第10話

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 今日の寝起きは悪かった。

 昨日、逃げるように相田さん達と別れたからだろうか。

 家に帰った後、武具の点検と手入れをして、今日の用意をし二十二時には眠ったのだが、目がさえない。

 車に乗り込みながら、SNSでパーティー募集されていないか見てみると思っていた以上に募集がされていた。都会の方で。

 やはり田舎、募集がありはするのだが、パッとするものが見つからない。

 車を走らせて信号で止まる度に色々見ていく。回復職募集とか、そもそも普通はいないようなものを募集していた。

 SNSを閉じて、ウェブ検索でラースオーガの装備について調べてみた。

 検索結果は一番上にPR、次に『無謀男の全力日記』と書かれたブログ、その次は『探索初心者におススメする防具十選』とあった。

 まずは面白そうじゃない日記を避けて防具十選を見てみた。

 防具十選では革の防具がおすすめと書いてあった。探索者協会も協力しているのか、協会内と分かる内装で値札が見えているものばかりだった。

 最初のおすすめ度が高いもの五つは革防具で、そこそこおすすめなものは革と金属の複合防具だった。

 そして番外編と題して絶対おすすめしない防具五選が紹介されていた。おすすめしない度が低いものほど先に登場するようで、まず紹介したのは地球産の革防具だった。

 次は地球産の金属系防具、その次はフルプレートアーマーだった。

 でかでかと第二位と書かれているのは自分の力量にあっていないダンジョン産の防具とあった。理由としては死なないかもしれないが死ぬ可能性が高まるからとあった。

 第一位として紹介されたのはラースオーガの装備だった。

 説明によるとラースオーガの装備は一部でも持っていると強い魔物を引き寄せるようだ。

 しかし、魔物を引き寄せる以上に悪いこととして、性能が高いとあった。

 性能が高い為、無茶をして生き残り、ギリギリの状態で少し強い魔物と出会ったり、無茶が効かない個人の力量が問われる時に殺されることが多いらしい。

 そして性能の高さから手を出して、仲間を巻き込みながら死んでいく装備者が後を絶たないそうだ。

 俺は鎧に関して外れを選んでしまったようだが、現状は満足しているから問題ない。

 目がさえなくても疲れていても、ポジティブシンキングだ。

 もう一方の日記を開いてみると、ほぼ毎日のように自分のした事を書いているようだった。

 最終更新日を見てみると去年の十二月になっていた。

 その日記を見てみると内容は、いい革鎧を手に入れたからソロだが、いつもよりも奥まで探索してみるというものだった。

 下にスクロールしていくと写真が添付されていた。

 写真には俺の持っている防具と形が少しだけ違うが色は同じ防具が写っていた。

 コメント欄には『無謀』『脳無し』『本当に大丈夫かですか』と様々なことが書かれてあった。

 これが最終更新なら大丈夫ではなかったのだろう。

 気を取り直してパーティー募集を見ていく。

 協会のホームページで地域を指定してパーティー募集を探すと近くのD級ダンジョンに一人いた。

 募集要項を見ると男女不問、換金報酬からパーティーの人員に均等に報酬を出すらしい。

 しかし、探索者になって最低でも三年でなおかつ活動しているダンジョンの等級がE級以上とあった。

 無理だ。

 人が見つかるまではソロで地道に探索しよう。

 それ以降は運転に集中し、いつも通りに八時十五分には職場に着いた。

 今日は職場の給湯室に向かい、煎茶を入れる。空元気ポジティブシンキングから気分を変えたい。

 紅茶で使うカップと茶こしがセットになっているものを使う。

 給湯室は職場から少し離れた所にあるから、他の人は職場にあるドリンクサーバーを使う。

 ドリンクサーバーにはコーヒー、麦茶、お湯、水、オレンジジュースがある。俺はいつもオレンジジュースを飲み、コソコソと何かを話されている。

