第15話
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変な掛け声で気合を入れなおした俺は、十層を進み始めた。
しかし、魔物と出会わない。どの道に行っても、広場があっても出会わなかった。
二つある分岐を全て行ったのだが何もない。
消化不良でいつ帰ろうかと考えていると先の方から声のようなものが聞こえてきた。遠くて聞こえづらいが声だと思う。
それはどこから聞こえているのか分からないが、真っ直ぐ進んでいく。
通路の先は少し明るく開けていることが分かった。このまま行けば広間に出そうだ。
広間に出て少し進むと見たことのある集団が見えた。相田さんパーティーだ。
しかし、相田さんは橘さんと米沢さんに両肩組まれて疲れ切っているようだった。
「どうしてっ⁉ 銅さん⁉」
米沢さんからそう言われたが、どうしてと言われても困る。
「え? 魔物がいなかったんだよ」
「らあぁぁぁ!」
俺がそう答えた途端、三人が出てきた通路手前から白石さんの声が聞こえてきた。荒々しい。
通路の直線状にいる三人から離れて通路横まで歩いていると、白石さんが盾を持って切羽詰まったような表情をしていた。
もしかして今、武装オーガとやらの討伐をしているのだろうか。それなら結構まずい状態だ。
疲れ切った相田さんは動けない状態なのかもしれない。
白石さんがどういう状況か分からない為、通路に近づいて見ると。
盾を持った白石さんがそのまま飛んで行った。俺の横を抜けていき後方にいた三人へ当たった。
そして通路から広間に俺の倍くらい身長のありそうな大剣を持ったオーガが現れた。
思わず見上げて固まっていると俺を素通りして気が付いていないようだった。
武装オーガの体には大量に傷があり、どの傷からも血が滲んでいた。しかし、しっかりとした足取りで俺の前を通り、倒れているであろう四人に突貫した。
俺は現実味の無かったその様子をただ見ていた。
起き上がり盾を構えていた白石さんはまた飛ばされた。
そして起き上がり始めた三人に武装オーガの攻撃が加えられた。
全員が避けられず、体が宙を舞うことはなかったが、血が舞っていた。
このままだと死ぬ。
無意識的にできるようになっていたのか、体が素早く動き武装オーガに抜刀して切り上げる。
攻撃が武装オーガの腕を浅く切ったのが分かったが、それ以上は固くて切れなかった。
そして武装オーガの左手の裏拳で俺は殴られた。
距離はあったはずだが、広間の壁際まで飛ばされていた。
武装オーガの気を引けたようだが、体が思っていた以上に痛い。
立ち上がっていると、両腕の防具の留め金が壊れて外れた。頭が痛いと思い、触ると頭防具がパックリと割れて落ちてきた。
「はっ……ボロボロじゃん」
それ以外は無事だった。
視界には歩きながら迫ってくる武装オーガと転がっている三人、三人に向かって行く白石さんが見えた。
俺が耐えられなかったら、三人を助けられないから白石さんには援護に来てほしいんだが、言える状況じゃない。顔が必死だ。
俺は戦闘で身体強化を使い続けなければ必死。
呼吸をする。
心拍数を上げて魔力を循環させる。
そう言えばゾーンに入る人は心拍数が上がってる人って聞いた覚えがある。一秒に一回の間隔で生きている人より、一秒に三回の間隔で生きている人の方が時間を長く感じられるのか?
