第16話 エピローグ

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 翌日、思ったよりも疲れていた体で仕事に向かった。

 仕事は少し多めを上河に頼み、どうにかいつもの時間に昼食へありつけた。

「今日も日差しが強いなぁ」

 オフィスでの仕事しかしないから、案外分からないものだ。

 冷房が効きすぎている部屋を出て、最上階まで上がって来るのに汗をかいた。速乾性に優れているシャツは乾くが、今は体に張り付いて運動しているような感覚になる。

 手提げ袋からおにぎりを取り出しながら、ダンジョンの事を考えていた。

 俺が白石さんと倒したのは、武装オーガと言ってオーガの中でも強い個体らしい。それにあの武装オーガは特別大きく強い個体だったようだ。

 俺が軽くあしらわれて宙を舞ったとき、相手が本気じゃなくてホントによかったと今思う。

 下手をすれば俺も動けなくなるような怪我を負って、白石さんに引きずられたかもしれないと思うと運が良かった。

 スマホから昨日のことがニュースになっていないか見ようとすると、中央の階段から足音が聞こえてきた。こういうのは無視してスマホいじってれば問題ない。階を間違えたこの建物初心者だろう。

 そう思っていたのだが、足音は背を向けている俺に近づいてくる。

 意地でも向くものかと、ラップに包まれたおにぎりを手に取って開こうとすると止められた。

「すみません。銅さんにお客様が来てます」

「俺、営業担当じゃないけど……」

 知らぬ存ぜぬ、そして面倒ごとには立ち入らぬ。

「いえ、個人的なお客様です」

「それ、客じゃなくない?」

 ここまで会話して、俺はようやく振り向いた。

 振り向いた先には知らない顔。

「どちらさまですか?」

「はい、本日付で配属になりました。二年目の北見佳奈です」

「え? 朝礼で紹介ありました?」

「いえ、主任とお話していました」

「なにをです?」

「個人的なことです」

 この女、仕事できそうだ。見た目も普通にかわいいと言われるタイプで、男換算すると清潔で同性にボディタッチの多い人気者タイプだ。

 それに主任と個人的な話ってなんだろう。

 でも雑用受けてるから、いろんな人に受け入れてもらおうという意思があるのかも。

 俺への雑用を受けているぐらいだから、やる気はあるんだろう仕事への。

「誰が来たんですか?」

「二十歳前後の若い女の子で白石紫苑と名乗っています」

「えっ⁉」

 そう思うと同時に、名乗っている? さては、北見氏、警察小説が好きなのでは?

「分かりました。すぐに向かいます」

 俺も好きなんです。少し芝居がかった口調で答えたが、反応は芳しくなかった。的外れだったみたいだ。

 おにぎりをバッグの中に入れて椅子の上においたまま、職場に向かう。

 後ろで北見さんのヒールの音が聞こえてきて不思議に思った。

 ここの職場の社員は、ほとんど人と会うこともなく仕事をするからヒールじゃない人が大半だ。男受けがいいのはヒールだが、皆スニーカーだ。

 職場に着くと俺の席に、白石さんが座らされていた。

 個人的な客の扱いはこういうものなのだろうか。そして白石さんに話しかける上河。それを見ながら仕事をしている男性社員。

「上河。何してる?」

「銅さん、いつからこういう子と縁があったんですか?」

「もういいから、白石さん、ご飯食べてるから上行こう」

「はい」

「銅さん、どういう縁なんですか?」

「先輩探索者だよ」

 周囲を見ながらそう言った。見ている視線は多く。年齢層は高めだった。女性が多い職場というのもあって女性の目線も多かった。男性に関してはほぼ全員見ていた。

「はぁ」

 何だか変な視線が増えていて、馬鹿にされるチャンスを与えてしまったなと白石さんがアポなしで来たことにため息が出る。

 最上階まで上がって空いている椅子をすすめて、お茶を飲む。俺は煎茶派だ。

「会社まで調べ上げてどうしたの白石さん?」

「調べ上げたわけではありません。黒川さんに教えてもらいました」

 道場に通うための書類に書いたとは思うが、師範、それはダメでしょう。

 師範の存在を知ったのは支部長との会話だろう。

「俺に連絡した?」

「いえ、すみません」

「はい、受け入れました。それでどうしたの?」

 白石さんがずっと敬語を使ってくる。何か重要な話だろうとは思うが。

「はい、銅さんにお願いがあって、来ました」

 椅子に座り少し下を向いていた白石さんが、スッと顔を上げてこちらを見た。

「私と一緒にパーティーを組んでもらえませんか?」

「どうして?」

 おにぎりを手に取ってラップを外し始める。

「元々あのパーティーが解散したら別でパーティーを組む必要がありましたから」

「他には?」

 これから本当の理由を話します、とでもいうように白石さんは一拍置いた。

「タクトも、コウキも、ナナカも、満足に怪我の治療が出来ていないんです。それを私がしたいからです」

「俺とパーティーを組んで、探索して稼いでオークションで買うか、探索で見つけるっていう予定?」

「はい」

 嫌なくらいに本気を感じさせる口調で返事をしてくる。

 できれば受けたいが、俺は専業探索者じゃない。探索できる日数に限りがあり、一足飛びで強くなれない。

「専業の探索者と組めば早いと思うけど」

「専業の場合、パーティーが出来上がっているので、新しい人の入る余地がないんです」

 受けづらい理由がまだある。

 そもそも俺を防具が問題という理由で追い出したパーティーに入れと言われても難しい。これは気持ちの問題だ。俺を使いたい理由は身体強化が強いからという理由だろうが、あれがなければ一般人より強いだけの人だ。

