眷属の目に揺れる懊悩

 極力、気持ちを静めておきたい。



 そう告げた尚希は、サリアムとシトラルを連れて、一旦ニューヴェルに帰っていった。



 その際、未だに目覚めない桜理も連れていった方がいいのではという話にもなったが、目覚めた実が真っ先に彼女を心配することは明らかだ。



 それならば、ここで自分たちが彼女を守っていた方がいいだろうという結論で一致した。



 そして尚希がいない間、森の中に残った全員は実の魔力を安定させることに全力を尽くした。



 暴れることはなくなった実だったが、やはり苦しいのは変わらないようだ。

 しきりに微かなうめき声をあげる実は、浅い呼吸を必死に繰り返していた。



 エリオスにルードリア、そして新たに四大芯柱としての力を手にした拓也も加わって、考えつく限りの手を打つ。



 しかしルードリアの言うとおり、実の身に起こっている異変は止められるものではないようだ。



 崩壊と再生を繰り返しているという、実の魂と力の核。

 魔力を見たユーリによると、実の魔力の色が徐々に変化してきているという。



 これまでの実には異なる二つの魔力が存在し、片方を縦の糸、もう片方を横の糸として、それらが編み込まれた織物のような色をしていたらしい。



 しかし今は、そうやって合わさっていたはずの力がほどけていき、封印が解かれたことであふれた別の魔力と混ざっていっているそうなのだ。



 綺麗に絡み合いながらも、それぞれの色を保っていた複数の魔力。



 それらが、混ぜ合わされる絵の具のように、新たな色へと変化しようとしているような。



 見えたものをそう表現したユーリに、皆はいまひとつ要領を得られなかった。



 ただ一人、ルードリアだけを除いて。



 その後、気持ちを落ち着けた尚希が戻ってきたので、互いに情報共有を。



 尚希もユーリも行方不明で不穏な空気だったところに、突然飛び込んできたサリアムの訃報。



 カルノもセリシアも、彼の亡骸なきがらを前に動揺を隠せなかったらしい。



 事情は後で話すと言って、カルノたちにサリアムの遺体の安置と、シトラルの厳重な保護を頼んできた。



 事情を話せるだけの気持ちの余裕がなかったというのもあるし、実がこんなとんでもないことになっているとは、さすがにセリシアに言えなかった。



 うれいに満ちた顔でそう語った尚希に、エリオスは気にしなくていいと言って、その肩を優しく叩いた。



 そして、それぞれの話が一段落したところで―――



「サリアム君の話を聞く限りでは……あの方は死んだのかい?」



 実を抱き締めたままのエリオスが、ルードリアにそう訊ねた。



「死んだというか、消滅したって言った方が正しいかな。神という生き物には、輪廻転生という概念も、死という概念もないからね。」



 問われたルードリアは、よどみなく答えた。



「神が消えるなんて、ありえるのか?」



 率直に思ったことを述べたのは拓也だ。



 肉体を持たない神や精霊には、怪我や病気といった命の危機に繋がる不具合が起こらない。



 そんな存在が消える状況というのは、すぐには想像がつかなかった。



「………」



 呟いた拓也に、ルードリアは複雑な表情。

 やがて嘆息した彼は、重たそうな口を薄く開いた。



「本来なら消えることはないけど……彼は、消えかけではあったね。何せ、ずっとこの子に自分の力を与え続けていたから。」



「!?」



 皆の視線が、実に集中する。



『あいつには少しずつ、別の力が宿りつつあるのだよ。』



 以前にレティルが告げていたことが、脳裏によみがえる。



 実が本来持つ力ではなく、後から授けられたものだというその力。



 では、レティルが実を〝後継者〟だと言っていたのは―――



「まさか……ルティに宿りつつある、別の力っていうのは……」

「そう。彼が持つ、終焉しゅうえんつかさどる神としての力だよ。」



 簡潔に答えを述べたルードリアは、そっと目を伏せる。



「神や精霊は、自分の魔力がそのまま命みたいなものだ。それをこの子に渡すなんて……自分の命を削っているようなものさ。」



「どうして、そんなことを……」



「さあ…? それは分からない。僕たちも彼を止めようとはしたんだけど、人間の中に紛れている彼には、なかなか手出しができなくてね。……結局、最後まで彼の暴挙を止めることはできなかった。まさか、〝鍵〟の封印を無理やり壊して消えていくなんてね……」



「―――っ!? あいつがルティの封印を解いたってのか!?」



 さらなる驚愕に、拓也が目を剥く。

 そんな拓也に、冷静一徹のルードリアが訊ねた。



「逆に訊くけど、この子が自分から封印を解いたなんて考えられるの?」

「………っ」



 とっさに口を閉ざした拓也の周囲で、他の皆も深刻な表情で黙り込む。



 それだけは、絶対にありえない。



 全員が思ったことは、完全に一致していた。

 ルードリアも、皆の反応を肯定するように頷く。



「まだ何も知らないこの子が、封印を解くわけがない。なら必然的に、封印を解いた犯人は彼しかいないだろう。どのみち封印は解かれる予定だったけど、この解かれ方は想定外だったね。」



「……は?」



 そこで、拓也の眉がピクリと跳ねる。

 今の言葉は、聞き捨てならなかった。



「封印が解かれる予定だった、だと?」



 地を這うように低い声で呟く拓也。

 途端に、拓也の全身を怒りに満ちた魔力がほとばしった。



 あまりにも重たいこの封印を守るために、実がどれだけ心を殺してきたと思っているのだ。



 何度も傷ついて、精霊に心を飲まれるまで追い詰められて。



 それでも必死に前を向いて、皆を守りたいからと、大事な思い出がある地球まで捨てようとした。



 そこまでしてひたむきに生きてきた実に、いずれは封印を解かせようとしていたというのか。



 そんなふざけた話が、まかり通るとでも?



「………っ」



 拓也の怒りに触発されてか、エリオスの顔も憎々しげに歪む。

 そんな二人の様子を眺めるルードリアは、至って冷静なままだった。



「詳しい話はまた後で。今はこの子が壊れないように、少しでも手を尽くさないと。」



 そう告げたルードリアは、実に目を向けた。



「頑張ってよね。ここで君に死なれるのは、色々と都合が悪いんだから。」



 微かに力がこもる、金茶色の双眸。



 そこに宿るのは、心底実をあわれむような色だった。


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