第6話 家に逃げる -束の間の開放ー

 久しぶりの連休となる土曜日、昨晩泊まった山小屋から次の目的地へ直接向かうには距離があるため、もう一度宿泊をする必要がある。

 狭い私道を抜けて、それなりに広い林道に入り、手入れがされていないため山間から雑木の枝が張り出し、蔓、蔦が繁茂し出来上がった緑のトンネルを抜けていく。

 朝の靄が晴れ、青空が見え始めていたが、気付くとまた、雲が立ちの昇り、辺りが暗くなりつつある。この季節にしては冷たい風が吹き始めているため、にわか雨が振り出しそうだ。できればその前に家の中に入りたい。


 こちらの願いを聞いてくれたのか、雨が降る前に山間部のわずかに開けた場所にある、比較的新しい外壁で作られた二階建ての一軒家にたどり着けば、鞄からカギを取り出して玄関の施錠を解く。

 玄関を抜け、部屋に異常がないか一通り点検をしてから、リビングダイニングの照明を灯し、鞄をソファーに放り出す。

 部屋着に着替えるころ、外から雷と雨が建物を叩く音が聞こえ始める。――雨漏りはしていないようで、胸をなでおろす。

 全自動の風呂のスイッチを入れる。朝から車を運転し続け、少し疲れていたので湯の温度を熱めにする。

 風呂が沸くまでの間に、冷蔵庫と食品棚の中をみて、残っていた乾燥パスタとベーコン、ニンニクと鷹の爪で簡単なペペロンチーノにしようと準備を始める。

 大ぶりの鍋に水を張り、湯を沸かすあいだに、具材を適当に切りそろえ、フライパンにオリーブオイルを普段より多めに入れてスライスしたニンニクとベーコンを弱火でじっくりと焦がさないように炒める。

 鍋の湯が煮立ったころに、風呂が先に沸いたので、鍋の湯に乾燥パスタの束を一ねじりして、鍋に沈むまで見届けてから蓋をしてコンロの火を止め、風呂に向かう。

 湯船から洗い桶で湯を汲み体に掛けて軽く汗を流してから、高そうな入浴剤を放り込んである、普段と違いたっぷりと張られた湯に浸かれば、全身から好くないものが抜け落ちていくようだ。

 風呂に設えてある窓を開けて、外を眺めると、暗い雲に雨が落ちて庭の樹木の葉から雫が次々に垂れていくのが見て取れる。時折、稲光が轟き、遅れて裂けるような音が鳴り響く。雨で冷めた風が浴室の中に抜けて入り、熱い湯に浸かり火照る身体を冷ましてくれると、息が自然と吐き出される。

 十分程度で風呂から上がり、濡れた体をバスタオルで拭きながら、仕込んでおいたパスタの湯を切り、再び火を点け温め直したニンニクオイルとベーコンの混じったフライパンの中へと投入し、はさみで鷹の爪を種ごと切り分けて入れて一緒に和える。

 出来上がったパスタを皿に持って、冷蔵庫でキンキンに冷えたビールを取り出して、湯上りのビールを楽しむ。

 ソファーに寝転がり、スマホをいじりながら、雨が去るのを待つ。いつの間にか、転寝うたたねをしているあいだに、雨は止み、陽は沈みかけ、赤黒い空色に変わっていた。

 もそもそと起きてから、空いていたウイスキーのボトルを手に取り、氷を入れたグラスに注ぎ、一口飲む。適当に缶詰を開けてつまみながら、外を眺め、ゆっくりとした時間を酔いながら過ごして、早めの眠りにつく。


 早めの朝。風呂、リビング、ダイニングとざっと片付け、元通りにしてから家を出てしっかりと鍵を閉めて、最後の目的地へと車を走らせる。

 途中、営業をしていないであろう道端の小店に設えてある、古い郵便ポストへ封筒に入れた家の鍵を放り込む。

 どこの誰の家だったかは知らないが、ちょうどいい時期に留守にしてくれたものだ。おかげでゆっくりと休めた。留守宅を探してくれたいつもの業者に鍵を返送したむねの連絡ながら礼を言いつつ、車を走らせた。

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