 自分の席に持ってきて仕事の確認をすると、いつも通りの仕事と社内報の作成催促のメールが来ていた。

 時計が八時三十分を示したため、俺は上河の下に向かい仕事を教えることから始めた。

 時刻は十一時半、俺の昼休憩時間だ。

 今日も暑いため、先週と同じように最上階に向かう。

 手元には昼食と水筒が入った手提げ袋だ。

 今日はおにぎり三つとカロリーフレンドのミント味だ。

 日差しが強く風は弱い、日本の夏って感じだ。

 先週同様に非常階段まで椅子を持ってきて、そこで昼食を摂っている。

 おにぎりは基本的にのりを巻いたものか、塩おにぎりしか食べない。今日は三つの内一つが塩おにぎりだ。

 おにぎりを食べ終え、カロリーフレンドの箱を開けようとしている時、電話が鳴った。

 上河からだった。

「もしもし」

『銅さん、下村さんから仕事を振られたんですけどどうしましょうか?』

「どのくらいで、いつまでの?」

 努めて柔らかく言う。少しイラっとしたからだ。

『一日じゃ終わらないくらいで、今日までのです』

「二人でしたらいつまでかかる?」

『頑張っても明日は回ると思います』

「それ受けるって返事した?」

『いえ、押し付けられて何も言う間がなかったです』

「そうか、いいぞ。俺が断って来るから資料とかあるんなら俺の机に置いといて」

『はい』

 電話を切るときちょっと力がこもりすぎたと感じたが、画面は割れなかった。

 それにしてもあのババア、しょうもないことしてきやがる。

 自分が帰った後に仕事を押し付けたり、俺のいない間に仕事押し付けたり、この感じだと俺が昼休憩から帰った時にはいないかもしれないな。

 そうなれば係長にでも言ってから、さっさと帰ろう。会社に迷惑を掛けたくはないが俺の仕事ではないものをしてしまえば味を占めるのは分かっている。

「はあ、やる気無いねぇー」

 やる気に仕事の成果を左右はされないが気分が悪い。

 気持ちの上では、やる気が重要だ。

 電話によって止められた手を動かしてカロリーフレンドの箱を開けた時、電話がかかってきた。

 相手は師範だった。登録名は黒川重陽だ。

「もしもし」

『ソウ、覇気がないな』

「ふふ、そういう時もあります」

 俺の機微を察してくれるのに対して少しうれしくなる。信頼関係があると感じるからだ。

『そうか。今日も来るんだろう?』

「はい」

『今日も先週と同じ事しかしないからな、それと電話したのは車で来るようにと言いたかったからだ』

「分かりましたけど。トレーニングの器具でも持って帰らされるんですか?」

『はははは、まあ、楽しみにしておくんだ』

「はい」

 要件が終わるとすぐに切られるのはいつもの事だが、何をもって帰らされるんだろう。

 前回は野菜でその前は米だった。

 気にしてもしょうがないからカロリーフレンドの箱を開けてスマホを見ると、十一時五十分だった。

 思っていた以上に時間が経っていた。カロリーフレンドはモソモソするからあんまり早く食べられないんだ。

 急いで食事を終わらせて職場に戻った。

 職場に戻って机の上にある書類のチェックをする。上河に押し付けられた仕事の書類だろう。

 下村さんは見た所いないようだったので、机に書類と書置き、あとメールと電話を入れておいた。電話に出なかったが履歴に残るから問題はないだろう。メールにも新人教育中なので我々には無理だと遠回しに書いておいた。

 そして仕事に戻ろうとしたが、社内報の作成を急げとの書置きがあったため、それから手を付けた。

 スマホに入っているバイクの写真をPCに送り、送られてきていた社内報記事作成フォーマットで記事を書いていく。

 出来た内容がバイクで走るのが好き、排気音が好き、自分を置いていきそうな加速が好き、車では味わえない感覚が堪らないと、そう言うことが大雑把に書いてあるが、修正するのが面倒な為、そのまま総務課の社内報作成担当に送った。

