第5話 前進2

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 起きたのはいつもと変わらず七時だった。

 昨日の夜のうちに探索者協会のホームページからF級ダンジョンの予約は取った。

 用意をしていたのをもう一度確認して、詰めなおしていく。

 木刀は竹刀袋に入れて玄関に置いてある。

 防具や昨日買った表層攻略セットも使い方を確認して防具と一緒に大きなバッグへ入れて確認した後玄関に置いた。

 食事も喉を通ったし、昨日もよく眠れた。

 しかし、忘れていたものがあった。

「そういや、防具の下って何着るんだろう?」

 下着じゃないだろうし、ネットで調べるとギャンベゾンってあったけど、革鎧だしな。

 試着の時は半袖にジーパンだったし、どうすればいいんだろう。

 師範に聞こうと思ってスマホを手に取った時、道着を着ればいいんじゃないかと思った。

 上半身はよかったが、下半身がダメだった。

 腿の鎧はズボンのようになっているため袴では無理だった。

 似たようなもので部屋着として使っている作務衣があったため、下着、作務衣、鎧の順に着てみると動きやすくて道着っぽさからか、動いてみたときの違和感もほぼなかった。

 これらのことから仕方なく作務衣を持って行くことにした。

 家から目的のF級ダンジョンはこの県のダンジョンの中でも最も近い場所にある。

 協会よりも近いため一時間とかからない。

 玄関で扉に手をかけたときダンジョンに行くという未知の恐ろしさからか、つい深呼吸をしてしまう。

 するべきことは師範から習った呼吸法だ。

 お腹に力を入れて分かりづらく呼吸する。

 持久力が上がれば分かりづらく呼吸できるのだろうが、動き回っていれば肩は動くし、体全体が動くだろうから難しい。

 そんなことを考えていれば恐ろしさも忘れて訓練を始めた。

 車に乗り込みながら呼吸法を繰り返す。

 運転しながら師範の呼吸を思い出す。

 頭の大半が訓練の事を考えていたからか気づけばもうすぐダンジョンだった。

 駐車場にはまばらに車があるだけで、人は少なそうだ。

「探索免許証を確認します」

「はい」

 駐車場入り口で言われたため、用意していた財布から出す。

「はい、確認しました」

 ともに会釈し合い車を進めた。

 話すこともないぐらいの付き合いしか持つ気がないのは、あの人も同じなんだろう。

 というのも、F級ダンジョンは表層魔物しか出てこないダンジョンだ。

 ここは階層が五層のダンジョンだ。

 ここを超えるのは最低一日で最高は上限無しだとか。

 上手くいけば一日で踏破できて、魔物とはいえ生き物を殺す感覚が無理であれば一生終わらないらしい。

 F級のダンジョンは表層魔物以外の魔物が存在しないことから、初心者は近くにF級のダンジョンがあれば最初に向かうことが多いそうだ。

 荷物を持ち、荷物の検査に向かい講習以来初めてのダンジョンだと伝えて更衣室に向かう。

 更衣室に人はいなかった。

 着替え、準備も終わりダンジョンに向かった。

 ダンジョンの入り口は等級によって違っている。

 F級は地面に穴が開いているだけだ。そばに職員がいて穴にロープが下ろされていなければダンジョンとは気づかないだろう。

 職員に会釈して穴に入ると狭い空間に出た。

 高さ二メートルくらい、幅四メートルくらいの空間で光源もないのに明るいダンジョン特有の空間だ。

 先の方には別の空間があるのか分かれ道だったり、交差している道が確認できる。

 講習では一層を戦闘の講習担当者が行って踏破した。

 今回の戦闘は俺だ。

 それに今日一層を踏破できなくとも、目標である戦闘に慣れることができれば問題ない。

 そう考えて講習の時とは違う道を選んでダンジョンを探索し始めた。

 どれくらい違うかと言うと、道の途中であったりする小部屋を一つ一つ入っていくぐらい違っている。講習の時は次の階層への穴に一直線だったし、今回は戦闘もあるから時間がかかるのも予想できた。

 しかし予想していたよりも一層は短かった。アンテナの立っていないスマホを見る限り二十分で終わった。二十分探索した一層で戦闘になったのは一度だけで、戦闘は一分もかからなかった。

