第12話:僕は笑顔で、絶望していた


行為そのものについて言うなら、それは少しばかり期待外れ、と言うか、渇望し、夢にまで見たそれとは、だいぶ違っていた。


どういう事なんだろう?


しかし、ぼくのリリスへの憧憬と興味は、尽きる事は無いのだ。すべらかな肌も、きらめく瞳も、まだあどけないくちびるも、子供みたいな可愛い声も、ミルクのような甘い匂いも、そのすべてが僕を魅了して止まないのに、………


男女がつがって行ういとなみそのものには意味など無い、と言うことか? 目的ではない、とでも言いたいのか?


じゃあぼくはリリスにいったい何を求めているのだろう。今この瞬間だって、焦がれて焼き付くほどに愛しいのだ。胸を押さえて泣き出したくなるくらい大好きなのだ。


**


十八になると、僕とリリスは一緒になった。双方の親に申し出て、そして神の前で、夫婦となるための許しを乞うた。


カイン ——— 兄さんにも相談した。すでに家庭を持っていた兄さんは、僕の結婚をとても喜んでくれた。


僕は今まで以上にリリスを愛した。僕はもう大人の男で、でも小さくて華奢で、子供みたいな可愛らしさのリリスに、少年の頃の自分の面影を見ていた。失ってしまった美しさを、………


いや、それだけじゃない。リリスと一緒にいる事で、喪失感を埋めてしまいたい、………だけじゃない。


リリスのからだに触れる時、僕の体腔を満たしている思いは、リリスの美しさを味わいたい、だけじゃない。


リリスになってしまいたい。


そうだ、僕は、リリスそのものになってしまいたいのだ。


**


やがて悪阻つわりが来て、リリスが身籠った事が分かった。僕の、子供。僕の、———


悪阻を過ぎると、リリスは穏やかで、優しくなった。その優しさは、まるで小さな子供のような優しさで、優れた容姿を持つリリスの、その美しさより、その可愛らしさの方がより際立った。


一緒の暮らすようになってから、それまで見せなかった生活者としてのしっかりした一面を覗かせて、ややともするとフワフワして夢見がちな僕を驚かせ、時に叱ったりもしたリリスだったが、今はとても楽観的で、その笑顔は、いささか愚かしくも見えた。


僕は、違和感を覚えた。リリスは「お母さん」になろうとしていて、その準備をしているように思えた。何も変わらない僕を置き去りにして。まだどこかに帰りたいと願い続けている僕を、置き去りにして。


子供の頃の、柔らかな感触を求めた、少年の頃の、華奢な美しさを求めた、そのリリスが、いとけなき妖精が、———


母親になってしまう!


だんだん、お腹が大きくなってきた。リリスはますます穏やかで、笑っていることが多くなり、しかし同時に涙脆くもなっていて、不意に、溢れる涙を白い指で拭っていたりして、驚かされることが何回もあった。


僕は、リリスの大きくなってゆくお腹に眼を細め、この子が産まれてくるのが楽しみだと語り、時に取り止めのない不安感に攫われる彼女を慰めたりもしたが、内心は、穏やかでは無かった。


不安感、焦燥感、喪失感、そして、——— 恐怖感。


僕の自我は極めて不安定になっていた。僕はもう少年では無くなっていたし、そんな僕の前に現れたリリスはもう、少女では無くなっていた。大きなお腹を抱えて、すでに妖精ではなく、しかし一切の不安無く、優しげに微笑むリリス、………


もう正直に言う。僕には、人の親になる準備が、出来ていなかった。僕は今すぐに、大人にならなければならなかった。大人になる、ということは、今までの自分を、胸に抱く大切な何かを、捨てるということだった。


愛しさを、捨てる。それは僕にとって、非人間的で、とても残酷なことだった。大人という得体の知れない何者かになるために、今すぐ自分である事を辞める、ということだった。


絶望感、——— 一言で表現するとそうなる。でも、その絶望感を、懸命に母親になろうとしてるリリスに気取られてはならなかった。バレてはいけない。


キツかった。僕は笑顔で、絶望していた。
















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