第8話
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翌日、火曜日。目を覚ましたのは六時だった。
体の疲れも取れて、頭もいつもよりはすっきりしている。
ジャージに着替えて家を出て、準備運動をする。
家の前の道をジョギングして体を少し温めて、運動を始める。
五十メートルくらいを軽く走る。歩きながら戻る、軽く走るの繰り返しだ。
それを十五分間続けて朝食を摂り会社に向かった。
会社では先週から始まった俺の俺による俺のための上河育成プロジェクトを続けている。
まだまだ、成果が出るような段階ではないが、俺は今日一つの目標を達成した。
それは下村さんの仕事一つ減らすことだ。
下村さんへ回される前に、上河に取らせて俺が済ました。
今日も少し仕事が残った状態で昼休憩へ誰よりも早く入る。
今日はおにぎり三つと『カロリーフレンド』のヨーグルト味だ。食べる場所はいつもであれば近くの公園なのだが、先週よりも日差しが強い為、最上階の非常階段で食べている。
太陽は真上ではなく西に少しだけ傾いた状態、非常階段は東にある為、日陰で涼めている。リラックスする為、最上階の空きテナント前にある椅子を借りている。
風が少ししかないのに涼しい。夏だけあって日陰から見る日向は彩度が高くてきれいだ。
おにぎりを食べ終わり、カロリーフレンドを椅子にふんぞり返りながら、ボーっと食べていると左の胸ポケットに入れているスマホが振動した。
どうやら白石さんからの連絡だったようで、用件は土曜日と日曜日の時間と場所だった。
『土曜日は朝九時に探索者協会集合』
『日曜日は朝八時に集合』
『来られなくなったら連絡して』
それだけだった。
今の時刻は十二時、まだ休憩できる。
『武器の値段どのくらいですか?』
俺の質問はすぐに既読が付いた。
『刃渡りが短いものほど安くなるけど、最低金額が確か五万円』
『ありがとう』
そう返信してアプリを閉じた。
武器が高いとは知っていたが、紹介制の鍛冶屋で最低五万円からなんて。しかも、俺の得物は日本刀なわけだし刃渡りが長い為、お金もかかるだろう。貯金が減っていく一方だ。
俺は何の為、探索者になろうとしたんだっけ?
あまりの出費予想に俺自身の心を満たすために始めた探索業というのを忘れ、お金を稼ぎに行くのだという考えになりそうだった。
そう、お金じゃない。
俺の欲求に従っているだけだ。好奇心を満たしに行くんだ。
そうやって決心を固めながら預金残高を見るためにアプリを開こうとすると、ハープのアラーム音が聞こえてきた。十二時十分だ。
再開するために職場へ戻るといつものように机の上には連絡事項が書置きされてる。
先週の社内報の締め切りを八月末までとすることが一件目。
二件目は寮の建築を開始したとあった。
PCの時計は十二時十三分、いつもより帰ってくるのが早かったため時間はある。
寮の詳細を確認してみると対象は本社勤務の者のみとあった。
確かにこの会社は人事異動がそこまで無い会社だが、なぜ本社勤務だけに制限するのか。
しかし、内装や設備を見てみるとバイクが置けないから、そもそも物件を探すのであれば候補から外しているものだったため、安心した。
気になっていたことも吹っ切れたため、仕事に取り掛かった。
仕事が終われば行くところは道場。
18時50分には到着した。今日も誰ともすれ違わずに階段を上り切り、道場に入る。
「こんばんは、師範」
そう言って障子を開けると師範は木刀を持ちながらこちらを見てきた。
「ソウ、今日は実践的な訓練じゃ。はよ、着替えてこい」
着替えてくると早速、師範は持っていた木刀投げた。
「ホレ」
緩やかにこちらに飛んでくる木刀を見ていると、視界の端で持っていた木刀を使い、こちらに突きを放つ師範が見えた。
突きを両腕でどうにか流して、空中の木刀を掴もうと位置を確認する。
師範を見ると、突きを放った木刀はフェイントだったのか俺が流したまま手を離しており、無手だった。
師範の右手は見えるが、左手は肩の動きで腕を引いている途中なのが分かる。
飛んできている木刀を取れば、がら空きの鳩尾に一発殴られる。
どうするべきか。
木刀を取らずに師範の一撃を反らしてカウンターで当てよう。
こちらが迎撃するのを分かったのか、笑いながら師範は飛んだ。
飛んだ師範を追うと、師範の手が伸びる先には木刀。
師範が俺を木刀で打つよりも速く、師範に一撃当てなければ。
意識してか、無意識か、呼吸法をより強く行った。
意識に体が追い付き、師範の木刀に対してこちらは拳を出す。
それでも師範はニヤリと笑った顔を崩さずに、こちらの拳を木刀で迎え撃った。
手には傷一つなかったが、木刀は破片が散乱していた。
「おっほほほほほ、できておるでないか、ソウ」
師範は手に曲がっている金属棒を持って、嬉しそうに見せてくる。鍛錬用の木刀の中にある金属製の芯だ。
「ソウ、呼吸法を使えたか。ま……」