 受ける理由が出てこない。受けない理由が出てくる。俺がネガティブ思考だからというのもあるだろう。

「俺のメリットは?」

 俺より年下で困っている女の子に強気に出ても仕方ないのだが、気持ちだけで動けるほど探索は軽いものじゃない。軽ければ三人の怪我も治っているだろう。

「治療に使えるもの以外は成果報酬です」

「他には?」

「? 思いつきません」

 俺もそうだ。しかし、ひねり出さないといいように使われて、ありがとうが僕の報酬とか言いかねない。

「そうだな、成果報酬じゃなくて折半でいい。ただ俺が怪我したときも今回みたいに頑張ること。あと期間限定のパーティーだから俺が作るパーティーに、白石さんの鑑定を使ってよさそうな人を勧誘する。どう?」

「専業探索者じゃないのにパーティー作るんですか?」

「そ、上手くいくか分からないけどね」

 実際、どういう風になるか全く考えてない。一人参加すれば上々だ。

「わかりました。お願いします」

「こちらこそ。それより次の土曜日からダンジョン行ける?」

「はい、行けますけど」

「大剣は戻ってきたの?」

「いえ、なくなったみたいです。金曜日には頼んだ武器が出来上がるらしいので、近松さんの所に向かう予定です」

 すぐに武器を頼めるってどういう環境だ。

 それにお金も問題ないということはそもそも貯金が多いのか?

「どんな武器、頼んだの?」

「内緒です」

 白石さんは口元で人指し指を立てて口を閉じた。あざとい。

「あのダンジョン行くけど、問題ない?」

「はい、踏破しましょう」

「ホントに? どれくらいかかる予定?」

「休みを入れて十時間くらいでしょうか」

 質疑応答の練習でもしてきたのか返答が早い。

「それじゃ、土曜日に」

 俺はそう言って会話を早く切り上げ、席を立った。おにぎりを食べきっていたし、話をしていたら白石さんはずっと会話を続けただろう。

「はい、さようなら」

 どうやってここまで来たのだろう。そう思ったけど、特に聞こうとは思わなかった。バス、タクシーか誰かの送迎だろう。

 職場に戻るといつもより早かったが、昼休憩に入っていたから、ある程度の人達は出ていた。

「銅さん、銅さん。あの人、何歳なんですか?」

 上河が席にやって来た。

「はぁ。お前な、そんなに気になるか?」

「はい。それで何歳で名前はなんていうんですか?」

「教えません。お前も探索者になって自分で聞け」

「言いましたね」

「言ったよ、それか北見狙っとけ」

「いえ、あの人はあまり……」

 タイプではないのか、嫌そうな顔をする上河。

 お前の車をみたら資産状況は分からずとも、普通に裕福なことくらい分かるぞ。それが分かれば寄ってくる人もいるだろう。

「私がどうかしましたか?」

 どこから来たのか、北見が俺の後ろにいた。

「あれ、北見さん。席どこなんですか?」

「あそこです。それでどうしたんですか?」

 指で示したのは上河の対面だった。そうかそうか。

「今、上河が、北見さんはタイプの女性じゃないって言ってたんだ」

 俺は世間話でもするように言った。上河は俺が誤魔化してくれると信じてたのか、表情を変えてなかったが、顔が歪んで俺になんてこと言ってんだと語っていた。

「大丈夫です。私も上河さんはタイプではないので失礼します」

 慌ててどうすればいいのか、混乱している上河。北見さんはコツコツと音を響かせて出ていった。

「どうすればいいんですか? 銅さん」

「安心しろ、無視すれば大丈夫だ」

 俺はこういう会話で、仲良くしてくれている人との関係を悪くしてるんだろうと思い至った。


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 その日の夕方。

 道場に着き、何があったかを話そうと思ったが、白石さんから聞いているだろうと思って文句を言いに行った。

「師範、こんばんは」

「来たな、ソウ」

「師範、白石さんに俺の職場教えたそうじゃないですか?」

「すまん、すまん。新しい生徒に頼まれたんじゃ、仕方ない」

「生徒? 白石さんが?」

「おお、聞いてなかったか。もうすぐ来ると思うんだがな」

「もうすぐ来る?」

 頭で考えるとそれがすぐさま口から出てくる。驚きとは思考不全をもたらす。

「ソウ、武装オーガからの攻撃をもらったみたいだな」

「はい」

「着替えて、徒手で体捌きの訓練だ」

「はい」

 こういうのが、俺の日常だよな。

 白石さんとのパーティーやそういうこと関係なく、師範との訓練でヒイヒイ言って、疲れたと言いながら帰るのが、懐かしさが込み上げてくるような俺の日常だ。

「そこに白石さんが加わるとはな」

 ダンジョンが俺の日常を侵食してきた。

 まあ、そもそもダンジョン入る為の道場だから、ようやく状況が追い付いたのかもしれない。

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俺のダンジョン探索がようやく始まる アキ AYAKA @kongetu-choushiwarui

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