Ⅳ
「つまり、私が有機体プローブになって常に情報をアップロードする」降下の準備を進めながらユーパンドラがいった。「今回は、この方法を取らなければ、正確な情報を掴むことができない。でしょ?」
「そうね」ため息まじりにキラシャンドラが答える。
口には出さないけれど、ふたりはわかっていた。規則を破ったとしても、それを咎める存在――ふたりのオリジナル、そしてその故郷、ふるさとの星はもうとっくの昔に消滅しているだろうことを。
★
すでに観察対象である第三惑星の知的生命体も同等の科学レベルに近づきつつあるが、ユーパンドラたちの母星では、生命体の人格を電子情報にトレースし、仮想現実空間に走らせることでほぼ無限の生を得ることが可能となっていた。
もともと長寿の種族であったユーパンドラたちは、しかし、進化の袋小路に陥っていた。新しく生まれてくる生命の数も減る一方だった。電子情報としての無限の生を手に入れてからはますますその傾向が強くなり、新しい技術革新もなく、誰もがただ漫然とした生を続けるだけの存在となってしまった。
彼らには古い、いい伝えがあった。
何かが彼らには欠けている。その欠けたものをいつか遠い場所から神秘的な存在が届けてくれる日が来る。
停滞した生命活動に危機感を抱き始めた一部の者たちが、突破口を切り開くべく、遠宇宙へ向けた探索を計画し、それを実行に移した。
光速の壁は越えられないが、仮想現実空間で無限の生を得た彼らにとって、長期間の旅は問題にはならなかった。処理速度を落とすことで、さらに探索者たちの負担は軽減される。
こうして、数組の者たちが自己の複製を仮想現実空間に作成し、彼らに欠けているもの――新たな進化をもたらすものを探しに、宇宙へ向けて旅立っていった。
もちろん、いくら仮想現実空間でほぼ無限の生を得られるとしても、ストレージなどのハードウエアが介在する以上、寿命は存在する。
探索者たちが戻ってくるまで、母星とその文明が存在する保証はどこにもない。
しかし、仮に母星がなくなっていたとしても、探索者たちが存在し続ける限り、いつかまた物理的に復活する日が来るかもしれない。
こうして、ユーパンドラたちは、はるか遠い宇宙の深淵に向けて旅立っていったのだった。
★
「ねえ、キラシャンドラ。私思うんだけど。もしかして――」
「あのいい伝えのこと?」
「うん」
「あなたはあれが――彼らの生み出すあの不可解な事物が、『欠けているもの』かもしれないって思ってるんでしょ」
「まあ、根拠はないんだけどね」
「知ってる」
「でも、根拠はないけど、少なくとも私たち、何かとても重要なものに出会ったっていう実感はあるんだ」
「それも知ってる。さて、生命体を構成する物質は確保できたわ。まずは、成体まで成長させましょう」キラシャンドラがいった。「思考パターンもそれほど大きな違いはないから、成長した有機体の思考器官に直接トレースしても問題はないはず」
「はず?」
「いい出したのはあなたよ、ユーパンドラ」
「冗談よ。ごめんね、キラシャンドラ」
「こんなに長い間いっしょにいたんだもん。たまには別行動もいいんじゃない」
「必ず戻ってくるから」
「待ってる。いつまでも」
★★★
隕石落下のニュースは、その夜、地元の会場で行われる大物ロックバンドのライブに関する情報にかき消され、注目する人間はほとんどいなかった。
町から離れた丘陵地帯に落下した隕石を撮影し終えた地元テレビの撮影クルーが去ってしまうと、周囲に人影は皆無となった。
専門家たちがやってくるまでにまだ時間がかかるだろう。ユーパンドラはそう判断し、用心のためさらに時間を置いてから、隕石の中に仕込まれたポッドの入り口を開けた。
地表に降り立ったユーパンドラが新しい肉体と環境に馴染むまで数時間を要したが、思ったよりもスムーズに感覚をつかむことができた。
やがて、身なりを整えて荒れ地を渡り――パンプスが歩きにくいことに辟易しながら――大通りにたどり着くと、目的地を目指し歩き続けた。
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