第4話
換金所とは文字通りの施設である。買取以外にも素材の販売も行っている。
魔物や動物の素材を買い取ってくれる便利な施設な訳だが、基本的に世の中に出回っている素材の供給量を加味した価格設定となっている為、日々買取価格や販売価格が変化しているという特徴がある。
「御用件は?」
髭を生やした四十前半のふくよかな男性がルーカスの対応をする。視線は全身を巡ってルーカスの身なりから立ち姿で価値を推し量っているのが分かった。
生憎、服装は高価ではないものの、安価では無く、まぁまぁ良いやつだよね、と言われる程度の物。
「歳が近そうな三人組を探しているんですが、この店に来ませんでしたか?」
「歳が近いねぇ……上の階に三人組は居るが……此処の人間じゃ無さそうだそ」
「多分その人達で合ってますよ。ありがとうございます」
ペコリと軽く礼をして向かった二階。素材の査定が終わるまでの待機場所となっている訳だが、待機する程長い査定は珍しく、素材を多く持ち込む外部からのハンターが多く利用している様だ。
◇◇◇
「どうするんだよ、ミシェーラ」
「どうって?」
「黒の奴等、此処に着いたらしいぞ。予定より二日も早い。あの魔物掃討の依頼をこんなに早く終わらせて来たとは考えられない!」
「依頼を放棄したとでも?」
「じゃなきゃおかしいだろ? なぁ、ヨハン」
「確かにおかしいですが、向こうには勇者が居ます」
その一言は今の三人にとって負い目を感じざるを得ない言葉。
聞くだけで胃が痛くなるものだった。
「ルーカス・セインは適材じゃないのか?」
「適材だよ。帝国は王国に居るシリウス・ハイデガーをお望みですけどね」
ヨハン・ゴールドフィールド。この男はアーガイル帝国からこのパーティーに加わった者。パーティーのタンクを請け負っている大盾持ちである。
「ヨハンから言っておいてくれよ。シリウス・ハイデガーはこのパーティーに要らないって」
「皇帝にかい? 無理だよ、死ぬよ?」
「絞首刑くらいなら耐えれないか?」
ジョッキに入った果実水を流し込みながら出た言葉にヨハンは身を乗り出してドレイクに迫った。無表情だが、微妙に怒りの感情を孕んでいるのが分かる。
「冗談ですか?」
「勿論」
「でも、正直耐えれるだろう? 覇気を使えば」
このドレイクという男は覇気がなんでも出来る万能なモノだと勘違いしているらしい。元々覇気が扱えるという事でミルコフ王国から採用された人間である訳だが、やや人間性に欠けているという問題があった。当然そんなもの会ってから気付いたもので、今更ミルコフ王国に送り返すなんて出来なく、実力は確かである為にする必要も無かった。
「僕は覇気を扱えませんよ。訓練はしましたけど、未だに覚えられません……」
「大丈夫よ、ヨハン。その内覚えられる」
そう励ますのはこのパーティの魔法使いであるミシェーラ・ヴィヴィアン。パーティーのブレイン的存在。
斯く言うミシェーラも、覇気は覚えているものの、扱えるという程では無い。
「そうでしょうか、魔王討伐作戦が本格的に実行されるまで残り二年です。勇者無し……というより、あの剣無しでは……」
「大丈夫。きっと彼は来てくれる」
「何の確証があってそう言えるんだ?」
「あの顔よ。日常生活に飽きた様なあの顔」
ミシェーラは哀愁漂わせ頬杖を突く。視線は机へ落として、そこに長い髪の毛が目に掛かっているのが何処か魅惑的に見えて、ドレイクもヨハンも思わず目を逸らしてしまう程。
「た、楽しそうだから来たってのはこ、困るぞ?」
「そ、そうですよ。ある程度の心持ちはないと……!」
これで何杯目だろう。
査定の間無償で提供される果実水を滝の様に飲み干し、新しく注がれていく果実水を見ながらミシェーラは息を吐いた。
「私達は正直魔王なんてどうでもいい。違う?」
「ああ」
「えぇ」
そう。この三人は魔王討伐の報酬目当てで組まれたと言っても過言では無かった。
三人は確かに強い。
