消えゆく命

「サリアム…っ」



 自分を奮い立たせていた意地が、その瞬間、木っ端微塵に砕かれる。

 涙が込み上げてくるのは、一瞬の出来事だった。



「キース……私のような人間を、肯定しろとは言わない。だが……その気持ちを、否定はしてやるな。私のような人間はな……あるじに否定されてしまったら、生きる希望を失ってしまうんだ。私たちは、主に依存しないと生きていけない。誰もが皆……一人で立てるほど、強くはないんだよ……」



「………」



「忘れてくれるなよ。君と決別したあの日……君をかばって死んでいたとしても……私は、何も悔いはなかった。忠誠を掲げて死ねるのだから、むしろ本望だったんだよ……」



「………」



「君は、こんな風に死ぬ私を、一生許さないのかもしれない。だが、それでいい。誰になんと言われようと、私は自分で決めた使命に、忠実に生き抜いたんだ。これだけは、誰にも否定させない。この誇りは、永遠に私だけのものだ。」



「………だから、お前は馬鹿だって言うんだ……」



 ずっと黙ってサリアムの言葉に耳を傾けていた尚希が、そこで口を挟む。



 ぐっと奥歯を噛む尚希。



 泣くのをこらえているのか、サリアムが憎々しいのか。

 どちらなのか判別つかない目つきで、尚希は彼を睨みつけた。



「この誇りは、お前だけのものだって…? ふざけるな…っ。オレは……オレは、ちゃんとお前を認めてたよ…っ!」



 その両目から、とうとう涙が流れ落ちる。



「お前ほどひたむきな人間がいるもんか。盲目的すぎんだろとは思ってたけど、お前はあいつのためなら……どんな苦境にでも、迷わずに飛び込んでいった。どんな時でも、逃げることだけはしなかった。それがどんだけ強くて誇れることか……一度逃げたオレは、それを身にみて知ってる…っ」



 サリアムを強く抱く尚希。



 ―――どうして、こうなるまで何もできなかったんだ。



 頭の中で、悔しさと情けなさが暴れ回る。



 あの時、彼にああ言い放ったことは後悔していない。



 でも、それがきっかけでサリアムとの間に亀裂が入ってしまったことは、かなり残念だなと思っていた。



 ほとんど同時期に〝知恵の園〟に入ったせいか、授業や食事はいつも一緒で。



 お互いに早く強くならなきゃと気がいていたのもあって、二人で競うように魔法を学んだ。



 二人の間ではちょっとしたたわむれだったが、撃ち合う魔法の威力が大きすぎてしまい、何を殺し合いレベルの喧嘩をしているんだと周囲に誤解されて、大騒ぎになったこともあったか。



 なんとなく性格は気に食わないが、自分を高めてくれる唯一の好敵手だから、まあ相手くらいはしてやるか。



 決裂するあの日まで、自分たちはお互いをそんな風に思っていたっけ。



 でもな、サリアム……

 オレは、お前を否定したくてあんなことを言ったわけじゃなかったんだぞ…?



 自分についてきてくれる人間が自分のために命を投げ捨てたら―――上に立つ人間は、たまらなくつらいんだ。



 本気で忠誠を捧げてくれるなら、一人で死のうとせずに頼ってくれ。



 お前は使い捨ての駒なんかじゃなくて、主を支える一番の柱なんだぞ?

 主のことを真に想うなら、そんな主が大切にしているお前を取り上げてやるな。



 本当に伝えたかったことは、そういうことだったんだ。



 腐るほど時間はあったはずなのに、お互いに意地っ張りなもんだから、結局最後まで本当の気持ちを言えなかったじゃないか。



 本音は、殴り飛ばして説教をしてやりたいのに……



「お前は、十分強い人間だった。これまで見てきた誰よりも立派だった。……完敗だよ、ちくしょう…っ」



 もう、こんなことしか伝えられない―――



「……ふふ。」



 耳元で、サリアムが面白おかしそうな笑い声を漏らす。

 でも、その声が涙で揺れていたことだけは聞きのがさなかった。



「君の口から、最後にそんな言葉を聞くなんて、な…。君がそう言うなら、私も言っておくか……」



 そっと。

 サリアムの手が、尚希の背中を叩いた。



「なんだかんだと、君のことは好きだったよ。君に私のことを認めさせてやるって、いっつも躍起になってさ…。おかしいな…? 何故か、私の人生には……レティル様か君しかいないんだ。憎たらしい限りだよ。……でも、君の存在がなかったら……私は、ここまで登り詰めることはできなかった……」



 囁くような独白は、心を激しく揺らす。



 するり、と。

 背中から手が落ちていく。



「あーあ……なんだか複雑だな。よりにもよって、君の腕の中で死んでいくのか……」



 脱力したサリアムは、遠慮なく尚希に身をゆだねていた。



 言いたいことは言い切った。

 すっきりとした表情が、そう語る。



「………っ」



 尚希は悟る。



 とうとう、その時が来てしまったと。



 頼む。

 まだ行くな。



 心が必死に叫んでいるのに、嗚咽おえつが喉に絡んで声にならない。



「おいおい…。私の気持ちは晴れやかなんだから、余計な雨は降らせないでくれ。」



 次々に落ちてくる尚希の涙を煙たそうにしながらも、サリアムはどこか嬉しそうだった。



 そして―――赤い双眸が、まぶたの裏に閉ざされる。





「キース……―――ありがとう。」





 最期の言葉は、空気に溶けるようにして消えていった―――


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