第3話
その場から一瞬で走り去ったルーカスに取り残されたロイド・シドウェルズとレリックマスター。後から来たロイドのパーティーメンバー達は何とも言えない絶妙な空気感に顔を顰めながらレリックマスターと握手を交わして、路地裏から出て来るのだった。
「知識の塔のマスターとお会い出来るなんて、光栄です!」
「君はブリスク・サーズ君だね。マスター候補だと聞いているよ」
ルーカスに向けていた笑顔とはまた異なった笑顔だが、当然分かる筈も無く。
「はい! 身に余る待遇で正直未だに疑っているくらいです」
「今は激動の時代だからね。若い人材は早めに採っておくのが良いのさ。自信を持って」
レリックマスター。知識の塔で三人居るマスターの内の一人。
その他にもマジックマスター、ビーストマスターが居る。
名前通りの存在で、武器や装備などの研究を主にしているマスターがレリックマスター。
魔法の研究を主にしているのがマジックマスター。
動物や魔物の研究をしているのがビーストマスターと呼ばれている。知識の塔での最高権力を誇る三人だが、どんな国でも根本に知識の塔を頼っている節があり、国に対しても政策を変える等の発言を出来る程、強大な権力を持っている。
「レリックマスター様は今日何故此処に?」
ブリスクの純粋な質問に若干表情が固まるレリックマスターとロイド。
「いやぁ……気分でね」
「気分……ですか……?」
「そうそう。気分が良くて来ちゃったって訳さ」
絶対に何か目的がある、というのは大前提として、マスターという存在がお忍びで来る理由がこの街にあるという事自体が、ブリスクには興奮に拍車を掛ける様な事実であり、運が悪い事にパーティーとルーカスを引き合わせる理由へと繋がってしまうのだった。
◇◇◇
「ただいま戻りました」
街の中央にある巨大な屋敷。壁は高く、門は重厚な金属製。如何にも要人の拠点かの様な屋敷はルーカスとルーカスの母が暮らす実家である。
「お客さんですかー?」
玄関に入る前、門の内側に止められた数々の馬車から客が来ている事には気付いていたが、それが誰なのかは分からなかった。しかし門を通っている時点で母の知り合いなのだろう。
何時もならば階段を昇り、自分の部屋へと直行するルーカス。しかし、今日は色々な事があった上、客が来ている。
「母上、お客さんは…………」
何時も母が居る庭を覗く。
母は居た。しかし、居たのは母だけで無く、客らしき人物が五人程。この家専属の者以外の執事、メイドが複数名居るのが確認出来た。
「ルーカス! お帰り、今日は早かったのね」
「母上、どうしてこの人達が?」
執事、メイドがルーカスを見て姿勢を正す。自分は別にハイデガーでは無いのだからそこまでしなくていいのだが、言ったところで変わらないのは知っている。
「そう警戒しないで」
「してません。ただ母上が心配なだけです」
「どうして?」
「連れ去られる……から……?」
周りに居たハイデガー本家の人間の内、四人がルーカスの言葉に笑う。殆どが歳上で母の兄弟や従兄弟、従姉妹である。
自分でも疑問系になってしまったのは失態だったと思うが一度声に出てしまっては取り消せない。第一印象は悪くなってしまっている事だろう。
「家族よ?」
「それでもです」
「まぁまぁ、落ち着けルーカス」
母の兄で、ルーカスの叔父が口を開いた。
「そうよ、ルーカス。話は聞いたの、貴方勇者になるんだって?」
この件に反対すると思っていたが語調は優しく、咎める様子は一切ない母。思わず目を見開いて母を見てしまった。
「候補ですよ……確定じゃない」
未だに勇者という単語を素直に受け入れる事が出来ないルーカスは謙遜しながら苦笑いを浮かべた。
「その候補だけど、どんな子が挙がっているか知っているの?」
「知らないです」
「ハイデガー本家からも一人挙がっているのよ。あの、兄の息子がね」
兄というのはマルコ・ハイデガー。
ハイデガー家の長兄で、ジェルド・ハイデガーの息子。それだけでブランドは確立しているが、本人が王都にある学校の理事を務めているなど有名であり、権力も備える人間だ。
その息子というのはシリウス・ハイデガーという同い年の人間であるのだが、少し傲慢のきらいがあるシリウスをルーカスは苦手としているのであった。
「シリウス様ですね」
「様……? 何よ、ルーカス……そんなに改まって……」
「流石に自分も成人しましたし、敬称は付けておいた方が良いかと思いまして……本家の方ですし」
