「いったい、どういうことなの」ユーパンドラがいった。「この星の知的生命体は、なぜ正気を保っていられるの」

 いや。すでに正気ではないのか。

 しかし、正気ではない者たちに、あれだけの文明が築けるのだろうか。

     ★

 ユーパンドラとキラシャンドラが観察している第三惑星では、相変わらず大量の生命体がひしめきあっていた。それは、ユーパンドラたちの常識では考えられないくらいの生命体の密度だった。

 ある個体の基本的な生命活動――呼吸をしたり、歩きまわったり――が行われるたびに、確実に他の生命体――スケールの差が大きいから通常は認識されていないようだが――の命が奪われていた。さらに、自らの生命活動を維持するために必要なエネルギー確保を目的として、他の生命体を捕食するのがその星の、特に大型の生命体の一般的な在り方だった。

 そして、驚くべきことに、その星で最も進化していると考えられる二足歩行の生命体――それらは既に知的生命体と呼んでもいいレベルに達していると、ユーパンドラたちは判断した――でさえ、未だにその野蛮な活動形態に準じていた。

 オリジナルの体は光合成によって活動エネルギーを生み出していたユーパンドラたちにとって、その事実は受け入れ難いものだった。

「認識を改めなければならないみたいね」キラシャンドラはいった。「私たちの常識がすべてではない。それは出発当初からわかっていたことだったはず」

「それはそうだけど。まさか、ここまでとは……」

 ユーパンドラはいいよどみながらも、観察を再開した。

 処理速度を上げたとはいえ、惑星上の知的生命体の時間感覚よりも数倍遅いスピードで活動しているユーパンドラたちにとって、知的生命体の進化のスピードは驚くべき速さだった。

 彼らは最も単純なエネルギー変換装置――蒸気機関を手に入れると、さらにその進化の速度を上げた。そんな彼らの姿は、まるで何かに追い立てられているかのように、ユーパンドラの目には映った。

 異常な密度でひしめきあう生命体の群れ、猛烈なスピードで進化していく知的生命体、それだけでもユーパンドラたちを戸惑わせるのに十分だったが、さらにある事実が二人を愕然とさせていた。

 知的生命体同士が定期的に集団で殺し合うのだ。

 生命活動エネルギー確保のために、生命体が他の生命体を捕食すること――すなわち殺して食べるということ――は、観察当初から行われていたが、それとは違った意味合いで、ただ単に命を奪い合うだけの殺戮行為が、文明が築かれる以前の太古から延々と繰り返されていた。

 どうやら、それぞれの集団が属するテリトリーを確保、維持、拡大するために行われているようだったが、ユーパンドラたちにとって、それは知的生命体という存在とはあまりにもかけ離れた行為だった。

 また、そのような集団的な殺戮行為とは別に、日常生活においても、固体同士での争い――傷つけたり、殺したり――が頻繁に行われていた。

 狂っている。

 この星は、生命体の密度、生命サイクル速度といった基本的な成り立ちからして異常だし、もっとも進化した存在である二足歩行の知的生命体の行動は常軌を逸している。

 この星は、どう考えても狂っている。

 ユーパンドラたちは、そう結論付けるしかなかった。

 ただ、大きな疑問が残った。

 ユーパンドラはつぶやく。

 正気ではない者たちに、あれだけの進化が起こせるのだろうか。

 狂った者たちに、あれだけの高度な文明が築けるのだろうか。

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