第7話 共同


「おはようございます、相田さん。早いですね」

 どうにか声を張って挨拶をする。

 緊張は抜けきってないようだ。

「おはよう、銅君も早いな。みんな紹介するぞ、今日一緒に探索する銅蒼君だ」

「銅蒼です、よろしくお願いします」

 紹介して相田さんのパーティーメンバーの顔を見ていく。

「お願いします」

 そう言ったのは俺よりもシャキッとした顔をしている男、明らかにかっこよくてなんかイラっとする。

「お願いします、こちらこそ」

 俺と同じくらい身長のある女性で背中に弦の張っていない弓を背負っている。かっこいい女性ってこういう人なんだろうな。

「よろしく」

 大きい剣を持つ女の子は圧倒的な存在感がある。その剣の所為だ。今も周囲を通っていく探索者たちの目は剣に向けられている。めっちゃ強そう。

「本格的な自己紹介はあとでしよう。まずは着替えてダンジョン前で集合だ」

 その言葉に促され受付へ向かって行く。

 二度目のダンジョン受付と所持品などの検査を済ませて更衣室に入る。

 このダンジョンの検査場は大きく、全員が分かれたから荷物の少ない俺が一番早かったのかもしれない。

 手近なロッカーを使い着替えて、動きづらくないか確認を済ませて木刀を手に取った。

 そういや木刀は表層魔物までは通用するんだったか、今日どこまで行くか分からないが武器を早いうちに用意する必要がある。

 用意を終えてダンジョン前に行くともちろん誰も来ていなかった。

 これから恐らく自己紹介するわけだが、俺はとくに何もいう事考えてない。

 どれほど俺の印象を良くしようが木刀をE級ダンジョンに持ってくるという愚を犯したからだ。

『やる気がないんだったら言っていてくれないと銅君』

 とか言われそうでお腹が痛くなってきた。

「銅さん」

 やばい、来てしまった。

 当たってみれば砕けるかどうか判断が付くだろうし、砕けたら砕けたで関係解消すればいいか。

「はい」

 砕ける覚悟はできました。

 そこにいたのは女性二人の弓使いと大剣使いだった。

「一先ず自己紹介するね、私は橘七香(たちばなななか)、弓を使うわ」

「私は白石紫苑(しらいししおん)、大剣使うから戦闘中は近づかないこと」

 あれ? これってもしかして俺も自己紹介して武器を言う感じなのか。

『銅蒼。木刀使ってます』

 とはいえ、言わないわけにもいかないだろうし、覚悟もしてたからな。

「さっきも—」

「おおう、もう来てたのか二人とも」

 相田さん、ガタイもデカい、盾もデカい、そして声もデカい。

 タイミングが悪くて、固まった覚悟がほどけてるのを理解した。

「それじゃ、自己紹介の続きな。俺は相田拓斗、隣県を拠点しているこのパーティーの一応リーダー的なものをしている。そして盾を使う」

 そう言って背負っていた盾をドンッと構える。

 正面から見ると長方形だが湾曲していてに衝撃を逃がしやすくなっているみたいだ。

「俺は米沢幸樹(よねざわこうき)、武器は片手剣を使っている」

 そう言ったイケメンの腰には無骨な剣があった。イケメンは所々に金属を使った革鎧を着ていて様になっていた。

 俺がもう一度自己紹介するのを皆待っているのだろう、じっとこちらを見ている。

