第13話

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 日曜日、目が覚めた時、早く寝た為か気分が良かった。

 今日することは七層の地図を埋めて八層九層へと行くことだ。

 俺は趣味で探索者をしているため採算度外視でも問題ない。

 昨日、寝る前に鎧を整備していたが傷一つ付いていなかった。動きによって皺が寄っているのが見えたくらいで鎧としての本分を果たせていない状態だ。

 まあ、こいつが本分を果たせる状況は俺に攻撃が入ってどうしようもない時くらいだろう。その時は逃げよう。

 刀も使ってすぐに拭っていた為、乾燥しているだろうと刀油を塗ろうと用意していたのだが、師範が言っていたように特に必要なさそうだった。

 しかし、今まで師範の所で使ってきた日本刀がそういうものではなかったのもあり、心配になって一通りの整備はした。今日また使うが。

 朝早くから準備をして、昨日と同じ時間に家を出た。

 日曜日の朝で人も少ない。

 昨日よりも数分早く着いて駐車場に入ると昨日よりも人が少ない。朝というのもあるだろうが、探索制限が問題なのだろう。

 SNSでも珍しくこの地方が話題になっていた。

 駐車場から撮った写真がアップされていて、俺の車が写っていたのを確認してうれしかったが、旧車好きはいなかったのか誰も触れていなかった。

 入って受付に今日の予定を伝える。

「七層、八層探索予定です」

「銅さんですね、昨日も来ていましたよね」

「はい……?」

 珍しく受付嬢が俺に話しかけてきた。

 昨日みたいな事務的なことではないのかもしれない。

「銅さんは相田さん達と一時期パーティーを組んでいましたよね?」

「はい」

 相田さんの話をされても結局知らないことばかりだからな。

「実は今日、ダンジョン最深部で武装オーガの討伐があるんです。いつになるか分かりませんが、入る皆さんに何か異常が起こる可能性もあるので声をかけています」

 珍しく話しかけてきたと思ったら、結局は事務的な話だった。ただ、俺が相田さんパーティーに一時期所属していたから、仮だけど所属していたから事務的に言うのが難しかったのかもしれない。

「はい、分かりました。今日は早く帰ります」

 そう言って俺は手荷物検査、上着を脱いで金属探知機を通った。

 更衣室に向かうと誰もいなかった。まあ、いつもいないけど。

 着替え、準備を整えて、更衣室から出て軽く準備運動をしておく。

 早く帰る為、早く七層に到達しなければならない。だから今日は歩きじゃなく、走って行く。

「おはようございます」

 監視員に挨拶をしてダンジョンに入って行った。

 昨日同様に五層までは道を覚えているから、地図を見ずに走って向かう。

 六層前の下り坂で地図を取り出した。

 圏外のスマホは現在時刻十時、ずっと走り続けていた訳ではないが、体が少し疲労を覚えるくらいは走り続けていた。

 マップに昨日書き加えた道を見て、少し顔がにやける。達成感がある趣味っていいものだ。

 しかし、一層から五層までの道で魔物とは一体も出会わなかった。これからも出会わないとなるとお小遣いを稼げないが今日は仕方ないと心を切り替えよう。

 六層も魔物と出会わなかった。

 七層の地図に取り換えて、七層の探索を再開した。時刻は十時三十分。

 最初の十字路を通り抜けて二つ目の十字路に来た。

 最初の十字路は左がモンスターハウスだったから、二つ目もそうだろうと左に入って行く。

 その後、十分歩いてただの行き止まりに着いた。

 偶に軽く蹴ると壁が崩れて隠し部屋が発見されるとツブヤイターにのってたから蹴ってみると、ただの壁だった。

 ダンジョン探索というのはこういうものだ。

 このダンジョンを知っている探索者にお金を払って地図を手に入れれば、行き止まりとか気にせず、魔物と会いやすい場所に行ける。知らなければ一日探索して何もないとか、そういうものだ。

