第11話
知らない人達なので少し離れて昼飯を食べようと背嚢を降ろしている時、話しかけられた。
「すみません。このダンジョンの事、あまり知らないんですけど、今探索制限出てるのってどうしてなんですか?」
話しかけてきたのは俺よりも、年上に見える落ち着きをもった、顔の若い男だ。
パーティーメンバーは他二人、いずれも男で影薄そうな俺と似たような二人だ。
しかし、防具が三人共金属防具で話しかけてきた男がいたであろう場所には大盾とメイスが置いてあった。他の二人は大剣に片手剣と小盾だ。
「分かりませんけど、先週、周知されている層よりも浅い層に深い層の魔物がいたので、それだと思います」
「そうなんですか。それよりも、お一人で探索ですか?」
「はい、今から休憩して三十分後には再開するつもりです」
一体この人は俺の何を探ろうとしているんだろう。
「そうですか、僕らは最近探索者になったグループで探索自体あまり慣れていないんです。それで……」
それで何だ?
俺も最近探索者になった者だ。探索自体あまり慣れていない、戦闘の方が得意だ。
「ご都合がよければ一緒に探索してもらえないでしょうか?」
俺は悩むふりをしながら質問をした。
「皆さんが着ている防具はどこの何ですか?」
「どこのっていうのは?」
「地球産ですか? ダンジョン産ですか?」
「地球産のフルプレートですけど」
これを理由に断ることができる。
「地球産はやめてダンジョン産の防具にした方がいいですよ。そう言うことで都合が悪いので、お話はなかったことに」
「ちょっと待ってください。う、うそです、嘘。このフルプレートはダンジョン産の鉄と地球産のアルミとの合金でできているんです。だから大丈夫ですよね」
「噓付く人と探索できません。以上です」
男は唖然としたような顔になり、最初の落ち着き払った感じはどこへ行ったのか、慌て始めた。
「いやいやいやいや、少し待ってもらえますか。地球産の金属とダンジョン産の金属の合金での鎧は世界初なんですよ、だから私は嘘を吐いたんです。考えてもらえませんか?」
世界初か、できれば塗装してくれればよかったんだが、思いのほかキラキラして目に悪い。
「分かりました。必要な嘘だったと認めます。が! 嫌です」
「いやどうして⁉ 一緒に探索しましょうよ!」
「熱血の人が嫌いなのでいいです」
拒否すれば拒否するだけ響くこの男は、顔に似合わず面白い。
しかし、俺との問答にしびれを切らしたのは男ではなく、その後ろでいた二人組だった。
「もういいんじゃないでしょうか。相手も嫌がっています」
「もう戻りましょう」
二人とも男の隣に立ち、優しく語り掛けている。
二人とも平凡な顔なのに目力が強い、でも平凡な顔をしている。
「ダメだ! 僕は今日中に十二層まで行くんだ」
いや、それは無理じゃないか?
「探索制限で何層まで行っていいか、受付で言われませんでしたか?」
「確かに言われたが僕たちはそれを超えてここまで来られた、だから行く!」
「そうですか。なら行ってください」
「そして僕たちが十二層に到達するためには君が必要なんです、一緒に来ませんか?」
行くわけがない。
「よく分からないんですが、今日は防具の試験に来たんですか? 世界初の防具の」
「それもあります。しかし与えられた課題が探索者となり自ら装備の試験を行えるようにする事、と言われまして」
会社に雇われて仕事をするタイプの探索者ではないようだ。会社員が昇進の為に探索者を始めたのだろうか。
「防具の事を良く知っていて、上の人から課題を与えられたんですね」
「装備品全般の知識は深いと自負しています」
「それなら私の防具を見て、何か気づきませんか?」
「あなたの防具。すみません見ていませんでした。刀の方に目を向けていたもので……えっと」
刀から防具に目を向けたのか、言い淀んでいる男。
「えっと。なんですか?」
「ラースオーガの防具ではありませんか」
「はい、そうです。ですのでパーティーを組むのはあまり、よろしくないと思いますが」
「いや、お願いします。どうか十二層に連れていっていただけませんか?」
