第14話

 武装オーガが雄たけびを上げたのかもしれない。

「よし、この階層は慎重に行くぞ。武装オーガに出会えば広いところにでるか、ここまで戻る。ここまでのルートは覚えていると思うが、コウキとナナカで先行してくれ。よし、行——」

 タクトの声が途切れたのは、また声が聞こえてきたからだった。

「グゥオォォォォォ‼」

 しかも、さっきよりも明らかに近くなっている。

 そして地響きが間隔をあけて二回聞こえてきた。

 十二層前下り坂から真っすぐの通路から、私の持つ大剣よりも大きな剣を持った武装オーガがゴブリンを率いてやって来たのが見えた。

 武装オーガは前回の探索で、銅さんが倒したオーガよりも大きい。

「あの武装オーガ、角が二本生えてる」

「ゴブリン、剣、槍、盾、素手が十体ずつ、弓が十体、魔法が二体」

 コウキの報告で苦い顔になるが、気持ちを切り替えて十二層に入る。

「ナナカは魔法ゴブに攻撃して、魔法攻撃の兆候があれば教えてくれ。コウキはナナカの守りだ。俺とシオンで先頭の盾ゴブに一当てしてくる。そしたら十一層まで撤退しよう」

 皆が頷き、ナナカとタクトも十二層に入った。

 ナナカは射程距離のギリギリから狙い始めた。

 それを見て私とタクトも準備をする。

 一当てするのは私の役目でその後の隙を守るのがタクトの役目。

「よし、行くぞ」

 タクトが先に走り始めた。私は結構遅れて走り始める。

 私の方が軽いから後に走ってタクトの速度を見ながら調整する。

 どんどん近づいてくるゴブリン達、その後ろで笑いながら見ている武装オーガが見える。

 タクトが後二歩ぐらいの所で一気にタクトの前に出て、大剣を薙ぐ。

 盾ゴブリンが三体生死不明の状態で空を舞った。

 私の前にタクトが出てきていつでも攻撃されていいように盾を構えている。

「シオン、撤退だ!」

 私とタクトは反転して十一層への上り坂へ向かう。

 タクトは時折、後ろを見て盾を構えていたが、攻撃はなかった。

 ナナカとコウキも私達が帰ってきているのを見て、下がり始めた。

「ナナカ、魔法ゴブは?」

「一体は殺した」

「下がるぞ!」

 タクトの声で二人も撤退を始めた。コウキ、ナナカ、私、タクトの順だ。

 時々、後ろを見ながら走っていると、オーガが動いているのが見えた。

「オーガ来てる!」

 見えていたが、ナナカが皆に声を掛けた。

 そして体の大きいオーガは走るのも速く、私達を追い越して、出口前でこちらに大剣を突き付けてきた。

 大剣を突き付けた割には攻撃をしてこようとしないオーガ。

「どうする?」

「俺がシールドタックルするから、隙ができれば攻撃してくれ」

「分かった」

 ナナカはコウキと一緒に後ろへ下がり、矢をつがえた。

 私はタクトと一緒に前へ出て、攻撃するために背負っていた大剣を持って右肩にのせた。

 そしてタクトの攻撃を待っていると、オーガが顎で私達の後ろを示していた。

 しかし、タクトはそれを知ってか知らずか、シールドタックルを行った。

「んがぁぁぁぁぁ!」

 オーガみたいな声を上げながらタックルをしたタクトは、オーガを少しよろけさせることに成功した。

 それに対してオーガは右手に持つ大剣を使わず、左手で盾を殴りタクトを後退させた。

「グガッ!」

 明らかにイライラしながら、オーガは左手でゴブリンのいる方向を指す。

 意思疎通できる魔物がいるとは聞いたことがある、でもそれは人みたいな魔物だったと聞いている。

 これは本当にオーガがこちらに何かを言いたいのか、後ろを向いて隙ができたとき攻撃されるんじゃないか。

「なんだこいつ? ゴブリンを指して何してる?」

 タクトもようやく気付いたのか、盾を構えながら困っている。

「分かるか?」

「分からない」

 私が答え、タクトは一瞬考えたが、結局分からなかったらしく。

「もう一回、シールドタックルを仕掛ける。さっきと一緒だ隙が出来れば攻撃してくれ」

 そう言ってシールドタックルをした。

 そしてオーガは両手で受け止めて、左手で盾を殴った。

 タクトが後退したのを確認してオーガは大剣を地面に置いた。

 その後、ゴブリンのいる方向を指差した。

「タクト、ゴブリンと戦ってから自分ってことじゃない?」

「オーガの前にゴブリンと戦ってから来いってことか。両方一気に来ることがないだけでも、ありがたい」

「ナナカ、魔法ゴブを攻撃したらオーガを見ててくれ。コウキは魔法ゴブ攻撃し終わるまでのオーガ監視、シオン、できるだけ体力を残して戦闘してくれ、オーガとの戦闘もあるが、最前列の盾が崩れたら前みたいに剣や槍が一気に来るかもしれない。よし、行くぞ」

