また別の世界…?

 出会った青年に連れていかれた場所は、森の中に紛れている平地だった。

 そこだけ木々が綺麗に伐採され、柔らかな草花が生えている。



 平地の手前には四人くらいは余裕で住めそうなログハウスが建っていて、その奥は牧場にでもなっているようだ。



 建物の後ろから、動物の鳴き声が聞こえてくる。



 実を引きずる青年は、迷いなく建物の中へと入っていった。



「あ、お兄ちゃん! おかえりなさーい。」



 入り口を入ってすぐのキッチンで料理をしていた少女が、青年の姿を見てぱっと表情を明るくする。



 しかし、その後ろに続いている実の姿を認めた瞬間、表情から輝きが全て消えた。



「お兄ちゃん……その人、誰?」

「話はあとあとー。」



 彼は少女の質問をさらっと流し、キッチンに隣接した別の部屋へと。



 押し込まれた部屋は寝室だった。



 ようやく解放された腕をぐるぐると回す実をその場に置いて、青年はクローゼットの中を探る。



「はい、着替えて。」



 渡されたのは、着替え一式である。



「え…?」



 実はきょとんと首を傾げる。



「いいから。そんな珍しい格好でいたら、変な目で見られちゃう。」

「えっと……」

「君のサイズに合う服は、後で見繕ってくるから。」



 じゃ、と手を振ったかと思うと、彼はすぐに部屋から出ていってしまう。



「えええ……」



 取り残された実は、そんな微妙な声をあげるしかなかった。



 まあ、確かにこの格好が浮くというのは分かる。

 すぐに帰れるとは限らないし、ここは彼の厚意に甘えて、一般人に馴染むとするか。



 思考を切り替えた実は、とりあえず彼に言われたとおりに着替えることにした。

 少しサイズは大きいようだが、動くことに支障はない範囲だ。



「あのー……」



 おずおずとドアを開けた実がそこから顔を覗かせると、思ったより近くで青年が待ち構えていた。



「うん。変ではないね。」



 実の姿を上から下まで眺めた彼は、満足そうに頷いて肩の力を抜いた。



「これでひと安心。こっちにおいで。」

「あ、はい……」



「甘めのお茶と苦めのお茶、どっちがいい?」

「えっと……じゃあ、苦めで……」



「ミーミア、この子にはダナン茶をおねがーい。」



 キッチンでお茶の用意をしている少女に声をかけた彼は、そのまま実をテーブルまで連行する。



 そうして、全員が席についた頃―――



「……で、君の名前は?」



 そう、今さらながらの問いかけをしてきた。



(順番がもうめちゃくちゃ……)



 普通、相手の素性を聞いてから、あれこれと世話を焼きません?

 自分が悪意ある不審者だったら、どうするんですか?



 そう思ったが、なんとなくこの人にツッコミを入れても無駄な気がする。

 実は一つ息をつくと、表情を真面目にして口を開いた。



「……ルティリシフォン・ルーン・アズバドル。」



 あえて、本名の方を名乗る。

 すると―――



「ルティ……なんか、やたらと長い名前だね。ごめん。もう一回いい? 一回じゃ覚えられなかった。」



 青年は、困った様子でそう言ってきた。

 彼の隣に座る少女も、難しそうな顔で首をひねっている。



「そこは気にしないで、俺のことはルティって縮めて呼んでください。周りにもそう呼ばれてるんで。」



 申し訳なさそうな青年をフォローしつつ、実は内心で考えを巡らせる。



(アズバドル姓に反応しないってことは……ここは、俺がいた世界じゃないのかな…?)



 そんな感想を抱く実は、以前聞いた歴史の授業を思い返していた。


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