第13話
私はベッドから降りてシャワーを浴びた。外はまだシャワーに負けないくらい雨降ってる。なんで雨が降るの。もう嫌だ。
「ねぇ、さくらさん」
カーテン越しに時雨くんの声がしてびっくりした。
「なんで雨が嫌いなの……」
こ、こんなときに……雨が嫌いな理由は綾人のことが絡んでるからどこから説明しなきゃいけないんだろうか。
あ、そういえば離婚して子供がいる、高校生の娘がいる、そのことをまだ伝えてない。でもさっきは年齢は気にしないとか言ってたし。
「……ごめん、あまり言いたくないよね。てか会って間もないし聞くのは失礼だったね」
「そ、それはないし語るなら語るけど……」
語ることはできる。それは時間のかかることだ。なぜなら綾人と結婚してからその日から始まったから10数年も前の話を順序立てて話さなくてはいけない。ここ数年で始まったことでも、たった数年のことでもない。
私はまず子供相談で語り、女性相談、子供課の職員、警察、弁護士……どんだけの人たちに語ったのか。
また一から話さなくてはいけないのか。でも語らないと理解してもらえなかった。
私はとりあえずシャワーから出てタオルを拭いて
「雨の日はね、夫を迎えにいかなきゃいけなかったの」
「……会社まで?」
「そうね。で……」
時雨くんは目を大きく見開いていた。
「……夫?!」
あ、しまった。
「ち、ちがう。もう離婚したから元夫のこと」
「あ、そうか……びっくりした。人妻とやっちゃったかと」
「やっぱり人妻はダメ?」
「いや、それはダメです。人のものですから。いや、人だから物じゃなくてなんじゃなくって」
ああ、テンパってる。
「……前の旦那さんのこと引きずってるのかい」
「……」
「薬飲むくらいだからな……で、雨の日は必ず迎えにいかないといけない、と」
そう。
会社までは歩いて行ける距離でなんなら自転車をこいでいた時もあった。
雨になると小雨でも車で迎えに行かなくてはいけない。妊娠中の時も子供が小さい時も寝てる時に一度、寝てるからと置いて出て行ったら起きてしまって帰ったら大泣きしていた。綾人はあやしてもくれなかった。
微妙な雨の時もどんな時も綾人は
「車で迎えに来て」
でなくて
「会社終わったから」
と。
迎えに来て、というふうに明確に書かない。迎えにいけばいい?と返信したことがあってその時は無理しなくていいと帰ってきたから迎えにいかなかったら
「お前のせいで服が濡れた、風邪ひいたらどうする」
と言われたこともあった。その次の日まで機嫌が悪かった。
はたまた迎えにいけばいい?と聞かずに迎えに行ったら
「藍里がぐずってるなら無理してこなくてもいいのに」
と。
だからどう読み取ればいいのかわからない。
次第に雨が降るたびぐわんぐわんと頭の中で悪い渦でかきまされる。
その説明をいろんなところでしても
「変わった旦那さんですね」
で終わるのだ。だから病院に行っても薬を渡されるだけで終わりなのだ。
その話を時雨くんに話してみた。彼は真剣に聴いてくれた。
「辛かったね。さくらさん」
彼は私を抱きしめてくれた。雨は少し弱まった気もする。
「……確かに雨の日は迎えに来てくれるのは嬉しい、助かる……その気持ちもわかるけどさ……多分前の旦那さんさ、雨じゃない時でもさくらさんを苦しめていたんでしょ」
……うん、そうだ。
彼の言動に私の精神はめちゃくちゃにされた。それが離婚した今でもぐちゃぐちゃにされている。
「雨、可哀想だなぁ。僕は雨好きなのに。雨の日でも晴れの日でも雪の日でも風の日でもさくらさんを粗雑に扱ってこんなに傷ついて……大きな音や人が怒ってるのもダメでしょ……」
私は頷いた。
ああ、あの時の店内のことだ。
「時間かかるかもしれないけど少しずつさくらさんの気持ちを解いてあげたい。ってなんか甘い言葉言うけど僕はお医者さんじゃないから……さぁ」
「そうね、お医者さんでも治せなかったものを治せたらあなたはすごいわ」
すると時雨くんはわたしの頭を撫でてくれた。
「だったら治してあげましょう」
私はふふっとつい笑ってしまった。
「何笑うのさぁ、恥ずかしいよ」
「言い方がきざなのよ」
「さくらさん、笑った……」
時雨くんも笑った。
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