「目的変わってるじゃないですか? 実力で行かないと」
「ともに探索してもらえますか?」
あまりにもしつこいことから俺も根負けした。
「分かりましたから、受けますから、一人でご飯食べさせてください」
「分かりました。探索再開するときには呼んでください」
承諾が取れたのと俺のお願いによって、男とその傍に来ていた二人は離れていった。
そうして俺がご飯を食べ終わり、軽く体操をしだしたのは話し合いから四十分経った頃だった。
ある程度体操も終わり、彼らを呼ぼうと思ったが何と呼べばいいか分からなかったため。
「おーい」
そう呼んだ。
すると鎧からガチャガチャ音を立てて、男三人が早歩きで来た。さっきは歩いていたから音が立たなかったのだろうか。
「はい。探索再開ですか?」
「はい。まあ、その前に、自己紹介しましょう」
「でしたら僕から」
案の定、男が手を挙げた。
「僕は新井翡翠。知ってると思いますが、あのアライ探索装備の息子です」
「知りません、協会でもおススメされなかったですし」
耳にしたことはあるが、どういう事をしているか分からない、そう言う感じだ。
「私は翡翠さんの仲間の田中利武です」
「同じく仲間の鈴木聡です」
大剣の田中、剣盾の鈴木だ。
「私は銅蒼です。それでこれから探索するんですが、どういう風にここまで来たんですか?」
実力以上の層を探索しているというような話だったが、どうやって来たのか。
「僕らは魔物をほぼ倒さずに、ここまで来ました。出会った魔物はうさぎと狼くらいです」
「ここからどのように探索するつもりですか?」
「魔物に合わないようにやり過ごしながら十二層を目指します」
「そもそも十二層へ何しに行くんですか?」
十二層って何か特別なことがあったりするのだろうか。
「いえ、課題としてE級ダンジョン十二層というのが目安になっているだけです」
「自ら装備の試験をできるようになるというのは、十二層で戦闘を行える実力をつけるということですよね」
「はい、しかし——」
それから話を聞くのをやめた。聞き流しながら戦闘嫌なんだろうなと所々から感じた。
そして話が終わったタイミングでこちらから切り出す。
「今からの探索は戦闘重視で行わさせてもらいます。探索制限が出るほどの状況ですから、七層でも強い魔物が出る可能性はあります。気を付けてください」
「いや、だから戦闘は——」
「私が先行します。分かれ道は、あれば少し止まってどこに行くのか見せますから、視界には捉えていてください。今日は七層を攻略しましょう。できれば八層も攻略したいですね。行ってきます」
そう言って彼らの返事を無視し、背嚢からマップを取り出して先行を開始した。
最初の分かれ道で彼らが付いてくるのか待っていると、最初は迷っていたが結局歩き出した。
彼らがこちらを見ていることを確認して最初の分かれ道、十字路を右に行く。八層への最短は真っ直ぐだった。
それから二度ほど、二又の分かれ道が出てきたがどちらも右を選択して、たどり着いたのは行き止まりだった。
彼らの方に行き止まりから帰っていると新井さんから話しかけられた。
「あの目的地とかあるんですか?」
「はい、マップが埋まってない所です。次はここから近い分かれ道で、左に向かいます」
返事も聞かずに俺は先行を再開した。
行き止まり反対側の分かれ道左も行き止まりだった。
彼らとすれ違いながら最初の二又の分かれ道を左側に行くと、六層と同じく広場があった。
広場を見てみれば棍棒ゴブリン一体とねずみ二匹がいた。
ちょうどいい相手なのではなかろうか。
魔物を見つけて数十秒後には彼らと合流した。
「見ての通りゴブリンとねずみが相手です。ちょうどいい相手だと思うので戦闘お願いします」
「分かりました」
「任せてください」
新井さんよりも田中さんと鈴木さんの方がやる気はある。
「銅氏、作戦とかありませんか?」
出来るだけ無理なく戦いたいのだろう、作戦を求められた。
「特にありません。田中さんと鈴木さんはねずみを相手してください。新井さんはゴブリンです」