「さっきも言いましたが、銅蒼といいます。武器は今、木刀を使っています」

 胸を張り、竹刀袋から木刀を取り出して見せつける。

 恥ずかしかろうが、胸を張って自信をもっている風であれば、人は気にしない。

「え、木刀?」

 その言葉は男ではなく女子から出たものだった。

「はい、木刀」

 女子は『お前、正気か!?』と目で語りかけてくる。

「いやいやいや、木刀はダメだろう。人型も出てくるが人間じゃないんだぞ。人を優に超えた耐久力を持っているんだぞ」

 そう女子が言ってくるがここは言い訳して切り抜けるしかない。

「そう言われてもな、金がない」

 そう、これは仕方のない話。

 ダンジョンに挑むのにも金が要る、前準備の方が金はかかる。そういうもんだ。

「何言ってんの? 金よりも命でしょ、探索者舐めてんの⁉」

『じゃあお前、探索者するな、命大切だろ』

 心の声は心にとどめて、俺は撤退を選択する。

「そ、そうだな。次はしっかり武器を選んでから来るよ」

「次はないからね」

「へ、へい」

 探索者として過ごしているからなのか、一般的な女の子よりも恐ろしかった。

「ダンジョンに入るにあたって、基本的に戦闘は先行している者が発見してから作戦を立てて行う。突発的に戦闘の場合は声掛けしながら、逃げ道の確保が可能な場合は確保して閉じ込められたりした場合は継続的に戦闘ができるように俺の下に集まってこい。無理なら近くの人の傍でいい、分かったな」

「はい」

「それじゃ、これからダンジョン入っていくわけだが銅……は、まだ中層魔物とは戦ったことないんだよな」

「はい」

「じゃあ、まずは戦ってみるか」

 そう言われ俺はF級ダンジョンと違い、大きな洞穴のような入り口からダンジョンに入った。

 相田さんパーティーによって一層から五層まで戦闘に参加させられることなく連れてこられた。

 道が分かっているのだろう、一直線でここまで来た。

 休みなく来たためこれから休憩のようだ。

「どうだった、私たちの戦闘は?」

 そう尋ねてきたのは橘さんだった。

 少し暗いこういうダンジョンの中は美人がより美人になる、怪しさがそうさせるのだろうか?

「ねえ、聞いてる?」

「はい、聞いてます。基礎能力の差を感じました。それと気になっていたんですけど……」

「なに?」

 小首を傾げるその仕草は男の心をくすぐるものだ。

「弓って相当お金かかりますよね?」

「まあね。でも私は近接戦闘が苦手なの、だからこっちの方が気は楽なの」

 そういうものか。

 俺は遠くから攻撃するのが苦手だ。したことないけど。

「それで、基礎能力の差以外に気付いたことは?」

 相も変わらず厳しい視線を向けてくる白石さん。気づいたことは一つあります。

 白石さんは馬鹿力です、それに気づきました。

 あの子、少し前に新作が出たゲーム『大怪獣ハンター』シリーズの大剣みたいな大きさの剣を片手で軽く扱うからそこばかりに目がいってしまって、他に気付いたことないんです。

「と—」

 特にない、そう言おうとした時、白石さんの目がクワッと開きこちらに語り掛けてくる。

『気づいたことは?』

 何もない。いやいや、そんなことはないはずだ。

 戦闘はどうだった? 気になったことはあったか? 違和感は?

 あった!