師範が何かを言おうとした時、足がもつれたようになってしまい俺は座り込んだ。
「ま、体が慣れてないからすぐ終わるがな」
「師範、これなんですか。呼吸法だけどここまで変わりませんよね?」
「いいや、呼吸法によってここまで変わったんだ」
呼吸法万能じゃないか。問題は持続時間だけだな。
「この呼吸法はな、分かりやすく言うと魔力を取り込む呼吸法なんじゃ」
「魔力? それってダンジョンにしかないんじゃないですか?」
「地球にも魔力はある。それが濃いか薄いかだけの話じゃ」
「地球に魔力があるなら、基礎能力上がったりするんですか?」
「いや、そもそも魔力を生まれながらに宿した生物がいないから基礎能力が上がることもない」
それからも俺は立ち上がることができない為、質問を続けた。
「そもそも何でそんなこと知ってるんですか?」
「いつから道場してると思うとる、昔からあるところは大体知っておるぞ」
「そういう情報は何で出回らないんですか?」
「そもそもこの呼吸法も知っておるが、使えないものの方が多い、それにやり方が分かっても使えない人もいる。だからじゃろうな」
「じゃあ、何で俺は使えたんですか?」
「ちょっとした実験の成果じゃろう。地球の薄い魔力を呼吸法により取り込ませる。呼吸法を日常生活でも使わせて、ダンジョンの濃い魔力を取り込ませる。取り込ませながら魔物を倒し、基礎能力が上がることで魔力が体に馴染む。呼吸法によって一時的に体を基礎能力以上の力で動かすことが可能になったという事じゃ」
「え? 実験? それにどうして両方の魔力を取り入れたら力が出せるんですか?」
「さあの? そういう実験じゃ。それに最近知ったことなんじゃが身体強化の魔法というのがあるそうじゃ、それは呼吸法よりも力は出ないが長く使えるらしい。そこからこの実験をしようと思ったんじゃ」
あんまり理解できてない。
呼吸法は燃費が悪いが力すごく出て、魔法は燃費がいいけど力そこそこと。
実験はどういうこと?
「実験はどういう事なんですか。理解できてません」
「簡単じゃ、今まで地球でしか、してこなかった呼吸法をダンジョンでも行う、それだけじゃ」
「それだったら他の所でもしてるんじゃないですか?」
「そうかもしれんが、ソウのように使える状態までできてないのじゃろうな、他から話は聞かんぞ」
「そもそも何で俺は使えるんですか?」
「さあの? ただ呼吸法を続けているのがいいのじゃろうな、四六時中魔力を呼吸によって取り込み続けているのがいいのかもしれん」
運がいいのは分かった。
肉体が呼吸法によって魔力を取り込める状態だった、それで俺は呼吸法を使って身体強化を行うことができた。
「ソウ、今のままではロクに使えないじゃろう。いい練習法を教えよう。こっちに来るんじゃ」
身体が動かせるようになっていたようで、師範に言われて道場の奥、裏庭に来た。
道場からの光しかない為、とても暗いが見えないほどじゃない。
「今日はもう使えないじゃろうから方法だけ教える、まずは心拍数を上げる為に激しい運動をする」
「師範、そもそも俺はどうやって使えたのか分からないんですが」
「そうじゃろうな、魔力を自分の意思で動かすことができればいつでも使うことができるが、できないならば魔力が動いているという意識を持つことが重要じゃ。わしも先代から心拍数を上げろと教わった」
魔力って血液なのか。
そもそも魔力って自分の意思で動かせるものなのか。詠唱とか印とかで魔力の流れを操作するとか噂で聞いたことがあるけど、そういうものなのか。
「心拍数を上げた後、こうやって重いものを持ち続ける。そうすれば持続時間が伸びる」
そう言いながら師範は人が抱えられないであろう石を軽く持ち上げ、笑ってみせた。
「今日はもう訓練もいいだろう、しっかり休んで明日も来なさい」
「はい、おやすみなさい、師範」
今日はいつもよりも早く終えたが、いつもよりも早く寝なければならないほど疲れていた。
それから金曜日まで仕事、訓練で呼吸法を使い疲れ切り眠る、この繰り返しだった。道場では無駄な動きを無くす為、疲れた状態で鏡の前に立ち、素振りをするという呼吸法を使った後の訓練もした。
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土曜日、待ち合わせ場所は探索者協会のうちの県支部で、白石さんは隣県から来る。
現在時刻は八時五十分、ようやく探索者協会に到着して車の中から到着したと連絡を入れたところだ。
エンジンを切って返信を待っていると窓が叩かれる。
そちらの方を見てみると布に包まれた大剣を、肩にのせている白石さんだった。
「トランク開けてもらえる?」
「はい」
そう言って車から降り後ろに回ると、相田さんの車が走り去っていくのが見えた。
これから用事があったりするのだろうか。ないのであれば俺は車を出したくなかった為、乗せてほしかった。
