6話 異世界(ゲーム内)転生

「……にい……! ……ったら……!」


 無に等しかった意識が、かすかに聞こえる声によってうっすら呼び戻される感覚。


 それはどこか宇宙の始まりにも似ていて、突然起こったビッグバンみたいな感じでもある。


 ……いや、何言ってるんだって思われるかもだが、まさにそんな感覚だったし、何よりも俺は生前案外宇宙についての解説書とか、【ユーツーブ】で解説動画を見るのが好きだったんだ。許して欲しい。


「……にい……! ……なさい……!」


 とにかく、ふわふわした意識の中で、さっきから俺のことを呼ぶ声がしきりにする。


 早くちゃんと覚醒し、応答してやりたい気持ちはやまやまだったが、身体が追い付かない。


 そもそも、今の俺は寝てる状態なのだろうか。


 確か、痴話げんか中のカップルを不覚にも助けてしまって、それで何も感じなくなったところまではギリギリ覚えてるんだが……。


 うん。あれ、もう確実に死んだと思ったんだけどね? 俺、なんで今こうして誰かに起こされそうになってんの? まさか、あんなことがあったのに生きてるのか? どうなってる?


「……もう……! ……なら……しゅだん……」


 訳が分からなくなってるものの、頭の方は疑問のおかげでようやく目覚めだした。もう少しで体も起こせそう……というか、起こせるか? でもなんか、誰かが俺の体の上に乗ってきたのか、重みを感じる。


まあいい。


目だけでも開けて、誰が俺を起こそうとしてるのかだけでも確認――


「……へ……?」


「……あ……」


 目を開けると、そこには可愛い女の子の顔がドドン、と近くにあった。


「え……!? あ、ああぁっ!?」


 俺は言葉になっていない声を出し、即座に這いずって後退する。


 目の前にいたのは、面識のないショートカット美少女。


 だぼだぼのTシャツに身を包み、それがズボン替わりになってるようにして、下半身部分は隠されてる。とんでもなくエッチな恰好だ。こんなの二次元の中でしか見たことがない。


 それに、ここは俺の部屋じゃない。俺は部屋の中にサッカー選手のポスターなんか貼らないし、トロフィーなんかも飾らないし、リア充の陽キャラっぽく運動部の仲間と一緒に撮ったであろう写真なんかを写真飾りになんか入れない。


 マジで、ここはどこだ。どこなんだ。で、この子はいったい誰? 俺の人生において、わざわざ朝から顔接近させてまで起こしに来てくれる薄着美少女なんかいないんだけど!


「もー、お兄ったらやっと起きた。今日はやたら眠りが深かったね。いつもならキスしようとして馬乗りになった瞬間起きるのに」


 動揺しまくってる俺に対し、美少女はニターといたずらな笑みを浮かべつつ、自分の唇をちょっとだけやらしく撫でながら言う。


「お、お兄……!? ど、どういうことだ……!?」


「? どういうことだって、どういうこと? お兄はお兄じゃん。朝から何言ってるの?」


「そ、そりゃこっちのセリフだよ! 俺にはこんな可愛い妹なんていないし、もっと言えば一人っ子だ!」


「か、可愛い妹って……。ど、どうしたのお兄……? 今日はすごく積極的……だけど、一人っ子? え、まさかのアメとムチ? 志乃の存在否定とか、ひどすぎるんですけど」


「ひどすぎるも何も事実なんだって! ま、まさか、最近ラノベとかでよく流行ってる継母の連れ子が急にできたとか、そういう話なのか!? でも、俺確か事故に遭ったはずだし、だったら目覚めるとまず病室の中とかじゃないと色々おかしいだろ! わけわかんない部屋の中にいるし! 俺、サッカーなんてそもそもしないし! あぁぁ、どうなってんだマジで!」


「よくわかんないけど、とにかく志乃のおっぱい揉んで落ち着いて、お兄?」


「揉めるか! てか、揉めるような胸もないじゃん! まな板ぺったんこじゃん!」


「ひ、ひど……。うぅぅ……一番言っちゃいけないこと言った……お兄のバカ……」


 めそめそと泣き真似をする美少女。名前はさっきから自分で「志乃」と言ってるから、志乃という名前なんだろう。


 志乃という名の妹と言えば、あのカタオモイアイに出てくる主人公の妹と同じなのだが、どうも見た目もよく見れば似てるような……。いや、まさかそんなことは。


「ともかく、志乃……さん、と言ったか? 俺はあんたの兄じゃないし、ここもどういうところかまったくわからん。状況説明してもらえないか?」


「……嫌です」


「は……!?」


「だって、可愛いなんて普段お兄は言ってくれないし、死ぬほど嬉しかったけど、存在否定したり、貧乳だってバカにしてくるお兄なんかに答えてあげることなんて何もないもん。ぷんぷん。ちなみに、この志乃ちゃんの怒りはチューしてくれないと収まりません。結構怒ってます」


「は、はぁ!?」


 言いたいことだけ言って、志乃と名乗る美少女は頬をぷくっと膨らませ、そっぽを向いた。


 どうもただでは教えてくれる気はないらしい。


 しかし、キスなんてそんなこと……。


「でも、アレだよ? 今、お兄が『朝から記憶喪失のフリしてひどいこと言ってすみません。可愛い妹って部分だけは本当です。結婚してください。近親相姦バンザイ』って言ってくれたら許してあげる。志乃はとっても寛大な女の子ですから。女神さんですから」


「どこが女神だよ……。曲がりなりにも神なら、近親相姦だけは奨励させようとしないでくださいよ……。生物学的に反してるってのに……」


「反してません! 兄妹愛は神的に許されてます! かの創造神シノスは言ったのです! 『兄は妹を愛せよ。妹はいつでも妊娠準備オーケーである』と!」


「絶対言ってないよねそれ! しかも、シノスって! ゼウス神から即興で取っただけでしょうよ! ネーミングセンス皆無か!」


「う、うぅぅ……! ち、ちがっ、違うっ! シノス神は本当にいるんだもん! 私の心の中に!」


「ああ、そうかい! 残念ながらその神様は志乃さんの心の中だけにいる創造神だね! てか、もうそんなの創造神じゃなくて、妄想神だよ! いいから、ここがどこなのか教えてくれ! そして志乃さんは何者なのかも含めて!」


「あぅぅぅ……! ま、ママぁ! 朝からお兄がなんか変―! 私のこと犯そうとしてにじり寄ってくるよぉ!」


「お、おかっ!?」


 トンデモ発言に、部屋の外から「何ですってぇ!?」と声が聞こえてきた。


 マズい……! というか、お兄という呼び名で誰かが反応するということは、本当にこの子は俺の妹なのか……? しかも、ママって……! お、俺の母親が来るの!?


 訳が分からないまま話が進み、俺は焦燥感と困惑で混乱し、めまいを覚え始めた。とにかく、一階からバタバタとやって来ようとしてる母親(?)をどうにかしなければ。


 そう思い、ベッドから出て、ふと横を見やった時だった。


 そこにあったのは一つの姿見。


 そして、映し出された俺の姿。


「え……? え、えぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?!?」


 そう。そこにあったのは、何度もゲームの中で見たある登場人物の姿だった。


 主人公・大峰祐志そのものだったのだ。

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