 タクトが声を掛けると同時にタクトと共に反転し、一緒に走り出す。

 走っている少し上空では矢が短い間隔で何本も飛んでいく。

 私とタクトはさっきと同じことをする。

 タクトを先に走らせて、あと数歩というところで私が前に出て薙ぎ払う。

 今回は四体巻き込むことができ、いつも以上に力が入っていたのか、盾を砕いた感触があった。

 走っているときに見たところ、最初の三体はどこにもいなかった。上手く攻撃できていたようだ。

 攻撃した四体の内、二体は宙を舞い、もう二体は倒れていた。

 タクトが前に出て盾を構え、攻撃に備える。

 しかし、盾の前に出てくる攻撃役がいない。それでは隊列を組んでいる意味がない。

 その後、攻撃を受けない為、一人で盾を殲滅した直後、剣ゴブリンと槍ゴブリンが一斉に攻撃を仕掛けてきた。

「俺が隙を作るからシオンは攻撃してくれ。コウキ、シオンの援護をしてくれ」

 隙を作ると言ったタクトは盾に攻撃を受けながらタイミングをうかがっていた。

 一斉に攻撃を仕掛けてきたとはいえ、数体群がったら攻撃する隙間がなくなる。タクトの右サイドには私とコウキがいるが、ゴブリンは今、タクトに夢中だ。倒れない盾を躍起になって攻撃をしている。