全員が十八歳とは思えない程に実力は高みにある。しかし言っても十八歳。武術の達人と言われる人間や英雄、剣聖などには到底及ばないのだ。つまり勝つビジョンが見えない。
ルーカスは勿論年齢にも、事情にも気付いていない。もし気付かせれば同情を誘えただろうか。性格の悪い思考回路にミシェーラは表情を変えず小さく笑った。
「それでも、あの二本の剣でしか魔王を倒せないのなら、その条件に合う最大限の戦力で挑むべきよね」
「だから俺達なんだよな」
「そうですね。僕達がやらないと……」
「何をやるって?」
気付けば隣の卓に座っていたルーカス・セイン。両肘を机に突いて顔だけ此方を覗くその姿は堂々とはしているものの、何処か気持ち悪さを感じる。本人はかっこいいつもりなのだろうが、三人の反応は等しく”奇”といったところ。
「来たのね。勇者になる気になった?」
「ああ、受けるよ勇者。でも俺はまだ候補だ。それにハイデガーの剣術も完成していない。それでも受け入れてくれるのなら……俺は勇者でも全うしてみせる」
ほんの少しだけ気持ち悪い体勢から放たれる覚悟にミシェーラは思わず口角を上げてしまっていた。
「その剣術、いつ完成するの?」
「二年間で必ず仕上げる。出来ればそれまでに完璧に。鍛錬方法のコツさえ掴めばもっと早く仕上がるだろうね」
「間に合わないんじゃないの?」
「気合いで間に合わせるよ」
「ハッ」
馬鹿にした様に鼻で笑ったのはドレイク。目の前の男から気合いという単語が出た事が面白くて笑ってしまったのであった。
「気合いだと? ある様には見えないぞ」
「捻出するんだよ」
ほぼ無いと言っている様なものだが、張り詰めたこの雰囲気に突っ込めるものは居なかった。
「ルーカス・セイン。この後の予定は?」
「王都に向かう」
「「「王都?」」」
「ハイデガー本家、そこでもう一回腕を鍛え直すつもりだ」
「へぇ……ハイデガー本家ね、出来るの?」
「叔父の提案だ。それに本家の人間の後ろ盾もある」
「ハイデガー本家が貴方を気に掛けるなんて、よっぽど信頼されているのね」
「素直に頷けないな、正直条件が無ければ絶対に声は掛からなかった……本家には適齢の嫡子も居るから……」
先程まで話していたシリウスの事だろう、とミシェーラはドレイクとヨハンを見て小さく頷いた。
「でも、貴方が選ばれた。違う?」
「真意は分からない。シリウスも優秀だ。聞く話だけだと叔父達は別にシリウスを見限って俺を支持するっていう訳じゃないと思うんだ」
「そんなの……考えるだけ無駄よ。現状、支持してくれているんだから甘えたら?」
「ああ、そのつもりだけど……」
「だけど?」
「もし、俺が加わって四人一緒に王都に向かう事になったら……ハイデガーの問題に皆んなを巻き込む事になる」
いつの間にか陽が落ち始めており、暗くなってきている外の景色を眺めながら真剣そうに呟いたルーカスの言葉に三人は声を上げて大きく笑った。
「貴方、馬鹿みたいなのにそんな真剣な顔も出来るのね。驚きだわ」
「堪らねぇな、その顔。ハハッ」
「僕達は全員が違う国から集められたパーティーですよ? 家柄の問題なんて気にした所で影響しません」
「いや、暗殺者とか送り込まれるかも……」
「そんなんに殺されるんだったら此処にいねぇよ」
世の中には猛者でも警戒する危険な暗殺者が山程居る。あくまでも若い人間の中でトップクラスのこの四人では太刀打ち出来ない暗殺者も当然居るのだが、場の雰囲気で熱くなったドレイクはそんな事考慮せずに強がっている。
「まぁまぁ、取り敢えずありがとう。来てくれて嬉しいわ」
「そうだな」
「そうですね」
こんな即興劇かの様な流れで組まれたパーティーだなんて後世の人達が信じてくれるだろうか。実はこれが白の勇者、ルーカス・セイン。別名”白鯨”の誕生と本当のパーティー結成の瞬間である。
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