 戻って十字路右側に向かう。

 それから十分歩き続けて広間に出た。

 広間にはゴブリン二体が見えた。

 ゴブリンは棍棒を持って戦闘していた。

 仲間内で争っているなんて珍しい、と見ていると鍔迫り合いをしながら何かを話しているようだった。

 何で戦闘しているかは分からないが、俺は無意識に二体の会話を想像していた。

『お前も従え! 殺されるぞ!』

『フンっ! 俺は死んだって従わねぇ!』

 鍔迫り合いから両者離れてどちらともが一撃を当てようと頑張っているが、攻撃は悉く攻撃に当たって棍棒同士が打つ音だけが広間に響く。

 いつになったら決着が付くかと見ていると、二体以外の別のゴブリンの声が聞こえてきた。

『もういい……』

 その声は少し低く、奥の方から姿が見えてくると体には革鎧、左手には金属製の盾、右手にはメイスを持っているのが分かった。

『お前の頑張りも無駄だったな。友は耳を貸してはくれないようだぞ?』

 鎧ゴブリンの登場で戦闘は止まった。

 二体に対して何かを言っていた鎧ゴブリンは、二体の内の一体に近づきメイスでそいつを押した。

 押された一体は尻を着いて、鎧ゴブリンを見上げる。

『友を説得できない者に用はない』

 倒れたゴブリンを見ながら何かを言った鎧ゴブリンは、もう一体の棍棒ゴブリンを見て、倒れたゴブリンをメイスで撲殺した。

『さあ、友が死んだぞ。お前が無駄な意地を張ったが為になぁ!』

 棍棒ゴブリンに何か話しかけている鎧ゴブリンは、盾を棍棒ゴブリンに向けて構えた。

『無駄死にだ! あいつは犬死だぁ! さあ! 仇をとれぇっ!』

 叫びながら何かを言って、より深く盾を構えた。

 棍棒ゴブリンは死んで崩れていくもう一体を見た後、叫び声を上げながら盾に一撃を入れた。

『うああああー!』

 軽い音で盾に拒まれた棍棒は弾き飛び、棍棒ゴブリンはもう一体のゴブリンが生きていた時と同じように地面に尻をついた。

『やはり犬死だったな……』

 メイスが振るわれ、体勢を崩している棍棒ゴブリンを鎧ゴブリンが殺した。

 何が行われていたかは分からないが、ゴブリン社会では力がすべてみたいだ。

 俺は広間に入って鎧ゴブリンに走って近づいた。

 気づいたゴブリンは盾をこちらに構えたが、気にせず盾へ体重を乗せて蹴りを入れる。

 速度と体重でゴブリンを蹴り飛ばし、盾を手放させてククリナイフでとどめを刺す。

 装備はよくてもゴブリンだった。

 周囲を見ると、どこにも魔物はいない。広間の奥まで見渡せるがもういないようだ。

 魔石を拾って十字路まで戻った。

 七層のマップを埋める為、探索を再開する。

 その後も行っていない所を地道に進んでいったが、どこも行き止まりか、魔物のいない広間だけだった。

 そしてそのまま、魔物と会えず七層のマップは埋まった。

 現在時刻、十一時十五分。

 魔物と戦闘したのは一回だけ。不完全燃焼極まりない。

 俺は不満解消の為に八層へ向かうことにした。

 もう昼も近くなっている為、今日は切り上げるつもりだった。

 戦闘がたったの一回というのは、まだ探索する理由としては十分だと思う。

 下り坂を歩きながら八層の地図を取り出す。

 最短ルートは分岐をすべて無視する真っ直ぐのルートだった。途中直角に曲がるが、それ以外は真っ直ぐだ。

 それに八層は地図を見る限り分岐も多い為、魔物との出会いに期待が出来そうだ。

 坂を下り切り、八層に入ると真っ直ぐの通路に魔物はいなかった。

 最初の分岐は右側にあり、そのまま右側に入って行く。

 そして真っ直ぐ歩き続けて行き止まりだった。

「こんなもの、こんなもの」

 探索はこんなものだ。

 メインの通路まで戻って次の分岐まで行く。この分岐も右側だった。

 そして分岐に入って五分後には。

「こんなもの、こんなもの」

 そう言って自分を落ち着かせながらメインの通路に戻った。

 それからメインの通路の直角に曲がる場所へ来るまで三か所分岐があって、全てが行き止まりだった。

 最後の分岐に関して、走って確認したが全く問題なかった。

 さすがに魔物と出会うと思ったのに、全く出会わない。

 この後も出て来なければ九層に行く予定だ。

 角で休憩しても問題ないだろうと背嚢から水筒を取り出して飲んだ。それから五分間休憩したが他の探索者と魔物はいない。

 たぶんいないだろうと思い早歩きで八層メイン通路の角以降を調べると、どの分岐にも魔物はいなかった。壁を蹴ってみたり、宝箱があるかもと広間になっている所を調べたりもしたが、全く何もなかった。

 そして今、九層前の下り坂で昼ご飯を食べている。現在時刻は十二時二十分。

「九層でも見つからなかったら、どうしよう?」

 ふと呟いてしまったが、誰もいないから問題ない。

 モソモソとカロリーフレンドのドライレーズン入りを食べている。相田さんパーティーでは人気がなかったのか、俺が貰った半数以上はこの味だった。俺は気に入っている。

 九層にいなければ十層に行く。

 時間が問題なければそうしようと考えている。八層では魔物がいないだろうからと、警戒を怠っている状況が多かった為、九層では気持ちを切り替えよう。

 誰もいないから下り坂の途中まで戻り、トイレで大便をしてきたが気分がいい。

 体の調子も休憩と排便で、いい状態だ。

 十二時五十分には体の調子よく九層の探索に入った。

 九層は前の探索の時、ゴブリンパーティーと出会ったところだ。

 気持ちを切り替えて慎重に進んでいく。

 下り坂の先は少し進むと広間になっていて、前回はそこで遭遇した。

 通路から見てみると魔物はいなかった。昨日同様であれば魔物部屋の特徴だが、そもそもは魔物がいた広間だ。

 運がなかったようで、何も起こらなかった。

 通路が塞がれたり、魔物が出てきたり、しなかった。

「これは、不安だな……」

 増えてきた独り言が気の緩みの象徴みたいなものだ。

 人がいれば独り言など言わない。

 気を取り直してそのまま広間を抜けて進んでいく。

 次の分岐を左に進むと最短ルートなのだが、右に進んで地図を埋める。

 右に進み五分程歩くと、広間が見えてきた。

 しかし、魔物は見えない。またしても魔物部屋の特徴。

 軽く準備運動をして戦闘態勢で入る。

 周囲を警戒しながら広間の真ん中まで行くと奥の方が見えた。

 広間の奥に通路もない、ただの広間だった。

 上から魔物が降ってくるのかも、と思ってもないことを考え見てみると、ダンジョン特有の薄い光に照らされた岩の天井が見えるだけだった。

「まずい……」

 そう、まずいのだ。

 俺はここまで来れば絶対に会えると思っていた。珍しい動物みたいな言い方だが。

 しかし、会えてない。お小遣いが少なくなるのは全然かまわないが、戦闘を経験できないのは惜しい。

 会えてないこともまずいことだが、よりまずいのは今のままでは会えないかもしれないし、会えても一回では満足しないことだろう。

 そうしてダンジョンに呑まれる人がいるというが、なるほどよく分かる。

 不完全燃焼が事を大きくしているのだ。

 自制できるような事ならいいのだが、経験することに自制は必要ないと思っているから止まれない。

 広間から引き返してメインの道に戻り、次の分岐を目指す。

 次の分岐は三方向で真ん中の道がメインだ。

 最初に右を選び、魔物との出会いを待った。

 一分後、俺は来た道を引き返していた。行き止まりだった。

 一分かけて分岐まで戻り、左に向かう。

 左側は今までの通路と違い所々にくぼみがあった。少し小さな人が入れるようなくぼみだ。ゴブリン用のものだろう。

 もしかしたら罠でもあってそれを避けるためのものなのかもしれない。

 奥に進むほどに罠と魔物が出てくるという考えを強めていたが、分岐の最奥にあったのはくぼみだった。

 ただの装飾だったのかもしれない。

 俺は急いでメイン通路まで戻り真ん中を進んだ。

 全く出会わない。次の分岐も左右両方あったのだが、どちらとも行き止まりで、魔物もいない。

 探索制限っていうのは探索できる層を制限するのではなくて、探索できる状況にしないことにより制限しているのか。間接的なやり方だ。

 そんな無駄なことを考える間もできるほど、警戒の必要がなくなっていた。

 九層最後の分岐も行き止まりだった。そして下り坂に入って行った。

「俺の探索制限って八層だったっけ?」

 制限区域を恐らく越えているが魔物と会えないのが悪い。こういう状況だと分かっていればこのダンジョンには来なかった。言い訳が必要になれば、そう言う感じで行こう。

 十層には行くつもりだが、十層にいなければ今日は地図を埋められたことに満足して帰ろう。警戒して歩き回るからいい疲労感になるだろう。

 それにマップが埋まるまで後五層だと考えれば、より満足度が高い。

 下り坂を歩きながら十層のマップを取り出す。

「そう言えば十層で書いたのは、真っ直ぐ来た広間だけだったな」

 地図に書いてあるのは真っ直ぐの大きな道と広間だけだった。

 一先ずは今まで通りにすべての場所にいけばいいだろう。

「そういえば相田さん、防具がその層の強い魔物をひきつけるって言ってたな」

 ふと思い出したが、どのように引き付けているか分からないから、ダメだった。防具に魔力を流して魔物が集まって来るなら使いようがあったんだが、試しにやってみても変化はなかった。

