第12話
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今日は最下層手前まで行き、魔物との戦闘を慣らして明日最下層の武装オーガ討伐予定だった。
昨日は休みだった為、体を休めて今日と明日のためにリフレッシュしてきた。
そしてダンジョン前、パーティーメンバーで今日の予定を話し合っているときに場を乱すような声が届いた。
「あ、おはようございます。お互い気を付けて探索しましょう」
聞いた声だと思い、皆がそちらに顔を向けると銅さんがいた。
少し前と違うのは足に付けてあったククリナイフが後ろ腰に移動していて、刀を差していた。
ククリナイフの時よりも歩き方から堂に入っていて、どこか凄みを感じさせるものだった。
「銅さん、刀持ってたけど……道場で使ってる刀なのかな」
「確かにそうかも。慣れた感じあった」
ナナカとコウキの感想は私の感想と似たようなもので、動きにベテラン探索者のそれ、を感じているようだ。
タクトはどうかと顔を見てみると目を見開いて口を呆けたように開けていた。しかし、直後には眉間に皺を寄せて少しイラついているように感じた。
「今からバレないように銅を尾行する」
「どうして?」
さっきのしかめっ面から考えると、よろしくない理由だろうと思う。
「銅の戦闘能力が俺達以上でもダンジョン歴は数日だろ、もしものことがあれば助けた方がいいだろう」
探索者は基本自己責任っていう考えが身についていると思うんだけど、否定し辛い理由を挙げてきた。
「私は分かった」
「コウキにナナカは?」
「俺は銅さんの戦闘をまた見たいからいいよ」
「私もオッケー」
そういうことでもう見失っている銅さんを尾行することになった。
銅さんを探すのは難しくなかった。一層の最短ルートを進んでいたからだ。
尾行は初めてでどのくらいの距離でバレるか分からなかった為、結構距離を開けて進んだ。
一層では何もなくペースは早い、二層に到達したのはすぐだった。
今日初の魔物は二層のうさぎだった。
銅さんは突進してくるうさぎを蹴り殺して終わった。
腰の刀は抜かないのか、少し残念に思っていれば銅さんが急に刀を見て驚いたような顔をしていた。忘れていたようだ。
それから異常事態を示すかの如く五層終わっても魔物と出会わなかった。
六層前の下り坂でマップを取り出して動き始めたここから、スローペースになるだろうと思った。
しかし、足取りを確かに七層へは進んでいなかった。
「この先行くと広間があって行き止まりです」
コウキが報告してくれる。
「この前はここ通ってないからマップ埋めてるんじゃないか?」
タクトの発言に皆納得しているようだった。
銅さんはマップ片手に歩いていて分岐が来たとき、書き込んでいたからそう考えられる。
そしてたどり着いた広間、その手前の通路で少し考えていた銅さんだったが、直ぐに動き出してその場からすごい勢いで消えた。
四人で走って見に行ってみると犬二匹が倒れていて、猫二匹が飛びかかっている所だった。
一歩踏み出して両手のククリナイフで二匹を刺したのが見えた。
最初通路から走った時より速度が遅かったのか、はっきりと見えた。
ゴブリンの方に向き、ククリナイフから手を離して刀を持とうとしているとゴブリンが叫びながら走ってくる。
ゴブリンが棍棒を振り下ろしたとき銅さんはゴブリンの左斜め後ろまで移動していた。
鞘に納めたままの刀を抜いて気づいたときには振り下ろしていた。
抜くのも見ていたはずなのだが、脳がそれを抜いたと認識してないのか反応できなかった。振り下ろす時に分かり、目で追うとゴブリンの首を何の抵抗もなく切ったようだった。
切ったのか一瞬分からなかったが、棍棒を振り切って前のめりだったゴブリンが膝を付き、首の皮一枚で頭部が繋がって腿の隙間にのったのをみて、理解した。
「武術すげー」
「道場通いであそこまで行けるのなら、道場は行くべきところだね」
コウキとナナカ、それはちょっと違うと思う。
武術はすごいけど、それを戦闘で活かせるのがすごい。
道場通いであそこまで到達できるか、というとたぶん難しい。
タクトはどう思ってるんだろうと顔を見てみると、あからさまにイライラしていた。
「最初の分岐路まで引き返して監視を継続するぞ」
そう言うと誰よりも早く戻っていった。
コウキやナナカの顔を見てみると二人とも気づいていたようで、どうしたんだろうという顔をしていた。
その後も六層のマップを埋めていった銅さんだが、魔物と出会わずどこに行ってもなにもない。そう言う状況が続き、六層のマップを埋め終わったのか七層に向かい始めた。
先導するタクトに続き歩いていると、入って少しした所でタクトが急に止まった。
「どうしたの?」
聞くと人差し指を立て静かにするように示しながら、顎を下り坂の先に向ける。
よく見てみると、銅さんが背嚢を下ろそうとしている所で話しかけられたようだ。
