1話 カタオモイアイ

「NTRなんてクソ以下だぞ。こんな誰も幸せにならないジャンルがまかり通ってるってのが信じられん。純愛こそが至高で、それがエロゲとなると真理だろ」


 ここは俺の通う県立飯野木(いいのき)高校三年C組の教室内。昼休みの時間。


 三年ということで、周囲を見渡せば自分の席に着いて参考書や英単語帳とにらめっこしてる奴、直近の模試のことで盛り上がってる奴ら、志望校について真剣に論を交わし合ってる奴らなど、もっぱら大学受験の話題で持ち切りなのだが、あくまでもそんな中で俺と、親友であるメガネ男、吉田信二(よしだしんじ)は趣味であるエロゲについて激論を交わしていた。


 俺の主張を受け、目の前で椅子に座る吉田は呆れたようにため息をつく。


「愚かだな、親友。愚かすぎる。お前はなんもわかっとらんよ」


「何がだよ。むしろ愚かなのはお前だっつの信二。NTRはどっからどう見てもクソジャンル確定。これで下半身を元気にできるお前が羨ましいわ。普通鬱になるっつの」


「鍛え方が足らんのだろ。俺レベルになると、彼氏を裏切ったヒロインが間男とのセ〇クスに背徳感を覚えて妖艶な表情を浮かべてしまうところに興奮するね」


「えぇぇ……」


 ドン引き以外の感想が出てこない。


 公衆の場でセ〇クス発言も大概だが、こいつ、マジで何言ってんだ……? 


「だからな、親友よ。お前もこの【カタオモイアイ】をプレイしてみろ。純愛脳のお前に衝撃を与えてしまうようなNTRモノの傑作エロゲだ。今なら一か月ただで貸してやるぞ」


「絶対にお断りだね。つか、教室で堂々とエロゲのパッケージを見せつけてくるんじゃねえよ。女子とかに見られたらどうするつもりだお前」


「その時はその時だ。『入谷に買わされたエロゲをたまたま持ってきただけなんだ。プレイしたがってるのは入谷なんだ』って言うしかないな」


「当然のように友人を売るんじゃねえよクズ野郎!」


 趣向もクソなら人間性もクソな奴だった。


 さすがはNTR好きだ。根性の曲がり方も折り紙付き。


 が、なおも吉田は懲りた様子を見せず、俺にズイっと手に持ってるエロゲ【カタオモイアイ】を押し付けてくる。


「まあ、とりあえず騙されたと思ってやってみろ。なんでもそうだけどよ、食わず嫌いは本当に価値のあるものってのを見逃すぜ?」


「NTRエロゲから得られるものなんて得ても何の意味もねえっつの」


「まだ言ってんのか。ほら」


「お、おい!」


 強引にソフトを手に渡されてしまった。


 落とすわけにもいかず、俺は渋々ながらそれを受け取るしかなくなる。


 そのタイミングで昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。


「んじゃ、俺は自分の教室に戻るからな。今日は塾で勉強することになってるし、お前は一人でさっさと帰ってそれしろ。何度も言うけど、マジの傑作だから」


「俺も一応受験生なんだけどな。ゲームなんてする暇ないんだけどな」


「はいはい、屁理屈屁理屈。もう志望校の判定もAくらいあっただろ。いいからやれって。じゃあな」


「はぁ……」


 楽しそうに手を振って教室から出ていく信二。


 俺はそれをげんなりしながら見送り、やがて誰にも見られないよう仕方なくカバンへ【カタオモイアイ】のソフトを入れた。


 こんなもん、やるつもりもないんだが……。


 一つため息をつき、周囲の奴らと同様に次の授業の準備をしようとした時だ。


 ちょうど横の席の女子……前川さんと目が合った。


 俺は彼女の目を見て、ドキリとしてしまった。身の危険を感じた的な意味で。


「入谷くんって、そういうゲームやるんだ……」


 その後、前川さんから微妙に避けられだしたのは言うまでもない。


 マジで信二の奴、明日会ったら処す。


 心に決め、涙ながらに現国の授業を受けるのだった。

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