 十層直前の下り坂で背嚢を下ろして休憩をする。

 今の時刻は十三時四十五分、十四時まで休憩の予定だ。十四時にアラームをセットした。

 背嚢からヤングドーナツを取り出して、食べている。一口サイズのドーナツが一袋に四個入っているタイプのものだ。

 地面に座って十層を見ながら食べているとすぐになくなった。設定していたアラームが後十分になっていることから割とボーっと食べてたことが分かった。いつもだったら三分で食べ終わるのに。

 片付けをして動ける準備をした状態で座って休憩していると、また、ボーっとしていた。

「二か所くらい行ったら帰ろうか……」

 疲れが溜まってきていたのを自覚して早くに帰ろうと思う。魔物と出会わなくても。

 体を少し動かしてメリハリをつけるために声を出す。

「よっしゃ、探索がんっばろうぅ!」

 気合を入れて俺は十層に入った。


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 前日の二十一時には寝て、今日起きたのは朝の四時。

 準備をしてタクトが来たのは五時でダンジョンに着いたのは六時三十分。

 七時にはダンジョン入り口前で待ち合わせ、話し合いをしてダンジョンに入った。

 いつものように先行はコウキが行うが、五層までは全員で一気に進むことになっている為、皆でダンジョンに入って行った。

 今日は一層の時点でダンジョンがおかしかった。

「魔物が全くいないけど」

 ナナカの言うように全くいなかった。一層すべてに行っているわけではないが一層につき一回は魔物を目撃する。

「警戒しながら進もう」

 タクトがそう言って二層への下り坂を進み始めた。そこから五層まで一度も魔物と出会わなかった。

 六層への下り坂で少し休憩しながらタクトに話す。

「変だよね? ダンジョン」

「変だけど、今日は進むしかない。警戒することが対策になる」

 それっぽいことをタクトに言われたが、今日はやっぱりおかしい。

 一体も出会わないことは一度もなかった。タクトの機嫌が少し悪そうなのも私が思う変なことに入って評価に影響しているのかもしれない。

 結局、警戒しながら六層、七層、八層と魔物と遭遇せずに来た。

 今日初めての魔物との遭遇は九層での事だった。

 九層前の下り坂から見える通路の奥に長方形の盾を構えたゴブリンの一団が見えた。

「あれ! ゴブリンだよ」

 ナナカは下り坂から奥を指さした。

 そしてそれをゴブリンは見ていたようで、盾を一定のリズムで叩きながら近づいてきた。

 大きな盾を持ったゴブリンが四体、その後ろで棍棒を持つゴブリンが五体、多少のズレはありながらも全員がこちらに向かってきていた。

「ナナカ狙いやすい奴を、俺が近づいて注意を引くからコウキとシオンは隙ができた奴から頼む」

 今までの層は何だったのかというくらい普通に魔物が出てきた。しかし、表中層魔物のゴブリンがパーティーで出てくるのは十三層から、だからやはり異常が起こっているんだろう。

「おおおっー!」

 いつも以上に張り切っているタクトが盾を構えながら突っ込んでいった。

 久々の魔物に歓喜しているタクトの後ろを私とコウキが続く。

 タクトがゴブリンへ到達する前に私達の上を矢が二度通って行った。

 棍棒ゴブリンは二体数を減らして、慌てているのが見える。

 そして慌てている所にタクトが突っ込んでかき乱す。

 問題が二つ急に起こって行動が止まったゴブリンから、私の大剣とコウキの剣で絶命させられていく。ゴブリン達も戦闘が起こって命の危機となるとすぐに動き始めた。

 しかし、動くのが遅く残りのゴブリンは三体。盾持ち二体と棍棒一体だけだった。

 タクトは盾持ち、コウキは棍棒、私の所にはこちらへジリジリと距離を詰めようとしている盾持ちがいる。

 近くで見ると長方形の盾は作りがしっかりしているのが分かる。見た目は厚い板材だが、四辺は金属で出来ていて、角と角が繋がっている。四角い金属の枠の中にバツ印の補強がしてある。

 ゴブリンにとって残念なことに、その補強は私にとって意味をなさない。

 盾の受ける部分が湾曲していればよかったかもしれないが、攻撃に対して意図してしか別の角度で受けられない平面の盾では、私の攻撃が致命傷になる。

 その盾を壊してしまおうと、大剣を右後方に構えていた時、視界に一瞬入った飛来物がゴブリンを襲った。

 盾と共に倒れたゴブリンの頭には矢が刺さっていた。

 後ろにいるナナカが、得意げな笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

 私が初心者の頃だったら良いタイミングと思うが、今回はタイミングが悪かった。昨日上手く慣らせなかった分、今日の戦闘で慣らしておこうと思ったのだが、ナナカの調整に使われてしまった。