相手の顔は見えないが、銅さんは警戒していないようで恐らく昼食の準備を始めようとしている。
「俺たちも早いけど昼にしよう」
タクトそう言って背負っていたバッグからカロリーフレンドを取り出していた。
距離を取って監視しながら昼食を食べる。その間に銅さんは三人と何かを話しているようだった。
「おーい」
その声が聞こえてきたのはこちらが食事を終えて十分後の事だった。
全員が顔を見合わせてバレたのではないかと目線で会話していると、下り坂の先から三人が出てきた。
見た感じこれから四人で行動するようだ。
ダンジョン内で出会ったパーティーと行動するのはあまり推奨しないのだが、銅さんは彼らに危険性を感じなかったのだろう。
その後、少し話し合っていたようだが銅さんが先に下り坂の先、七層に行った。
残った三人も話し合いをしていたようだが、すぐに七層に向かって行った。
「俺達も行くぞ」
私は今日何してるんだろうと思いながら、皆の後に付いていった。
七層も六層と似たようなもので、マップの埋めていないであろう場所に向かっているようだった。
最初の分かれ道を右に曲がっていったようでその後に続いて入ったが、彼らが選択した道は行き止まりであったため十字路まで引き返して、ここから見える分かれ道を左に曲がるのを待つ。
十分後、彼らがようやく戻って来た。銅さんは分かれ道右側から左側に入り、その後を三人組が続く。
通路の奥に入ったのを確認した後、私達も後を追って入ると、話し合いをしているようだった。
それから三人が武器を取り出して広間まで走って行ったが、銅さんは通路で見ているようだった。
戦闘もすぐに終わったのか銅さんの下に三人が帰ってきて、また広間に帰りまた戻って来た。
返事が小さいとか言われて、やり直しを要求された運動部員みたいだ。
その後、反省会でもしているのか話し合いが終わって、最初の十字路に帰って来た。
下り坂まで帰ってきて見ていると十字路の左側にそのまま歩いて行った。
「タクト、もういいんじゃない?」
「そろそろ私達も戦闘しておかないと明日困るよ?」
私とナナカがそういうのだが、タクトは首を縦には振らない。
「まだだ。この先、モンスターハウスがある。そこでの戦闘で何かあればいけないからな」
理由を付けているのは分かり切っているが、タクトの何がそれをさせるのかは私には分からない。
たぶん、ナナカとコウキもだ。
「行くぞ」
タクトは尾行を再開した。
話し合いをこちらがしていたからか、追い付いた時には広間前で集まっていた。
全員が顔を見合わせて、意思の統一をしているように感じた。
そして銅さんが三人の方を向いて何かを言うと広間に歩いて行く、少しして三人も続いた。
私達も近づこうと通路を進んでいると、魔物の声が薄っすら聞こえてきて銅さんが三人に向けて指示を出す。
「三人は通路の近くで戦闘してください、通路を塞がれないように注意してください」
広間をはっきりと見ようと全員で近づいていくと、大きな音を立てて通路が岩に塞がれた。
「銅氏! 後ろが閉まりました!」
岩で塞がれているがはっきりと声は聞こえてくる。
私達は急いで岩まで駆け寄り塞がっているか確認する。
「塞がってるけど、声と音がはっきり聞こえてくる」
コウキの言うように、はっきりと聞こえてくる。
段々と大きくなる魔物の声、塞がれた通路の近くでいるだろう三人組の呼吸音。
「壁を背にして戦闘してください」
いつも以上に平静に聞こえてくる銅さんの声。それから見えないのに誰かの存在感が大きくなったのを感じた、銅さんだろう。
そして聞こえてくる三人組の呼吸音と短い悲鳴、それから断続的に聞こえる、犬か狼の短い声。
知らぬうちに浅くなった呼吸が、三人組の呼吸とリンクして戦闘もしていないのに緊張してくる。
パーティーメンバーを見ると皆、集中して聞き入っているようだ。
「ゴブリンが後、三体。他多数だな。銅氏はいけると思うか?」
聞こえてきたのは岩に塞がれたことを報告していた者の呟き。
「いけそうですよね、あの数相手に見た感じ攻撃受けてないです」
「それに速度は最初ほど上がってないですけど、一匹倒す度、次を倒す速度が上がってます」
話だけ聞くとよく分からないが、この戦闘は特に問題なさそうだ。
彼らもそう思ったのか、雑談が増える。
「それよりあの刀、素材分かるか?」
「いえ」
「いえ」
「新井探索装備の御曹司の仲間なんだから、その辺を覚えないとな。その内見分け方を教える」
そう言って新井探索装備の御曹司は話を続ける。
「あれはダンジョン鉄。ダンジョン金属系の中では最も発見量が多いけど、希少であることに変わりはない。それに拵えは最小限だけど今見た限り、あれは業物。ゴブリンの首を落とす、犬と狼の首や胴を真っ二つにしてるけど、ここから見える限り欠けもない。あんなの作れる人、会社のハイエンドオーダーを担当する鍛冶師でもいないけどな」