 その後、仕事を再開して大体二時間ほど経ったころ、下村さんが帰ってきた。

 主任と帰社したようでニコニコしていたのが薄っすら見えた。

 そしてその数分後、俺は下村さんに呼び出された。

「銅さん、これどういうことなの? 説明しなさい」

 この会社にある数少ない個室を占領して俺を呼び出した。しかも二つとない会議室だ。

 机の上に置かれているのは、下村さんの机の上に置いていた資料だ。

「私の後輩で新人、教育期間中の上河に仕事を任せたようでしたので、返しておきました」

「彼ができないのであれば銅さんがすべきではないの?」

 思った以上に冷静に対処してくる下村さんに、内心『このババアっ!』と思いながら返答する。

「下村さん、私も仕事があるんです。もちろん下村さんもあると思います。でも、仕事をほとんどしていない人がいますよね? 下村さん」

 誰とは言わないのは誰もが知っているからだ。

「私って言いたいのね?」

 少し剣呑な雰囲気になってきたが問題ない。

「違います、下村さん。下村さんが仕事をしているのは、みんな知っています。みんなが知っている仕事をしていない人がいるんですよ」

「主任ってこと?」

 本気で分からなかったのか、このババアと思いながらもしっかりと笑顔を向ける。

「そうです、下村さん。下の人間にあれしとけ、これしとけと言って、結果何をしているか知ってますか? 日がな中古車検索サイトで車を眺めているだけです。だれが仕事をするべきかは分かっていますよね?」

「主任に頼むべきなの? そうしたら怒らないかしら?」

「大丈夫です、どういう仕事か理解すれば下の者には頼まず自分でするでしょう。重要な仕事なんですよね?」

 実際片手間で見た感じ重要ではなさそうだったが、俺は仕事を最低限で済ませたい人間だ。

「頼んでみますが、無理であれば銅さんも手伝ってください」

 珍しくすんなりと頼みを聞く下村さんが気味悪く感じる。

 主任と一緒にいたから悪人だというバイアスでもかかっていたのか。普通の人だったのかもしれない。

「仕事を均等に配分してくだされば、もちろん手伝います」

 そう言うと下村さんは会議室から出ていった。

 俺はその後に続いて出る。

 下の者が上の者にする話し方、物言いではなかったが下村さんはそれを気にせず話を聞いて提案を受け入れてくれた。これからはもう少し話し方を考えた方がいいかもしれない。

 いずれはイライラをぶちまけるにしても、怒った口調で好き放題言うのは子供と一緒だ。ネチネチ追い詰めて、何も言い返させないくらいが目標だ。

 それからは普通に仕事を続けて十六時半でほぼ終わった為、休憩するために席を立つと主任が珍しくキーボードを使っているのが見えた。

 下村さんは主任を使うのが得意なようだ。

 結局、十七時半まで特に何も言われず仕事を終えることができた。

 帰りに主任を見るとまだPCに向かっていた為、一人でするつもりがあるらしい。

 たとえ頑張っていても、手伝う気などないから俺は無視して帰った。

 家に着き道場へ行く用意をして、車で出発したのが十八時四十五分だった。そこから道場に着いたのは十九時十分だった。

 駐車場に他の車も無かった。いつもより少し遅かったから人もいないんだろう。

 道場を開けて師範を探すが居なかったため、道着に着替えて師範を探しに行こうとした時、道場に入って来た。

「こんばんは、師範」

「こんばんは、ソウ。車で来たか?」

「はい、来ましたけど何かあるんですか?」

「あるぞ。楽しみにしておけ。でもその前に訓練だ」

 そう言われ、道場裏ので先週からしている訓練を行う。

 相変わらず石は重いが持っていられる時間が先週と比べると大幅に伸びていた。

 その後、呼吸法を続けながら素振りをする。体の力を極力抜いた状態で上手く刃を立てて振れるようになれば、疲れた状態でも戦い続けることができる。それによって生存率が上がる。