 周囲を見ればコウキとタクトも戦闘を終わらせたところだった。

 皆で魔石を回収してタクトの下に向かう。

「進みながら改善点を出していこう、コウキはいつもより近くで先行してくれ」

 そう言ってタクトは、コウキの少し後ろを歩き始める。

「今回の戦闘では特に指示を出していなかったが、案外うまくいったと思う。ナナカが隙を見てゴブリンの頭を射抜いたのがいい点だった。改善点としては——」

「ゴブリンの集団です」

 少し前を先行していたコウキがこちらを振り返りながら言った。

 どうやら真っ直ぐの通路の奥にいるようで、こちらからはっきりと見えない。

 見た感じ先ほどと同じ数で同じ構成だが、後ろの方に何かが見える。

「まだ、はっきりとは見えていませんが、ゴブリンの集団です。盾持ちが四体、あとははっきり見えません」

「ここを真っ直ぐ行くしかないからな、俺が前に出る。さっきと同じだ、ナナカ頼むぞ」

「オッケー」

 タクトを先頭に通路を進み始めると、見えていなかった集団の後ろの方が見えてきた。

 盾持ち四体の後ろに棍棒五体、その後ろに弓を持ったゴブリンが二体見える。

 ゴブリンの方もこちらがはっきりと見えたのか、さっきの集団と同じように盾を一定のリズムで鳴らし始めた。

 弓持ちのゴブリンはこちらに矢を放ってくるが、弓の問題か腕の問題か、私達の手前で矢は地面に落ちるだけになっている。

 それを見て、ナナカは弓ゴブリンへ向かって矢を放った。

 ほぼ真っ直ぐ飛んだ矢は狙いを定めていた弓ゴブリンに刺さった。

 もう一体の弓ゴブリンは何か叫びながら、何度も届かない矢を放っていた。

 ナナカがもう一度矢を放つと必死に何かを叫んでいた弓ゴブリンは絶命した。

 タクトは弓ゴブリンが絶命したのを確認して、ゴブリンの集団に再度、進み始めた。

 そして後数歩で届くというところで、タクトは前回同様にタックルを行った。

 タックルが届かなかった盾ゴブリンに走った勢いのまま、大剣を振り下ろす。

 盾から出ていた頭を下げて耐えようとしていたが、大剣の重さと勢いに負けて盾は割れて木片が飛び散った。

 割れた盾を持っていたゴブリンは、そのまま大剣で圧し切った。

 棍棒ゴブリンがまだ五体残っている為、向かおうとするとタクトが棍棒ゴブリンに突っ込んで行った。

 タクトが相手にしていたはずの盾ゴブリンは、足先を潰されていたようでもがいていた。

 タクトが棍棒ゴブリンの攻撃を受け、コウキが間引いているのを見て、私はもがいている二体の盾ゴブリンを殺した。

 それから棍棒ゴブリンは二人によって数を減らし、いなくなった。

 誰が言うこともなく魔石を回収してタクトの下へ集合する。

「さっきと一緒で進みながら話し合おう」

 そう言ってコウキを先行させたタクトは話始める。

「みんな冷静に判断して戦闘を進めることができたと思う。改善点はゴブリンの盾に対する対処が力押ししかない所だろう。数が少なければ誰かが背後をとれるが、今回みたいな状況ばかりじゃないからな、追々考えよう」

 そう言って他の人は特に何も言うことなく話し合いが終わった。話し合いではないけど。

 タクトは自分で気づいていないのかもしれないが、おかしい。

 戦闘の時、シールドタックルをすることはあったが、魔物の数が多いときはまずしなかった。タクトに聞いてもどうせ否定するだろうから皆、おかしいと言えない状況になっている。

 どう伝えようかと考えていたら、十一層前の下り坂に着いた。

「よし、十一層の手前で休憩だ」

 タクトが言って下り坂を下りていく。

 休憩中に伝えるしかないのかもしれないが、パーティーの空気が悪くなるのは避けたい。空気が悪くならないようにふんわりと伝えても、タクトには伝わらないかもしれない。

 坂を下りながらタクトから離れてナナカに相談する。

「ナナカ、タクトに変、て伝えたいんだけど、どうすればいい?」

「今のままでもいいんじゃない? 本人に自覚ないだろうから言ってもね。それに今日どことなくピリピリしてるし、こういう時っていっつも何も言わなかったじゃん」

「そうだけど……今日武装オーガと戦闘、問題があったら命に関わる」

「それもそうか、私が伝えてみるから」

 そう言ってナナカは十一層手前まで着いていたタクトの下に向かった。

 経過を見たかったけど、休めるうちに休むため飲み物を取り出して、飲んでいると不機嫌そうなタクトの声が聞こえてきた。

「問題ない、俺は冷静だ、戦闘前にもしっかり考えて行動している」

 ナナカがほら、と言わんばかりの顔をこちらに向けてくる。

「シオンも何か言いたいのか?」

 まるで言えるものなら言ってみろとタクトの顔が語っているようだ。

「戦闘の始めにシールドタックルするのはどうして? 改善点の話し合いも一人で済ませたのはどうして?」

 私が言うとタクトは得意げな顔で話し出す。

「シールドタックルは注目を集める為、話し合いは改善点が出て周知したからだ」

「今までそうじゃなかった。シールドタックルは魔物の数がパーティーよりも少ないときだけ、話し合いは、皆に意見を求めて改善点を出してた」

 私の言葉にハッとしたのか、目を見開いて固まったままだった。

 コウキは、俺は聞いてないと言うためだろう体育座りで顔を膝の間に入れて見ていなかった。

 ナナカはタクトの前で腕を組みながら、冷たい目で見下ろしていた。

「少し休憩をして十一時前に探索を再開する」

 そう言ってタクトは話を流した。

 ナナカはタクトから離れてこっちに来て、私の隣に腰を下ろした。

「今日、まずいかもね……」

 苦笑いでそう言われたが、笑いが出るほどやさしい苦さじゃない。

「この話終わり。分かった?」

「はいはい」

 対策が話せなくてナナカはまた、苦い顔をしていた。タクトに聞こえる今の状況では話せないことだから仕方ない。

「そう言えば、このパーティーはいつ頃、解散予定なの?」

 そう言うと視界に入っていたコウキとタクトがこちらに向いたのが分かった。

「私は目的を達成したし、タクトはいつでも大丈夫。コウキ次第じゃない? でもどうしたの?」

「私はもっと探索者として活動したいから、パーティー探しとかないと路頭に迷うじゃない?」

 雑談内容として浮かんだ内容は、今の状況にはそぐわないものだったかもしれない。しかし、相談したかった事でもあった。

「私が協会職員になったら斡旋できるけど、解散してすぐにって言うのは無理かなぁ……」

「他のパーティーに知り合い、いたりしない?」

「いないことないけど、長く組んでいる人達だから、ダメだと思うなぁ」

 現状は打つ手なし。銅さんと組むというのもあるが、こちらが突き放したからそれも無理そう。

「しばらくは一人かな」

「だろうね。ま、私がその内探してあげるから待ってて」

「間違いなく期待しないで待ってる」

 協会職員がどういう仕事をしているか把握しているわけじゃないから推測だが、研修期間が長そうな仕事で遠距離攻撃職のナナカは探索関係の仕事で重宝されそうだから、他のパーティーと縁を持つのは難しそうだ。

