第11話:九歳の時、最初に好きになった子は、おとこの子だった


弟・アベルの告白


**


可愛くなりたい、そう思っていた。


綺麗になりたい、そう希っていた。


おとこの子なのに変だ、そういう気持ちも少しある。だけど、おとこの子とおんなの子が、全く違う性の、それこそ陰と陽、プラスとマイナス程も違うなんて、そんなふうにハッキリ分かれるのは、けっこう大きくなってからだと思う。おとこの子もおんなの子も、どちらも同じように、お父さんの愛しむような眼差しと、お母さんの柔らかな抱擁とを、ひとり占めしたくて、可愛くなりたい、綺麗になりたい、と願うのだ。


男は女が好きなんだ。女は男に恋するんだ。


そんな言葉をよく聞く。男性と女性は互いにつがって、自然の営みの果に子供を授かる、そのために惹かれ合うように創られているのだと。


しかしそれは少し違うと思う。


可愛い子と仲良くなりたくなる。綺麗な子のことが好きになる。おとこの子かおんなの子かは、あまり関係がないように思う。九歳の時、最初に好きになった子は、おとこの子だった。長くてしなやかな四肢を持つ、肌が白くて美しい、二歳年上の、とても綺麗なおとこの子、―――


でも、おとこの子は、やがて「男」へとその姿を変えて行ってしまう。こどもから「戦士」に、「父親」に、………いやもう正直に言ってしまう「ケダモノ」に、変わって行く。そしてそれは、ぼくも同じだった。


最初、声が変わって、背がどんどん高くなり、肌から柔らかさが無くなって、代わりに筋肉と血管が浮かび上がり、毛深くなってゆく。かおつきも、以前とは明らかに違ってくる。


逞しく成長している、―――


そう言ってしまえば確かにそうだが、心のずーっと奥の方で希ってきた自らの姿とは、違う外貌になって行く。駆け離れて行く。


精通があって、ぼくはもう子供じゃなくて、その現実を突きつけられて、鏡を見る度に、子供の頃の面影を、その残像を確かめるようになって、———そしてある時、出逢うのだ。


子供のごとき、光り輝く美しさを失わない存在に。ケダモノへと変態せずに、美しさを保ったまま伸びやかに成長し続ける、その不思議な生き物に。


それが、ひとつ年下の、十四歳の女の子、———リリスだった。


ぼくはリリスに夢中になった。リリスは、ぼくが失ってしまった美しさ、柔らかさ、可愛らしさの、そのすべてを持っていた。


リリスと一緒にいたかった。ずーっと一緒にいたかった。リリスと一緒にいると、失ったもの全てを取り戻せたような気がした。


リリスを抱きしめると、細くて、華奢で、そして小さくて、その小ささに、なぜだろう、ぼくは泣きそうになってしまった。


「おねがい、ぼくにきみを、一生護らせて、………」


ぼくはもう、愛しさを押さえることが、出来なくなった。













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