 素振りをし始めて二十分ほどたったころ、師範のスマホに着信があった。

「待ってたぞ。道場にいるから早く来てくれ」

 師範は電話相手にそう言ってこちらを向いた。

「ソウ。挨拶はしっかりな」

 師範はそう言い、道場の入り口を見て誰かを待っているようだった。

 襖越しに入り口の開く音がして、少し急いだように靴を脱ぐ音も聞こえる。

「黒川さん、お待たせしました」

 そう言って襖を開けた男はすぐに頭を下げた。

「こっちこそ、頼んでいたものを急に予定よりも早く納品してくれと言って、すまなかったな」

「いえいえ、こちらの方が内弟子ですか?」

 そう言って顔を上げた男は、俺が最近知った顔をしていた。

「内弟子じゃない、腕の上達に熱心な一般人だ」

「銅、だったよな?」

「近松さんですよね?」

 少し面白くて半笑いで近松さんに尋ねた。

「ソウ、知ってるのか?」

「はい、この前店に行って刀をオーダーしてきました」

 そう言うと師範は少し苦い顔をしていたが、すぐに気を取り直したのか話始めた。

「ソウ、ダンジョンに挑み始めたお前へ師範として渡すものがある。近松」

「はい」

 そう言って近松さんは手に持っていた長い箱を開けた。

 箱を開けると布が中のものを覆っていた。近松さんが布を取り中身が見えるようになる。

 入っていたのは刀だった。

 黒を中心とした拵えで金属部分も黒いものを使っている。

「ソウ、刀を頼んだお前からすると、いらないものかもしれないが貰ってくれ」

 師範が箱から刀を取り出して俺に手渡してきた。

「本当にいいんですか? 師範」

「当たり前だ。ソウに合わせてあるんだから、貰ってくれないと飾りになる」

「分かりました。師範、ありがとうございます」

 俺は受けとった刀を見ていく。

 拵えは黒色が基本で所々に白い部分が見られる。目貫、下げ緒の栗形、鞘に巻き付けられた下げ緒の端に牙のような白いものが付いている。鍔は俺が気に入っている竪丸形鍔だった。柄は蛇腹糸組上巻で黒色の糸だ。

「刀身を見てみろ、ソウ」

 拵えを見終わり、刀身に移る。近松さんが作っているんだから特に問題はないだろう。

 右手で柄を左手で鞘を持ち、刃を上に向けて鞘から抜く。

 地鉄は柾目肌に地沸、刃文は尖りの互の目だった。

「四方詰めで鍛錬したから予定よりも時間がかかってな、拵えをもう少し華やかにしたかったが時間が無くてできなかった。黒川さんもすみません」

「ははは、問題ないだろう。ソウが一振り頼んでるんだろう。それに時間をかければいいだろう」

「はい、そうさせてもらいます」

 それにしても見た目もそうだが、軽く持ってみた感じ重量のバランスも気にならない。

「師範、素振りします」

 そう言って師範らから少し離れた場所で俺は素振りを開始した。


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「そいで、近松。次の刀はどうするか、考えておるか?」

「はい、刀身などの注文はありますから拵えだけが問題ですが、やってみようというものはあります」

「そうか、それよりあの刀、人工ダンジョン鉄ではないのか?」

「はい、内弟子の方への贈り物だと思っていたのでダンジョン鉄で作りました」

 ダンジョン鉄で作ればそれだけ高くなるが、少しの手入れだけでも保存に関する問題は払拭される。錆びなどの劣化も拭き取りで事足りるようになるだろう。三か月に一回だけ目釘を抜いて茎を手入れしてやれば問題ない。

 それを知らないソウは道場の真ん中で素振りをしている。

 学び始めの時は木刀ですら素振りに無駄な力が入っていたのに今は、真剣を持ちながらも脱力して振れている。

 元が酷かったからソウを侮る者は多いが、ダンジョンに挑むという目的でここまで腕を上げた者がいるのはここだけだろう。

 今では技量においてはこの道場一だ。

 一歩を踏み出す踏ん切りがつかないこと。これが問題だったが、鎌谷との度重なる模擬戦で必要に迫られると動けるようになっている。

 最近ではダンジョンに入り始めた為か、力と身体操作技術も上がっているのが見て取れる。

 素振りを終えてこちらに戻ってくるソウの動きに隙はない。

「次の刀もダンジョン鉄で頼むぞ」

「検討させてください」

「その分の代金はこちらが持つから心配するな」

「それでしたら承りました」

 ソウがこちらに来て両手で持った刀を見せてくる。

「師範、素振りをしてみた感じも問題なかったです。ありがとうございます」

「そうか手入れの方法についてはまた連絡する。今日はいい時間だから、もう帰りなさい」

「はい、師範、近松さん、ありがとうございました。お疲れ様です」

 そう言ってソウは道着を着替えに行った。

 着替えに時間がかかることもなく、刀袋を箱から出して刀を入れて、それを刀箱に納める。

 ソウはこちらに会釈をして道場から出ていった。

「それで近松、ソウのダンジョン探索はどうなんだ?」

「最近聞いた話では相田のいたパーティーを抜けることになったと聞きました。ただ、腕は初心者とは思えないほどのようです」

「それは当り前だ。ここで武術を習得しているからな」

 そうでなければ困る。しっかり身についているのをこちらは確認しているから、これで初心者と同程度であれば探索者は化け物揃いだ。

「それよりどうして相田のパーティーを抜けることになったんだ?」

「分かりません。白石紫苑さんからは世間話として聞いたのはこれだけです。黒川さんの弟子と知っていればもう少し話を聞いていたのですが」

「そうか、それなら世間話として聞いておいてくれないか、理由を知りたい」

「はい、分かれば連絡します」

 それからは特に近松と話すこともなく、帰らせた。


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 家に帰り、明日の用意と今日する事が終わったから刀箱を開けた。

 師範から貰ったこの刀、装飾もほぼない質実剛健の刀は俺に所有満足感を与えてくれる。

 早くこの刀をダンジョンで使いたい。

 その欲が強い。だがダンジョンで使うなら革製のベルトではなく角帯、もしくはナイロン製のベルトが必要になる。居合を使うこともあるだろうから、準備は必要だ。

 ネット通販でナイロンベルトと角帯を注文して待つことにした。到着は金曜日になるそうだ。

 それから、金曜日まで俺が仕事で絡まれることも、上河が仕事を押し付けられることもなく進んだ。

 家に帰ってきて今日も車に刀をのせて道場に向かおうとした時、ポストの中に注文していたナイロンベルトと角帯が来ていたようだった。

 刀と一緒にそれも積み込み道場に向かった。

 道場ではいつも通り、呼吸法を長時間続ける訓練を行っている。

 ギリギリまで続けて疲れた状態で素振りを行い、継続戦闘能力を伸ばす訓練だ。

 日々記録は伸びていっている為、訓練が楽しくて仕方ない。

 今日も訓練が終わり、いつものように素振りに移行するところをナイロンベルトと角帯を使っての居合の練習を行う。

 まずはナイロンベルトから行ったのだが、ナイロンベルトはバックルの仕組みで使いやすさが変わった。

 穴をあけるタイプのものであれば、上手く居合を行えることが分かった。

 角帯は道場でも使用することから不自由なく使うことができた。

「ソウ、こいつは使うか?」

 師範から渡されたのは道着の帯、柔道などの細めの帯だった。

 使いやすくはあったが、端が堅く結ぶのに苦労した。

 結果、角帯くらいの薄さで細めの帯であれば問題ないと分かった。ナイロンベルトは居合を使えはしたが、細く硬い帯よりも使いづらかった。素材自体の柔軟性が関係しているのだろう。

 来週には角帯を使って自分好みの帯を作ることを決めた。

 明日は一先ず角帯を使って刀を差す。

 それから角帯で居合の練習を重ね、今日の訓練は終わりとなった。

 家に帰ってから明日の準備をしていく。

 防具にククリナイフ、背嚢、昼ご飯、飲み物、タオル、着替え、他多数と刀を用意した。

 明日が楽しみで眠れないということもなく、いつも以上に疲れていたのか、二十三時には眠りについた。

 翌日起きたのは七時、八時には家を出てダンジョンに向かった。

 到着したのは一時間後の九時で探索者の数はいつもよりも少なかった。

 ダンジョンの受付でいつものように今日の予定を言う。

「六層か七層まで探索予定です」

「現在このダンジョンでは探索制限が出ています、銅さんは中級者・下なので八層まで探索可能です。お気をつけて」

 いつもはお気をつけてだけなのに今日は色々と知らない情報を教えてくれた。

「探索制限って何ですか?」

「このダンジョンで魔物の層間移動が確認されている為、平時の探索よりも弱い魔物が出る層しか行けない措置の事です」

「へー。中級者・下ってなんですか?」

「魔物の討伐状況から推測される強さの指標で初心者、中級者・下・中・上、上級者、特級者と分けられています」

 いつもよりもキリッとしている受付のお姉さんは質問によどみなく答えてくれる。

「ありがとうございました」

 そう言って俺は手荷物検査を通り、更衣室に入った。

 更衣室には制限を受けた為か少数しか探索者がいなかった。

 車も少なかったからSNSで情報を入手していたのだろう。

 更衣室に入ってすぐ、着替え始める。

 鎧の下には作務衣を着て、角帯を締めて鎧を着る前に刀を差してみる。

 昨日の内にしていればよかったんだが、そこまで頭が回っていなかった。

 刀を差して下げ緒を茗荷結びにして帯に数回巻いておく。縛らないが帯から抜け落ちることをほぼなくして、居合の動きを妨げることもない。

 刀を抜ける状況ではない為、そのまま居合をする感じで動かしても問題はなさそうだった。

 鎧を着て、角帯に刀を差して再度動かしてみると、少し窮屈な感じがあったため、角帯を少し緩めて調整をした。

 鎧以外も準備を整えて更衣室を出ると、ダンジョンの入り口前でパーティーが会話をしていた。

「あ、おはようございます。お互い、気を付けて探索しましょう」

 俺は会話中の相田さんパーティーにそう言って、ダンジョンに入っていった。

 何を話していたかは分からないが、彼らはこのダンジョンを攻略できる実力がある為、早々に出ていくだろう。そもそも連携の訓練の為、ここに入っているのだから実力が足るのは当り前だ。

 一人での探索はF級ダンジョン以来だ。

 特に物音もしないし、他人の歩く音もしない。マッピングをする必要はこの層ではないから現状していないが、五層以降は覚えていないから先週と先々週にマッピングしたものを見ながら攻略になるだろう。