「兄の前ならまだしも、此処に居る人達の前では要らないわよ」
「え……?」
本家を敬うのが常識だと思っていた。勿論、間違っていたのでは無いだろう。王都に住んでいた昔は敬称を付ける様にと強く躾られたのだから。
巨大な庭園を歩くマルコ・ハイデガーとシリウス・ハイデガーは長兄と跡継ぎだからか、家での扱いは豪華で何時も遠い存在として眺めるだけの生活を送っていた。
剣の鍛錬の為に木剣を握り、声を張り上げながら振り下ろす毎日の自分、花を愛でて紅茶を飲み菓子を頬張るシリウスとの対比の日々は今思えば反吐が出る程苦しいものだった。
しかし、幼かった自分はそれが嫉妬だとも理解出来なかった。
こういうものだと思う他無かった固定観念だった。
「意外にも真っ当に育ったものだな。ルーカス」
叔父だ。
「真っ当ですか……?」
「父親がハイデガーでは無いという理由だけでこれまで寂しい思いをしただろう。それに加えてこんな地方に追いやられれば、少し位捻じ曲がった性格になっていても仕方が無いと思っていた」
「あぁ……それはまぁ、今この瞬間までシリウス…の事は忘れていましたし」
「それは面白い、彼奴も一応王都では人気者なんだぞ」
祖父が剣聖。しかも父親が学校の理事ときたらそれはもう人気者になるだろう。全員の真意は分からないが、仲良くなれば何かしらの恩恵があると思う者も多い筈だ。
「王都の学校に属しているんですよね?」
「ああ」
「王都の学校は学生全員に順位があると聞いた事があるんですが、それは本当ですか?」
自分でも何故この様な質問をしているのか分からないが、恐らく気を紛らわせる為の戯言の一瞬だろう。自分で言っていてよく分からない質問であるのがその証拠だ。
「ああ、付いているな。シリウスの順位が気になるか?」
「は、はい」
「二位だ。一位は……『ロイド・シドウェルズ』……ほう、知っているのか」
「昔の知り合いです。あいつだけには一度も勝った事が無い」
「ほう…………黒の勇者だからな。髪色も相俟って世間では”黒鷲”と呼ばれている」
幼馴染が勇者になり、世間では高く評価されている。思う事が無い訳ではないが、自分には無関係な話だと思っていた。
「実は先程、ロイドと会いました」
「もう此処まで来たのか、早いな。アベレルシオン目当てだな?」
「そうらしいです。アベレルシオンで魔王は倒せないというのに……勇者をぶつければ大人しく渡すとでも思っているのでしょう」
叔父はルーカスの顔を覗き込む。
「仲間にでも誘われたか?」
「いえ……勇者に、と」
「そう来たか」
高らかに笑う叔父はルーカスの背中を励ます様に強く何度も叩く。嬉しそうなのは単純に身内から勇者という存在が輩出されようとしているからであろう。現実味を帯びれば帯びるだけその笑い声が大きくなっていっている事に気付いている者はルーカス意外にどれだけ居るだろう。
「まぁ、先ずは他の候補者に差をつける事だな。二位とは言え、シリウスは強いぞ。やる気があるのなら本家で鍛え直すのも有りだな、此処に居る人間皆お前を支持してやる」
本家での修行がどれ程貴重なものなのか、ルーカスは若いながら理解している。言うなれば本家の序列に割り込む様なものだと。家督の争いとはまた異なった時期剣聖への争いに踏み込む事になると。
「そ、そうですね……」
「おぉ、やる気になったか」
「ほんの少しだけです。失礼しても?」
指先でその少しを表現したルーカスは一歩下がり、この場を離れる許可を取る。
「何処に行く?」
「王都へ出向く前に喋っておきたい人がいるんです」
「そうか。夜には出るぞ、もしこの街に残るのならそれまでに言いに来い」
叔父のイロネ・ハイデガーという男は想像していた人物像とかなり異なった人物であった。悪い意味ではなく、良い意味で。
二十年前、魔王が出現する前の時代に王国が新設した騎士団では、二つの部隊を率いて帝国の都市を一つ制圧した偉人。有名なのは五人の魔法使いから放たれた攻撃魔法を剣一つで全て防ぎ切ったというもので、今でも圧倒的な剣技を表す際に引き合いに出される事がある故事だ。
去り際に振り向いて頷いたルーカスはこの窮屈な空間から足早に抜け出し、制服から私服へと着替えを済ます。
居場所は分からないが、未だ成人したてのルーカスでは行く所も自然と限られるというもの。
「換金所にでも向かうか……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます