。今だってそう。こんなの参加しなくてもいいやつじゃない? それこそ適当に帰ってしまえばいいものを……あぁ! 出来ない!! ここで立ち上がって、帰ります、なんて出来ないよ!! 私って中三のときから何も変わってないんじゃない? きっと後になって、さっさと帰ればよかったのにって、四十になっても五十、六十になってもなにかの拍子に思い出すやつだ。
あぁ、やだ! ダメ! ダメ、考えちゃダメなやつだ。また頭が痛くなるやつ。
いっそのこと集中だ、集中しよう……なーんまーいだー、なーんまーいだー……
なーんまーいだー……チーン、ポクポクポクポク……なーんまーいだー……なーんまーいだー……なーんまーいだー……なーんまーいだー……なーんまーいだー……
チーンチーン、チンチンチンチン!! ポクポクポッ!!!
「なんまいだっ!!! なむあみだぶつ」
転調したかと思ったら、白装束のリーダーがいい具合にしめた。
これが俗にいうトランス状態というものだろうか。呆然としていたらいつの間にか、私の手元から数珠の木の玉は無くなっている。誰かがうまいこと回収したようだった。
最後に、白装束のリーダーから合掌と一言あって、皆目を閉じ手を合わせる。それが済んだら、誰からともなく、もと来た障子から一人、また一人と出て行った。
変に高揚し疲れ切り、足のすっかり痺れてしまった私はすぐに動くことはできず、取り残されてしまった。
広い和室は再び静かで、寂しい空間になる。
「実理ちゃん」
足を崩して畳の一点を見つめる私の頭上から、ユリちゃんは声をかけた。
「ユ、ユリちゃん……」
「疲れたでしょう? でも、今日はこれで終わりだから」
「そ、そう! よかった。じゃ、私はこれで……」
帰れる、私はやっと帰れるんだ。
痺れすぎたふくらはぎをさするが、私はまだ立ち上がれない。このまま動けば、つってしまいそう。
うっ、うう! 宏樹……ひろきぃいー!!!
がらんとした室内に、ユリちゃんではない女性の、悲痛な叫び声が響き渡った。
皆出て行ったはずのこの和室に、まだ誰か残っていたのか。
私は足をさすりながら、顔だけ上げると声の主を探す。
石田君の布団にすがるように泣き崩れる、喪服を着た女性がいた。こちらに背を向けているが、たぶん私たちと同じくらいの年頃だろう。
私を見下ろすように立っていたユリちゃんは彼女の方へ歩み寄っていき、今度は彼女を見下ろすと、口を開く。
「あなたねぇ! どういうつもりよ! 返しなさいよ、宏樹の中身を! 眼球と内臓! 早く! 早く返しなさいよ!!」
「あなたの方こそ! 宏樹を返しなさい! あんたが壺を持ってんでしょ!!」
座り込んでいた女性も負けじと叫び返し立ち上がると、二人は取っ組み合いのケンカになった。まさに相手の胸ぐらをつかんだユリちゃんはツバを飛ばす。
「何言ってんのよ! そもそもあんたが宏樹の内臓を盗んで壺なんかに入れるから、宏樹は死んじゃったんじゃない! 最後に眼球まで取って、そのせいでしょ! そんなことしなければ、もっと長く生きていられたでしょ、こっちで!!」
「何よ! 宏樹が望んだことよ! 七年で限界じゃないの、だいたいあんた、何年宏樹に無理をさせる気だったの!? 宏樹は限界だった! あんたから離れたくて、最後にとどめを刺してくれって……宏樹は私を愛してたのよ! あんたなんかじゃない! 私を愛してたの!!!」
女性はユリちゃんの顔をすれすれでがっつり睨みつけ、そして、ユリちゃんの足を思い切り踏んずける。
「痛っ!!! 嘘つくんじゃない! 宏樹は私を愛してたの! あんたが勝手に宏樹のことを好きだっただけでしょ!? あんたが七年前に内臓を抜きさえしなければ、宏樹は今だって元気に生きてたでしょ!?」
「はぁあ!? よく言うよ! あんたねぇ、宏樹が壺に入らなかったら、今の生活できてないでしょうよ!? むしろ、私のおかげであんたは暮らせてたんだから、感謝しなさいよ!」
「なっ……!! なにを!!!」
バチンとユリちゃんは相手の頬を強く平手打ちした。
「なによ! 言い返せないくせに!! 本当のことじゃない!!!」
女性もユリちゃんの頭を重くゴンと殴る。
なによ、なによと畳の上を転がりながら、殴り合いが始まった。
あまりの出来事に、私は足をさすっていた体勢のまま固まり、ただただ二人の様子を眺めた。
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