「銅氏ぃー。一人一人の実力に合わせるものでは?」
「そうですね。ゴブリンに関しては皆さんと同じくらいの実力だと思いますから、ちょうどいいと思います。何よりも実力が必要なのは新井さんですよね? 頑張ってください」
俺は適当にそう声をかけ、広場前で戦闘が始まるのを待った。
三人は話し合いも特にせずにカウントダウンだけ行い、走って魔物に向かった。
田中さんと鈴木さんはほぼ同時に攻撃して、気づいていないねずみ二匹を一撃で殺した。
二人はそのまま新井さんの加勢に行こうとしていたが、こちらを見てすぐにやめた。
俺は特に戦闘の専門家という訳ではないが、人へ教えられる状況になれば俺自身の認識が正しいのかの確認をする為に教える。だから、この十二層まで行くという無理そうな依頼を、俺の目的に使っている。
新井さんはゴブリンに向かって行き、攻撃を仕掛けずに大盾を構えている。メイスもいつでも叩けるようにしている。
ゴブリンが新井さんに気付いたのは大盾を構え終わり、待っている新井さんがしびれを切らしてメイスを振ろうとしているときだった。
振ろうとしていたメイスを上手く引けずにゴブリンを軽く撫でるだけの新井さん、メイスに撫でられて怒り狂うゴブリン。
怒り狂ったゴブリンは棍棒で大盾を叩きまくる。大盾を持つ新井さんは顔を伏せて衝撃に耐えていて、メイスを持っていた右手も、今は大盾を持っている。
ゴブリンが連撃を終え、疲れて動けなくなっている所を新井さんはメイスで叩き殺した。
体はきれいだが心が疲れ切ってボロボロな新井さんがこちらに向かってきた。
「銅氏、どうでしたか。ゴブリンは倒せましたよ」
「魔石を拾ってから来て下さい」
そう言ってすげなく返した。
ダンジョン内の規則でもある為、急いで魔石を拾いに戻る新井さん。
新井さんよりも一足早く、田中さんと鈴木さんが帰ってきた。
「我々はどうでしたでしょうか?」
「新井さんよりは間違いなく良さそうです」
その言葉に二人とも苦笑いをしている。
新井さん、先制攻撃できる状況でしないのは問題があるんじゃないか。
「御三方、楽しそうですな」
嫌味な言い方をしてくる新井さんだが、汗だくの顔が嫌味の、嫌という成分をダサさに替えているようだ。もう少し涼し気な男であれば似合ったのに。
「揃ったので戦闘での改善点を話し合いたいと思います」
「銅氏、そういうのも探索者は必要なんですか」
「私が少しだけ入っていた中級者パーティーはしていました」
「ではお願いします」
戦闘がしたくなくて駄々をこねていた新井さんが折れるとは、中級者というのは実力あると判断されるものなのか。俺も中級者らしいが。
「目的である魔物の殲滅はできましたが、時間がかかりました。新井さんも一撃で最後倒せていたので上手くすれば先制攻撃だけで倒せたと思います」
三人を見ると、特に疑問もないのか頷きながら話を聞いている。
「新井さんはどうして先制攻撃しなかったんですか?」
「ゴブリンがこっちを向いて攻撃してきたらどうしようかと思いまして、移動中は盾を直ぐに構えるのが難しくて……」
「それなら盾を変えるかすぐに出せるようにしてください。他の改善点は魔物と戦闘を始める前に作戦を立てておくことです。最初に話し合っていればゴブリンとの戦闘に二人が加勢しても止めませんでした」
傾聴スキルが高いのか、こちらの話を三人共聞いてくれている実感がある。
「僕は盾に関しては変える気がないんです、どうすればいいですか?」
「筋トレ、盾を軽くする、対策を考えてください」
「ゴブリンくらいならいけると思いますから、問題ないと思うのですが?」
認識が甘い。
「ここは十層でもオーガが出てきますし、そもそも魔物が三体以上出てくれば複数の魔物を警戒しながら戦闘します。盾に頼るなら盾を自在に使いこなせる力量が必要になると思います」
「考えときます」
そう言って新井さんは項垂れた。
こういう人は構うと面倒だから基本無視する。
「それじゃ、七層へ進みましょう。先行しますから付いてきてください」
そう言って俺はその場を離れた。
