5話 どうあがいても鬱
家族が寝静まった深夜。
もう誰も部屋に入ってこないだろうということで、俺は一人、自室で電気を付けずにパソコンの電源を入れ、再びカタオモイアイをプレイし始めた。
もちろんやっていくのは本編攻略。
人間、満たされている時こそ、さらに新たなものが欲しいと欲張ってしまうものだ。
絵空ちゃんとの甘々な日常もいいけれど、それはどこか機械仕掛けのような気もしてきて、俺は本当の試練を乗り越えた先にある、彼女の愛を確かめてみたくなったわけだ。
スタート画面の選択肢で『さいしょからはじめる』をクリック。
すると、画面が暗転し、主人公を取り巻く人間関係がざっと説明された後、夕方の公園にて、メインヒロインである絵空ちゃんの悩み事を聞くところからゲームは始まる。
「さて。ここのルート選びで『ずっと仲のいい幼馴染でいような』を選択すればいいんだよな……?」
画面上で切なげな表情をしながら、絵空ちゃんは自分と主人公の関係について問うてきた。
本編回避をし、ひたすら甘々ゲーをしたいなら、ここで『墓場までずっと一緒の夫婦になりたいくらい。今すぐ結婚してくれ』を選べばいい。絵空ちゃんが次のシーンで顔を赤くさせ、『まずは恋人から始めよ?』って言って、揺るぎない恋人関係が始まる。以降はNTR展開は無しだが、ひたすら延々と代り映えしない日常が続き、事件という事件も無ければ、かといって結婚、妊娠、とかいう人生の重要なシーンに突入するわけでもない。ただただ日々を甘く過ごしていくだけだから、正直に言って飽きる節もあるのだ。非常に制作陣の巧妙さを感じる。つまらなくさせて、強引にNTR体験へ持っていくとか。
制作陣の巧みな罠に引っかかってる感は否めず、少々癪ではあるものの、俺は画面上をクリックし、会話を次へと進めていく。今選んだのは、言った通り『ずっと仲のいい幼馴染でいような』だ。絵空ちゃんの表情はどこか痛々し気なものになった。苦笑いを浮かべ、強がってるように『……う、うん。そうだね……』なんて言ってくる。
なるほどな。これが引き金なわけだ。
いかんせん最初に甘々プレイばかりしてたせいで、これからのことを想像すると、手汗がにじんでくる。
が、しかし、俺はそれを飲んだうえでこの選択肢を取ったのだ。
背に腹は代えられない。そこから先もなあなあな選択肢を選び続け、しまいに絵空ちゃんの好感度を上げようとして、どこかへ行こうと誘っても、やんわり断られるようになってきた。
これは来たな。
察するものがある。
チクチクと俺の胸の内は痛みだし、突然綺麗な黒髪だったのを金髪にしてきた時は、思わず机に突っ伏してしまった。
俗に言う、間男の影響を受けてしまってる図だ。メンタルに結構くる。
で、屋上でのやり取りでは、さらにまた俺へダメージを与えてくれるわけだ。
『絵空、最近のお前、なんか変じゃないか? なんでいきなり髪の毛を染めたりし始めたんだよ? 気分転換とか、心機一転とかでもそんな色にするような奴じゃないだろ』
『そんなの、私の勝手じゃん。別に祐志とはただの幼馴染なんだし、そこまで言われる筋合いないよ。……恋人なら、まだしも』
『っ……!』
主人公と同じく、俺も悶えるような声を漏らし、胸を押さえた。
会話シーンではあるものの、このセリフを受けて、少しだけ主人公の独白シーンが流れる。
ざっくり言うと、ここまで絵空ちゃんに言われたんだから、もういっそのこと告白してしまうか悩み、結局のところそれは今このタイミングじゃないということに集結してしまった。
よって、ここまで言われてもそれ以上反論せず、主人公は絵空ちゃんの言い分を飲み、変わり果てた姿を認めてしまったのだ。
そうなれば、あとはもうサンドバッグ状態な主人公。
間男を紹介され、なぜか三人で行った映画館では、映画の最中に手をつないでるところをさりげなく見せつけられたり、間男の手が絵空ちゃんのスカートの中に入れられてるところを見てしまったり、放課後、間男と絵空ちゃんがセ●クスしてるところに遭遇し、誤魔化し切れていない誤魔化しをされて、震えながら笑みを浮かべ、その場を立ち去るしかなかったりと、諸々の屈辱的行為を受け、メンタルがぐちゃぐちゃになっていく様をただただ見届けるしかなかった。
ただ、それは俺もだ。
俺も、このカタオモイアイの主人公・大峰祐志に完全に感情移入してしまい、悲しみに暮れてしまっていた。
時刻は気付けば四時になりそうだが、それでもシーンを次へやるクリックを止まることなどできない。
正式に間男から絵空ちゃんを奪ったと公言され、スマホへヤってる最中のビデオが定期的に送りつけられる頃には、俺は過呼吸気味にもなってた。けれど、クリック。クリック。
そして、最終的にそのルートでは、絵空ちゃんは間男との子を孕み、学校をやめてしまった。
子を孕んでからは、間男も完全に絵空ちゃんを自分のものにしたと認識したのか、主人公にビデオレターを送ったりしなくなったのだが、その圧倒的余裕が、完全に大好きだった幼馴染を奪われた心境にさせてくれ、ただただ鬱でしかなかった。
俺は心底頭を抱えた。
すべてが終わったころ、時刻は午前の十時を指し示していた。
ちょうど学校が休みでよかった、と思う反面、たとえ学校があったとしても、これはズル休みしてプレイしてたと思う。
ぐちゃぐちゃにされたメンタルを立て直すかのように、俺は休む間もなく、またさらに『さいしょからはじめる』をクリック。
いくつもあるルートをその日からやり込みにやり込みまくったのだ。
しかし、どれも結果は無残なものだった。
何をどう選んでも、多種多様なやり方で寝取られ、メンタルをバラエティ溢れるやり方で壊されていった。
寝取られを回避できる道が本編でもどこかにある。それを意地でも見つけてやる。
そう胸に決め、俺は何度も何度もやり直したのだ。本当に、何度も、何度も。
けれども、ダメだった。
もう、何を信じていいのかわからない。救いなんてない。
そうこうしてるうちに、現実の季節は過ぎていく。
あれだけカタオモイアイを取り返そうとしていた信二も、そんなにハマってるのなら、と半ば何かに取り付かれたようにプレイする俺を見て諦め、自分の勉強に集中するようになった。
対して、ずっと絵空ちゃんへの思いを引きずり、多様な寝取られ方をされた俺は勉強どころじゃなくなって、ズルズル成績が落ちていった。
――で、受験本番の二月ごろ。
信二は志望大学に受かり、俺はあれだけA判定を取り続けていた志望大学に落ちた。
まさに負のスパイラルだ。
ゲームで心をやられ、受験にも落ちて病み、親には頭を下げ、アルバイトをしながら浪人生活を送ることになった現実。
それでも、俺の心はずっとカタオモイアイにあった。
浪人中であろうと、もうこれ以上ルートの種類はないだろう。そう思えるまでやり込みまくったのだ。
そうして、鬱な浪人生活を続けていたある日、ちょうどとある横断歩道を渡ろうとしていた時だ。
目の前にいる男女二人、まあ、カップルなのだが、かなり激しい喧嘩の最中だった。
お互いが一歩も譲らず、水掛け論の応酬。聞いてる方がため息をつきたくなるようなレベルだったが、俺はその喧嘩を耳で聴きながら、カタオモイアイにあるワンシーン、主人公と絵空ちゃんが最後に自分たちの思いを伝え合う場面を思い出した。
あのシーンは、主人公の発言が選択肢ではなく、国語のテストにあるかのような自由記述みたいな感じだった。
要するに、何を言ってもいいシーンであり、何が正解かもわからないシーンであり、エロゲの中でも特異な場面だ。
ゆえに、俺はそこで苦しんだ。
NTRを免れるためのヒントはここにある。
そう思い、ここの場面についてずっと考え続けていたほど重要だったのだ。
だから、そんな場面に似たような喧嘩を繰り広げていたカップルに内心ハラハラしてた時だった。
赤信号のままなのに、なぜか前を見ずに言い争いながら歩き出す二人。
ギョッとした。
何をしてる!? 事故るぞ!? と。
が、そう思った時にはもう遅い。
凄まじいクラクションを鳴らし、大型のトラックが二人へ突っ込もうとしてる。トラックも勢いを出し過ぎていて止まれないんだろう。
クソがよ!
最後に、威勢よくそう叫んだのは覚えてる。
そこから先のことは、俺は何も覚えていなかった。
タックルでカップル二人を突き飛ばし、俺の体は爆発するみたいな強烈な感覚に襲われ、四肢がバラバラになったように感じ、意識がすぐに飛んだのだった。
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