 パーティーを解散してから別で組むまで少しかかりそうだ。

「各自準備してくれ」

 タクトの言葉で皆が動き始める。コウキはずっと顔を伏せていた状態からやっと上げた。

 タクトはさっき言われたことを気にしていないのか、見た感じはいつも通りだ。

 すぐに皆の準備が終わり、タクトはコウキに先行を任せた。

 コウキが十一層に向かっているのを見ながら、私とナナカは体を動かしていつでも動けるようにする。

 タクトは私に顎で先に行けと示した。

 珍しく声を出さないのは女二人に寄ってたかって言葉の暴力を受けたからイライラしているのかもしれない。

 私が先に行くと通路の先ではコウキが止まっていた。

 どうやら、もう魔物を見つけたようだ。

 この先、十二層への最短経路はコウキが止まっている通路を右に曲がっていくことだが、進行方向を魔物が塞いでいるようだ。

 コウキの下まで行き通路の先を見てみると、十層で出た集団より多いゴブリン達がいた。

「盾八、剣二、棍棒八、弓二、素手五」

 合計十五体のゴブリンが通路を塞ぐようにしていた。

 盾が最前で次に素手、剣と棍棒、弓、素手一体の順番だった。

 なぜ素手が最後部にいるのかは分からないが、怪しさから最初に攻撃するべきはコイツだろう。

 皆、魔物の状況を見ていたようで、静かだったがタクトが話し始めた。

「よし、皆確認したな。まず狙うのは弓二体だ。俺が盾を引き付けるからコウキとナナカは隙ができた奴から頼む。シオンは俺が引き付けられなかった盾を頼む」

「後ろの素手の奴はいいの?」

 ナナカはタクトにそう聞く。

「戦闘において警戒すべきは遠距離の攻撃だ。素手は気にはなるが問題にはならないだろう」

「弓二体を倒した後狙ってみる」

「分かった。剣二体はシオンできれば頼む、狙われた人はシオンの近くまで行くこと」

 タクトはそう言って、背負っていた盾を腕に持って準備を始めた。

 タクトの言うことももっともだが、こうも訓練されたかのような動きを見せる相手を前に、いつも通りで対応するのは危険だと思う。

 十五体のゴブリンを気にならないくらい私達が強ければいいのだが、攻撃は受ければ痛いし、防具も傷む、体に衝撃が加わって少し行動が遅くなるから多対一は難しい。

「準備いいか?」

 その言葉に皆が頷くとタクトがすぐに指示を出す。

「ナナカ先制攻撃だ、俺の後ろで撃て。弓が倒れたら二人も出てきてくれ」

 頷いて返し、タクトは盾を構えながら通路に出た。ナナカはその後ろで弓を引き絞る。

 放たれた矢は少し弧を描き、弓持ちに当たった。

 それを見た弓持ちと素手は行動を開始した。

 弓持ちはナナカに向けて狙いを付けている。そして素手は奥の方に走って行った。

 この場所から逃げた、というのはないだろう。ゴブリンは強者が弱者を従える。戦闘から逃げるなんてそもそもゴブリンはしない。逃げてもいい理由を上位者から与えられているのか。