俺の車は排気量千八百CCの四気筒エンジンを持つ古い車だ。
車を買うお金を節約したいが為に親戚を訪ねて回った際、叔父から最近は維持のために乗っているだけだからと、この車をもらった。
機構が古くて月に一回は点検して半年に一回は叔父が懇意にしていた車屋で、点検整備を受けるこの車だが、トランクの大きさが小さい。そのため大剣が入らない。
「銅さん、入らないけど……」
「後席倒すからちょっと待って」
大剣はトランクから前席近くまで来ていた。相当大きいそして載せたときの車がグッと沈み込んで大丈夫か不安になったが無視して乗り込む。
「ナビ頼めます?」
「するけど、ナビついてないの?」
「はい」
助手席に乗り込むと同時に聞いたが、すごい嫌そうな顔されたのはなんだか傷ついた。
スマホを見られないわけではないが、同乗者に頼んでも問題はないだろう。
ブレーキとクラッチを踏み込み、キーを回してエンジンをかけると車が振動する。
現代の車ではなかなかないだろうその振動に、シートベルトしながら目を白黒させている白石さんを見るのは何だかおもしろかった。
「何これ?」
「教習車もこんな感じでしたよね」
「知らない、私免許持ってない」
「あ、そうなんですか。それでこの道は右? 左?」
「左、そこから道なり」
スマホも見ず、そう言った白石さんに『免許持ってないのに道、覚えてるんだ』と感心した。俺は車とか運転しないと全く道を覚えなかったから素直にすごいと思う。
「ここからだと大体どのくらいかかるんですか?」
「二時間くらい、それと探索の時から言いたかったけど」
探索の時から言いたかったって、俺は初対面の人に物申せないわ。コミュニケーション取るの苦手だから。
「はい」
「敬語、やめたら? 私の方が年下でしょ。それに言いづらそう」
「何歳なの?」
「十九」
「十九⁉ それなら免許取ったら?」
「面倒。それで何歳?」
「二十一歳、そこまで離れてないな」
年齢が近いこともそうだけど、物怖じしない感じが早く探索者になった白石さんと俺の違いだろうか。
それから特に話すこともなく一時間ずっと道なりに走り続けていた。
「この車、乗り心地悪くない?」
「たしかに最近の車と比べると悪いかな」
「そういえば刀買いたいんだっけ?」
「そ。それでその鍛冶屋ってどういう名前なの?」
そもそも紹介制だとか、俺からすれば遠くにあるとかで、実際にどういうところなのか分からない。鍛冶を見たのは小中学生の校外学習で企業を訪問し、初心者向けの武器を作る鍛冶師を見たくらいだ。
「名前は知らない。ただ親が知り合いで武器を作ってもらってて、不満がないから」
「から?」
「はじめての人でも満足いくものが売ってると思って」
「こういうの売ってますって写真とかないの?」
「あると思う。ツブヤイターしてるから」
先進的鍛冶師。
もう道なりに進む人はいないのか、車は森に挟まれた片側一車線の道路を孤独に走っている。
県境なのだと思う。
「あったよ、こういうの」
真っ直ぐしかない道だったのでチラッと見てみると、ククリナイフを二振り作っているみたいだった。無骨な武器のようで装飾もほぼなかったように見えた。
「ここら辺ガソスタある?」
「鍛冶屋の近くにある。それにもうすぐだと思う」
「具体的に?」
「三十分くらいかな、途中でややこしくなるから」
そう言って白石さんはスマホを見るのに戻った。
そこから確かに三十分ほどで白石さんが指示を出し始めた。
「この先の交差点左……ここ右……ここ右でそのまま真っ直ぐ、着くから」
そこまでややこしくはなかったが、見通しが悪かった。道幅が狭く信号もない、それでも舗装されていたのに驚いた。
この車からすればよかったことだ。砂利道だったら錆の原因にもなるから。
そのまま進むこと二分程で大きな建物が見えてきた。
大きさ的にはコンビニが三軒並んだくらいだ。
「そういやガソスタは?」
「あの建物の裏、車ですぐのところが国道沿いのガソリンスタンド」
「へー、駐車場ってどこ?」
「どこでもいい、いつもそんな感じ」
そう言われて俺は、入り口から少しだけ離れた場所に停めた。
鍛冶屋の名前を知ろうと思って看板を探したが、見当たらなかった。
勝手知ったる感じで入り口に向かう白石さん。その後ろについて鍛冶屋に入っていく。
入ってみると店舗スペースはコンビニ一軒分くらいだった。
壁や棚に武器が接触することなく置かれているのを見ると、雑多に置いてあった協会の武器屋はそこそこのものしかなかったのかもしれない。
もしかしたら防具屋にも微妙な品を、と思ったが協会がそんなことをして、信用を落とすような真似はしないだろう。
「すみません、白石です」
白石さんが声を張って入り口からすぐの所で店員を呼ぶ。
するとドタドタと足音が聞こえてきて三人の男が入り口横の階段から下りてきた。
「来たな嬢ちゃん。おし、お前ら、持ってけ」
「「はい」」