心臓と刀に魔力による強化を行う。
刀と心臓から魔力が放出していき体の中の魔力の総量が減っていく感覚がある。いつもより早い。
だが、まだ動かない。
心拍数をより上げて、いつも以上に速く動き、世界を遅く認識できないといけない。
武装オーガは間合いに入った瞬間、大剣を袈裟懸けに振り下ろしてきた。
抜刀して首元に来た大剣を弾きながら、間合いに捉える。
脇を狙いたいが届きづらい為、右膝の皿その下を狙う。ちょうど肉だけの所だ。
最初よりも斬った手ごたえがあり、強化が上手くいっていることを確認できた。
そして心拍数がまた上がったのか、さらに遅い世界で一歩動き、背負い投げるようにして大剣を持つ右の脇を切り裂いた。膝の攻撃で武装オーガの脇は届くところまで下がっていた。
そしてそのまま首を斬りに行こうと思ったが、武装オーガは耐久力があるようで、上半身を捻って右肘で攻撃してきた。
しゃがんで避けながら、左の膝裏を突き、そのまま振りぬく。
すると漸く武装オーガは膝を付いた。
右膝を立て左膝をのばしており、思った以上に重傷だったのが見て取れる。
伸びきった足を台にして背中に載ったとき、武装オーガは雄たけびを上げた。
「グオオオゥゥー‼」
伸びきっていた左足が動いたのだろう背中から落ちた。転がりながら着地してその場を離れる。
「グアッ、グアッ、グアッアアー‼」
先ほどの弱くなった姿はどこに行ったのか、攻撃をせずに暴れまわり始めた。
攻撃されていない、目をつけられていないから、白石さんが三人を応急処置しているであろう場所に急いだ。
「白石さん」
白石さんは橘さんと米沢さんの応急処置を終えていた。
「応急処置は終わった」
「相田さんは?」
「見ると分かるけど、鎧が切られただけで済んだ。避けられたんだと思う」
「戦闘手伝える?」
「三人を壁際に運んだら手伝う」
「分かった。今、こっち向いてないからさっさと運ぼう」
そう言って武装オーガの状態を確認しながら、三人を一気に壁まで引きずって行った。
皆意識はあるようだったが、文句は言わなかった。
「あれ、どういう状態?」
まだ暴れている武装オーガを見ながら隣に来ていた白石さんに聞く。
「あれは……オーバーワークだ」
息も絶え絶えな相田さんが教えてくれた。
「そう。オーバーワーク、体力の減少を無視して動くことができる。今見る限り体力の減少というより痛みを無視できるんだと思う」
「じゃあ、今の状態は?」
暴れまわる武装オーガを見ながら言った。
「オーバーワークが始まると少しはあんな感じだけど、落ち着くと攻撃してくるから」
「どう立ち回る?」
「大剣ないから攻撃は銅さん頼みだけど……」
「分かった。白石さんはアイツの攻撃弾ける?」
「できると思う」
「それなら防御よろしく。近くで戦闘するから、まずいと思ったときは防御して」
話し合いが終わる直前に武装オーガは暴れてはいなかった。しかし、暴れていた時のように息が荒く口からは涎が垂れていた。
三人を引きずった場所から離れて、武装オーガに向かって行く。
「グゥワアァァー!」
武装オーガは最初よりも力任せに動き出し、思うままに大剣を振るう。
一歩近づいて避け、二歩目では拳が間近に迫る。その内側に入ることで攻撃を回避して左膝の皿下を狙い斬る。しゃがみながら股を抜けて右膝裏を斬る。
動きが良くなっているが、感覚的に魔力の総量は少ないことが分かる。
振り回してくる大剣を避けながら、白石さんの下まで戻ってきて、少し息を整える。
俺の体は魔力で強化していれば動きは速くなっても大丈夫なようだが、暴れていた武装オーガは体が壊れ始めていた。
身体理解が武装オーガの弱点を見出す。
膝はもちろん弱点だが、大剣を振っている腕が速度と重さにどうにか耐えられている状況のようだ。痛みを無視して常時火事場の馬鹿力を発揮している体には負担がかかって当然だ。
白石さんが何度か大剣を弾くのを見ながら、タイミングを計る。
「白石さん、大剣を上手く逸らして」
「上手くって⁉」
弾きながら聞いてくる白石さんは案外余裕があるのではないだろうか。
そう考えているとニュアンスを理解していたのか、白石さんは袈裟切りを盾で上手く逸らした。
動いている方向にそのまま流した。
その瞬間、間合いまで一気に近づき、一度切った脇を再度切った。振り切っている状態の武装オーガは足を開いて体が下がっている。先ほど切ったのは脇の肉の浅い所、今度は肩関節に近い所までを斬った。厳密に言うと腋窩陥凹だ。
斬った後、武装オーガの後ろに走り抜ける。
攻撃してきた俺を後ろに見つけた武装オーガは振り向きながら、大剣を振る。そして振った大剣の勢いに耐えられなかった腕が少しの肉と皮でつながっている状態になった。
しかし、武装オーガは気づいていないのか、腕を上げようとした。
そして違和感から腕を見た時を狙って近づき、皮と少しの肉を切り飛ばした。
体からあるべき重さがなくなれば、バランスを取りづらくなる。戦闘中ともなればなおさらだ。
急ぎ白石さんの後ろに戻り、魔力を温存するために一度強化をやめる。
「んはっ……がッ、はっ!」
一時的に強化をやめるつもりだった。
通常、心臓の動きは段々と緩やかになるものだ。
強化した速度に思考が追いつかない為、心拍数を上げる必要がある。通常の身体強化よりも速く動く為に、心臓をより強化して心拍数を上げていた。
そんな異常なほど心拍数が多い状態は、強化していない体と相性最悪だった。
心臓が痛くてうずくまり、呼吸が浅く速く、過呼吸になる。
「え? 銅さんっ、動いて!」
久々に味わった体の内から来る痛みに動けなくなっていると、白石さんがこちらを向いて何かを言っていた。
働かない頭で身体強化をしようと考えて魔力を意識する。とても少ないことが分かって、痛みで何を思考していたか忘れる。
「早く!」
武装オーガが近づいてくるのを見ながら、それを武装オーガと認識することもできない。ただ、魔物だと言う事しか分からない。
「早く!」
近くにいた人が魔物に向けて盾を構えた。
「早く!」
はやく。
そう、速くだ!