三人が付いてきているのを確認しながら十字路まで戻ってきて、そのまま真っ直ぐ手元の地図上では左に進む。
そのまま、特に分かれ道もなくたどり着いたのは、また広場だったが特に魔物が見当たらなかった。
三人が来るのを待って相談する。
「ここはどうしますか、進みますか? 引き返しますか?」
「地図を埋めるために進むんじゃないんですか?」
進むつもりがある俺も大概能天気だが、新井さんほどじゃないと分かった。
「二人はどうしますか?」
「あんまり行きたくはないんですが、話し合いをしてから行きましょう」
「作戦を立ててからいきましょう」
作戦を立てることを忘れた俺よりもまともな、田中さんと鈴木さんだった。
「分かりました。それではどのような作戦を立てますか?」
これに素早く反応したのは新井さんだった。
「三人はこれがモンスターハウスだと思っているということでいいですね」
「「「はい」」」
ダンジョンで広間があって魔物がいない場所はモンスターハウスだったりする、そうじゃない場合もあるが警戒して損はないだろう。
「モンスターハウスの場合、私達三人では進めません。銅さんがいればどうにかなるかもしれませんが、戦闘に慣れていない私達が危険なのは変わりません。それでも行きますか?」
新井さんの作戦は俺を揺さぶりモンスターハウスに行かせないことだった。自分たちも入らなければならないから揺さぶったのだろう。
「行きます。作戦としては三人には固まって戦闘してもらいます。攻撃範囲が重ならないようにしながら三人でいる状態を保ってください。もしも無理だと感じたらすぐに通路に引き返してください。そして大盾を構えながら撤退してださい。背中は見せないように。攻撃されて動きが鈍れば袋叩きにされるかもしれません」
俺はそうやって三人を緊張状態にした。実際袋叩きにされるだろうし、撤退する状況になるかもしれないがゴブリンが集団で来ても問題はないと考えている。田中さんと鈴木さんもねずみに対して躊躇なく動けていたし、新井さんは攻撃されるのが怖いだけで攻撃できる人みたいだから三人でいれば動けるだろう。
「三人で声掛けしながら動いてください。自分の主張だけじゃなくて相手の声をしっかり聴いてください。撤退するときは私にも声を掛けてから撤退してください。準備ができれば私が広間に入りますから少し離れて付いてきてください」
そう言うと各々体を軽く動かしだした。俺も軽く準備運動をして呼吸法を意識的に行い、いつでも身体強化を最大までできるようにする。
「行きますがいいですか?」
俺がそう言うと新井さんが体を震わせながら肯定した、その傍では田中さんと鈴木さんがいつでも来いと言わんばかりに頼れる男っぷりを見せている。目力の強さがそれを後押ししている。
「それでは」
そう言って俺は広間に向かって歩き出す。後方で足音が聞こえるのを耳にしながら広間の真ん中までたどり着いたとき、入って来た通路とは反対側からゴブリンの鳴き声と多数の足音が聞こえてきた。
俺は魔物が向かってくるであろう入って来た通路とは逆側に向かいながら三人に声を掛ける。
「三人は通路の近くで戦闘してください、通路を塞がれないように注意してください」
俺がそう言い終わると大きな石がすれるような音と共に入って来た通路とは逆側の扉が開いた。
真ん中を過ぎた所でようやく扉と認識できることから広間が異常に広いことが分かる。
「銅氏! 後ろが閉まりました!」
その声で後ろを向くと広間に入って来た通路は大きな岩が塞いでいた。広間に岩のとがった部分が出ているのが見えた。
「壁を背にして戦闘してください」
俺はそれだけ言うと開いた扉に向かって走り始めた。
俺が走り始めてすぐに扉からゴブリン、ねずみ、犬、狼がたくさん出てきた。
特に種類別に分かれておらず、四足歩行より上背のあるゴブリンが見た感じ五体いるのは目に入った。
呼吸を意識して身体強化を行い、両手にククリを持つ。
一番近いゴブリンに狙いを定めて思いっきり投げる。当たったかを確認せずに二番目に近いゴブリンへ投げる。
