第5話

 時を遡る事二、三時間前。

 ルーカスが抜けた邸宅の庭では未だにハイデガー本家の人間達とルーカスの母が会話を交わしており、久し振りに会い、成長したルーカスの感想を語り合っていた。


「エレオノール、先程ルーカスが言っていた”彼奴だけには一度も勝った事が無い”というのは本当か?」


 恐らくこの場の全員が驚き、言葉を失ったであろうこの発言。本家の人間では無いにしろ、剣聖の指導を受けた者が敵わないというのはそれなりに衝撃的だからだ。


「本当ですよ。あ、勘違いしてはいけませんよイロネ。一度も勝った事は有りませんが、負けた事も一度として無いのですよ」


 それは本家の人間で母でもあるエレオノールと剣聖ジェルド・ハイデガー。それと極少数の家の者しか知らない情報。

 伝聞の情報では多くの誤った情報が飛び回っているが、本当のところは決着はいつも引き分け。お互いの剣が破砕する事で決着がついているのだ。


「ハハハハッ、面白い事を聞いた。思ったよりやるじゃないか」

「成長した二人、今なら何方が勝つのでしょうね」

「もし二人が勇者になれば……」


 メルフェスタ王国でも屈指の実力者が集まるこの庭園に響く複数名の笑い声。厳重に武装した猛獣が大人しくティーパーティーをしているなど考えただけで引いてしまうのだが、それが執事達の結界一つで成されている。


 その猛獣達が気になる二人の実力は。

 

 待ってました、と言わんばかりにルーカスとロイドに邪悪な影が迫っていた。


◇◇◇


 換金所から出た四人。外も暗く、ルーカスの叔父であるイロネとの約束もある為、ルーカスの住む屋敷へと足早に向かっていた。

 ちょっとした自己紹介を交えながら歩く四人。突然教室に殴り込んで来た割には良識ある人達なのかも、とルーカスは思い始めていた。

 貴族の令息と令嬢で構成された一向はそれぞれ出身が違う者達で、ミシェーラ以外、メルフェスタ王国に来るのも初めてという事情を抱えていた。


「え? それにしては仲が良いですね」


 どうやらこの三人、まだ出会って一ヶ月に満たないという。各国から選りすぐりの若者で、且つ勇者となる人物を補佐する為のタンク、サポーター、サブアタッカーである訳なのだが、歳はなんと十八歳。


「同い年とは……もう少し上の年齢かと思っていました」

「ふっ、俺達もお前の事が同年代だと思えないよ」

「おい、どういう意味だよ」

「そのままだよ」

「この野郎ぉ……!」


 ドレイク・ハイゼンベルグ。役割はサブアタッカーだ。

 性格が何と無く合わない気がするが、まだ出会って初日、いくらでも修正が効くだろう。

 そう願っている。


「パーティーを組むのならもう少し当人達の相性も考えて欲しいわ……」

「そうですね、正直言ってドレイクさんとルーカスさんは相性が悪い」


 ドレイクとルーカスが肩をぶつけながら歩く数歩後ろで喋っているのはサポートを担うミシェーラ・ヴィヴィアンとタンクを担うヨハン・ゴールドフィールドの二人だ。


「ヨハン、俺の事はさん付けしなくて良い。ルーカスと読んでくれ」

「ハハハ、分かりました。宜しくお願いしますルーカス」

「こちらこそ宜しくヨハン。それとミシェーラも」

「ええ、宜しく」


 優しい言葉のヨハンとは裏腹に、温かみの無い冷たい声で挨拶を告げたミシェーラはルーカスの事が気になって気になって仕方が無く、チラチラとルーカスの方を見ていた


「何だ?」

「――貴方、装備は?」


 隣の卓に座っていた時は気付かなかったが、換金所を出た頃に気付き、気になっていた事を口にしたミシェーラ。服こそ制服では無いが、腰には何の装備も無い。

 勇者候補である、という自覚が無いのではないかとさえ思ってしまう。


「自前の剣を生憎持ち合わせていなくて……」

「「「え?」」」

「この街平和だし、よっぽどの事が無い限り剣を抜く必要が無いんだよ!」


 完全に呆れているドレイクに驚いて口が塞がっていないヨハン、ミシェーラは目が虚になっていた。


「此奴、勇者候補か?」

「今更疑うなよ」

「いやいや、剣は提げろよ」

「何で?」

「…………雰囲気だな」

「「「おい」」」


 突っ込んだ三人だが、すかさずミシェーラの持っている杖がルーカスの頭に振り下ろされる。


「貴方がいけないの。………え、」


 寸前で受け止められた杖を笑いながら離すルーカス。正面を見ていた筈なのに振り下ろされたのが分かったのだろうか。所々驚く行動を見せるルーカスにミシェーラは未だ完全に信頼出来ていないのか、怪訝な表情を浮かべていた。


「屋敷に戻ったら、取り敢えず……まぁ、剣ですね。頑丈な物を見繕います」

「そ、そうして」


 こうして四人はルーカスの暮らす屋敷に到着した後、直ぐに装備を整えてこの街を出ようした。母エレオノールは快くミシェーラやドレイク、ヨハンを受け入れ歓迎してくれたものの、全員が他国の貴族令息令嬢で、警戒している家の者も多く居た。

