2話 食わず嫌いは本当に価値のあるものを見逃す

 信二の言った通り、俺はその日の帰り道を一人でトボトボ歩きながら帰った。


 いつもなら信二の奴とエロゲ談議に花を咲かせてるのだが、仕方ない。俺たちは曲がりなりにも受験生だ。


 塾で勉強するって言ってたし、それを止めることはさすがにできない。


 なんだかんだ、大学受験ってのはこれからの人生を割と左右させてしまうからな。


 もちろん、学歴だけがすべてじゃないのはなんとなくわかるのだが、受験を控えてる当の本人からしてみれば、それはある種気休めにしか聞こえないセリフでもあるからな。


 いいところを目指せるチャンスがあるのなら、少なくともそれは目指すべきだと思うし、俺はそういった友人の頑張りを妨げるわけにはいかない。隣の席の前川さんに【カタオモイアイ】のパッケージを見られた際、ドン引きされてしまった件に関しては近いうちに落とし前をしっかりと付けてもらわないといけないけどな。


「ふぅ……。ただいまー……」


 家に着き、玄関を開け、誰もいないのはわかっているのにもかかわらず、ただいまと口にする。


 うちは共働きだ。父さんも母さんも、バリバリの正社員。


 だから、俺が帰る夕方の時間帯には、ほぼ確実に家に二人共いないのはわかってる。わかってるのだが、それでも声を出し、本当に誰もいないのかチェックしないといけない。


 なぜかって? 決まってるだろ! 今からしっかりさっそくエロゲをプレイするからだよ!


 可愛い可愛いヒロインがあんあん声を出してる時に「今日の晩ごはんさ~」とか言っておかんが部屋に入って来たらどうするんだよ! 俺の部屋は鍵付きのものじゃないし、うちのおかんは部屋に入ってくる時、マジでノックしないんだよ! 危険人物なんだよ!


 だったらヘッドフォンしてプレイすればいいじゃん、なんて意見も飛んできそうだが、だとしてもだ。


 結局部屋に入って来られる可能性があるのだから、音はなくとも画面はすべて見られてしまう。


 とにかく、両親がいる時はそういうものをプレイしたり、視聴することは俺の性格上できない。いいシーンでは集中したいし、果てたい時だって集中したいのだ。わかっていただきたい。


「……っし。誰もいないな」


 誰もいないのがわかったところで、俺は足早に自室へと向かい、部屋に入るや否やしっかりと扉を閉めてPCを起動させる。


 そして、まずは一日の疲れを癒すかのごとく、どっかりと自分の学習机付属の椅子に座り込み、天井を見上げる形になった。


「…………うぅむ」


 頭の中にあるのは、どうしたって信二から渡されたエロゲ【カタオモイアイ】だ。


 勧められた通りプレイするのか、それとも自分の我を貫き通して既プレイ純愛エロゲの新たなるルート開拓に勤しむか。


 どっちにするか……。


「……まあでも、揺れてる時点で負けてるってとこもあるよな……」


 エロゲオタの性か、プレイしたことのないソフトを見ると、好奇心が湧き出て止まらない。


 それに、信二の言ったセリフも俺の頭には強く残っていた。


『食わず嫌いは本当に価値のあるものを見逃す』


 さりげなく言われたのに、こうして思い返してみると、割といい発言じゃないかよ……信二のくせに……。


「はぁ……仕方ない。とりあえず序盤だけだ、序盤だけ。適当にルート漁りしてみて、ヒロインの感じとか、ゲームの雰囲気とか掴むだけ。何も知らずに批判するのは確かに違うもんな。そうだそうだ」


 言って、俺は椅子から立ち上がり、カバンに入れ込んでいた【カタオモイアイ】のソフトを取り出す。


 パッケージには一人の黒髪ヒロインが可愛らしく、清純そうに写っている……のだが、その奥には、そんなヒロインとよく似たシルエットが意味深にも妖しく、妖艶な笑みを浮かべてるのがわかる。


 一言に言って、NTRの胸糞さが表現されてる一枚。


 寸前のところで「やっぱやめるか……? 戻るならこのタイミングだぞ……?」なんてことを心の中のもう一人の俺が言ってきてる気がしたけど、俺はそんな思いを振り切り、【カタオモイアイ】のソフトをPCへと入れ込むのだった。

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