まだ距離がある為、身体強化を使って一気に距離を詰める。
恐らく加速されたであろう意識の中で、一歩進むごとにこちらへ気付く魔物達が見える。
ククリを投げたゴブリン達には上手く当たったみたいで、二体がいた場所は魔物の動きが悪かった。倒れた体が邪魔になっているのだろう。
もうすぐ間合いに入るという所で一番近い魔物はねずみ、次いで狼、犬多数、そしてゴブリンだ。
犬と狼を倒さないとゴブリンまで届かない。対複数戦の実戦だ。訓練をしたことないが人体理解と身体強化で戦えるだろう。走りながらそんな予感がしている。
ねずみと接敵したが俺の速度に反応しきれていないようで、今飛びかかろとしている。まだ体を沈め始めた状態だ。
そのままねずみを踏みつけて反応してきた、狼と犬に近づき拳を使う。
狼と犬に拳を叩きつけると腕の食い込む感覚があった。絶命したようだ。
足を止めずにさらに進む。
ねずみは反応するのが遅いとはいえ、足を止めれば囲まれる。そうなれば対処できるかは出たとこ勝負になるだろう。
進んだ先には犬と狼が多数いる。ゴブリンもその中でこちらを向いていた。
足を止めずに拳で犬と狼は殺していく。
身体強化を少し弱めて戦いながらゴブリンとの距離を詰めていく。
魔物がこちらの遅くした速度に慣れ始めたころ、ゴブリンへ至る、魔物のいない道ができた。
犬と狼がいた為に十分な隙間ができなかったが、地道に殺している間に偏りができたみたいだ。
身体強化を全開にして一気に距離を詰める。
そして居合でゴブリンの首を落とした。
刀を振るう度に、体の動きが正確性を増していくのが分かる。
血振りをして刀を鞘へ納めそうになるが、そのまま犬と狼に振るっていく。
同時攻撃をされれば薙いだり、拳を使ったりと段々と使える動きが分かってきた。
広間の逆側から入って来た魔物達は広間中央に向かってはいるが、俺のいる方向に向かう魔物達もいる為、動きは遅い。
四体目のゴブリンの下に到達したのは、犬と狼を二十匹くらい殺した後だった。
ゴブリンは三体目と四体目まで現状変化なく、人型で棍棒を持って唸っているだけの敵だ。
しかし、四体目のゴブリンは今までのゴブリンよりも目が良かった。
四体目は逃げようとしていたのが、加速している中でも見て取れた。
その逃げようとしている首を落として、四体目は今までと変わらず終わった。
半ば作業と化し始めている犬と狼の殲滅をしながら、ゴブリンの個体差を考えていた。
体は前にいる犬と狼の動きを捉えて拳と刀を振るっているが、思考の半分はゴブリンに向いていた。
見た目が変わらないのに目がいいと、個体差があったゴブリン。持っている武器が違っていたり、体の大きさが違っていたりすれば魔石の大きさも変わり強いと分かるのだが、体や武器に変化が出る前の普通より少し強い個体がいるようだ。
思考の半分が段々と戦闘に戻り始めた時、視界外から声が聞こえてきた。
「銅氏! 魔法!」
動きながら周囲を見回すと、最後のゴブリンは棍棒を持ちながら何かを唱えていた。人語ではない。
何かをされる前に制圧しようと、魔法を使うゴブリンに向けて走り出す。
するとゴブリンはこちらを向いて、棍棒を突き出す。
棍棒の先の空中に魔法陣としか思えないようなものが出てきた。
赤い魔法陣で色が少し変化しているのが、マグマの様に見える。
もう少しで間合いに入るというところで、ゴブリンはこちらに突き出していた棍棒を上に掲げた。
そして、叫び声をあげると魔法陣から多数の火の玉のようなものが降って来た。
近くに飛んできていた火の玉を躱すと地面に当たり、ボッと音を立てて消えていった。
溶岩が飛んできているのだと少し思っていただけに拍子抜けしたが、溶岩じゃないのはいいことだ。
多数の火の玉をよけながらゴブリンを間合いに捉えた。
しかしゴブリンは開いていた手をこちらに開きながら突き出した。手には白い魔法陣が赤い魔法陣の時よりも速く現れた。
距離が近いこと、相手の魔法が分からないことから避ける選択はない。
身体強化を最大で維持しながら、刀により魔力を流して強化をする。上級探索者は無意識にできるそうだが俺は違う。