 考えているうちにナナカの放った矢が弓持ちに突き刺さった。

「行くぞ!」

 そしてタクトは盾の壁に突っ込んで行った。

 言ったにも関わらずタクトが盾の壁にシールドタックルを行ったのを確認して、こちらに注意が向いている盾持ちを圧し切る。

 タクトに注意が向いたゴブリンをコウキがすかさず刺し殺し、後方からも矢が飛んできて一体殺す。

 こちらに注意が向いている盾持ちが二体いる為、先にその二体を狙う。盾持ちの後方には素手と棍棒、剣が見える。

 戦闘の途中でコウキから頼まれることはなさそうだ。

 一体目の盾持ちに近づいてバットのように通路奥に向けて振るう。盾が機能することもなく砕けて、大剣が当たり血しぶきを上げながら仲間の下に飛んでいくゴブリン。

 仲間が飛んできているのを目で追っているゴブリンを一体ずつ切り殺していく。その大半が棍棒持ちだった。

 こちらに向かって牽制の攻撃をしてくるゴブリンを見ながら少し後ろに下がり、呼吸を整える。大剣を振り回すだけで疲れが溜まっていく。

 右肩にのせて力を最小限に重さで振る準備をしながらタクトの方を見ると、盾持ちが二体と素手が二体、棍棒二体に減っていた。

 こっちも減らしていこうと前に向いた時、剣ゴブリンがこちらに向かって全力で突きを放っている所だった。

 剣との距離はまだ遠いしかし、大剣を十全に振れないほど近い。

 対処は簡単、体を逸らせばいいだけだ。

 右手を真っ直ぐ伸ばして体を一直線にして放ってくるゴブリンの突きに対して、左前方に避けることで対処できる。

 銅さんは恐らくこういうことをしていたと思う。

 そして伸びきった体に大剣を叩きつける。

 盾を砕いても切れ味の落ちない大剣が背中の肉を切り、骨を砕く感覚を手に伝えてきた。

 武器は重いがたぶん軽い動きができた。銅さんが言っていたようなのはこういう動きだろう。

 剣ゴブリンを切り殺し、私の方を見ていた集団は最後の盾ゴブリンを最前列に隊列を組んでいた。盾、棍棒、剣、素手の順だ。

 盾ゴブリンを先ほどと同じように、盾を砕きながら隊列の奥へ飛ばす。

 盾の真後ろには棍棒と剣がいて、盾ゴブリンの体に当たってその場から離れている。

 近づいて切ろうとしたが、素手ゴブリンが大剣を振り切った私に攻撃を仕掛けようとしていた為、断念した。

 残りは棍棒二体に剣一体、素手が二体。

 今は、前方を半円状に囲まれている状況だ。接近戦を行うからか素手ゴブリンとの距離が一番近い。しかし素手に近づけば剣と棍棒との距離も縮まり、間合いに入ってしまう。

 半円の端にいるのは棍棒で真ん中には剣、その両隣に素手がいる。

 ゴブリン達へ向けていた大剣を右肩にのせる。

 右足を下げ、剣ゴブリンから半身の状態になる。そして後方にそのままステップして、右端の棍棒ゴブリンへ助走をつけて大剣を叩きつける。

 叩きつけた状態を狙ったのか、戦闘の勘なのか、素手ゴブリンが棍棒ゴブリンの血しぶきを隠れ蓑に一気に距離を詰めてきた。

 素手ゴブリンの左腕はテイクバックしている状態で、今引ききろうとしている所だ。

 大剣から手を離して左の拳をゴブリンの左肩目掛けて打ち込む。

 ゴブリンの左腕が動き始めてすぐに私の拳が肩と胸の間に当たった。勢いが弱くなり、お腹に当たった拳は想像よりもずっと軽いものだった。

 右拳を身体ごと使ってゴブリンに叩きつける。

 私よりも背の低いゴブリンだから上手く体重が乗ったこともあり、手から鼻を折る感触と歯を強引に抜いた感触が伝わって来た。

 周りを見て後ろに下がり大剣を握る。

 囲んでいたゴブリンは、まだ動きを見せない。

 ゴブリン達を視線で牽制して、顔を抑えて倒れたままのゴブリンにとどめを刺した。

 残りは棍棒、素手、剣の三体だ。

 大剣を右肩に掛け、どれから仕掛けようかと考えていると視界外から矢がゴブリンに向かって飛来した。

 咄嗟に避けることしかできない素手ゴブリンが、ナナカの標的に選ばれたようだ。

 そして避けもできなかった素手ゴブリンの頭蓋を貫いた。

 私以外に警戒しなければならない要因ができてしまったゴブリンは、あたふたしていて攻めづらい状態になっていた。

 こちらだと思われると二体に一気に攻められそうで、動きづらい。

 視線をタクトたちがいる方に向けるとタクトとコウキでどうにかできそうな状態だった。

 ナナカの援護を待った方が堅い。

 今か今かと待っているとナナカは棍棒ゴブリンの方に矢を放ったようで、棍棒ゴブリンは避ける為に剣ゴブリンから離れた。

 間違いなくチャンスだと考え、剣ゴブリンに走って近づき、剣を軽く横に薙ぐ。

 後方しか逃れる場所がなく後ろに下がった。

 体重が後ろに残った状態のゴブリンへ向かって行き、横に薙いだ大剣を叩き切りに繋げる。

 こちらの攻撃を避けきったと思い込み、重心を前に戻そうとして動けなかったゴブリンは、望みを掛けて剣を頭上に防ぐように構えた。

 ゴブリンの腕を攻撃によって曲げさせて頭蓋を砕いた。

 残っている棍棒ゴブリンを攻撃する為、いたところを見ると体に矢を生やしたゴブリンが倒れていた。

 私の方にゴブリンが来ないようにしてくれたみたいだ。

 タクトの方を見てみると、残り素手ゴブリン一体のみだった。

 戦闘が終わるのを待ちながら攻撃を受けた場所の状態を確認すると、少し汚れていただけだった。私にしっかりとダメージが通ったわけではないから、問題ないのは当たり前だ。

 確認している間に戦闘が終わり、近くのゴブリンが砂のように崩れていく。

 魔石を回収してタクトの下に集まると、また独り言が始まった。

「今回の戦闘は素手ゴブリンが逃げるという行動を起こした。しかし、問題なく勝利できた。ナナカの弓にコウキの隙を突いた攻撃には感心した。シオンは見ていないがよく一人で受け持ってくれた。よし、この層には魔物がいそうだからな気を引き締めていくぞ」

 そう言ってタクトは進もうとしたが、それをナナカが止めた。

「ちょっとコウキ、さっき言われたこと覚えてない? 一人で魔物の集団にシールドタックルしたり、話し合いを一人でしたり、それが問題なんだけど?」

 ナナカは若干怒っている口調で、いつもの落ち着いた雰囲気がない。

「さっきそれについて考えたんだが、シールドタックルは問題ないだろう。魔物を引き付けているからな。話し合いは俺の確認みたいなもので形が変わっただけだから、問題ない」

 いや、あるんだ。

 とは言わない。実際に問題が起きているわけでもないし、それをされて困ることがないとは言わないが、自分の体くらい管理できるだろう。

「タクトは何がしたいの? 受けた依頼をこなさなきゃならないのにいつも以上に体力使って、武装オーガの攻撃を受けなきゃならないんだよ。無駄に体力消耗してられないことくらい分かるよね」

 タクトは体の管理が出来てなかったようだ。

「ああ。だからこのくらいに留めてるんだ」

「そう、その位なら大丈夫ってこと。それで、何でそういうことしてるの?」

 ナナカはますますヒートアップして口調が鋭くなっている。

「俺自身強い攻撃が必要と思ったからだ」

「そう思うならメイスでも持ったらどう? 言い訳でしょ、それ。なにがしたいの?」

 タクトはもう追い詰められている。たとえ逃げてもナナカからすれば捕まえることは簡単だろう。妙な言い訳をぶった切って本音を引き出すのが浮かぶ。

 そして今、逃げられない男が本音を話す。

「銅の中級探索者以上の動きを見たよな?」

「ええ」

 銅さんの話から始まった。

 確かに銅さんの尋常じゃない動きと新しい武器を見てから、今みたいになったかもしれない。

「道場であの動きをしている師範を見たことがあるんだ。偶然見せてもらって教えてもらおうと聞いたけど、教えてくれなかった。術理を知ろうとしないものには無用の長物だと言われた。だから、あの動きをできるように模倣してたんだ」

「久しぶりに見て、また憧れたってこと?」

「そうだな、またやってみようって思ったんだ。それに刀。あの刀はダンジョン鉄製だって言ってただろう?」

 確かに御曹司がそう言っていたと思い、タクトに視線を移す。

「あいつの経済状況じゃたぶん無理だと思うから師範が渡したんじゃないか? 道場で昔聞いたことがあるんだ、師範が認めた者には師範から刀が贈られるって、そういうのから嫉妬したのかもしれないな」

 ホントにダンジョン鉄製なら銅さんは買えないだろう。

 それに自分が別で刀を打ってもらってるのに買わないだろう。

 しかも、あの刀既製品じゃないだろうから前から頼んでたってことになる。そうすればあり得るけど、鍛冶屋行ったとき身に着けてたものは特に高いものじゃなかったし、初期は木刀で来たくらいだから、ないと思う。

「師範が認めるって言うのは何を認めるの?」

 ナナカの素朴な疑問が沈んでいるタクトの思考を逸らす。

「さあな、技とかじゃないだろうけど、人格とかだと思う。そこそこ道場で学んでいて技や動きを出来て、人格的に問題ないとかか?」

「でも、そういう人ならそこそこ居そうじゃない?」

「確かに……術理を理解して技を覚えて、人格も問題ない。いたな」

「それらが問題ないっていうのと、何かがあるんじゃない? ていうよりそもそも、認められて刀貰って何になるの?」

 それもそうだ。

 刀はいいけど、貰ったからってどうなるんだ?

