第3話
くるみは、笑うと太陽のように周りを明るくさせる、不思議な魅力のある女の子でした。絵を描くことが大好きで、夢中になると周りが見えなくなってしまって、一緒に遊んでいる友達をすねさせてしまうこともありました。けれど、すねてしまった友達も、くるみが笑うと、またたのしそうに一緒に遊びました。くるみの笑顔には、邪気というものが少しもないのです。自然と、くるみの周りには、友達が集まってきました。佳織ちゃんも、その一人でした。
小学校に上がるころから、くるみの家は、同じマンションに住む幼馴染たちや、くるみのクラスの友達が集まる場所になっていました。毎日、大勢で日が暮れるまで遊びました。テレビゲームをすることもありましたが、たいていは毎日違うごっこ遊びをしました。くるみはごっこ遊びを考えるのが大得意でした。あるときは、家は宇宙空間になりました。浴槽は宇宙船、台所は未知の惑星。未知の生命体を探す「ボウケン」を「ケッコウ」すると言って、風呂敷で作ったマントをひるがえして、腕を上げるくるみに幼馴染たちは歓声をあげてついてきます。台所で片づけをするお母さんも巻き込んでの大騒ぎに、みんなで笑い合うのが日常でした。そこに、いつのころからか、佳織ちゃんが加わりました。
くるみたちの住むマンションから歩いてすぐの一軒家に、佳織ちゃんは住んでいました。くるみのお母さんが佳織ちゃんのお母さんと知り合いになって、遊びに来たのが始まりでした。それ以降、佳織ちゃんは、毎日のようにくるみの家に遊びに来ましたが、くるみ以外には心を許さず、くるみをひとり占めしようとしました。幼馴染たちと遊ぼうとするくるみの袖をつかんで、行かせまいとすることがよくありました。くるみが「みんなで一緒に遊ぼうよ」と言ってつかまれた腕を引っ張ると、むっつりと不機嫌になるのです。佳織ちゃんのいきおいに押されて、幼馴染たちとは別に、二人で遊ぶことが増えるにつれて、だんだんと、くるみの笑顔が減っていきました。佳織ちゃんといると、くるみは、笑い方がわからなくなってしまうのです。
学校でも、くるみと佳織ちゃんは同じクラスだったので、授業の時間以外、ずっと一緒でした。佳織ちゃんは、くるみに話しかけるクラスメイトの足を踏んだり、つねったりして、自分以外をくるみのそばからとおざけようとしました。それまでは、休み時間にクラスメイトがくるみを囲んで一緒に絵を描くこともありましたが、佳織ちゃんを嫌がってくるみに近づこうとしなくなりました。
くるみは、ひとりで気ままに学校を探検するのが好きでした。ひとりで木の下に寝そべって日向ぼっこするのも、好きでした。けれど、いつでも、どこでも、佳織ちゃんがついてきます。くるみは、手足を、がんじがらめにされているような気持ちでした。「お願いだから、今日はついてこないで」と、佳織ちゃんに頼んでみたこともあります。佳織ちゃんは、くるみの言ったことなど、少しも気に留めず、くるみのそばから離れません。くるみは、わけがわからず、ただ、戸惑うばかりでした。
家に帰っても、佳織ちゃんは、くるみのそばにべったりとはりついて離れません。佳織ちゃんがいつまでも帰らず、困ってしまったお母さんが、佳織ちゃんを連れてショッピングセンターに行ったこともありました。くるみの運動靴が小さくなっていたので、新しいものを買う必要があったのです。くるみが靴のサイズを試しているそばで、佳織ちゃんは真っ赤なバレーシューズをじっと見ていました。お母さんが運動靴の会計をしだすと、佳織ちゃんは、無言でお母さんの袖をひっぱり、バレーシューズを顎で指しました。むっつりと、有無を言わせないような強い目で、お母さんをにらめつけます。お母さんが、困惑しながら、思わず「欲しいの?」と聞くと、佳織ちゃんは当然のように頷きました。その様子にひるんでしまい、お母さんは佳織ちゃんの分まで会計をしてしまいました。赤いバレーシューズを手に入れた、佳織ちゃんは、にったりと、まったく子供らしからぬ、不気味にゆがんだ笑みを浮かべたのでした。
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