刀の強化を行い、ゴブリンが白い魔法陣を出している手に向かって突きを放つ。
突きをした直後、刀がゴブリンの手へ到達する前に魔法陣から白色の尖った物体が出てきた。
しかしそれは出てきた直後に刀へ当たり、砕けた。
刀から特に衝撃を感じることもなく、尖った物体は砕けて刀はそのままゴブリンの手を貫いた。
痛みに喘ぐ、ゴブリンの手から刀を抜き、首を切り上げる。
胴体と首を分かたれたゴブリンは絶命した。
周りを見れば残るは、ねずみと犬、狼だけになった。
数は二十いないくらいだろうか。
走り続けて戦闘、と言う緊張状態で動いていた体が疲労を訴え始めた。
気を少し抜いたからか動くのが怠い。
俺は魔物の集団から抜けて三人の下まで走る、もちろん魔物達もこちらを追いかけてくる。
「三人ともこいつら頼みます」
そう言って俺は彼らの後ろ、入り口横の壁まで走った。
そして少し遅れて魔物の集団がやってきた。
追いかけていたからか先頭は狼がいる。ねずみが最後だ。
「銅氏、もしもの時は手を貸してくれるんですよね?」
「はい」
俺がそう言うと、三人は武器を構えて迎撃の準備を整えた。
魔物達を最初に迎えるのは新井さん、新井さんを援護しながら戦う鈴木さん、新井さんがとどめた魔物を殺す田中さん。
ようやく戦闘に対しての姿勢を変えた新井さんは、魔物が近づいて間合いへ入る前に雄たけびを上げた。
「でぇやああー!」
その声が魔物には不快だったのだろうか、新井さんに魔物が殺到しだす。
鈴木さんは新井さんに集中している内の数体に攻撃を加えている。
田中さんは自らに敵視が向いていないのをいいことに好き放題攻撃している。そして一振りで魔物は絶命している。
数体の突撃を大盾で一身に耐えている新井さんは攻撃しなくていいことに安堵しているからか、防御に専念しているからか、心強く感じる。
そう感じるのは俺が後ろから見ていて、新井さんの背中が大きく見え、衝撃を受けても倒れず少しだけ揺れているだけだから、心強く見えるのかもしれない。
しかし、俺が魔法を使うゴブリンに慢心して挑んでいたように、彼らもこのままうまくいくと考えていたのだろう。
新井さんが集めていた敵視が外れたのだろう、鈴木さん、田中さんに魔物が向かい始めた。
そして彼らの後ろに魔物が回りこもうとしているのが、見えた。
俺が田中さん側に向かおうとすると、新井さんは盾を構えたままこちらを向いた。
「銅氏! 田中は僕が」
言うが早いかメイスで前方の敵を薙ぎ払い田中さんの下に新井さんは向かった。
いつの間にか頼もしくなった新井さんの指示に従い、鈴木さんの後ろを回りこもうとしたねずみを蹴り殺す。
俺がしたのはそれだけだ、田中さんと新井さんは二人で多くの敵を相手取っていた。
特に何もしていない俺の前で鈴木さんは五匹の犬とねずみを相手に盾で弾いたり、剣で叩いて切って上手く複数戦をこなしていた。
武器によるところもあるだろうが、三人の中では安定感がある。攻めと守り、どちらをさせても上手くこなせそうだ。
そう考えているうちに鈴木さんは戦闘を終わり、新井さんと田中さんを見てみると田中さんが大剣を叩きつけちょうど終わったところだった。
その直後、入って来た通路を塞いでいた岩がスッときれいさっぱりなくなっていた。
その様子を皆が見て首を傾げながら、戦闘が終わったことを互いに確認した。
そして魔石の回収を各自行う。
回収し終わり広間の真ん中に集まって、改善点を話し合う。
「改善点の話し合いですけど、戦闘で何をしようとしたか、実際はなにが起きたかとその原因、改善点の流れで話し合いましょう。俺はゴブリンの殲滅と魔物の間引きが目的でした。目的は達しましたが、最後のゴブリンが魔法を使ってきて対処の仕方が分からなかったというのがありました。魔法を使うゴブリンがいることをそこまで危険と考えていなかったことが上手対処できなかった原因です。今度は魔法について調べてから戦闘したいです」
案外、頭は考えているようだ。感じていた問題点なのだろう。
