残された人々

「くそ……くそくそ! くそぉっ!!」



 サリアムの亡骸なきがらを抱いて、尚希は慟哭どうこくする。



 どうしてこうなったんだと。



 交互に繰り返される雄叫おたけびとむせび泣きが、そう訴えているように聞こえた。



 尚希とサリアムの関係を知っていたエリオスは、やりきれない表情で目を伏せる。

 他の者も悲嘆に暮れる尚希にかける言葉を持たず、ただ黙りこくるしかなかった。



 ふとその時―――サリアムの体を、大量の炎が包んだ。



「!?」



 驚いた尚希が、反射的にサリアムの体を自分から離す。



 サリアムの周囲で渦巻く炎は巨大な龍のように束になると、俊敏な動きで彼の元から飛び出していった。



 赤い龍が向かう先は―――



「―――っ!!」



 自分が狙われていると察知した拓也が身構える。

 炎は瞬く間に拓也を飲み込み、周囲の地面を紅蓮に染め上げた。



「なっ……何が…っ」





「―――ティートゥリーの神託だよ。」





 狼狽うろたえた尚希に、エリオスが神妙な面持ちで告げる。



「少しも間を置かずにティル君に飛びつくとは…。お待ちかねだったのは分かるけど、サリアム君の死なんてどうでもいいと言っているみたいだね……」



 忌々いまいましげに吐き捨てるエリオス。



 それに尚希も複雑に眉を寄せた瞬間―――柱のように噴き上げていた炎が、大きな爆音をとどろかせた。



 全員が固唾かたずを飲んで身を強張らせる中、炎が内側から爆発して消える。



「空気読めってんだよ。くそ野郎。」



 槍を一振りしただけで炎を鎮めた拓也は、怒りがみなぎる眼光で地面を睨んでいた。



「ティル君……まさか、神託を拒否したのかい…?」



 あまりにも早い炎のしずまりに、エリオスが茫然と呟く。



 四大芯柱の継承とは、あっさりと簡単に終わるものではないのだ。



 精霊神が、素質を持った人間の内に眠る精霊を束ねる因子を解放することが第一手。

 そして、精霊神が持つ力の一部を分け与えるのが第二手。



 これは人間に相当な負担をかけてしまうため、人間がその負担に耐えられているか、慎重に様子を見ながら継承の儀は行われる。



 その後も力を享受して終わりではなく、時には反発する精霊たちをねじ伏せることもしながら、分け与えられた力の使い方を覚える。



 そうして精霊たちに自分が新たなあるじだと認めさせて、ようやく正式な継承となるのだ。



 早くても、そこに至るまでは一ヶ月。



 攻撃的な火の精霊の気質を考えると、能力の継承には二ヶ月から三ヶ月はかかると見て間違いない。



 それなのに、こんなにも短い時間で拓也が解放されたということは、彼がティートゥリーからの力の享受を拒んだとしか思えないのだが……



「知らん。長ったらしい口上を述べ始めやがったから、秒で終わらせねぇと殺すって言っただけだ。」



 拓也は憤然として、そう言うだけだった。



「ティートゥリーは…?」



「それこそ知ったことか。やたらと機嫌よさそうに笑いながら、さっさと消えやがった。」



 炎の中でのやり取りが気に食わなかったのか、拓也はくすぶる苛立ちをぶつけるように、槍を地面に打ち立てる。



 すると、拓也の感情に反応するように、槍の周囲に炎が舞った。



 そんな拓也をじっと見つめていたエリオスは、何かを確信して息をつく。



「いや……どうやら、最短時間で因子の解放と力の享受をしていったようだね。こう言うのは複雑だけど……ようこそ、こちら側の世界へ。」



「はっ。嬉しくもなんともねぇな。」



 この一瞬の間に四大芯柱の一角を継承した拓也は、アズバドルにおける格別の名誉をそう切って捨てた。



「サリアム……様……」



 辺りが静寂に包まれそうだったその時、消え入るような声が空気を揺らした。



 声のぬしは、突然の出来事を立ちすくんで見つめるしかなかったシトラルだった。



 青い顔で震えるシトラルは、ふらふらと覚束おぼつかない足取りでサリアムの前に膝をつく。



「嘘だ……嘘ですよね…っ」



 現実を受け入れられない様子のシトラルに、言葉をかけてやれる人間はいない。



 誰も、自分の呟きを肯定してくれない。



 故に、時間が経てば経つほどに、胸をえぐる現実がシトラルの身にみていって……



「サリアム様……サリアム様!!」



 シトラルが必死にサリアムの体を揺さぶる。

 しかし、彼はもう目を開かない。



「サリアム様! 起きてくださいよ!!」

「もうやめろ…っ」



 これ以上は見ていられない。

 そう思った尚希が、シトラルからかばうようにサリアムの体を胸に抱き込んだ。



「オレだって……嘘だって言ってやりたい……でも…っ」



 サリアムの魂は―――彼の心は、もうここにはない。



 彼は最期までその忠義を貫いて、一生を捧げたあるじについていってしまったから。



 ここにあるのは、ただの脱け殻。

 あとはもう、生きていた証を失っていくだけだ。



「くそ…っ」



 尚希の声に、また涙が滲む。



「そんな……そんな…っ」



 シトラルがその場に尻餅をつく。



「あ…あ……あああ…っ」



 その動揺の大きさは、いかばかりか。

 頭を抱えて取り乱し始めたシトラルに、皆が向ける視線は痛々しげだ。



「―――僕も……」



 ふいに、震える唇からそんな言葉が零れる。



 それは、やけに静かな声だった。


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