先頭を歩いてきた男が後ろの二人に指示を出し、男たちは白石さんから大剣を受け取って二人がかりでどうにか持ち、入り口正面にある扉を開けて中に入っていった。
「君が嬢ちゃんのこれか?」
そう言い小指を立てた男を見て時代を感じた。
「違います」
「そう、今日は武器を買いに来たの。木刀使ってるから、銅さん」
「はい、木刀を使っています銅蒼といいます」
自己紹介する流れかと思ってしたら、鍛冶屋の店主であろう人も返してくれた。
「俺はこの鍛冶屋『鉄治郎』店主、近松海青と申します。本日はどのような武器をお求めで?」
師範より若いガタイのいい鍛冶屋は近松さんらしい。どのような武器って聞いてきたけど、どう返すのが正解なんだ。
「えっと、白石さんの大剣はいいんですか?」
「ああ、あれは息子が見るから大丈夫だ。それで何が欲しい」
力が欲しい。
「えっと、刀が、日本刀が欲しいんですけど」
「そうか、家には日本刀、今ないんだ。刀ならそこの棚にあるけど見るか」
「はい」
来て早々にないことが分かり、ちょっと気落ちした。
棚の方に移動して見ていくとシミターやショーテル、カトラスなどはあったが日本刀はなかった。それ以外の武器を見ているとサブで持つ武器が無い為。、それを探すことに目的を変えて、物色していく。
「嬢ちゃん、お袋さんは元気か?」
「うん、そのうち武器を整備してもらいに来ると思う」
俺が物色している背後で二人が話し始めた。
紹介制の鍛冶屋にどういうつながりかと思っていたが、白石さんの母親が紹介したのかな。
「それで最近探索者としてはどうなんだ?」
「みんなそれ聞きたがるよね」
「まあな、知り合いの子供が危ない仕事してんだから気にはなるさ、それで?」
「今は連携不足が分かって来たから隣県のE級ダンジョンで練習中」
「それで、こいつはどういう関係だ?」
「タクトが新しいパーティー作るときのメンバー候補で、休日だけパーティー入ってる」
近松さんの顔は分からないが、あんまりいい印象を受けなかったみたいだ。
白石さんのパーティーメンバーは知っているみたい。
「どこから見つけてきたんだ?」
「えーと、道場—」
後ろの会話を聞きながら探していると求めていたサブ武器があった。
「これ、お幾らですか?」
会話を遮るように近松さんに聞いてしまったが、写真を見たときから欲しいと思っていたものがあった。ククリナイフだ。
刃渡り三十センチメートル以上ありそうでとても大きいがほしい。
「セット二十万円でどう?」
「なにとセットなんですか?」
「うん? これ一振りじゃなくて二振りで販売してるんだよ。だからセット」
確かに横に並べられていたがセットとは思っていなかった。
「銅さん、ククリナイフ使えるの?」
「さあ? 使えば慣れると思う」
使えるか使えないかで言われたら分からないとしか言えないが、使っていれば使い方が分かってくるだろうし、分からなければ調べたらいい。
それよりもセット販売の値段をどうにか下げたい。一振りで買ったら割高になりそうだしどうするべきか。
「近松さん、日本刀作るのにどのくらい料金と期間かかりますか?」
「材料にもよるがダンジョンで使うのなら百万円からだな、期間は拵えの職人が早ければ二週間くらいか」
「それを依頼したらククリナイフはどこまで妥協してくれますか?」
一振り百万からって思っていた以上に高い。
もしかして拵えとかを装飾凝ったものにしたので、その値段だろうか。
最近は工場産の武器が性能上がっていると聞くが、そういうところから出ていないのだろうか。
「作るのならタダでいい。だがお前がどの程度の探索者か分からないからな、こいつを持ってみろ」
そう言って前に差し出されたのはショートソード。
全金属製のショートソードで柄には革が巻いてある。見る限りはただのショートソードだが。
不思議に思いながらも受け取り、何が違うのか持ち上げたりしながらじっくり見ていく。
「なにかおかしな点はないか?」
「ないと思いますけど……」
はっきり言って分からない、何を試しているのか。
「それはな、少し前に開発された金属で作成されたショートソードでな、地球でとれた鉄をダンジョンに持って行き精錬した、人工ダンジョン鉄だ」
「そうなんですか」
「おう、人工的にダンジョン産の金属に劣らない地球産の金属をつくることができたが、魔力が馴染んでない奴は使えないというダンジョン産と同じ特徴がある。お前は持てたからな合格だ」
合格したということはただでククリナイフが買えるという事。
「それじゃあ、どういう刀にするか相談しながら決めるか。それと前金五十万円頼むぞ」
覚悟をしたつもりだったが、お金が減っていくのを考えるとやめとこうかなと言いたくなる。
どうしようかと頭で悩みながら近松さんの後ろについて応接室のようなところに来た。
白石さんを先頭にテーブルを挟んでソファに座ると、近松さんがこちらを見ながら言ってくる。
「ひとまずどういう刀がほしいか聞かせてくれ、いくら必要か考えよう」
