第7話

 急に走る仲間二人を追い掛けながら走る事、数百メートル。

 ドレイクの援護に向かうというルーカスと別れて、ミシェーラとヨハンの二人は目先で横転しているのが確認出来た馬車の救助へと向かっていた。


「あれね」

「ちょっと待って下さい、あれ……騎士ですよ。何処の国の騎士でしょうか……」

「声掛けてみる?」

「……やめときましょう。ほら、剣を抜いています。恐らくあの馬車を襲っているのは、あの騎士達なんでしょうね」

「化けた盗賊だって可能性もあるわね」


 盗賊が戦争で拾った騎士の鎧などを再利用して騎士を装う事は最近になって頻発している事案である。

 王国もこの事案には頭を悩ませており、近頃こういった盗賊の類を討伐する部隊の編成を視野に入れているという。

 

「そうですね、ここは僕が先ず注意を引きます。ミシェーラさんは取り敢えず消火と敵の撹乱を……」

「分かったわ、合図する」


 ヨハンの緊張で強張った表情の奥に潜む闘志を引き起こさせる様に背中を強く叩いたミシェーラ。

 ヨハンという男は寡黙だが、魔物や悪人に対する憎悪や嫌悪といったものは人一倍に強い男だ。


「おい!」


 声を張り上げて注意を引く。

 当然、騎士達にもその声は届き、その場に居た十人もの騎士がヨハンの方へと振り向いた。

 高い身長に、大きい盾を持つヨハンのその姿はただの迷子でも道を訪ねてきた旅人でも無い様に見え、警戒せざるを得なかった。

 何人かは腰に手を伸ばしており、矢筒から矢を取る者も居た。


「その矢は一体、誰を射抜くのでしょうか?」


 大袈裟に首を傾げたヨハンに矢を取った男は笑い、弓に手を掛けて矢を番えた。


「さぁ、誰だろうな」


 鼻で笑いながら放たれた一矢。

 喉元目掛けて飛来する矢に、ヨハンの左手が動き、大きな盾でそれを防いだ。反射神経こそ見事なものだが、攻撃は一つでは無く、矢が放たれたと同時に走り出した者も居た為にあっという間にヨハンは四方を囲まれてしまった。


「多少腕に自信があるからとこの人数差で何かしようと考えるのは頭が悪いだろ、なぁ、ヨハン・ゴールドフィールド」

「僕を知って……まさか、帝国の人間かっ!?」

「勇者パーティーの一人に選ばれたお前を知っている人間なんて帝国以外にも多く居るだろう。それで結局……見つかったのか、白の勇者」


 ヨハンの問いに正確な返答は無く、質問を質問で返されたものの、相手が自分を知ってあるというのが分かった時点で、ヨハンには大きなハンディーキャップが付いていた。


「……」

「黙られてもなぁ、俺達も一応情報が欲しいんだよ。噂で聞き付けた王女の護衛がアストラス家の人間だという情報も嘘だったからな。どうだ? 俺達は元々メルフェスタの王女を殺す為に此処に居る。情報交換しようじゃないか」


 錯綜する情報を冷静に紐解きながら呼吸を整えるヨハン。相手は自分が一人では無いと疑っているものの、正確な人数が分からない為か、周囲をキョロキョロと見回していた。


「そうですね、”僕達”は偶々近くで魔法の行使を確認した通りすがりでしかないですよ。あまり大した情報じゃないですよね」


 そう言いながら微笑むヨハン。

 それと同時に騎士達の後ろで横転していた馬車を燃やしていた炎が一瞬で消し飛ばされる。


「散開ッ! 気を付けろ、魔法使いだッ! 」


 身体の芯に響く様な鋭い指示が飛ぶ。

 流石は帝国の騎士だ、と言いたいところだが、ヨハンはこの集団を盗賊だと思っている為に、統率の取れた騎士団の様な素早い包囲に驚きを隠せなかった。やるな、とヨハンは笑うが、正式で優秀な騎士達だ。当然である。


 凄む騎士は一直線にヨハンへと突っ込み、大振りでヨハンに攻撃を仕掛けた。

 大きく腰を下げて攻撃を受け止めたヨハンは直ぐに盾の裏に隠された短めの剣を抜いて、斬り掛かって来た騎士の肘の辺りを浅く切り裂いた。牽制程にしかならない攻撃だが、騎士達の追撃は一瞬止まる。


「片手剣というやつか?」

「そう、言われていますね。流石に盾だけでは敵は倒せないから持っていますが……まさか盾のみだと?」


 煽っているのか、無意識な疑問なのかは分からない。斬られた腕を押さえながら騎士はヨハンの次の一手を警戒しながら睨む。

 ただ、その言葉が腕に付けられた傷と同じ様にじんじんと自分を刺激し続けているというのは事実だった。


「――お前は不満じゃ無いのか?」


 傷口を押さえた目の前の騎士が言った。


「……何がでしょう?」

「勇者だよ。ゴールドフィールド家は帝国でも高名な武家で、現当主は帝国で何度も指揮官を命じられた事もある英雄だ。何故、自らが勇者候補へと名乗り出なかった!?」


 対話に持ち込む気なのだろうか。

 誘いには乗りまい、とヨハンは黙り、様子を窺う。

 

「……正直に言おう、俺達は帝国、特別攻撃部の三番隊だ」

「……っ!? 特別攻撃部、その部門は閉鎖された筈ですが、一体どういう事でしょう?」


 帝国特別攻撃部門、又は特別攻撃部とも呼ばれる。それは他国から帝国の汚点だったと指摘される事も多々ある帝国騎士団の中の部門の一つ。

 何故、汚点と言われるのか。様々な理由があるが、有名なのは他国の要人、貴族、王族を誘拐、殺害する事からだった。


 魔王の出現により、各国の協調が必要とされた現代だからこそ、その部門の存在が公になり、二度と繰り返さない様にと皇帝が国を代表して謝罪、そして閉鎖された部門だが、そんな危険且つ、他国の批判待った無しの部門がまた復活したと言うのなら、帝国は協調を捨てて独自の路線を再び敷こうと計画を企てているのかもしれない。


「俺達は昔の帝国を取り戻そうとしているだけだ。思い出せ、十年前の屈辱的なあの出来事を!」


 その言葉を受けてヨハンは思わず顔を顰めて俯き、目を瞑ってしまった。

 突然のフラッシュバックが脳裏を駆け回る。

 苦しかった思い出、楽しかった思い出が繰り返される。

 意識は沈み、自身が八歳の時まで遡った。

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