3話 ドはまりしました
「よっ、おはよーさん将吾。どうだ? 昨日、結局【カタオモイアイ】やったか?」
ソフトを借りた翌日の朝。
廊下から教室へと入ろうとしていたタイミングで、背後から信二に肩を叩かれながらそう言われた。
「俺は宣言通り、塾でしっかり勉強してたんだけどよ。【カタオモイアイ】をプレイした将吾の感想がすぐにでも聞きたくて、正直あんまり集中できなかった節もあったんだぜ? どうやったよ、どうやったよぉ? ん? ん?」
「……信二」
「おう! 感想ならバッチリ聞いてやる――……って、あ、あぇぇ?」
振り返り、信二の肩を掴んでから、両の瞳で見やる。
すると、信二は楽し気な表情から一転。
困惑したような表情を作り、引きつった笑みを浮かべ出した。
「な、なんだお前、その目の下のクマ……。もしかして、徹夜かなんかしたってのか……?」
「……ああ、徹夜した。理由はもう、聞かなくてもわかるよな……?」
「い、いや、聞かんとわからんだろ……。俺たちは受験生であり、勉強に追われてる身だし――」
「何寝ぼけたこと言ってんだ! 知ってるくせに!」
「寝ぼけてるのはお前だって将吾! と、とりあえず落ち着け!」
興奮のあまり、掴んだ信二の肩を結構な力で揺さぶってしまう。
その反動で信二の掛けているメガネはずれ、酔っ払いでも相手してるかのように、俺は心配されてしまった。
酔ってるのは酔ってるのかもしれない。あのゲーム、【カタオモイアイ】に。
「お、お前、まさかこんなド平日にエロゲをするため徹夜したってのか……? まさかそこまでハマるとは……」
「……ハマったし、したよ……! したに決まってんだろ……! したからこんな平日の最中に徹夜するハメにもなったんだ……! あのクソゲー、面白すぎだろ……! シナリオのクオリティヤバいだろ……! メインヒロインであり、主人公の彼女の絵空(えそら)ちゃん可愛すぎだろ……!」
「ちょ、ちょっと声でけえって将吾。寝不足で言葉遣いが色々おかしくなってるって。クソゲーなのに面白すぎるって色々矛盾してるからなお前」
「んなのどうだっていいんだよ……! 語らせろ……! まだエンディングまで全然行けてないし、絵空ちゃんとのデートパートしかやってないけど、存分に語らせてくれマジで……!」
「はぁ!? 絵空ちゃんとのデートパートって言ったら、全然本編入ってねえじゃん! 本編入ってないのに、プロローグ部分だけで徹夜するほどやり込んだってのかよ!?」
「ったりまえだろ! あれはもう純愛モノの極致だ! ストーリーはまるで進まんけど、ただただデートパートをこなすだけで白飯十杯はいける! 一々絵空ちゃんの反応が可愛くて、可愛くて! もう、俺はあの子一筋で行かせてもらうぞ! 他ゲーにも推しはいたけど、今日でみんな卒業だ! これからは絵空ちゃんしか勝たん! それがすべてだ!」
「い、意味わかんねぇ、マジで……」
心底訳が分からないといった風な顔をする信二だが、やがて辺りをキョロキョロと見回し始め、周囲にいたクラスメイトやら、同じ学年で他クラス所属の奴らから奇異の視線をぶつけられてることに気付いたらしかった。
おもむろにC組の教室内にある掛け時計を見やり、俺の肩を掴んできた。そして、顔を近付けてき、小声で言ってくる。
「おい、将吾。俺は今日も塾で勉強する予定だったけどな、ちょっと放課後お前の家に行く。いいな?」
「……? なんでまた突然?」
「お前から【カタオモイアイ】を回収するためだ」
「は!? 昨日は貸してやるとか言ってたくせに、もう!?」
「当たり前だ……! まさか、そこまで将吾が絵空ちゃんに入れ込んじまうとは思ってもなかった。悪いことは言わん。これ以上はやめとけ。さもないと、お前は大変なことになる。引き返すなら今なんだ」
「ぜ、絶対ヤだね! 貸すって言ってきたのは信二の方なんだ! 一か月は貸してもらう! ネットで自分用に購入しようと思ったら、人気なのか次の在庫ができるのが一か月後ってネットショップサイトに書いてあったからな! 絵空ちゃんは渡さん!」
「渡さん、じゃないっつの! いいから、絶対に今日の放課後だ! 放課後、お前ん家に行く! そして、【カタオモイアイ】のソフトは回収させてもらう!」
「やれるもんならやってみろ! 俺は今、ルパンの気持ちだ! あばよ~、とっつぁ~ん!」
「うるせぇ、この盗人! 俺はあくまでもお前のためを思って――って、あ、おい、この野郎! 待てって!」
ちょうどいいタイミングでホームルーム開始を告げるチャイムが鳴り、俺は逃げるように教室へと入った。
そもそも貸すと言ってきたのは信二の方なんだ。だから、俺はそれに従ったまで。
ホームルームの最中、ずっと考え続けるのは絵空ちゃんのこと。
信二は絵空ちゃんとのデートがプロローグだと言っていたが、本編に入らずとも、このゲームはなぜか絵空ちゃんとイチャイチャできる要素が序盤に組み込まれすぎてる。
もしかして、俺のようなアンチNTR勢もファンに組み込みたい製作者の考えか? なんてことも思ったが、まさかそんな配慮がされてるとも思えないし……。
まあ、色々考えたところで仕方ない。
とりあえず、帰ってから今度はどこへデートに行こうか悩む俺であった。
この先、どんな悲劇か待ち受けているのかなど、思いもせずに。
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