「普通の日本刀よりも分厚い刀がほしいです、他に要望はありません」
「なぜ分厚い刀が欲しいんだ?」
「下手に防御しても問題ないような頑丈さが欲しいんです」
人以外の相手をしなければならない武器になる。そういう予定なんだから頑丈さは欲しい。
「そうだな、さっきの人口ダンジョン鉄で倍の厚さの刀となると百八十万円くらいか、それに重さも二キログラム超えるくらいになるが振れるのか?」
「値段は置いといて、ダンジョンに入っていれば二キロは振れるようになると思います。値段、下げられるところはありますか?」
百八十万円は辛い。車検は来年だが革鎧の所為で貯金は減っている。残り百万円程しかない。
「職人は昔よりいるからな、拵えはそこそこ安くできるが、言って十万円も変わらん」
「どうしましょうか?」
どうしようもない、俺には。
ローンも金利が面倒で組みたくない。一括にするにはお金が足らない。
「おじさん、どうにもならないの?」
白石さんの援護がここで入る。
「そうだな、一年掛かってもいいなら安くできるぞ」
「どうして一年なんですか?」
「今、別で地道に刀仕上げてるところだから遅いのと、俺が他の部分も地道にゆっくり仕上げるからだ、人の手を借りればそれだけ金がかかる。他の武器を作るついでに時間をかけて作っていく。それなら百二十万円くらいだ」
「それでも足らないんですけど、どうにかなりますか?」
厚顔無恥を発動! 一定時間他人の顔色を窺わなくなる。
「それなら前金八十万円で残りの四十万円は刀ができるまでに渡すっていうのはどうだ? 売る売らないは別にしても、こういうオーダーを受けるっていう事が知られて損はないからな。いい宣伝になる」
「それなら助かります、クレジット一括でお願いします」
そう言って俺は財布からカードを取り出して近松さんに差し出したが、拒否された。
「そうか、それならまずはこれにサインしてくれ」
そう言われ売買契約書にサインをしてクレジットカードを再度差し出した。
「よし、前金払ってもらったら詳細を詰めるからな、ここで待ってくれよ」
そう言って近松さんは俺と白石さんを残して部屋を出ていった。
長いソファに隣り合って腰掛けている俺と白石さん。俺はそもそも無口で話さないタイプだ。沈黙が誰であっても心地いいタイプ。
白石さんもそういうタイプだったのか、会話はない。
「よかったの?」
会話がないかと思いきや、近松さんが扉を閉めて足音が遠ざかってから話し始めた。
「買ったらダメだった?」
質問に質問で返すのは俺の好きな会話だ。質問を返されるのは嫌いだが。
「私がダンジョンで指摘したから、ククリナイフだけじゃなくてオーダーしてるんでしょう? お金は大丈夫なの?」
何というか白石さんはもう少しドライな人だと思ってたけど、他人のお金を心配するような人だったとは。
「大丈夫ではないけど、もともと日本刀とサブ武器は買う予定ではあった。まあ、もともとの予定ではこんなに階層更新してなかったから、予定が早まったんだよ」
「そ、ならいいけど」
え!? 急にドライ。
思わず白石さんの方に向いてしまった。今は何食わぬ顔でスマホを見ているから、沈黙が苦手な人なのかもしれない。
「白石さんは、どうして探索者になったの?」
顔を見続けていて、気まずさが出たため質問をしてみる。
「私は、探索者にすこしだけ憧れがあって、試しにダンジョンは入ってみたら案外苦じゃなかったの、だから仕事に」
俺より仕事の選び方上手だ。
完全週休二日制と給料で選びました。
自分の仕事が終われば、残業はしません。
和を乱します。
選び方を間違えて、自分の意思を貫いた結果こうなった。
「そう、向いてそう?」
「今のところは問題なさそう、これからは問題があるけど」
遠くを見て言う白石さんは、俺よりも大人だった。
それから沈黙が続き、近松さんは戻ってきた。
「よし、これから作る刀の詳細を詰めよう。それとこれ」
そう言って、入ってきて早々に近松さんは鞘に入ったククリナイフを渡してきた。
革製の鞘で、刃の付いていない峰側は開いているため鞘から刀身すべてを抜き出さなくても抜けるようになっている。その代わりボタンで抜けないように止めることができるようだ。
「クレジットカードもな、控えに名前書いといてくれよ。それでだ」
カードと領収書を受け取り控えに名前を書きながら近松さんの話を聞く。
「詳細って言っても決めるのは簡単なことだ。刀の全長と鍔の形、鞘や柄巻きの色、俺に余裕があれば目貫と縁、頭もきれいな装飾をつける。要望をこれに書いていってくれ」
そう言いテーブルに置いたのは手書きでさっき言った項目が書かれた紙だった。
全長は俺の身長に合わせる長さで、鍔の形は道場で使っているような丸いのがいいから丸形と書く。鞘と柄巻きの色は黒で装飾をどうするかだが。
「装飾ってどういうのができるんですか?」
「割と何でもできるぞ、何にする?」
「おまかせします」
俺は特に思いつかない。