「ゴラぁ!」

 謎の掛け声とともにタクトはシールドを構えて一歩分だけタックルした。

 間合いを図って距離を詰めていた剣ゴブリンの体に盾が直撃して倒れる。槍ゴブリンは再度、間合いを取る為に下がった。

 倒れている剣ゴブリンに目もくれず、後ろに下がった槍ゴブリンへ得意になって来たバッティングを身を持って体験してもらう。

 巻き込めたのは二体、飛んだのは一体、飛んだゴブリンに巻き込まれたのが三体。すべて槍ゴブリンだ。

 気持ちよくスイングした後、倒れていた剣ゴブリンが立ちあがって攻撃してくるが、後ろから来たコウキの剣に刺されて倒れた。

 その後コウキは下がろうとしたが、槍ゴブリンの立て直しが遅いことに気が付き、距離を詰めて一体ずつ切り殺していった。

 混乱が収まったのか、あと二体の所で槍ゴブリンはこちらに攻撃を仕掛けてきた。

 その攻撃を下がることで避け、タクトのいる場所まで戻る。

「こいつら終わったら弓が攻撃してくると思うけど、どうする?」

 タクトは私の問いに人を使う事で答えた。

「ナナカ、オーガはどうだ?」

 今、タクトは剣ゴブリン六体から絶え間なく攻撃されている。私とコウキには槍ゴブリンが一体ずつ付いており、間合いが少し測りづらい状態だ。

「私も攻撃して来いってジェスチャーしてる」

 オーガは人型で人っぽいが顔は動物や人間でもない魔物顔をしている。相手に威圧感を与え続けるような顔だ。

 しかし、私はオーガを身体が大きなゴリラだと今思った。体毛がすごいわけでもないが、人間を理解して意思疎通までできるとは……ゴリラだ。

「シオン、ぼさっとするな!」

 コウキに言われて、視界が一気に広がりボーっとしていたことが分かった。視界の左端から剣ゴブリンがこちらに近寄ってきていた。

 しょうもない考えで思考が、視界が狭くなっていたようだ。オーガはゴリラではない。

「コウキ、少し下がるよ」

 コウキの動きを確認しながらバックステップし、槍と剣を視界に収める。

 どう動くべきか考えていた時、後方から飛んできた矢が私の正面の槍ゴブリンを射殺した。

「私が弓達を攻撃する」

 ナナカはそう言って何本も矢を放ち始めた。

 目の前の槍ゴブリンが倒れたことで動きやすくなった私は、コウキを狙っている槍ゴブリンに向けて踏み込みと同時に大剣を叩きつける。

 視界外からの攻撃で反応が遅れた槍ゴブリンは、攻撃する暇もなく大剣を受けて切られた。

 体重ののった攻撃で一瞬動きが止まる私に、剣ゴブリンは攻撃してくる。

 二歩くらいで間合いに入るだろうから、勘が良ければコウキが動いてくれるはずだ。

 そう思っていると、コウキは大剣を叩きつけ地面と水平になっている私の背中に手を付いてゴブリンにドロップキックしていた。

 剣ゴブリンは対応できなかったのか、私が見たとき顔に蹴りを受けていた。

 倒れた剣ゴブリンにとどめを刺すコウキ。

「シオン、危なかったぞ」

「あれぐらいできないと、オーガは倒せないでしょ」

 確かに声もかけずに動いたのは悪かったが、今は聞きたくない。

「タクトの援護に行こう」

 頷きながら、弓ゴブリンを見ると後二体にまで減っていた。

 ナナカの奥にいた武装オーガは腕を組んで戦闘を眺めていたままだった。

 一先ずは問題なさそうだ。

 その後、タクトに群がっていたゴブリン五体を倒し切るのに時間はかからなかった。

 そして倒し切る頃には、ナナカがオーガを警戒しながら私達の傍に来ていた。

「ナナカはそのままオーガを警戒、他は魔石の回収」

 そう言われ、急いで回収したが、まだオーガは動き出していない。

 しかし、戻る為の坂も塞がれているため、逃げることもできない。

「各自、オーガを警戒しながら休憩だ」

 タクトが言い出したことに驚きはなかった。

 オーガは腰を下ろして嬉しそうに笑いながらこちらを見ている。大剣は地面に置いたまま、警戒していない。

 攻撃するには距離が遠すぎて、攻撃のために近づけば笑いながら応戦しそうだ。

「アイツ、倒さなきゃならないけど、どうする?」

「どうするっていうのは?」

 ナナカが意味わからなさそうにタクトに聞く。私も分からない。

「ここで戦闘するか、もしもの為に上へ行くかだ。上へ行けば一人は救援を呼ぶために短時間で外に向かわせられる」

「じゃあ、上だね」

 ナナカは答えを出すのが早かったが、結局は私も納得した。

 あの武装オーガは強い、救援が必要になる可能性が高い。戦闘が上手く運べば倒せるが、大剣を受けたら重傷は間違いない。

「二人も問題ないな」

「うん」

「おう」

 タクトもそのつもりだったようだ。

「救援を呼ぶのはコウキか、ナナカだな。戦闘の流れで決まるだろうから怪我に注意だ。もう休憩は大丈夫か?」

 戦闘前の最後の休憩、体が奥の方から震えがきて自分の意思じゃ止められない。

 深呼吸をしてみても、震えが止まらない。

 ちょっと強い魔物と戦う時は大体こんな感じだから大丈夫なはずだ。

「シオン、あいつに先制攻撃するぞ、俺はシオンの防御、二人は攻撃の範囲外で上層に逃げる用意をしてくれ」

「私が走っているとき、攻撃されそうになったらガードしてね」

「分かってる。よし、行くぞ」

 集中してると心臓の鼓動が聞こえるらしいけど、今は全く聞こえない。体の芯、心臓近くから走る謎の震えが止まらない。

 それでも今まで高校を卒業してから探索者として生きてきた経験が頭を冷静に保とうとしている。

「うおおおおぉぉ!」

 タクトみたいに吠えれば、この震えは吹き飛ばせるけど思考が狭まることは覚えている。攻撃を受ければ終わり、明らかなチャンスで一振りするだけ。思考が攻撃に偏ったら負ける。撤退を忘れたら死ぬ。

 タクトの声で動き出した武装オーガは大剣を構えて笑っている。

 オーガに近づくほど、体の震えは止まり、するべき動きをしてくれる。

 タクトの右後方で大剣を背中に載せて走り、勢いをつける。

 オーガの間合いに入ったのだが、攻撃するそぶりは見せない。

 私の間合いに入る手前でタクトの右前方に出て、大剣を叩きつける。

 武装オーガは一般のオーガと違うのか、私の倍くらいの高さがある。

 攻撃できる範囲が最大で口、有効的な攻撃を当てられる範囲が胸だ。

 胸を狙い攻撃をしたのだが、金属音と共にはじき返された。

 その時には私の前にタクトが出てきて、攻撃に耐える準備をしていた。

 私は大剣と共に両手が上がり、隙だらけだった。結局攻撃はなかった。

 オーガは大剣を見ながら笑みを深めて、タクトの盾を足の裏で蹴った。

 タクトの後ろにいた私は、耐えられなかったタクトに巻き込まれ、ナナカとコウキがいる後方まで滑っていた。

「タクト、ガードできそう?」

「いけそうだ。シオンは?」

「普通に攻撃しても弾かれたりする。波状攻撃じゃないと当てられない」

「ナナカ、シオンの攻撃前に矢を頼む。コウキはナナカの守りだ」

「戦闘しながら坂からアイツを離すぞ」

 そうして始まったのはギリギリの戦闘だった。

 私が攻撃するのに合わせて後方から矢が飛んできて、オーガを妨害。オーガは防ぐために片手を使い、その隙に私が攻撃した。しかし、攻撃を察知していたオーガは下がることで避けて足に軽い切り傷が付いた。