魔力が循環し、痛みが消えて思考できるようになり、状況を理解した。
盾を持つ白石さんに武装オーガが攻撃をし始めた。
俺が待っていた、武装オーガの左ストレート。切り飛ばされた右腕の重さを考えていない動き。
今、打ち始めたばかりだ。
遅い世界で声を上げる。
「上手くッ!」
白石さんも分かるだろう。ニュアンスで。
そして思っていた通り、上手く逸らした白石さんの右から走り、左肩を下に転がり始めた武装オーガの下に向かう。
頭が地面に向かう様を刀を上段に構えながら見る。
左肩が地面に当たり、反動でゆっくりと頭が上がる。
今っ!
思い通りの一撃が筋肉を裂き、血管を裂き、肉を裂き、首を落とした。
そして残った魔力を心臓の強化だけに使い、俺は横になった。
体中が心拍する度にジンジンする。呼吸を深く長くして心拍数の増加を抑える。
リラックスだ。
「銅さん!」
目を開くと焦ったような顔をした白石さんがいた。
「魔石拾って」
そう言った後、目を閉じて呼吸に集中する。相変わらず心臓はバクバクと動いているが、段々ゆっくりになってきた。
それから体が落ち着くまで十分くらい心臓への強化をしながら休んでいた。
武装オーガのいた方を見てみると体が崩れていただけだった。
「白石さん、ドロップあった?」
「ない、それより動ける?」
ゆっくりと立ち上がり怪我を負っていた三人に視線を向けると、今は眠っているようだった。
「よし、行ける」
納刀後、軽くストレッチをして問題ないことを確認する。
「三人はどうやって移動させる?」
「タクトは胴鎧持って引きずればいいけど、二人はどうしよう?」
思わず白石さんの顔を見た。結構雑だ。
「これで引きずって行く」
そう言って白石さんが取り出したのはキャンバス生地の大きな袋だった。
そしてそれに穴を四つあけて怪我によって動きが鈍くなっている二人の足を通した。ギュウギュウだが収まっている。
白石さんは俺に持ち手の部分を渡してきた。
「私はタクトと武器持ってくから」
そう言って米沢さんの剣、橘さんの弓と矢筒、盾を持って、相田さんを引きずり始めた。
俺も後を追うため引きずるが、二人の首が重力に負けてグデーンと下がっているのを見て、寝起き悪いだろうなと思い、刀を枕にした。
引きずり始めてから二時間経過したが、まだ地上には戻れていなかった。
「白石さん、今って二層だよね」
引きずりながら尋ねる。
「もうすぐ一層への上り坂」
答えが簡潔なあたり、白石さんも疲れているのだろう。
「あれ? 銅さん?」
薄っすらと開いた目、かすれている声、俺が引きずっている橘さんが起きた。
「あ、起きた。歩ける?」
結構な事を言っている自覚はあるが、俺も強化ができない状態で二人を引きずっての歩き通して、体はクタクタだ。
「ゴメン、無理。頭がクラクラする」
「じゃ、仕方ない」
それ以上の問答も疲れ切っていて、やる気が起きない。
現状運よく魔物と出会っていないが、会えば戦闘できる自信がない。
一応、周囲を警戒していたが、疲れ切って思考と視界が狭くなり上手くできている気がしない。
「上り坂来た。休憩しよう」
白石さんにそう言われたが、少し不安なことがあった。
「武装オーガって層を移動してたよね。大丈夫なの?」
「ああいうのは特殊な個体だけができるの。でもよく考えたらゴブリンの数もおかしかったかも?」
「不安になるようなことを……」
「私、上見てるから、下をお願い」
「分かった」
坂の中間で引きずっている二人を壁に預けて腰を下ろし、下を見ながら背嚢を探る。残っていた飲み物を飲み、まだ起きたままの橘さんに声を掛ける。
「橘さん、喉渇いてない?」
「渇いてる。リュックの中に水筒入ってるから」
「分かった」
橘さんが背負っているリュックから水筒を取り出して渡すと、すぐに返された。
「力が入んないから、開けて」
「それもそうか」
蓋を回してあけたところが飲み口になっているタイプだったようで、思いのほか力を入れた。
開けて橘さんに渡すと両手で持って飲み始めた。