道場のものはそういうのがない日本刀だった。だからそもそも日本刀にどういう装飾がされているのか分からない。
「まかせとけ。それじゃ、この要望通りにつくっていこうと思う」
そう言って俺が書き終わっていた紙を取り、一通り読み説明を始めた。
「全長は……身長何センチだ?」
「百七十二センチです」
「じゃあ百五センチくらいがいいかもな、鍔は丸形、丸形だったらなんでもいいんだな?」
「はい、華美じゃなければ」
鍔にも何か装飾いれたりするのだろう。
「鞘と柄巻きが黒で、目貫やら縁やらは俺に装飾任すということでいいな」
「はい」
「よし、それじゃあ後は大剣次第だが、さっき見た感じだともうすぐ終わりそうだからカウンターで会計頼むぞ」
そう言われ部屋から出てカウンターに向かうと男二人が大剣を抱えて待っているようだった。
「ご確認ください」
一人の男が白石さんにそう言って大剣を見せると、白石さんは大剣を受け取りまんべんなく見ている。
「おじさん、会計」
出来に不満はなかったのか、大剣を布にくるみながら近松さんに会計をさせる。
「それで紫苑、どうだった?」
カウンターにいつの間にか来ていたイケている面子が白石さんに尋ねる。
「いつも通り、問題ない」
俺は無言で近松さんの方を向いて説明を求める。
こちらが見ていることに気が付いたのか、近松さんは軽くニヤッと笑うと紹介を始めた。
「銅、こいつは俺の息子だ。鍛冶の腕も問題ない、相槌も任せるつもりだ」
「初めまして、近松黄翔です。刀を依頼しているとは聞いていました。相槌の件は今聞きましたが任せてください」
「初めまして、銅蒼です。よろしくお願いします」
「ははは、こいつは嬢ちゃんと幼馴染でな、付き合いが長いから嬢ちゃんの武器を任せてるんだ」
俺よりも若いかもしれないが、ガタイもいいし貫禄があるから俺よりも年上に見える。俺から見るとだが。
「会計してもらえる」
しびれを切らした白石さんが会計を促して近松おじさんの方がカウンターで動いている。
俺が来てから見た近松おじさんの仕事は、ここの長とは思えない仕事だ。
お金を払い終えた白石さんは大剣を肩に担ぎ、こちらに歩いてくる。
「銅さん、お腹減った。どこか寄って帰ろう」
「もうそんな時間だっけ?」
そう言いながらスマホを取り出すと、十一時四十五分だった。割と時間は経っていたようだ。
「今日はありがとうございました、刀の方よろしくお願いします」
「おう、任せとけ。嬢ちゃんもまた来いよ」
店から出る前に言って会釈をして出ていく。白石さんは手を振っているようだった。
店を出て、トランクにククリナイフ二振りを入れ、白石さんが大剣を入れるのを待っていると近松親子は外に出てきていた。
白石さんがのせ終わり助手席に乗り込んだのを見て、軽く会釈だけして乗り込み、白石さんに話しかける。
「前の道、左に行った先がガソスタだよね?」
「そう、そこからはナビするから、早くご飯行こう」
「はいはい」
鍛冶屋から出発して二分とかからず、ガソリンスタンドに着いた。
ガソリンを入れるとき街はずれだったからか価格が高く、ガソリンを入れてから来るべきだったと一瞬後悔した。
ガソリンを入れて車を発進させるとすぐに白石さんはナビしてくる。
「ここ右、そのまま道なりで4キロ走る」
「オッケー」
ドライブが再開された。
「どこでご飯たべるの?」
ゆっくりと走り始めた車内で、俺もお腹を空かせているため聞く。
「定食屋でがっつり唐揚げ定食を食べる。好きな食べ物は何なの?」
「基本は何でも好きだけど、今はエビが食べたいかな」
なんでも好きだが今はエビが食べたい、なければイカフライが欲しい、それもなければ唐揚げがいい。
「エビフライ定食あるよ」
「本当に! いいな。そう言えばカロリーフレンドはどうなったんだ?」
「まだある。ダンジョン行くときの昼ご飯はそれ」
おいしいけど、毎日食べたいかと言われれば違う、それに三食の代わりではない。
「俺知らないんだけど、探索者で刀使っている人って少ない?」
疑問だった。刀が無いわけじゃないが、他の武器は在庫があったくらいだから少ないかもしれない。
「ほぼいないかな? そもそも魔物たくさん切るから切れ味悪くなるし、それならショートソードとかで叩いた方が使いやすい。それに魔物って硬いから」
「なんでいるって知ってるんだ、少ないのに」
「それだけ有名人だから」
その有名人を俺は知らないわけだが。
「上級探索者の一人、常にソロで探索する人なの、とてつもなく速いって聞いてる」
「名前は?」
「さあ? そこまでは知らないけどツブヤイターで話題になってた」
刀を使うのが少ないとは分かってたけど、残念な話だ。
「それってここらの話じゃないだろ」
「うん、都市部の話。ここらのダンジョンはあまり大きく話題にならない」
「たまに月刊『探索部』で載るくらいだしな」
探索者のための情報誌、最新のアイテムや実力のある探索者パーティーの紹介、新人編集者の探索記など、探索者じゃない人にも人気の雑誌だ。