 四人が到着した事で本格的に出立する用意を整えたハイデガー本家の人間達。馬車から執事まで洗礼されたものばかりで、馬車の中で腰を落ち着けるまで緊張が解れないで居た。



 

「イロネ様、少しお話しが」


 扉の直ぐ側、イロネに本家の執事が何やら話し掛けていた。

 

「ん、急用か?」

「はい。国王陛下からの勅命です」

「聞こう。――済まないが、諸君、私抜きで王都へと向かって欲しい」


 ルーカス達が乗る馬車に一瞬顔を見せたイロネは用があると言って執事に連れられて何処かに行ってしまった。


「はぁ?」

「嘘でしょ、今から?」


 外から何やら不満を漏らす声が聴こえて来る。

 声の主はルーカスの従兄弟、従姉妹で、まだ学校に通い始めたくらいの年頃の少年、少女である。

 何があったのだろう。

 首を傾げて小窓から外を眺める四人の元へ、再びイロネがこの馬車へと近付いてくるのが見えた。

 

「本当に済まない……」

「どうしたんですか?」


 険しい表情を浮かべているイロネ。その後ろでは額を手で覆う従兄弟、従姉妹の姿。腕を組み溜息を溢す執事達の姿が見えた。

 

「訳あってアーガイル帝国に出向いていた王女殿下が期限を早めて突然帰国する事になったらしくてな、その際の護衛に我々が勅命で選ばれてしまった…………くっ、なんと面倒臭い事か……!」


 勇者の件で色々と交渉をしているというメルフェスタ王国の王女の事だろうか。一度学校で先生がこの話について触れていた事を思い出す。確か、勇者の支援にどのいった事をするか帝国と協議する為に向かったとか。

 

「いえいえ……! そんな事仰らないで下さい、王都なんて自分達でも向かえますから!」

「いや、本当はお前と共に父上の元へと向かいたかったんだが……」

「王女殿下の護衛は大事でしょうから。構わず」

「ハハハ、――そうだ、これをやる」


 馬車の中に弧を描いて放られた小さい何か。

 反射的にキャッチした手の中ではゴツゴツした感触があり、ゆっくりと確かめる様に手を開く。

 指輪だ。

 所々に装飾が施された銀色の指輪。ドラゴンの頭が印象的なその指輪はヨハンを大きく驚かせた。


「それって……! まさか!」

「知っているのかヨハン君」

「は、はい。ドラゴンを倒した者に贈られる特別な指輪”ドラゴンリング”ですよね……!」


 そのまんまの名前だが全く聞いた事が無く首を傾げるルーカスとドレイク、ミシェーラ。

 イロネは小さく頷き、口元へ指をやり小声で喋り出す。


「このドラゴンリングは王都の職人に見せると無償で武器を造ってくれる特典付きなんだ。内緒だぞ。後、絶対に盗まれるな」

「は、は、はい……! ありがとうございますっ!」


 本来その特典とやらの為に贈られた物では無いだろうが、ルーカスにとっては最高に都合の良い代物であった。


「それじゃあ、幸運を祈る」

「「「はい」」」


 送り出されて一時間、本来あったであろう賑やかさは自分達の馬車一台という事もあり、失われていた。

 馬車は凄まじく豪華だが、一台では本領を発揮出来ていないのも事実。

 馬車の中ではルーカスに預けられた指輪の話で持ちきりで、何故か知っていたヨハンから色々と話を聞いている最中であった。


「で、何で俺達はそんな凄い指輪を知らないんだ?」

「僕も知ったのは勇者パーティーへ勧誘されて皇帝陛下に謁見した時の事だから、知ったので言えば最近で偶々だよ。自慢げに話す皇帝陛下が印象深かったかな」

「アーガイル皇帝もドラゴンを?」


 興味津々なミシェーラは追求した。

 鼻息が蒸気機関車の様に噴き出して目が煌々と輝いているのは未だ学生の探究心が抜け切れていないからか、それともドラゴンという存在が好きな少年、少女心故だろうか。


「そうだよ、単騎じゃないけどね。元々このリングの発起人は皇帝陛下さ。ドラゴンを討伐出来る程の強者に、と帝国の職人を集めて造らせた代物だよ」

「今幾つ出回っているんだ?」

「そうだね……それを手掛けていた職人はもう生きていない……確か五つくらいかな。もう造られないと思うし、現存している物で最後のリングだと思うよ」

「凄い物じゃないか……なんか、怖くなってきたな」


 ルーカスは怯えながらも指輪を小窓から差し込む月明かりに照らす。

 輝き弛まぬこの指輪を指の間でクルクルと回して見入っていた。


「ん?」


 ドレイクが腰を浅く置き座っていた佇まいを直しながらルーカスが指輪を翳している窓とは違う窓のカーテンを開き、窓の外を覗いた。


「どうしたの?」

「いや、外で何か……違う馬車の音が聴こえなかったか?」

「きっと気のせいよ。こんな時間に走る馬車程珍しいものは無いわ」


 ミシェーラの言葉虚しく、窓の外には土煙を巻き上げながら走る馬車とそれを追いかける複数の騎馬兵が壮大な逃走劇を繰り広げていた。

 しかし、そんな事に気付かない一向。

 御者がその事を伝えるその時まで、ルーカス達は呑気に馬車の旅を楽しんでいたのであった。

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