第14話:愛は、人間が抱く唯一の感情である


——— 子供とは可愛いものだ。


月並みな台詞セリフ、誰もが知ってる、誰もがそう思ってる、子供が嫌いだという奴だって、訊かれたらそう答えるに決まってる。


髪が生えてきて、眼がぱっちり開いて、這い這いする頃の子供の可愛いさは、言語を絶して、それを表現し語ろうとするを断念せざるを得ない程だ。


その姿、その形、その声、その感触、そしてその匂いと、……… 温度、だけじゃない、何より、何よりその小ささが、………


親は、子供を可愛がる。とても可愛いがる。周りの大人も可愛いがる。子供だって、可愛がる。自分より小さな子供を愛しむ。


泣いては笑い、笑っても笑い、げっぷをしたと言って笑い、おしっこをしたって笑う。うんちのにおいにだって眼を細め、寝息だって嗅いでしまうし、まだ柔らかな髪の毛の、おひさまの匂いに酔い痴れる。鼻をかじられても嬉しそうに声を上げ、最終的には、眼に入れても痛くない、とまで口走る。


人間は、子供を可愛がる生き物だ。その有り様は、狂っている者のそれだ。狂ってる、そうだ、狂ってるんだ、そうでないなら「壊れてる」


愛だけが、人間の動物としてのあるべき行動パターンを壊す。愛だけが、人間に、三大欲求に逆行する行動を取らせる。愛は、時に生存本能を凌駕する程の強力な欲求となり、稀に、いやしばしば、自らの命を奪い去る。


子供のうち、特に乳児、いわゆる赤ちゃんを廻るこの、狂想曲じみた乱痴気騒ぎは、しかし不意に終わる。ストンと、幕が降りたみたいに、急激に終わる。その理由は様々だろう。曰く、———


乳離れの時期が来た。母親が仕事に戻った。または、母親が次の子供を身籠った。あるいは出産した。弟か、妹が、できた。


この希薄になって行く空気の中、不安に喘がせる胸の中に、負圧に吸い出される気泡のように「ポコっ」と生まれる、欲求のかたまり、衝動のかたまり、空虚のかたまりが「愛」なのだ。


こうして「愛」は、次の世代に「伝承」されて行く。


もういいだろう。ここでいったん整理してしまう。


愛とは最初、自分の内にある物とは知覚されない。それは嬰児たる自身の周囲に充満している高圧ガスのごとき物だ。乳離れに際してそれが喪失した時、子供は喉が焼け付き、胸が潰れる程の飢餓感を以って、初めて愛情を渇望するようになる。過酷で厳しい子供時代を生き抜くための「愛」という名の強力な本能が、発動するのだ。


そしてその本能は、子供時代に留まらず、人生全体を支配する。


愛は、人間が抱く唯一の感情であるという予感を、筆者は持っている。喜・怒・哀・楽と言うが、いずれも独立した感情では無いと、筆者は考える。


喜は、愛及び三大欲求が満たされた時に感じる充実感であり、怒は、生命の危機に対する本能的な反射である。哀は、愛が満たされない時に感じる謂わばストレスで、楽は、愛が満たされている時に感じる安心感に他ならない。


人間の心の働きには、たった一種類、「愛しい」という気持ちしか無い。この事こそが、本稿のキャッチコピーに派手に踊る文字「世紀の大暴論」の、その「暴」たる由縁である。


これは決して、呑気な「脳内お花畑」的な話ではない。


この生存本能に由来する「護ってほしい」から派生する「護ってもらえる自分になりたい」つまり「可愛くなりたい」「綺麗になりたい」そしてそれが倒置・倒錯して起こる「愛しい」という気持ち、———


これが完全に満たされることは稀で、人は多くの場合、これを渇望し続け、しかしその望みが十全に叶うことは無い、まず無い、ほぼ無い。


その結果巻き起こる様々な心理、———哀しみ、悲しみ、怒り、嫉妬、猜疑、嫌悪、拒絶、そして殺意、或いは絶望、願くば、祈り、etc、etc、———


人間に固有の、負の感情。人間だけが持つ、醜さ、汚なさ、浅ましさ、これらは全て「愛」に、端を発している。いや「愛」の裏返しと言った方が正確か? いや、この浅ましさこそが「愛」の実相、本質なのだろう。


は、話が逸れまくった。でも、今語っちゃわないとこれを語る機会を永遠に失するような気がして・・・


長くなったので(1,700字)続きは次話に譲ります。そう、人生に於ける愛の変遷を、いったん総括して時系列に整理するつもりだったのでした。次話、話を戻して再スタートします。














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