 一層での探索中には魔物に出会うことはなく、二層にて今日初の魔物に出会った。うさぎだ。

 うさぎはこちらを視認した瞬間、勢いよく突進をしてきた。が、蹴りで倒してしまった。

「あ。刀使いたかったのに」

 そう言葉が漏れるのは仕方ない。意識が最も簡単な対処にいってしまったのは普通のことだ。

 その後、五層が終わるまで一度も魔物と会わなかった。

「探索制限が出るわけだ。先週から異常が起きてるんじゃないか」

 六層への下り坂を歩き、背嚢から六層のマップを取り出した。

 面倒だからと距離を書いていないマップだが分かれ道があればそれは書いてある為、七層への生き方も分かるし、行っていない場所も分かる。

 今日の目標、まずは昼まで六層を踏破する。

 一先ず六層前の下り坂から最も近くにある行っていない場所に向かう。

 まずは最初の十字路を右に行く。いつもは真っ直ぐ向かっていた。

 右には大きな空間があった。直径百メートルありそうな円状の空間だ。

 まるでゲームでボスがいるような広間だが、いたのは棍棒で武装したゴブリン一体と猫二匹、犬二匹だった。

 ゴブリンを中心に俺から見て左に犬、右に猫だった。

 数が問題に感じるが、逃げながら戦えば問題ないだろう。

 呼吸を意識しながら一気に全速力で走る。

 どんどん近づく距離の中で刀を抜こうとして腰に付けていたククリを抜き、隣り合っていた犬二匹に叩きつける。

 犬の絶命を手の感触から確認して、猫に走ろうとすると猫がこちらに飛びかかってきた。二匹で連携を取っているかのような同時攻撃だ。

 しかしその攻撃も、俺の視界が届く範囲で、腕が届く正面の攻撃だった。

 骨、筋肉の動きを考えずに、猫二匹を同時にククリで突く。

 数の問題はもう解決したみたいだ。

 突きの体勢から次の動きができるまでの間にゴブリンは攻撃をしてこなかった。棍棒を構えたまま、こちらを睨みつけている。

 ククリを地面に落とし、刀を抜く為、柄に手をかけようとした時、ゴブリンは俺が武装放棄したと思ったのか動き出した。

「グギャー!」

 声を張り上げながら棍棒を振り上げ走ってくるゴブリン。

 脇は見えていて首も見えている。動きは単調。

 そのまま棍棒をギリギリまで引き付けて一気に心拍数が上がるイメージで動きと思考が速くなる。

 ゴブリンの右側に攻撃を避けた。

 そして棍棒を振り切った体勢の首に目掛けて、刀を抜き振り下ろす。

 恐らく人体理解により自身の動きに正確性が増した事、副産物なのか人型であるゴブリンの体への理解が深まった事で頸椎と頭蓋骨の隙間に刀を振り下ろし、下顎骨に当たる前に刀を止めることができた。

 ゴブリンが絶命したのを確認して、犬と猫の魔石とククリを拾った。

 ククリから血を拭い、ゴブリンの体が崩れるのを待ちながら戦闘での反省をする。一人だが。

 元々は逃げながら一匹ずつ倒していこうとしたが、犬の反応が思いのほか遅かった為、一気に二匹を倒した。猫も運よく正面から攻撃してきた為、一気に二匹を倒すことができた。

 ゴブリンに関しては数が問題だったから、特にこれと言って問題視していなかった。刀の使った感じも確認できたからよかった。

 結局、反省点としてはそもそも魔物の強さが想定よりも低くて、一気に二匹を倒せてしまったこと。次の時は犬二匹の反応が遅くても一匹ずつ倒していって、攻撃の隙を突かれないように同時攻撃や波状攻撃に注意して一対一を作り出すことが改善点だ。

 師範に対複数戦を教えてもらうことにしよう。

 ゴブリンの体が崩れた為、魔石を拾い、広間を探索していく。

 広間はどこにもつながっていなかった、行き止まりだ。

 手書きマップに右側が行き止まりの広間であることを書き、十字路に戻っていく。

 そのまま真っ直ぐ、十字路の左側に向かって歩く。

 十字路の左側は真っ直ぐの通路がずっと続いていた。魔物も見当たらず真っ直ぐ歩き続けていると行き止まりに着いた。結局何もなく魔物はいない。

 それから六層の他のマップが埋まっていない部分も行ってみたが、基本は何もない行き止まりで時々魔物がいる程度だった。

 そして背嚢に入れているスマホによると、もうじき十二時というところで六層はすべて行くことができた。

 七層前の下り坂で休憩する為、降りていくと見知らぬパーティーに遭遇した。

 

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