 傷を作った直後オーガは怒り狂ったように攻撃をし始め、坂から離して上層へ逃げることに成功した。

 逃げながらナナカが攻撃、ナナカが狙われればタクトがガードして私が攻撃。そのパターンで出来るだけ上層に逃げながら戦闘していたのだが、移動距離が長ければ、戦闘時間が長ければ、疲れによってミスをする。

 まずはコウキのミス、道を間違えた。戦闘中の命がかかったところでしてしまった。

 次にナナカのミス、単純に避けるのが遅くなり、タクトがガードをするのに負担がかかった。

 そしてタクトのミス、ガードミスにより腕を骨折した。

 私のミス、攻撃のタイミングを見誤り大剣で武装オーガの攻撃を防ぐことになった。

 現状、戦闘はどうにかできているが、次に誰かがミスをすればこの状態が崩れることは間違いないだろう。

 私は大剣で攻撃を防いだ。手で持っていた大剣が力に負けて体に接触した。運よく攻撃を身体に直接受けなかった。しかし、足腰の動きが悪く、腕はものすごく痛い。衝撃によって、せりあがって来た胃液を飲んだ所為で喉もヒリヒリする。

「今、十層!」

 コウキの報告が聞こえてくる。

 戦闘が難しいと考えて、誰かが聞いたのだろうか。私達の方がオーガと比べると状態が悪い。

 そして戦闘継続が不可能になるような事態が起こった。

「あっぁぁぁ⁉」

 私の左側で盾を構えていたはずのタクトが右腕を切り落とされていた。

 武装オーガは笑いながらタクトの腕に剣を何度も叩きつけている。

 私はタクトの腕を止血しようとしたが、タクトが止める。

「まだいける」

 そう言っているが、血がダラダラ流れている。一定の間隔でビュッと出ている血がタクトの命をカウントダウンしているようにしか見えない。

 ヒールポーションがない今、生命力回復薬で止血と生命力回復をするしかない。それをするには患部に生命力回復薬を掛け、圧迫止血を行うのだが、戦闘中で接近戦をできる人が二人しかいない状況では難しい。

 私がどうするか考えている間にタクトへ武装オーガの大剣が振り下ろされた。

 案の定、体重がのっていないタクトの構えでは受けきれなかったようで、タクトは盾を手放しナナカとコウキの方に飛んで行った。

「ナナカとコウキでタクトの応急処置、終わったら上層に上がるよ!」

 私はそう言って大剣を後ろへ投げ、タクトが手放した盾を取った。

 重くはあるが走れないほどじゃない。

 盾を両手で持ち、攻撃に備える。

 笑っている武装オーガは連撃を見舞ってきた。

 振り下ろしに薙ぎ、切り上げと袈裟懸け、そしてタックル、それを受けふらついている所に突き。

 似たような攻撃を何度も試された。

 自分のできることを把握しようと練習台にされたのはよく分かったが、今は耐えなければならなかった。

 武装オーガが動く度、私が攻撃した傷から少し血が出てそれが周囲を汚す。私自身も顔や髪に血がかかっているだろう。

 しかし、血を流せば流すほど、武装オーガの体力は減り討伐までの道が近づく。

 ただ、残念なことにこの武装オーガは二本角で間違いなく『オーバーワーク』を持っている。

 体力が減れば減るだけ私達のパーティーも全滅に近づく。

「まだっ⁉」

「もうすぐ……終わった!」

「上に逃げて」

 そう言ってオーガの攻撃を避け、大剣を拾い上げながら三人の後ろを追いかけて上層に向かう道を走る。

「どうして⁉ 銅さんッ⁉」

 コウキの声が聞こえ、前を行く三人の足が止まった。

 動きが止まったとき、ここは死地になった。

 私は武装オーガに向き直り、右手に持った大剣を槍投げするように全力で投げた。

「らあぁぁぁ!」

 真っ直ぐ飛んだ大剣は武装オーガの腕を浅く切るだけで終わった。

 やることはやった。後はコウキとナナカ、タクトと銅さんを上に逃がして討伐パーティーを呼んでもらうだけだ。

 その間中は盾で防ぎ続けられるだろう。防ぐだけなら問題ない。

 盾を構えて受け止められるように重心を低くする。

 集中していたのか呼吸音が良く聞こえる。そして後方からのしっかりとした足音も聞こえてきた。


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