第5話 紫煙に逃げる -やすらぎと平穏ー

 金曜日。明日の土日は珍しく休日。いつも通りの時間に終業し、帰路につくが、自宅とはまるっきり別の方面へと向かう。

 目的地の最寄りの田舎の駅で降り、レンタカーを借り、山の奥、公道から外れ、農道を走り、脇道にそれ、車がやっと進むような道を進む。

 開けた一画に車を停めて、小型のライトを取りだして草木に侵食され藪になりつつある道を進むと、闇夜の中で窓から明かりが漏れる、隠れ家の様なロッジが姿を見せる。


「やあ、時間があると連絡が入り、来させてもらったよ」


「ようこそ! お久しぶり。いつもの部屋が開いているよ。まずは、着替えてき、サウナにでも入りなよ」


 丸太造りに設えてある木の扉を開けると、広い間取りのリビングダイニングに設えたソファーに座り寛ぐ家主である白人の青年が、グラスを片手にきさくに挨拶を返してくる。

 奥の階段から二階へ進めば各個室があり、言われたとおりに、いつもの部屋へと向かい、ラフな部屋着に着替え、今一度一階へと向かう。階段の裏手にある玄関とは違う外に出る扉の先にある脱衣場で着替えたばかりの衣服を脱ぎ捨てて、薄明りが灯る熱気のこもったサウナへと入る。


 私以外には誰もいない。孤独で静かな薄暗い蒸し風呂で暑さに耐えてから、脱衣場とは違う位置にある扉を潜れば、星空の下に広がるかけ流しの露天の水風呂。気兼ねなく、汗も流さずザブリと浸かる。呆けたように星空を眺め、気を静める。


「汗は流せたかい?」


「ええ、とても気持ちよかった」


 サウナで流した汗をバスタオルで拭いつつ、リビングへと向かえば、来た時と同じソファーでくつろぐ青年から、相向かいのロッキングチェアを勧められる。


 テーブルには色々なつまみと銘柄の無いブランデー、そして数種類の葉巻。

 一本の葉巻を手に取る。


「新作かな?」


「そう、新しく栽培していた葉をブレンドしてみたんだ」


 それがタバコの葉だろうと、それいがいであろうと違法なものに違いはない。だが、わたしはこうしてときおり彼の元を訪ねて非合法な葉巻をくゆらせに来る。

 先をシガーカッターでストレートに切断する。ターボライターでゆっくりと炙るように着火を楽しむ。

 葉巻を咥え、煙をゆっくりと口に含み、ゆっくりと噴き出す。ゆっくりと、同じように煙を口の中で噴かす。


 周囲の時間がゆっくりと流れていくように感じる。目の前の景色に細かな光が虹色に瞬き、私の中心に収束していく。

 

 考えることが鬱陶しい。ぼんやりとした意識の中で、私は口の中で甘い香りを燻らせては、嫌な思いとともに吐き出していく。


 時折、ブランデーを含み、ナッツを口にする。煙はいつしか、口の中で溶けていき、体の中に染みわたり――


 気が付けば一時間近くくつろいでいた。手にしていた葉巻は、灰となり消えている。彼はまだ、ぼんやりと煙を楽しんでいるようだ。

 

 明日からは休みだ。私も別の葉巻を手に取り準備する。これもまた、違う味と感覚が楽しめるのだろうか。いまいち、回らない頭の回転もまた良しとできる。きっと、これでまた、明日からも頑張れるといものだ。


 

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