急に仕事できる人の声になった御曹司の知識は本物っぽさがあった。
御曹司と知り合いになるなんて、銅さんはどういう状況にいるんだろう。
タクトがまたイラついてそうだと思い見てみると、案の定、御曹司の話を聞いてイライラしていた。
「あっ、また首落とした」
「時々、動きが異常に速いのはどうしてなんでしょうか?」
「あれは魔法でしょうか?」
「違うぞ、魔法だったら見れば分かる変化があるからな」
御曹司は知識が豊富でここに来る新人探索者よりは、よく知っている。戦闘に参加していないから新人だと思う。
「魔法じゃないが、何か分からない。それにしても強さが違いすぎるな」
「どの魔物も一撃ですからね」
「武術をすれば、あれぐらいにはなりますかね?」
御曹司の仲間の内、どちらかがナナカみたいなことを言っているがそれは違うと思う。
「それは無理だろう——銅氏! 魔法!」
御曹司が返事している途中、気付いて声を上げた。
ハッとして耳を澄ますが何が行われているか分からない。
時々聞こえてくる戦闘音も三人の呼吸音ですぐに聞こえなくなる為、何が起こっているかも推定できない。
「避けてる」
御曹司以外の誰かの呟きが聞こえた。どういう魔法か分からないが避けることが可能な魔法らしい。
「別の……」
「手を貫いた」
戦闘が別の展開を迎えたのか、呟きが聞こえてくるが相変わらず分からない。
「ん? こっち来てるぞ」
御曹司と思しき声が言うように、戦闘音が聞こえていた所から走っている足音が聞こえてくる。
「三人ともこいつら頼みます」
銅さんはそう言うと塞がれている通路に近い壁までさらに移動したようで、足音と呼吸音が近い。
軽く運動した後のような、少しだけ間隔の短い呼吸音が聞こえてくる。
「銅氏、もしもの時は手を貸してくれるんですよね?」
「はい」
近づいてくる魔物の足音に気付いた時には、御曹司が銅さんにそう聞いていた。
それからガチャガチャと動く音が聞こえて、止まったのか魔物の音だけになり聞き耳を立てた。
「でぇやああー!」
急いで体を引き、首を左右に振って驚いた頭を切り替える。
パーティーメンバーも似たような反応をしていたようで顔を見合わせていた。
引いた体を戻して音に集中すると、金属製の盾に多くの攻撃が集中しているのが分かる。
他にも大きな武器が魔物を圧し潰すような音、間隔の短い足音が聞こえてきていた。片手で扱える武器を持っている人がいるのだろう。
少しすると盾から聞こえていた多くの音が少なくなってきた。
「銅氏! 田中は僕が」
魔物の数が減って戦闘が楽になったのだと思ったが、どうやら違ったようだ。
最も近い足音が右側に行って、重そうな足音が左側に行った。
近い足音の主である銅さんは軽く弾むような足取りで動きながら途中で魔物を攻撃したのか、つぶれるような音が聞こえてきた。
それから少しして戦闘音が聞こえなくなってきた。
終わったのかもしれないと思い、耳を澄ましていると通路の岩が段々薄くなってきていた。まるで元々そこには無かったかのように、靄のようになって広間が見えてきていた。
「戻るぞ」
タクトの言葉を聞き、走って通路の奥の方まで戻った。
再度広間を見ると、犬や狼、ねずみが大量に倒れていて崩れていく最中だった。
このダンジョンのマップは協会から討伐依頼の受諾と共に受け取っていたが、モンスターハウスというのは本当だったようだ。
右手に刀を持っている銅さん、臨戦態勢の三人が見えた。
全員がこちらを向いていたが、直ぐに魔石の回収を始めた。
これからどうするのか聞こうと思い、タクトを見ると明らかに怒っている顔をしていた。
「これからどうするの?」
気を逸らさないとイライラがこっちにまで伝染しそうだ。
「十三層まで下りて軽く戦闘をしてから帰ろう」
そう言ってタクトは誰よりも早く通路を戻っていった。
結局、今日戦闘したのは十三層での二回だけで、上手く戦闘を行えた気がしなかった。
タクトは銅さんを見てからイライラして、ダンジョンから帰ってどこかに行くらしく私達を送り届けてからの帰り道がいつもとは逆だった。
明日は討伐依頼をこなす予定だが、今日があまり上手く行っていないこともあり、不安が増すばかりだ。
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その魔物は最深部で待っていた。
待って待って待ち続けたが、獲物は来なかった。
ゴブリンを従えて他の場所へ偵察に出したり、どの程度の獲物なのか調べるために弱いオーガを送り出したりもした。
しかし、送り出したものたちは一向に帰ってこない。
しびれを切らした魔物は、自らに従う魔物を連れて上へ上へと向かう。
何にも会わず行き止まりに阻まれながら、上へと向かっている。
無骨な大剣を持ったオーガが上へと向かっている。
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