「さあ? 秘奥義を授けられるとか、道場継ぐとか、刀をもらったもの同士で殺し合いして最強を決めるとか、いろいろ言われてるな」

 最後以外はありそう。

「そういう、うわさ話でもあったの?」

「あの道場はこのダンジョンがある地方での有数の道場だったんだ。最近は少子高齢化でそもそも通う人が少ないっていうのがあるがな。俺と同じ年に今は上級探索者として活躍している三人が入ったりして、賑わってた。道場で互いに切磋琢磨していたからな。だから道場を継げるって話も最強の話も秘奥義の話も、だれかが作り出したんだろうな」

「それで次からはシールドタックル、戦闘始まってすぐにやるのやめてくれる?」

「分かった。銅も練習していないことできるわけないって言ってたしな」

「そうそう、それに私達は武装オーガが控えてるんだからね」

 話し合いで解決をみたのかタクトは落ち着いていた。ナナカもイライラから話し始めていたが、結局は話を引き出し上手くまとまったみたいでよかった。

「皆、もう休憩は大丈夫か?」

 タクトが皆に声を掛けているが、準備をしていないのはタクトだけだ。

「よし、コウキ先行してくれ」

 その後、最短経路を進み十二層への下り坂前でゴブリンの集団を確認した。

 下り坂前はただの通路よりも幅が広く、さっきよりもゴブリンの数が多かった。

 盾が十体、剣が五体に槍が五体、弓が十体の三十体いた。

 この数が相手になってくると面倒でオーク相手の複数戦の方が簡単になる。

 ゴブリンはオークよりも速いが攻撃は弱い。オークはゴブリンより攻撃は強いが速さは劣る。

 遅い方が一対一での戦闘回数を増やすことができ、逃げながら戦闘しているだけで問題なかった。

 通路の幅をとるオークの複数戦は簡単だった。

 ゴブリンは連携もあるが、隙を見せると袋叩きにされやすい、慣れるとオークが簡単になり、ゴブリンには警戒するようになるという話が毎年初級探索者によくされる。

 一撃で倒せる力を持っていても、一撃を当てるために無茶をすれば袋叩きにされるのがゴブリン。それに今回は剣だけではなく、槍もいる。隙を見せれば死角から突かれるだろう。

「聞いてくれ。まずはナナカが弓を倒し切るまで待つ、その後、ナナカが盾ゴブリンを一体倒して、俺とコウキ、シオンとナナカでフォローし合いながら減らしていこうと思ってる」

