第5話
くるみは夢を見ました。あたり一面、まっくら闇です。目が慣れて、よく見ると、ところどころ、暗くにごった赤茶や青がまだらに混ざり合っています。だだっ広い寒々しい空間です。くるみは心細さと恐怖で言葉を上げることもできず、ただひとみをさまよわせていました。
――ここはどこだろう。ひとりぼっちだ。ほんとうのひとりぼっちだ……。
くるみはぶるっと身震いしました。
――歩いたら、どこかにいけるかもしれない。
くるみはすくむ足を一歩動かしました。それは、とても力のいる一歩でした。大きな力がくるみの行く手を阻んでいるのか、ただ一歩動くことが、くるみにとってとても困難だったのです。
それでも、くるみは進みました。けれど、どこまで進んでも、あたりの風景はちっとも変わりません。くるみは立ち止まり、一度あたりをじっくり観察しました。黒、茶、そして時々黒っぽい青……まだらに混ざり合ったそれらの色は、大きくうねり、うず巻き合って、何かを飲み込んでしまいそうに見えます。くるみは、はっとしました。それは、くるみの描いた海そのものだったのです。
そのことに気づくと、くるみのいた空間はぐにゃりとよじれ、くるみの足元はぬるくねっとりとした水となりました。くるみは、あっという間に水のなかに飲み込まれてしまいました。
――息ができない…!
そう絶望的な気分で声にならない叫びをあげたとき、くるみは目を覚ましました。飛び起きて、はあはあと荒い息を吐きながら、ちゃんと息ができていることを確認して、安堵するのでした。
くるみは、二時間ほど眠っていたようです。窓の外を見やると、西日が傾きかけています。そのひかりの移り変わるさまをぼうっと眺めていたくるみに、お母さんが優しく声かけました。
「くるみ、起きたのね。夕食の買い物に行くから、一緒に行こうか」
くるみとお母さんは、スーパーまで並んで歩きました。夕方になると、くるみはいつも泣きたいような気持になります。
「今日の夕食はなんだと思う?」
買い物かごに、豚のひき肉とじゃがいもと玉ねぎとキャベツを入れながら、お母さんが聞きました。
「……コロッケ」
くるみが小さな声で答えると、「大正解! すごいわ。毎日お手伝いしてくれているものね。くるみはすぐに料理上手になれそうね」とお母さんは嬉しそうに笑います。
くるみには、お母さんの明るい声が聞こえていました。お母さんの優しい気持ちも、感じていました。けれど、心をうすい膜がおおっているかのように、その声も優しさも、くるみの心の一番やわらかいところには届かないのでした。
くるみの心は、暗い深海をさまよっていました。
――あの海に、もう一度行ったら、どうなるんだろう。おぼれて息ができずに、死んでしまうんだろうか…。ああ、そうだ、私、泳げるんだ…。今度、あの海に行ったら、ぷかぷか泳ぎをしよう。
その日、くるみはじゃがいもの皮むきをしました。学校に行かない代わりに、家のお仕事をさせてほしい、と頼んだのはくるみでした。家にいてもいい理由がほしかったのです。皮むき器を使って、ていねいに皮をむきました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます