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私から視線を外し、少々ためらうようにして、ユリちゃんは口を開いた。
「あのね、実理ちゃん……実は私、結婚してね。七年くらい前に」
急な告白に私の胸はざわめく。
いったい何の、どういった意味でのざわざわなのかはっきりしないが、変な動悸が全身に響きわたる。
たぶん恥ずかしくなったのだ、自分が。いまだに子供部屋の住人で、社会貢献どころか親にさえ何一つ孝行できず、自立できていない自分が、ひたすらに恥ずかしいのだ。
容姿と内面だけですでに、ひたすらに恥ずかしいの二乗である。
そして、そんな私の状況を見透かしているから、私に対して遠慮しているから、ユリちゃんの口は重いのだろう……もう、さっさと立ち去りたいのに、去りぎわの気のきいたセリフ一つさえ思いつかない。無言で走り去っていくのも、かなりみじめだろうし。
「へっ、へぇ……あぁ、そうだったんだ、ごめんね。全然、知らなくて」
うわずった自らの声にさらに悲しくなる。
「うっ、うううん……いや、実理ちゃんに連絡しなかった私が悪いの、ごめんね。それで、私が結婚した相手なんだけど、石田君って覚えてる?」
はっ、なるほど……ここは、さっき自販機で会った石田君の家なのか。そして、ユリちゃんと石田君は結婚して夫婦になったのか。
石田君の実家がどこなのかは全く知らなかったが、そういえば小学校時代のユリちゃんの家は、もっと向こうのマンションだったはず。きっとこの立派なお屋敷は石田君の実家で、二人で受け継ぐということなのだろう。
「石田君って、石田宏樹君だよね? さっき、あそこの……」
「そう。宏樹、死んじゃったんだ。うぅ……」
私の言葉を遮るように言ったユリちゃんは、嗚咽をもらし口元に手をやった。
はっ? ついさっき、そこの自販機でティッシュをもらったばかりなのに……どういうこと?
人違いのはずはない。だって、彼は自ら石田宏樹と名乗っていたのだから、間違いない。
「えっ、亡くなったって……? そんな」
「うん……そうなんだけど……あの、実理ちゃん、ここじゃなんだから、ちょっと上がっていって。実理ちゃんは、私と宏樹の共通の友人だし、せっかく来てくれたから……」
なんということだろう。ユリちゃんは確かに、過去に友人だった人であるけれども、石田君とは現在はもちろん、過去においても友人だったことなど一度もない。
それに、せっかく来てくれたというのも、かなり違う。お屋敷の前を通りがかったら、勝手に門が開けられてユリちゃんが出てきてしまっただけのことだ。
きっとユリちゃんは私に気を使っているのだろうが、ただただつらい。
うっかり買ってしまった謎の缶ジュースを持つ手に、さらに力が入る。すっかり水滴でびちゃびちゃになっているが、大量の手汗も混ざっているはずで、ついでに冷たさと緊張も混ざり合い、手の平と指先はジンジンしていた。
「ねっ、上がっていって。顔を見てあげて」
どうしよう。なんと言って断れば……できれば死んだ人の顔なんて見たくはない。ただ、ちょっと興味がないこともない。
自分でも把握しきれない、広大な心のどこかに一片の好奇心があるというのも本当のところだ。亡くなったというのが石田宏樹というのも腑に落ちず、気持ち悪いし。ちゃんと知りたい……ような。
「いや、でも……私、こんな格好だし……実は本当に申し訳ないんだけど、ただジュースを買いに出ただけで、ここが二人のお宅で、その……石田君が亡くなったというのも、全然知らなくて。その、だから……」
「わかってる。わかるけど、お願い。来てほしいの、人数は多い方がいいから。いいの、気にしないで。大丈夫だから。実理ちゃんがいてくれるだけで、ただそれだけで十分。お願い」
低い声で強めに言って、私の缶を持つ方の腕を、ユリちゃんはギュッと両手でつかんだ。
自分でも意外だが、私はそんなに悪い気がしない。
ユリちゃんはちゃんとわかっているのだ。私が通りがかりで、お香典の一つも持っていないことを。こんな格好でそりゃ、そうだけれども。その上で、私に来てほしいと、ただ来ればいいと、私を招いてくれるのだ。
ここ最近で、こんなにも私を必要だと言ってくれる人があっただろうか。それに、いくら昔とはいえ、ユリちゃんは私の友人であって、その人が夫を亡くし悲しんでいる真っ只中なのだ。そんな人の要求を、私などが無下にしていいわけないだろう。
「本当に、行っていいの? ユリちゃんがそう言ってくれるなら……」
「もちろんよ! さぁ、上がって、上がって」
ユリちゃんは私の両肩を抱えるようにして、門の中へと誘う。
肩を抱えられたまま門を通り抜け、いくらか歩くと大きなガラス引き戸の玄関は現れた。
慣れた手つきで、ユリちゃんはカラカラとそれを引く。
「さぁ、入って」
「お、おじゃまします」
もしかして、お通夜なのだろうか。
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