「銅さん、読んでるの?」
「ネットで出てる無料のやつだけな。購読はしてないけど、白石さん読んでるの?」
「私は親の知り合いが探索部の関係者らしくて毎月、家にある。だから嫌でも読んでる」
「嫌でもって、面白くないの?」
無料の所しか読んだことはないが、面白そうだった。
「面白いけど、あんまり見たくないかな」
「そ、店まであとどれくらい?」
聞いていいのか判断が出来ず、話題を変える。
「次の交差点を右」
「オッケー」
そこからは沈黙が続いたが交差点が思いのほか早く来た。
右に曲がって真っ直ぐ進んでいると、白石さんが店を見つけたのかナビする。
「左手にある大きい看板の店、そこに入って」
初めて見たその店はチェーン店ではないが多くの人が来ているようで、駐車場もそこそこ埋まっていた。停める場所がないわけじゃないが。
駐車して白石さんが動くのを待っていると、運転席の窓をコンコンと誰かが叩いてきた。
助手席を見ていた状態から振り向くとそこにいたのは橘さんだった。
「待ってたよ、もうお腹減ってるから早く行こう」
窓を開けてすぐに聞かされたのは俺の知らない予定。
「白石さん予定あったの?」
ここは白石さんが予定を入れたではなく、白石さんは元々予定があって俺と接する機会が少なかった為、言えなかったという風にする。何なら言い忘れていたでもいい。
「いや、さっき入れた」
「……ひと言ください」
予定を入れたならそれに配慮した行動をするから、ひと言ください。
「シオン、伝えとかないと迷惑になるのよ」
「ゴメン」
「いいよ、俺もお腹空いたし、ご飯たべよう」
そうして三人で定食屋に入った。
基本はテーブル席でカウンターにも少数だが人がいた。
厨房には五人くらいいてホールには一人だけスタッフがいる。
テーブル席に座り、メニューを見ていくと白石さんが車で言っていたようにエビフライ定食があった。その近くにがっつり唐揚げ定食もある。量が多くて俺はあまり食べようとは思わないくらいだ。
「二人とも決まった?」
「決まってる」
「こっちも」
橘さんの問いかけに白石さんは強気で答えている。
返事を聞いて橘さんは店員を呼ぶ。
「私はサバみそ定食」
「がっつり唐揚げ定食」
「エビフライ定食」
「はい、持ってきたらお代ちょうだいね」
そう言ってホール担当のおばちゃんは厨房に向かって行った。
「それで今日はどうでした、銅さん?」
橘さんは楽し気に聞いてくる。
「楽しかったけど、これからダンジョンで稼げるようにならないと元が取れない状態だ」
「そんなに使ったんですか?」
うきうきして楽し気な橘さんに白石さんが事情を説明する。
「銅さん、刀オーダーした。それも出来上がるのが一年後とか言われてた」
「え? 気長ですね。私だったら他の店回ってひと月以内に作ってもらえるところ探すかな。他には?」
興味津々な様子で聞いてくる橘さんにマイペースで話していく白石さん。
「私の大剣修理したのと、銅さんが刀オーダーした代わりにククリナイフ貰ってた」
「そういえば大剣はどこ修理したの?」
「持ち手を少し太くして研ぎなおしした」
そういうちょっとしたことにも対応してくれるんだな、鉄冶郎。
話しているとお盆に載せられた定食が来た。
「はい、唐揚げとサバみそね、エビフライはすぐだから待ってて」
どんぶり飯にサバみそは普通の大きさだった。
しかし、唐揚げはメニューで見た通りの大きさと重量感がある。それにいい匂いだ。どことなくショウガのような匂いもしていて、タレへの漬け込み具合が窺える。
「はい、エビフライ定食。はい、にいちゃん。合計二千八百円だよ」
思わず、顔を上げておばちゃんの顔をじっと見てしまった。
笑いながら手を差し出してきているおばちゃんを見て、男が奢るものという考えは最近の若者にはよろしくない考えだと分かった。
女性陣の顔を見るのも何か負けた気分になる為、黙って財布から出した三千円をおばちゃんに渡す。
「はい、三千円ね。はい、二百円。食べ終わったらカウンター席の横から返してね」
そう言っておばちゃんは仕事に戻っていった。
お釣りを財布にしまいながら、二人の顔を見ると苦笑いしているようだった。
「ごめんね、銅さん。あのおばちゃんそういう人なの」
「そうか、金欠って言ったばっかりの人に払わせるのか。それぐらい強かな方がいいのかもな」
「そう、強かな方がいいの」
「そうか……俺が一先ず払ったけど内訳は俺、橘さん八百円、白石さんが千二百円だ。お金用意しとけよ」
苦笑いが消え、嫌がっている顔をこれ見よがしにしてくる。
「はいはい、冗談冗談。あったかい内に食べるぞ」
そう言われるのも予想していたのだろう。苦笑いしながら食べ始めた。
俺もエビフライ定食を食べ始める。
エビフライ定食のエビは三尾いる。
結構大きいがエビフライが好きな人にはたまらないだろう。
