第2章 謎の世界

知らない風景

 風が心地よく頬をなでる。

 それで目を開けると、何故か空高くに浮いていた。



(ここ……どこ…?)



 辺り一面、豊かな農耕地だ。

 鮮やかに広がる黄緑色の中に、黄色っぽく見える道が数える程度に走っている。

 道はそこまで太くない。



 全然知らない景色だ。



 首をひねっていると、また柔らかな風が吹いてくる。

 それに流されるように、体がふわりと舞う。



 状況を飲み込めないまま、とりあえずは風に逆らわずに空を泳いだ。



 農耕地を抜けると、人が住む集落が見えてくる。



 小さな村だ。



 今まで当たり前のように見てきた高い建物はなく、小ぢんまりとした家々が余裕を持った間隔で建っている。



 村を行く人々は見慣れない格好をしていて、皆がのんびりと流れる時間を楽しんでいるようだった。



 せわしない都会を忘れさせるような、片田舎いなかのような風景。

 それを眺めながら、また風に運ばれて次の場所へ。



 草原を越えたらまた小さな町。

 そこを通り過ぎれば、また草原か畑の海。



 そうやって、長閑のどかな風景の中をさまよった。



 どれくらいそうしていただろうか。

 辿り着いたのは広い森だ。



 濃い緑色の葉を繁らせた木々が立ち並ぶ向こうには、これまで見てきた中で一番大きくて立派な建物が見える。



 でも、やはり見覚えはない。



 自分は、どうしてこんなところにいるのだろう。

 まさか、死んでしまったのだろうか。



 縁起でもないことを考える自分がいたが、それを否定できる材料が手元にない。



 うーんと頭を悩ませていると、ふと誰かの視線を感じたような気がした。

 反射的に、顔を下へ。



 木々の隙間から、一人の青年がまっすぐにこちらを見上げていた。



 少し長めの黄金色の髪に、菖蒲あやめ色の瞳。

 年齢は、尚希やエリオスと同じくらいに見える。



 彼は両目をまんまるにして、何度もまばたきをしながらこちらを凝視していた。

 そんな彼と目を合わせると、全身が不思議な感覚に見舞われる。



(なんだろ……この人…?)



 漠然とした既視感。

 なんだか、この人のことを知っているような気がするのだ。





 その時―――突然、体がかくんと下がった。





「―――え…?」



 何が起こったのか認識するよりも前に浮遊感が消えて、本来の重力が体を地面に引きずり込む。



「わっ……わああぁぁっ!?」



 なすすべもなく、実は森の中へと落ちてしまった。



「いてて…。何、急に……」



 痛みに顔をしかめながら、自分の体を見下ろす。



 あんなに高いところから落ちたのに、体には傷一つついていない。

 骨が折れているようなこともなさそうだ。



 だけど、痛いものは痛い。



 したたか打った腰をさすっていると、がさがさと下草を掻き分けるような音が聞こえてきた。



 その音は、まっすぐにこちらへと向かってきて―――



「あ…」



 また目が合って、実とその青年はまばたきを繰り返しながら、互いを見つめた。



「………」



 無言の時間が流れること十数秒。

 突然、青年が実の二の腕を掴んだ。



「へ?」



 予期していなかった展開に、実は変な声をあげてしまう。



「こっちにおいで。」



 彼はシンプルにそう言うと、問答無用で実を引っ張り上げた。



「ええっ……あの……ちょっと…っ」

「いいから、こっちに来なさい。」



「え……え……えええぇぇっ!?」



 戸惑う実の声は、あっという間に森の奥へと消えていくのだった。


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