出産祝いをあの人に

阿下潮

 

「水野さんは石黒さんのお祝い、どうする? 出す?」

「あ……、出します。三千円ですよね?」

 石黒の出産祝いを職場の有志が集めている。有志といっても基本的には全員が一律三千円出すことが慣例になっていて、みんな機械的に幹事へお金を持っていくのが通例だ。それなのに私にだけわざわざ聞いてきたのは、私と石黒が不倫の仲だという噂がまことしやかに流れていたからで、その噂は先月まで確かに事実だった。

 子供ができたことを石黒は、私の部屋で服を着たまま私に告げた。服を脱ぐ前で助かったと思った。その日、石黒は服を脱がずに帰っていった。

 その次の日、私たちが仕事の合間にこっそりキスしたり、子供みたいにさわりっこしたりしたロッカー室で、石黒は私に別れを告げた。その時から石黒は、私のことを水野さんと呼んだ。

 デスクの右側二段目の引き出しから財布を取り、しおれた千円札を三枚抜きとる。金だけ回収すると、幹事はそそくさと離れていった。

 ――奥さんとはずっとセックスしてないっていってたのにな。石黒が出ていったあとも私はロッカー室に残って、自分のロッカーを開けたり閉めたりしていた。

 ――別に奥さんとしてようとしてなかろうと、私には全然関係ない話だけどさ、だったらもうちょっと上手にやれってんだよな、いろんな意味で。奥さんで練習するなりしてさあ。……あ、私で練習してたのか、もしかして。道理で、なんだかいろんなこと試そうとしてたもんなぁ、あのやろう……。

 トイレにいって、化粧を直して帰ってきたら、お昼休みになっていた。お弁当は全部ゴミ箱に捨てた。

 その日から石黒とはただの先輩後輩になって、キスのひとつもしなくなった。

 そして今日、課の忘年会に便乗して、石黒に出産祝いが渡されるらしい。私は隅のほうに座ってひたすらカニでも食べていよう。未練よりもカニのほうが美味しい。

 忘年会も終盤、みんな適度に酔っ払って遠慮がなくなった頃、出産祝いが幹事から石黒に渡された。冷やかしと拍手の中で、石黒が挨拶をする。

「皆様から暖かいお祝いをいただきました。本当にありがとうございます」カニよりも真剣な顔をしている。私のことは見ない。「ただ、この場をお借りして、皆様にお伝えしておきたいことがあります」

「なんだぁ、水野との過去の清算かぁ!」うるさい、ハゲ。黙れ。

 石黒は課長のセクハラを軽く無視して、詰まった声のまま続けた。

「ただいま皆様に祝っていただきました、先日産まれた僕の子供は」

 ――もう一回くらいセックスしたかったなぁ。

「僕の子供は」

 ――下手だったけどなぁ。

「僕とは血のつながりのない、他人の子です」

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