初めに食べ始めたのは汁物、みそ汁で具にはワカメに豆腐、スタンダードなみそ汁だ。
みそ汁の後、エビフライを食べたのだが、エビはプリプリしていて美味かった。
少しの弾力があるが噛むとすぐに噛み切れて少しの塩気がやって来て、その後油がじゅわっと広がる。
二人の食べる姿はカロリーフレンドをモソモソと食べているのしか、見たことがなかった。
橘さんは案外食いしん坊なのか一口が大きい。白石さんは口と頬、いっぱいにして唐揚げを食べている。どちらも食いしん坊だった。
一昔前に求められていた、女性っぽさはなかった。
俺の方が少食に見える。
二人が食欲を満たすまで待って、明日の事を確認する。
「明日って朝の八時にE級ダンジョンのどこ集合だっけ?」
先に食べ終わり、お腹を落ち着かせていた橘さんが答えてくれた。
「集合場所は更衣室を出てすぐのダンジョンに入る前の場所」
「いつもそこにしてるから」
白石さんもそう教えてくれた。
全員が食べ終わったため、外に出る。
「今日はありがとう。白石さん、この後は橘さんと予定があるんだよね?」
「そう、探索の助けになるのならよかった。剣とるから早く行こう」
「うん、橘さんもおつかれ」
「おつかれ」
さよなら言いはしなかったが、橘さんは俺に付いてきた。
「橘さん?」
「車見ようと思ってね、この前もさっきも、ちょっとしか見られなかったから」
そう言った橘さんは車に近づいた瞬間、近くまで来てじっくり見ている。その間に白石さんは大剣を取って肩に乗せている。
橘さんは車を一周した後、こちらに向いて質問をしてきた。
「この車ってもう四十年くらい前のだよね」
「はい」
「たしか、後輪の方がリーフスプリングだったと思うんだけど」
「はい」
「SOHCなんだよね、このグレードは」
「はい」
俺は橘さんの知識の確認が終わるまで、それ以降も「はい」と言い続けた。
そして「はい」と言い続けていると橘さんは運転席に座り、エンジンをかけている。
「銅さん、走ってきていい?」
「いいけど、雑な変速しないように、あと据え切り禁止で」
「オッケー、行ってきます。あ、鍵渡しとくからシオン、剣積んでて」
そう言って俺の車に乗って橘さんは走っていった。
「白石さん、いつもあんな感じなの橘さんは?」
「時々なるけど、知り合いだけだから、皆あんまり、気にしてない」
気にするべきだ、俺は会ったの二回目だから知り合いだけど、そこまで知らないから。
「橘さんの車どこにあるか分かる?」
「入り口の前にあったよ」
俺は特に見ていないがどんな車だったのだろうか。
白石さんを先頭に車のある場所に向かってみると、そこにはアメ車があった。
明らかにデカい車で黒いボディがピカピカというよりギラギラしていた。
丸目四灯の車でブレーキキャリパーは赤色のボレンブだった。
白石さんに渡された鍵をよく見てみると赤いカギだった。フルパワーのやつだ。
白石さんは勝手知ったる様子で車に大剣を積み込んでいた。
俺は女性の車へ勝手に乗ることもできないので、車の周囲を観察していた。
橘さんはそれからすぐに帰ってきた。
「ただいま、これってあんまり走らないんだね」
「走るような車は別で出てるからな」
駐車しながら橘さんは計器類を見ていたのか、顔を近づけたりしていた。
「はい、ありがと。それじゃ帰るから明日、遅れないように」
「おつかれ」
車の鍵を俺に渡して隣の自分の車に乗り込んだ橘さん。エンジンをかけると、まるで猫が低く喉を鳴らすような音が聞こえてきた。
ああいうのって一時欲しくなるんだよな、一時。今はあまり思わないけど。
二人を見送り、車に乗りこんで荷物の確認をしていく。
人が車に乗るのは初めての事だから色々心配だ。チェックしていくと問題はなかったが車から漂う匂いが俺の車っぽくなかった、香水でも撒かれたのだろうか。
家に帰ればククリナイフで動けるか確認しなければならない。たぶん動けるだろうから少しの確認になるだろう。
スマホでナビを表示させ家に帰った。
家に帰ってしたことは夕食を作る、洗濯、車の清掃だ。
車清掃は錆びやすいところに水が溜まっていないか、下側に土が付いていないか確認して終わった。家事も終わり、時刻は四時半、ククリナイフの確認をする。
購入したククリナイフは光を反射するが鏡のように顔が映りこむほどのものじゃない。実用重視だ。
重さは普通の日本刀よりも軽く、短剣よりは重い。木でできた持ち手は手によくなじむ。
一歩踏み出し軽く振ってみると思っていた以上に使いやすいことが分かった。
何度か振ってゴブリンを想定して素振りを行い、動きの確認をしていく。今は右手しか使っていないが、いつかは左手も使って二刀使いみたいに流れるような連撃を決めてみたいものだ。
ククリナイフの確認も終わったため、今日は風呂に入り、夕食を食べてゲームの日課をこなすと早めに就寝した。
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