第1章 それぞれの終焉

暴走する魔力



「あああああっ!!」





「―――っ!?」



 とんでもない絶叫がとどろいて、意識するよりも先に体が飛び起きていた。



「ルティ!?」



 意識を取り戻した拓也は、ほとんど本能であるじの姿を捜す。



 実はすぐ近くにいた。



 しかし―――その姿を見た瞬間、体中の血が音を立てて凍る。



「うう…っ。ああ……あああっ…」



 胸を握って身を折り、地面で激しく暴れ回っている実。



 何かが間に合わなかった。

 守れなかった。



 それだけが分かって、拓也は表情を大きく歪める。



「くそ…っ。ルティ!!」



 視界の端で尚希やユーリも起き上がるのが見えたが、今はそれどころじゃない。



 拓也は弾かれたようにその場から駆け出した。



「おい! ルティ! しっかりしろ!!」



 細い体を抱き起こして、必死に声をかける。

 しかし、言葉は一切実に届かない。



 顔は苦悶に歪み、大粒の汗と涙が頬を零れ落ちる。

 どう見たって異常事態だ。



「あう……ううっ…っ」



 一層険しい表情をした実の手に、さらなる力がこもる。

 爪が薄いシャツと皮膚を易々やすやすと破っていたのか、実の胸元は血で赤く染まっていた。



 それに気付いた拓也は、慌てて実の手を胸から引き剥がす。



「ルティ、やめろ! 落ち着け!!」

「あああっ!!」



 やはり実は、ただ苦悶の声をあげるだけ。



「くっ…」



 拓也は険しく眉を寄せる。



 なんて力だ。

 普段は圧倒的にこちらの力の方が強いはずなのに、今は暴れる実を押さえつけられない。



「実!?」



 遅れて現状を認識した尚希とユーリも、血相を変えて駆けつけてくる。

 そこに―――



「ルティ!?」



 さらに、別の悲鳴が響いた。

 反射的にそちらを見ると、全身が傷だらけのエリオスが走ってくるところだった。



「そんな…っ。ルティ! ルティ!!」



 エリオスは拓也から実をひったくり、その肩を大きく揺さぶる。

 しかし、父親の声ですら実の苦しみをやわらげてやることはできなかった。



「アクラルト!!」



 すがるように自分の相棒とも呼べる神を呼んだエリオスは、実の体をきつく抱き締める。



 すると、二人を包むように水の渦が巻き起こった。



「あああっ!」



 もがき苦しむ実。

 空を掻いていたその手が、ふとした拍子にエリオスの背中に触れる。



 少しでも苦しみをやり過ごしたいのかもしれない。

 小刻みに痙攣けいれんする実の手が、エリオスの服をぐしゃぐしゃに掴んだ。



 その爪が、とてつもない力でエリオスの体に突き立てられる。



「………っ!」



 痛みに顔をしかめたエリオスだったが、それでも彼は息子の体を絶対に離さなかった。



「いいよ。少しでも多く、父さんにその苦しみを分けてくれ。」



 実の額に唇をつけ、エリオスはまた実の体を抱いて目を閉じる。



「くっ…」



 すぐに追い詰められるエリオスの表情。



「魔力の暴走が……止まらない…っ」



 その口腔から漏れた声は、絶望的な響きを伴っていた。



 エリオスの言葉に、拓也と尚希は顔面を蒼白にする。



 今の実の魔力は、実自身が力の核を制御してようやくギリギリを保っていたのだ。



 実が制御能力を失った状態で魔力が暴走なんかを起こしたら、あっという間に肉体も魂も壊れてしまう。





「はーい。届け物だよー。」





 絶望に満ちかけた場に、のんびりとした声が響いたのはその時だった。


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