「相田さんは問題ないと思いますが、皆さん武術を習わないんですか?」

「え? 私は剣道してるけど」

「俺は、柔道」

「私は何もしてない」

 案の定、橘さんは何もしていないようだが、米沢さんと白石さんがしているのは意外だ。

「本当ですか? 米沢さんは重心が高い、白石さんは自分の体に合っていない動きしてるみたいですけど」

 皆、首を傾げてこちらを見てくるが実際そうだったものは仕方がない。

「コウキ、確かにお前は重心が高い。だから振りに入るのも少し遅い。シオンの方はどういう事なんだ、銅」

「感覚的なものなんですが、もっと速く軽く柔軟に動けるのにわざわざ硬い重い動きをしている感じです」

 そんな感じだ。

 感覚的なものか、分からないが人の体の動きが今までよりもはっきり見える気がする。

「そう。それじゃあ、あなたが私に、するべき体の動かし方見せてくれる?」

「へ、へい」

 そう言って木刀を構えて動きを見せようとした俺に白石さんは。

「魔物相手で見せてもらうから」

「へい」

 俺を目の敵にしている白石さんにとって、俺が中層魔物と戦闘するのは面白いのだろう。

 俺に戦闘で気づいたことを言わせたのも、他人の問題を指摘したのに中層魔物と戦闘すらできないとか言いたかったのだろう。

 絶対目にもの見せちゃる。

 休憩が終わりお試しにちょうどいい中層魔物を探して探索中だ。

 俺はやる気を高めるために呼吸法をよりはっきりと自分自身が使っている事を自覚をするようにゆっくり使っている。

 呼吸法を実践する度に師範との訓練を思い出して自分のできることを確認していく。

「お、あれなんかいいんじゃないか?」

 相田さんがそう言って指をさしたのはゴブリンと言われる魔物だった。

 周囲には他の魔物もいない。

「いけるか、銅?」

「はい」

 返事をして俺は木刀を抜き魔物に向かって行く。

 ゴブリンは俺よりも小さく体も細く見える。だが拳が大きかったり、皮膚が人よりは分厚く見える。

 呼吸法を維持して魔物に走りこんでいく。

 こちらに気付いて、腰が少し後ろに下がったゴブリンの胸を押すように突く。

『ギャギャッギィ⁉』

 押されるように突かれて背中から着地するゴブリンの真横まで走り首に一撃を見舞う。

 呻くこともできずに首の骨を折られたゴブリンは動かなくなった。

 何だかいつもよりも体が軽く感じた。これは俺の基礎能力も少しずつ上がっているのかもしれない。

「銅、思ったよりもやるじゃないか」

 相田さんは笑いながらこちらに近づいてきた。

 後ろにはパーティーのみんながいる。米沢さん、橘さんは微笑ましそうにしているが、一人厳しい目を向ける人がいた。

 白石さんだ。

 彼女は眉間に皺を寄せ、こちらを睨むかのように見ている。

 いや、睨んでいるんだろうな。

「そういえば銅さん、協会で買い物してたなかった?」

 白石さんは俺を見たことある人だと思って考え込んでいたらしい。

「はい、してました」

「武器もあそこで買うつもりなの?」

「はい」

 なんだ? 急に探るようなことを言われると怖くなって周囲をキョロキョロと見まわしてしまう。

「実は、知り合いが—」

 そこから何を言うのか楽しみにしていると白石さんを遮って相田さんが話をつづけた。

「ああ、それか。実は知り合いがな、鍛冶屋をしているんだ。そこなら安く武器を手に入れられるだろうと思ってな、そういうことだろ、シオン?」

「そういう事、ちなみに刀もあるから退屈しないと思う。いつ行く?」

 教えてもらえるのはうれしいが俺はそういうの一人で行って、一人で満足していたい性質なんだ。場所だけ教えてくれればいいんだが。

「どこにあるんですか? 一人で行ってきますよ」

「紹介がないと入れてくれない、それに私も研いでもらいに行く。それでいつ行く?」

 さっきの怒っていた状態とは違い、やる気はあると分かったから手助けしてくれるみたいだ。

「シオン、それは後だ。銅の実力も分かったし探索向かうぞ。銅はシオンの前を歩け、戦闘になればシオンと一緒に前衛だ」

 相田さんにそう言われ探索を再開した。

 俺は相田さんの指示に従い、米沢さんの後ろで白石さんの前である二番目を歩いていた。