それから下を見て警戒していたら、上の方からアラーム音が鳴った。
白石さんのスマホだったようで、操作をしてすぐに立ち上がった。
「銅さん。休憩終わりです」
「オッケ」
橘さんに水筒を渡してもらおうと手を出すと。
「あと一口」
そう言って飲み物を呷った。瞬間。
「ゴホッェ!」
そう言ってせき込み、口に入っていたであろう内容物を俺に吹き掛けた。
「橘さん、スポーツ飲料はダメよ」
俺の髪、顔、防具と服に乾くと、べた付くスポーツ飲料が掛かった。
「ゴメン」
俺は刀の血を拭うように持ってきていた汚いタオルで顔を拭き、橘さんの水筒を片付けて出発した。
出発して数分と経たない内に橘さんは眠ったようだった。
そして二十分後には地上に出ることができた。米沢さんは爆睡していた。
地上に出ると先を歩いていた白石さんが相田さんを寝かせて、ダンジョン入り口前で監視している職員を呼び、救急車を頼んだ。
ダンジョン近くには探索者用の病院があるから、そこの探索者用の大型救急車が一台来ることになった。
その話が白石さんと職員の間で一分もかけずに話し合われ、職員が電話をするとすぐに担架を持った四人組が来た。
「銅さん、バッグから二人出して寝かせて」
白石さんの言葉に従い、バッグから二人の体を出そうとしたが、ギュウギュウで上手く出せない。
疲れともどかしさからイライラが増していく。
その後何度かトライして二人を出せない。
心臓の強化をやめてから二時間と二十分少しは魔力が回復している。
そう考えていた時、担架を運んできた四人以外の人が出てきた。
「何をやっているの? 早く救護室に運びなさい」
「一人はもうすぐ運べますが、あの二人が」
担架の係であろう男がそう言って俺の方を見たのだろう。俺からはちょうど視界に入っていない。
男の言葉の後、すぐに男に疑問を呈していた上司らしき女がこちらに歩いてきた。
砂利の地面を歩く音からこの女は協会職員にしては珍しくスニーカーを履いているみたいだ。
その女は俺の肩を叩いて。
「ちょっと君、早くしなさい、二人はけが人でしょう?」
顔は見ていないが、声だけでも分かる強い女の感じがする。と同時に高圧的な物言いでイライラが増大する。
人は余裕がないとイライラする。
俺は現状、疲れていて思考が狭い。二人をバッグから出せないから焦っている。
そしてそれはイライラが溜まるには十分だ。それに高圧的な女傑の物言いもイライラを加速させる要因だ。
「少し、待ってください」
その言葉を言い終わると同時に心臓に負担を掛けない強化を使う。
バッグの縫い目から力を入れて一気に糸を千切っていく。
二人を入れている底広トートバックは三つの布から構成されている。提げ紐が付いている二つの布と底の布だ。足を通す穴を開けたのは底の布だ。
バッグの両側の縫い目を千切ると、米沢さんが足を通している穴に手を突っ込み生地を強引に裂く。
橘さんの方も同じように引き千切り、俺は人様のバッグをゴミにした。
「どうぞ」
強化をやめて、大きく息を一つ吐き担架係に二人を示す。
「は、はい」
変なことをした自覚はあるが、イライラが少し解消された。偶にはこういうパワーで解決もいい。
頭の片隅でそう思いながら、もしかしたらイライラはドロップがなかったところから来てるのかもしれないと考えていた。
「早く運んで。白石さんと君は着替えと換金を終えたら、支部長室に来て」
そう言うと女傑は去って行った。
白石さんと俺は、三人が担架で運ばれるのを見届けてから更衣室に向かった。
「早く出たら換金して待ってて」
「分かった。そう言えば三人の魔石とかは?」
「職員が代理で換金してくれる、救護室の使用料として少しは取られるだろうけど」
「へー。お金かかるんだ」
「そ、病院ほどじゃないけど処置してくれるし、低級とはいえポーション使ったりもするから」
「それなら納得かな。それじゃ、あとで」
そう言って俺は更衣室に入った。
誰も更衣室にはいなかった。
疲れ切った体で防具を脱ぎ、服を脱いでシャワールームに向かい、体を洗う。
