第7話 眠りに逃げる -あの先の彼方ー

 山間の林道を進む。車道の脇に車を着け、隠れたよう様相の、忘れられたどこかに続くであろう脇道を徒歩で進む。舗装は徐々に剥げ、山から伸びて侵食した木々の枝や草の蔓が一面を覆い始める。霧が立ち始め、服を濡らし、汗と混じり体が冷えるも目的地はもう少し先だ。


 道の先、人間の関りから外れた場所に朽ちかけた石積みの小屋が現れる。


 現実的ではなく、幻想的で、畏怖を感じさせるような光景だ。一度、来たことはあるが、見慣れたものではない。


「お久しぶりです。穢れを落としに参りました」


 小屋の中で、こちらが来ることを分かっていたかのように立ち迎える薄汚れた貫頭衣をまとった老人は、古びた木の寝床を指さし、腰を掛ければ、鉄の臭いをさせる液体が汲まれた陶器の椀を差し出してくる。

 椀を受け取り、苦く、よろしくない味をする液体を一気に飲み干す。木の床に設えてある丸石の枕に頭を載せて、目をつぶれば、瞬く間に意識は遠のく――


 暗い世界にいる。前後も上下も感じない。ふと、目を向ければ、いままでの過去が一気に目の前を通り過ぎていく。

 白い光が見える。もがきながらそちらへと向かう。行かせまいと空間がまとわりつくが、手足をばたつかせながら、ようやく辿り着く。

 白い霧が覆い、草地に小さな花が咲く光景。地についた足を、宛てもなく前へと向かわせる。霧がわずかに晴れ、川のせせらぎが聞こえ始める……


 そして、目が覚めた。薄暗い、小屋の中、腕時計を見ると、二時間ほど眠っていたようだ。

 だが、何か悪いものが抜け落ちて、新しい体になったような感覚に満ちていて、これなら、また、頑張っていけそうだと思い、誰もいない小屋をあとにした。






「先ほど、連絡がありました。無事に家に帰られたそうです」


「今回は二時間ほど逝っていた。再び、訪れて、戻ってきたものは稀だ」


「……そうですか。関係者の方々も驚かれるでしょう」


「また、次に訪れた際は、今回より長い時間、逝くであろう」


「次は戻られないと?」


「それはわからん。だが、儀式を繰り返し、彼の地への往来を繰り返し続け、もし、三日の時を経て復活するのであれば――」


 私たちは彼の再来を喜び、使えねばならないであろうと呟いた。

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現実逃避行 ーたまに逝くならこんな店ー マ・ロニ @jusi_3513

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