「僕は、えっと……目的、目的として仲間と足並みをそろえて戦闘すること、上手く達成できていたと思います。魔物の視線を集めているうちはよかったのですが、途中から何故か一身に集めていた視線は二人に別れました。理由としては分かりません。改善点は攻撃を加えてより視線を集めることです」
新井さんが俺に続いて上手く話してくれた。前回は特にこうしてくれと言うこともなく話し合いを行ったが、戦闘に慣れきってなかったから流れの把握だけで済ませた。今回は自ら魔物の視線を集めていたのを見て新井さんは戦闘を行えるように少しずつなっているという判断をして促した。
そして新井さんに続いて大剣の田中さん、剣盾の鈴木さんも話し始めた。
「私の目的は慣れない戦闘を無事にこなすことでしたが、達成できたと思います。途中一人で数体受け持ちました。特に困ることもなかったです。これからの改善点は大剣自体の扱いを上手くすることです」
「私はパーティーで戦闘をこなすことを目的としていました。達成できたと思います。一人での戦闘は時間がかかりすぎたと思います。改善点はかかりすぎた時間を減らすために、武器の扱いをもう少し上手くなることです」
二人の出した話に何が起きて、何が原因か言ってないと言いたかったがそもそも細かな目的を設定してないから上手く話が進まないと分かった。改善点はほぼない。細かな目的を設定し辛い状況だった。
「今回の改善点は個人があげたもので問題ないと思います。これからの話なんですが、今日の探索あとどれぐらいにしましょうか?」
こちらが見る限り、三人共疲れ切っている。
「え? 七層の魔物の入る所に行って十二層に向かうのでは?」
新井さんがそう言ってきたが、俺は特に問題ない。
「もちろん、新井さんが行きたいのであれば十二層まで行ってもいいですが、注意力を保って十二層までいけますか?」
新井さんに問いかけると、田中さんと鈴木さんが新井さんに答えた。
「私は無理です」
「私も無理です。十二層までとなると注意力が持ちません。体も疲れが蓄積してます」
「僕はもう少しいけるのですが、二人が言うのであれば無理はできません」
新井さんは仲間の意見を受け止めてこれからの予定を考え始めた。
「全く何もせずに帰るというのも違うんですが、んー……! 魔物が大量に出てきた方の扉、開いたままなので探索しませんか? そこを探索して今日は帰りましょう」
「遠くまで行けるものだった場合どうするんですか?」
俺のネガティブな意見に続くように田中さんと鈴木さんが新井さんに言う。
「入って扉が閉まればどうしますか?」
「魔物が来た扉の方に入れば広間に入って来た扉が閉まるかもしれません」
慎重すぎるわけじゃないけど、言葉だけで見た場合暗い集団としか思えないネガティブさがある。
「遠くまで行けるものの場合は近場だけ探索しましょう。どちらの扉が閉まっても気にせず探索しましょう」
新井さんは今、この中で誰よりも元気だ。
戦闘をしていて疲労はあると思うから、モチベーションの違いだろうか。
「それじゃあ、扉から何があるか覗いてみて、どうするか判断しましょう」
俺の出した探索先送り案に新井さんは同意した。
今までの探索通りに俺が広間の魔物が出てきた扉付近まで行く。
扉から顔だけ出して先に何があるか見てみると、扉から入った真ん前には何もなかったが、左側には通路があり奥にどう考えても宝箱みたいな箱があった。鍵穴がないタイプなのも見えるくらいに近い。
「箱がありました。開けますか?」
「僕が開けます」
そう言って新井さんはこちらに走ってきて、そのまま扉を抜けていった。
警戒心の薄い人だ。
宝箱に罠は付き物だから俺は開けたくなかったから、新井さんが開けてくれるなら万々歳だ。
新井さんの後に続いて田中さんと鈴木さんも走って行った。
警戒していた俺が馬鹿馬鹿しくなるくらいの警戒心の無さ。
「銅氏、開けますよ」
入ってこない俺へ言外に早くしろと新井さんは言っている。
「今、行きます」
俺がそう言って入った時には開き始めていた新井さん。
後ろからでも三人のワクワクした顔が見えるのは何だか微笑ましい。