体が重く、夏場なのに少し熱い湯が心地いい。
今日は死線をくぐったような気がした。
自分が無理をして下の層に向かったことが問題だったが、それで運よく人の命を恐らく救った。
当たれば一撃で骨どころか肉まで持って行かれる攻撃を冷静に見て、動けるようになるなんて俺に何度も挑んできたおっさんの攻撃に緊張していた時からは考えられないだろう。
でも俺がボーっとしてる間に、二人切られていたのは恐ろしかった。
生存本能が俺を動かしたのだろうが、体にしみ込んだ道場の動きが俺を助けてくれた。何も知らないダンジョンに行きたいだけの二十三歳だったらば死んでいたのは間違いない。
攻撃に無駄な力を入れない。緊張しているときこそ脱力。捉えるのは動き全体。師範との訓練は割と俺の肉になっていた。攻撃を弾くことは今回使わなかったが。
シャワーを終え、着替えて髪を乾かし、バッグを持って更衣室を出ると白石さんはいなかった。
女性の方が長いのは基本だ。
それに仲間が怪我をしたのだから、悩みもするだろうし。
換金所に向かい、背嚢から魔石を取り出す。
最後の武装オーガの魔石は白石さんが持っているから、俺の換金はすぐに終わった。ドロップアイテムもないから時間もかからない。
換金所の近くにある長椅子で、スマホをいじりながら待っている。
その間、ツブヤイターで今回の事が話題になっていないか見てみたが、今日討伐があるという報告が二人ほどから出ていただけだった。誰も食いついていない。
ダンジョン関係の呟きを見てみるとやはり、田舎ではなく都会の方が討伐報告の賑わいがあるようだった。そこそこの利用者がいるはずなのだが、周辺の人はあまり呟かないようだ。
それからツブヤイターで人気探索者というものを見ている事、十分。白石さんが更衣室から出てきた。
見た感じ、泣きはらしたとかなさそうだった。仕方ないとはいえ基本長いのだ。
「遅れてごめん」
「問題ない。さ、換金換金」
遅れたことの返答が換金というのは言外に早くしろということにならないだろうか。
なる気がするが気にしてもしょうがないことだった。白石さんがリュックから出した武装オーガの魔石を見て気にならなくなったのが正しい。
赤色の拳よりも大きい魔石だった。中心から黄色い光が所々の赤色を侵食している。明らかにレアな魔石だ。
長椅子から換金所までは少し遠く幾らになったかは聞こえなかったが、白石さんが銀行という言葉を言っていたから額が大きいのだろう。十万円までは受け取りできるが、それ以上になると口座に振り込まれるそうだから、金額で言えば十万は間違いなくあったのだろう。
換金を終えた白石さんがこっちにやって来る。
「それじゃ、支部長室行こう」
白石さんの後ろを歩いて支部長室に向かう。支部長室は建物入り口から見て左の端にあった。入り口奥は更衣室で更衣室の出入り口近くが換金所だ。
支部長室に白石さんがノックをして入り続くと、支部長と思われる女性の前には大きな木製の机、そして恐らく俺達が座る為の椅子があった。
「白石さん久しぶり、君は初めまして。私がこの地域の協会の支部長をしている楠茶珪だ。さあ、座って」
腰を下ろしながらその言葉を聞いていると、あ、そうそうと言い白石さんに話しかけた。
「一応言っておくと先ほど救急車で三人共病院へ搬送されたわ」
女傑であらせられる楠支部長は白石さんに向けて三人の現状をそのまま話した。
「討伐報告を聞く前に彼らの状況をこちらが診たところ、相田さんは片手を失っている。上級のヒールポーションを三つくらい飲ませれば再生するでしょう。橘さんは腕と脇腹に切り傷、三人の中では最も傷が浅いけどきれいに治したいなら上級ヒールポーションが二つくらい、いるかしら」
俺の知る限り、上級のヒールポーションは市販されない。絶対数が少ない為、オークションかダンジョンに挑むしか得る方法がない。
「最後に米沢さん、彼が一番ひどいの。左腕の麻痺と左肺の機能不全。治すためにはリジェネレイトポーションとヒールポーションが必要だけど、リジェネレイトポーションは発見報告が少なすぎてどこにあるかも分からない」
