第15話:そしてその本能は、子供時代に留まらず、人生全体を支配する

ヤドクガエルという作家の「夏のたけなわ」という変わったタイトルの同人漫画を、三年くらい前だったか、に読んだ。矢毒ガエルという南米に分布する猛毒のカエルを、画像検索していたら偶然に、ホント偶然にヒットしてしまったのだ。


BLおとこの娘モノの、成人向けの作品だった。トランスジェンダーである十四歳の「おとこの娘」が、小学生の時に好きだった年上の、一緒に遊んでくれた近所のお兄さんに会いに、当時過ごした街に夏休みを利用して帰る、という話だった。そう、ひと夏の、恋の物語だ。


女装して帰るのだが、本当に女の子にしか見えない。肌の白い、手脚の長い、すらっとした体型の女の子。褪せた栗色のショート・ボブがよく似合っている。仔猫のように見開かれた瞳が、とても美しい。まるで、精密機械のレンズのような、………


男に抱かれるために、

帰ってくる。


女の子になるために。


十四歳の今、まだ女の子に見える自分が、大好きだったお兄さんに抱かれることで、希って止まなかった女の子に、ほんのひと夏だけでもなれたという、その証を立てるために帰ってくるのだ。


かつて自身が女の子だったという事実を、自分と、自分以外の者の記憶に留めるために。


女の子だった自身の姿を、誰かの記憶の中に、永遠に切り取るために。


**


僕は、この主人公の少年の事が忘れられなくなった。恋に、似ていた。作中で少年が口にした台詞を、何度も反芻した。


「ぼくさ、ずーっと、………女の子になりたくって」


「もし今度会っても、きっとまたケンイチロウは!!………ぼくって気付かないね」


僕は、アセった。「変態になっちまった」そう思った。歯軋りした。当時の不見識を承知で言う。「ホモになっちまった」そう思ったのだ。———何故か?


この少年の願いに、身に覚えがあった。僕の、ずーっと秘匿してきた願いを、この少年は代弁している。男に抱かれたいなんて、思った事は無い。男に性的興味なんて、抱いた事は無い。だけど、———


「女の子になりたい」


この少年の願いを、僕は「懐かしい」と思ったのだ。この少年の祈りは、僕の祈りだ。そして、———


「静かに、だけど容赦なく、もの凄い勢いで「男」に変わってゆく、………その感覚が、少し怖い」


この怖れと絶望感は、僕がかつて抱き、しかし目を逸らし続けてきた、僕自身の気持ちだ。


ということは、僕はホモ、ということになる。だってこの少年は、ケンイチロウの事が大好きだったのだから。


オカマ、と言い換えてもいい。女装していた訳だし、女の子になりたい、と明言してるのだから。


彼の願いを懐かしく感じ、その祈りに自分のもののように感じるなら、やっぱり僕はホモだ。


**


しかしやがて、自分はやっぱり男には全く興味無いと悟り、いい歳をしてまだまだオンナとヤリたくてタマらない訳で、ということはやはり自分はゲイじゃないのだと悟るに至り、


その後「女の子になりたくなっちゃった」疑惑が濃厚になりより一層アセったが、ある日「オレ女子力ゼロじゃん」という火を見るより明らかな事実に突き当たり、


じゃあなんなんだこれは? このうれしいようなハズカシイようなこのおかしな胸のトキメキはいったいなんなんだ? 泣きたいくらい何かになりたいこの胸のワナナキは、そもそもどうした訳なんだ?


何が起こった???


どうしてこうなった!!!


そして気付いたのだ。僕が、酷いナルシストである、という事実に。そのあまりのナルシスト振りに、僕は驚愕し、呆然としてしまっていたのだ。


愛しかったのは、自分。「可愛くなりたい、綺麗になりたい」も、女装とか関係なくかつての自分の切実な「希い」だった。


**


かくして、人類が荒ぶる自然の摂理の下で生活していた頃、護ってもらいたくて、愛してもらいたくて闇の中で泣き叫んだ子供の魂は、その生存本能と切実な祈りとは、まあ、こうして、五十代の半ボケの親父の中にも、失くなったりせずにちゃんと残っているのだ。不思議だなあ。


は、話が逸れたままだな・・・





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る