「え!? 何これ?」
希望に満ち溢れていた顔が、落胆と困惑によって顔色を変えたのはすぐだった。
たった数文字の言葉の中で緩急が付いて、より困惑を表してくる。
宝箱まで歩いていない俺には何か分からないが、ものすごく落胆するものらしい。
そのまま、三人で何事か話し合っていたようだが宝箱を閉めて立ち上がった。
「銅氏、帰りましょう」
悲し気な顔で伝えてくる新井さんを見ながら俺は頷いた。
「俺に先行させてください」
「分かりました、こちらの進み具合を見ながら先行してください」
鈴木さんの申し出を特に断ることもなく受け入れ、ダンジョンを出るために歩き出した。
帰りは誰とも会うことなく、魔物とも遭遇せずにダンジョンから出た。
ダンジョンの異常事態は続いてそうだ。
シャワーを浴び、着替えて換金にやって来たのは帰ってきてから大体二十分後だった。
換金所前で三人は待っていたようだった。
「あれ? 換金してなかったんですか?」
「いえ、三人共終わらせて銅氏を待っていました」
「あ、そうなんですか」
話を聞きながら換金所で木箱に魔石を入れ、テーブルに免許証を出す。
頭の片隅でもしかしたら「お待たせしてすみません」みたいな社交辞令が必要だったのではと考えた。
「はい、そして今回の探索のお礼として宝箱で発見しました指輪を銅氏に差し上げます」
「新井さん、大丈夫です。ご自分でお使いください」
俺はそう言って換金所で査定中のお姉さんからお金が出てくることを待つ。
「銅氏、受け取って下さい。我々三人、ダンジョンという危険を初めて身を持って経験しました。ぬるい戦闘ばかりこなしていれば、ああいう状況ではどうしようもなくなると理解しました。言わば命が助かったみたいなものです。受け取ってください」
「……はい」
あまりにも渡したい欲が強かった為、受け取らなければならなくなった。
受け取った指輪は見た感じただの指輪だった。いぶし銀で特有の金属光沢が見られる。
「あ、これ鑑定してください」
受け取ってすぐ、トレーに入れて渡す。
「後ろの方が先ほど鑑定されましたよ。普通の指輪でした」
「そうですか」
「はい、F級魔石が二十三個で五千七百五十円、E級魔石が六個、六千五百円で内一つが一回り大きい為四千円で、合計一万二千二百五十円です。ご確認ください」
指輪、免許証がお金と一緒に出てきた。
「はい、確認しました」
「探索お疲れさまでした」
いつも特に気にしてはいなかったが、受付の人が労いの言葉をくれた。
俺が出口へ進んでいると三人が外に出て正面に回り込んできた。
「今日はありがとうございました」
新井さんがそう言ってこちらに礼をすると、二人も一緒に礼をする。
周りを見て、受付以外の人がいないのを確認したのはおかしくないはず。
「銅氏のお陰で探索というものを理解しました。今日はありがとうございました」
新井さんはそう言って帰っていった。
今日俺がしたことと言えば、手書きのマップを埋めたいから埋めていないところを進んでみただけだ。進んでいる途中で新井さん達に出会い、その手伝いをさせただけ。
もちろん俺が相田さん達に教わったことを教えたりもした。
その結果、お小遣いと指輪をもらった。記念にと指輪は人差し指に嵌めている。ちょうどよく嵌っているため気にならない。
自分の車の下に向かおうとしていると、出入り口前に円の中心から三本線が伸びたエンブレムを付けた冬の季節によく聞く場所の名前をしている車が停まった。
「銅氏、これ差し上げます」
日本車とは逆の運転席から顔を出して俺に名刺のような大きさの物を渡してくる新井さん。
近寄って取ってみると半額券と書かれていた。
「新井探索装備の系列店で使用できる割引券です、今回のお礼です。これからは地道に探索したいと思います。ありがとうございました」
そう言って彼らは去って行った。
俺もその後すぐに帰った。今日は得るものが多い一日だった。そしてとても疲れた。
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