それもそうだ。一般人の俺が知らないんだから世間に話は回ったりしてないんだろう。
「それじゃ、討伐報告お願い」
支部長はこちらに何かを言わせる前に報告を求めた。
その後、白石さんが討伐までの流れを報告した。その中で俺が出てきた時に白石さんは自らの死を覚悟したそうだ。
俺も自分が強化できないと死を覚悟しただろう。
「それで君の名前は?」
すごい今更感のあることだが気にせず、答えた。
「銅蒼です」
「どうしてあの層にいたの?」
「魔物があまりにも出てこないので、降りていました」
「はぁ、それであの身体強化はどこで覚えたの?」
その質問は予想外だった。言っていいのか、俺は知らない。
「ここら辺の出身なの?」
「はい」
「じゃあ、黒川さんね」
相手に言わされているみたいだが、知ってる人なら問題はなさそうだ。
「それならあなたの持っている刀も結構な値打ちの物なのも納得だわ」
師範の道場出身で身体強化が使えれば刀がいいものなのも納得なのか?
そもそも俺の刀いつ見た?
刀袋を見て、どういうことなんだろうと白石さんに同意を求めようとみると、白石さんは大剣を持っていなかった。
「あれ、白石さん大剣は?」
「さっき説明してたけど、投げてそのまま」
全部聞いていたはずだが、耳を素通りしていったみたいだ。
「刀が値打ちものってどうしてわかるんですか?」
「あら、黒川さんから聞かされてない? 聞かされてないなら、まだ知らなくていいことなのよ」
知らなくていいなら、いい。結局覚える気が無い時は忘れる。
「それじゃ、聞きたいことも聞けたから、銅さんは帰っていいわ。白石さんとはパーティーメンバーの件で話があるから」
そう言われ、俺は立ち上がり頭を下げた。
「失礼します」
社会人になったとはいえ、会社の外で礼儀が必要な場面は道場くらいしかなかったから、これであっているのか分からない。社会人って一部はこんなものだ。
白石さんを残し、先に退出したがパーティーメンバーが傷を負った高卒一年目の女の子を残してもいいのか迷った。
どうするべきか?
「もしもし、師範。銅です」
こういう時は人生の先輩に相談するしかない。
「ソウ、どうした? 明日は休むのか?」
「いえ、相田さんのパーティーが強い魔物の討伐で怪我を負ったんです。相田さんと米沢さん、橘さんという方が」
「ほう、知っておるぞパーティーメンバーの名前は」
何で知ってるんだ?
相田さんがなにか相談でもしてたのか?
偶に話すらしいからしてたのかも。
「それで白石さんという女の子と私で討伐したのですが、怪我を負った三人は病院に行ったんです。あっ……、やっぱりいいです」
「ん? おい、ソウ」
「はい、切ります」
そう言って俺は電話を切った。
話しているうちに思い当たったが、白石さんは相田さんの車で来ているはずだから、帰れないのではないか。
いや、よく考えたら俺みたいに知り合いがいない、そう言うわけでもないから、車を出してくれる人くらいいるか。
まあ、取り越し苦労ならそれでいいか。
そう思い、俺は換金所近くの長椅子まで行き白石さんを待った。
それから十分もしないうちに白石さんは支部長室から出てきた。
「銅さん、待ってたんですか?」
「うん、挨拶してから帰ろうと思って」
実際、迎えが来ると思っているから挨拶だけで済ますつもりだ。
「そう言えば、白石さん誰か迎えに来てくれるの?」
「はい、親が来てくれるそうです」
「それなら安心だね。お疲れさま」
「はい、さようなら」
そう言って俺は白石さんとは、もう会うことがないだろうと思った。彼らはここのダンジョンで連携の練習をしていると言っていたから。パーティーが崩壊した今はどうするのだろう。
まあ、気にしてる暇はない。明日は仕事だし、武具の整備もしたい。
帰ろ。
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