「それでいいと思うけど、槍ゴブはどうする?」

 ナナカは自分が積極的に狙っていった方がいいと思い疑問を言ったのだろう。

「コウキ、どう思う?」

「俺はナナカに狙ってもらった方が安心かな。槍相手は苦手だし」

「そうか、シオンは?」

「私の援護せずに槍をどうにかしてほしい。いつもより慎重に戦闘するから槍をどうにかして」

 私は槍を持っている魔物が苦手だ。人間相手でもそうだろうけど。

 大剣を持っているとそもそも動きが遅くなる。槍は切っ先を相手に向け、構える。切っ先に意識を集中していたら突かれる。動きが見えても対応が遅れれば掠れることがある。

 出来れば戦闘はしたくない。

「そうか。ナナカ頼めるか?」

「もちろん、苦手って知ってたからね」

「皆、準備はできてるな。ナナカは攻撃を始めるとき言ってくれ、盾は準備できてるからな」

 ナナカは矢筒から取り出した矢を右手に持った。

「皆、準備して」

 そうして幅広の通路に全員が移動して、タクトがナナカの少し前で盾を構えた。

「皆、行くよ」

 ナナカが弓に矢をつがえて放った一射目は弓ゴブリンに当たった。

 弓ゴブリンがはっきりと見えない状況で当てるナナカは、やはり腕がいい。

 ゴブリンが密集しているわけではないが三列横隊をしている状態で、最後列にいるゴブリンはここからは時々見えるくらいだ。私がナナカのように当てるのは無理そうだ。

 弓ゴブリンは仲間が倒れたからか、矢を放ち始めた。

 ナナカが角度を付けて矢を放っている状況では、残念ながら弓ゴブリンの矢はこちらまで届かない。タクトの盾もコウキと私も、もしものための備えだ。

 次々とナナカが弓ゴブリンの数を減らしていく。

 結局、弓ゴブリンが全滅してもゴブリン達はこちらに攻めてこなかった。

「それじゃ、行くよ。タクト、カバーよろしく」

「ああ、行け」

 背中に大剣の腹を寝かせて持ちながら、タクトに合わせて走る。狙うは左端の盾ゴブリンだ。

 ギリギリの間合いまで走って、走った勢いのまま大剣を地面に叩きつける気持ちで振り下ろす。

 盾とゴブリンを圧し切り、血と木片が付いた大剣を引き、盾ゴブリン達から距離を取るとタクトが目の前に出てきた。

 その後、特に音もなかったから攻撃はなかったのだろう。

 コウキがタクトの少し後ろに並んだのを確認して、私は二人から離れて右側の盾ゴブリン達の下に向かう。

 盾ゴブリンの隙間から見える槍、剣のゴブリン達はとても冷静に見える。

 ゴブリンは仲間が殺されれば、鳴き声をあげるのに、このゴブリン達は冷静だ。

 右端の盾ゴブリン目掛けて大剣の重さに頼ったバッティングを行う。

 盾は砕かれ体が飛び、一瞬のスキができる。

 もう一歩踏み込み、今度は逆でスイングする。狙うは隣の奴が空を飛んだから右端になった盾ゴブリンだ。

 その盾ゴブリンも盾を失い、空を飛ぶ。

 そんな状態でも、どのゴブリンも冷静にこちらを見ている。

 気味が悪いが、相手が冷静な分こちらも冷静でなければならない。魔物は狡猾だ。

 私に注意が向いている魔物は盾三体と槍と剣が二体ずつだ。

 腕が少し重さに振り回され出した為、一歩下がって腕を休める。

 タクトとコウキは地道に盾ゴブリンを減らしているようで、二体の盾ゴブリンの体が横たわっていた。

 私も、と力を入れて走り出した直後、絶命した盾ゴブリンの後ろにいた槍ゴブリンが、急にこちらに走ってきた。

 今さっきまで全く動かない置物みたいだったのに。

 盾ゴブリンに向けていた足を槍ゴブリンに変えようとした時、スピードに乗り始めた槍ゴブリンの頭に矢が突き立った。

 そのまま崩れて、私がさっき通りすぎた場所まで滑っていた。

 さすがナナカ、頼りになる。

 見る限り他のゴブリンは動いていない。盾ゴブリンが必死に守りを固めているだけだ。

 距離を縮めて大剣を叩きつける。肉は切れ、盾と骨は砕ける。

 もう一体も盾から顔を出さずに私の大剣で殺された。

 そして盾ゴブリンが殺されたと同時に剣ゴブリンと槍ゴブリンは向かってきた。

 誰が最初に私のところへ着くか、勝負しているみたいに我先にと来ている。

 一番速いのは剣で次も剣、槍は最後だ。

 この状況、後の事まで考えて大剣を扱わないと下手すれば死ぬ。

 一番警戒するのは槍ゴブリンで剣二体に気を取られていれば槍が突き刺さるだろう。

 後数歩で私の間合いというところで剣ゴブリンは飛びかかってくる。

 私は後ろに下がり、大剣を切り上げる。

 狙ったタイミングで落ちてきたゴブリンの胴を折りながら振り切り、次の剣ゴブリン目掛けて大剣を叩きつける。

 盾もなく身一つで大剣を受けたゴブリンは体を砕かれ血しぶきを上げる。

 遅れた槍ゴブリンは槍の間合いの直前だろう場所で止まり、こちらの出方を待っている。

 私は叩きつけた大剣をそのまま立てて壁のようにする。壁になるほど幅は広くないが。

 槍ゴブリンは左右に動いて大剣のどちら側から攻めようかと、こちらを伺いながら考えている。

 しかし、考えていたゴブリンはこちらの弱点に気付いたのか、動きを止めて醜悪な顔をさらに歪めた。

 私が相手にしている槍ゴブリンはその他のゴブリンよりも実力者だった。

 私の弱点である大剣を立てている手に向かって突きを繰り出してきた。

 左右どちらかに突きが来れば、大剣で弾いて横薙ぎだったのだが、見えている手を狙って突きを繰り出し、なおかつ狙いも正確だ。

 大剣を左足で前に蹴りながら持ち上げ、手元に来た槍を避ける。大剣を腰の高さで地面と水平にする。

 槍ゴブリンに一歩踏み込み、がら空きの腹に突きを繰り出す。

 槍ゴブリンも突きを繰りだりしていたが、こちらの行動に気付いて少し変化した槍は私に当たらなかった。

 大剣はゴブリンの腹を貫き、そのまま横っ腹まで振り切った。

 私の近くのゴブリンはいなくなったが、タクトの近くは剣と槍がまだいた。

 ナナカもそちらを援護していたらしく、槍ゴブリンが見る限り六体倒れていた。

 剣が五体、槍が二体いてタクトは剣ゴブリンからの猛攻にあっていた。

 私は大剣を肩にのせて走り、槍ゴブリン達の側面まで移動する。

 私に気付いてこちらを目で追っていた槍ゴブリンの顔に矢が刺さった。

 そしてそれを目で追う私に近い槍ゴブリンは、こちらの足音に気付き顔を戻そうとしたところで首をへし折った。

 切るつもりで振ったのだが、上手く刃を立てられなかったようで首に大剣が食い込んでそのまま折れたようだ。体は大剣の勢いに押されて地面に叩きつけられた。

 残るは剣ゴブリンだけだ。

 槍ゴブリンとそこまで離れていなかった為、こちらに気付いている剣ゴブリンから相手にする。

 こちらを見て様子をうかがっているのは二体、どちらもそこまで距離は変わらない。

 間合いの大きさから私の方が有利だ。

 腰だめに構えて走り出す。狙うはタクトやコウキから遠い剣ゴブリンだ。

 間合いに捉えてバッティング、刃を立てるとか何も考えない大剣を振るだけの攻撃。

 重量物の激突に自らの剣で防御しようとした剣ゴブリンは粗悪だったのか折れた剣の破片と共に飛んで行った。

 体は少し疲れているが前より、ごり押しでも戦闘が可能になっている。

 多数の魔物を倒して肉体の強度が上がったのかもしれない。

 もう一体も、ごり押しのバッティングで体を剣ごとへし折った。

 私が戦闘を終えたとき、残るは剣ゴブリン一体だった。

 タクトがシールドバッシュでカウンターを叩き込み、コウキがよろけたゴブリンにとどめを刺した。

「魔石回収したら下り坂で昼休憩しながら話し合いだ」

 タクトの指示で皆が魔石を回収し始め、終わった人から下り坂に入って待っている。

 全員が終わり、十二層手前まで行き昼食の準備をする。ちなみに回収終わるのが最後だったのは最も倒して遠くにいたナナカだった。

「それじゃ、改善点の話し合いだ」

 タクトは私達に悩みを打ち明けてから元に戻っているようだ。

「最初のシオンの攻撃は上手く注意を引いていたと思う。その後、俺とコウキで盾を相手にしていた、最初の二体以降倒すのに時間をかけてしまった。それに攻撃を弾いて隙を作っていたつもりではあったんだが、攻撃の隙としてはほぼ無かったんだろう。改善点だな」

 タクトが思いのほかしっかりと話を進めていく。

「その後は、槍ゴブはナナカに任せて剣ゴブで弾きやカウンターの練習をしながら戦闘してたな。コウキはどうだった?」

「俺は安全に攻撃できる瞬間しか動かなかったのが、改善点かな。他にも攻撃を誘ってタクトにカウンターさせたり、タクトの集中した魔物を攻撃したりできたから」

「ナナカは?」

「外しはしなかったけど、無駄射ちが多かったかな。それに後方の警戒がおざなりだった」

「シオンは?」

「私は無警戒に突っ込んだところが改善点、妙なゴブリン達だったけど警戒しきれていなかった。後は体力付けること、大剣振ってると腕が疲れて適当に振ってたから」

「俺は防御とカウンターを切り替えて動くこと、コウキは攻撃のチャンスを作り出すこと、ナナカは無駄射ち減らして後方警戒、シオンは決めつけて動かず一撃に体力を使うこと、こんな感じで話し合いも終わり、飯だ」

 タクトが本調子か、分からないが戻ったことにより、皆に少し笑顔が増えた。

 私の昼ご飯はおにぎり三つとカロリーフレンドのクランベリー味だ。

 飲み物はお茶と飲むヨーグルトを持ってきている。

 食べ始めて五分後にはコウキが食べ終わっていた。タクトは見る限りカロリーフレンドだけの状態、ナナカはサンドウィッチを二つとカロリーフレンド、私はカロリーフレンドと飲むヨーグルトが残っている。

 そんな状況で十二層からドンッと地面に響く音が聞こえてきた。

 カロリーフレンドを口に入れ、飲むヨーグルトと一緒に流し込んでバッグの中に入れる。

 タクトはカロリーフレンドを口に突っ込んで動ける準備を始めた。ナナカはサンドウィッチを口に入れお茶で流し込んでいる。コウキは十二層直前まで行き周囲の様子を確認している。

 お茶で口内のヨーグルトを胃に流し込み、動けるまで準備をし終えた。ナナカとタクトも今すぐ動けるように準備を整え終えた。

「コウキ、どうだ?」

 タクトが声を掛けるとコウキがこちらを振り向いて言った。

「ここから見える範囲はなにもない、入ってみるよ?」

「ああ」

 コウキが十二層に一歩足を踏み入れた瞬間。

「グゥオォォォォォ‼」

 全員がへとへとになりながら倒したオーガと同じ声が聞こえた来た。

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