 六層では単体の中層魔物が多く基本的には米沢さんが倒していた。

 魔物が複数出てきた場合は俺や白石さんが出ることもあったが、苦戦はしなかった。

 そういう事もあって探索中も話をすることが増えていった。

「そうえば皆さんって何で隣県で探索者してるんですか?」

 俺の疑問に答えたのは白石さんだった。

「私たちは元々D級ダンジョンの探索をしてたんだけど、連携ミスで皆ボロボロになった。それで連携の練習をしようとここまで来たの」

「そうなんですか。連携の練習なら俺邪魔してませんか?」

 その疑問には橘さんが答えた。

「邪魔するって言っても週に一日か二日だけでしょ。他で練習できるじゃない」

 相手方がそう言っていくれているのであれば俺は遠慮しない。

 探索者としての先輩がいてそこそこ安全に戦闘ができるんだ、こんな状況滅多にない。

 それから七層に来た頃には昼休憩になった。

 俺は昨日握ってきたお握りを食べているのだが、相田さんパーティーは携帯食料の代名詞『カロリーフレンド』をモソモソと食べていた。

 おいしそうに食べればいいのに彼らの顔は無表情だった。

「なんで皆さん、カロリーフレンドなんですか?」

「ああ。箱買いしたんだけど発注ミスしてな、百二十個届いたんだ。だから食べてる」

 諦めを滲ませている相田さんは二箱目を開けていた。

 食事中に意を決して俺にも分けてもらえないかと聞くと、ロッカー内のバッグに入っているそうなので帰りに貰うこととなった。

「よし、再開するぞ。十五時には帰るからな」

 そう言われ皆、動く用意をし始めた。

 このダンジョンはF級ダンジョンとは違い、入り口が洞穴だった。階層が変わるところは狭い通路で下り坂、休憩もここでとっていた。

 七層に出てくると先ほどと代わり映えしない場所だった。

 食事中に聞いていた話によると六層から十二層までが今の俺ならいける場所だそうだ。魔物が複数いるため簡単にとはならないと言われた。

 その後も探索しながら基本的には戦闘を多くこなした。

 相田さんパーティーには物足りなかっただろうけど、俺にとってはいい経験になった。

 ダンジョンから出たのが十五時三十分。予定よりも遅れたが特に誰も気にしていないのか、にぎやかだった。

「今日はありがとうございました」

 探索、着替え、魔石の買い取りも終わり、相田さんの車の近くでお礼を言った。

「こちらも試しとはいえ誘いに乗ってくれてありがとう、それとこれ忘れてない?」

 そう言って相田さんが渡してきたのは『カロリーフレンド』の箱だった。

「こっちも忘れてる、いつ鍛冶屋行くの?」

「今週の土曜日は開いてますか?」

「わかった。土曜日に鍛冶屋、日曜日にダンジョン」

 土曜日の何時に鍛冶屋? 日曜日の何時にダンジョン?

 白石さんはどことなくきっちりしているタイプだと考えていたけど、違っているようだった。

 スマホからメッセージアプリ『LIGHT』のQRコードを表示させて見せる。

「時間と集合場所、目的地を連絡してください」

「分かった」

 白石さんは返事しながらスマホを取り出して読み取ったようだ。

 スマホが振動してこの人を友達に加えますか、と白石さんの名前とアイコンが出てきた。

 アイコンの写真は大剣が地面に突き刺さっている写真だった。ちなみに俺のアイコンはヤブイヌだ。

「それでは皆さん、お疲れ様です」

 そう言って楽し気な彼らパーティーから離れていった。

 あのパーティーの特徴は一人一人のパーソネルスペースが狭いことだろう。今も米沢さんを体で押しながら車に乗り込んでいく白石さんとさらに押す橘さん、相田さんは運転席から後ろを振り返って何事か言っているのが聞こえる。

 背中に賑わいを感じながら、俺はどうしてパーソナルスペースが広いんだろうと悲しくなった。

 人付き合いが苦手で最低限しか、かかわりをもとうとしないのがいけないのだろうか。

 仕事だったら特に気にせず、話すことができるのだから、気の持ちようかもしれない。

「はあ。帰ろ」

 それから家に帰り、防具の手入れ、家事をしていれば眠気がおそってきてその日はいつもよりも二時間早めに休んだ。

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