 真っ直ぐな道の途中にある小部屋へ入る。

 そこで明らかに大きいネズミを発見する。

 ネズミはその大きさから想像できないほど早く動いて、こちらにジャンプして攻撃してきた。

 それを木刀で正面から叩く。

 体が大きいため、楽に当てられてネズミは倒れた。

 しばらくするとネズミの体は崩れて魔石が出てくる。

 これが一層の探索を初めて五分で起きて、それ以降なにもなかった。

 ネズミの突撃も複数で来られると辛いものがあるだろうが、大きいから動きも分かるし、攻撃も当てやすい。

 それに生物を叩き殺したわけだが、そこまで心を痛めているわけでもなさそうだ。

 一先ずは戦闘が出来てよかった。

 数をこなして感覚を慣れさせていくだけだ。


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 その後、二層、三層、四層と一つの階層に四十五分くらいかけて進んでいったのだが、戦闘は合計で四回しか起きなかった。

 どの戦闘でも師範に教えられた呼吸を通常時よりも意識してしていたのだが、師範みたく人を飛ばせるくらいの力は感じなかった。

 出てきた魔物は二層がウサギ、三層が猫、四層が犬だった。

 どれも凶暴で動きが素早かったが、元々野球をやっていたこともあるのか、そこまで速いとはおもわなかった。

 時速百四十キロで動くわけじゃないからそれもそうだ。

 ネズミと同様に一撃で仕留めることができた。

 そしてこれから五層に行くわけだが、五層はボスがいる。

 どこのダンジョンでもそうだが、最終層はそのダンジョンで最も強い魔物がいる。

 だから今、五層に下りる穴の前で休憩中だ。

 表層魔物で一番強いのは狼だ。

 ダンジョン外でも会えば命を落としてしまうだろう動物だが、それは群れで夜の場合の話だ。

 ここはダンジョンでそこそこ明るい、F級のダンジョンは表層魔物が出てくるだけで群れはしない。冷静に対処できれば問題はない。

 休憩を切り上げ、軽く運動をして体を動ける状態に持って行く。

「ふぅ、よし」

 呼吸をより意識しながら穴から下りる。

 五層全体がボスのエリアだから、ある程度の広さがある。

 だから、魔物がどこにいるか今、分からない。

 とりあえず下りた場所は五層の端に当たる場所だったから、そこから真っすぐ進んでみる。

 すると五層の端、四層とつながる穴とは反対側に、狼らしきものが動いているのが見える。

 それはこちらを見つけたのか、四足で立ち軽く走ってきた。

 こちらは木刀を構えながら少しずつ進んでいく。

 距離が縮まったから狼だとようやく分かったが、その体は異常に大きかった。

 低く下げた頭から尻までは百五十センチはありそうで、その長さは俺が乗っているバイクぐらいだ。それに合わせて顔も足も博物館とかで見る狼よりも大きいため、これは死ぬと思わせる迫力を感じる。

 距離は縮まったと言ってもその大きさの所為で遠近感がおかしくなっているため、すぐ近くではない。

 木刀を構えて出方を待っていると、低くしていた頭をより低くして威嚇しながら近づいてくる。

「ガルゥルルル……」

 どんどん近くなっていって、こちらからは後三歩ほどの距離になった。

 一歩と木刀の長さで振れば届く距離だ。

 これから命かかるかもと思い、手袋がじっとりと汗で濡れたのを感じて無意識に木刀を握りなおした途端、狼は飛びかかってきた。

 思いのほか動きが速くこちらは対応が遅れる。

 体が避けきれないのは飛びかかってきた瞬間に分かった為、木刀の両端を持ち、飛びかかってくる狼の口を目掛けて木刀を口の奥まで入れる。

 何度か噛み首を振ってほどこうとしたのを確認して木刀を口から外す。

 力勝負ではもちろん勝てないが、首の動きだけならまだ耐えられるみたいだ。

 再度、狼と近距離で向き合う。

 そしてこちらが仕掛けるよりも先に狼が走りこんでくる。

 飛び込んできたときよりも速い。

 こちらも近づかれまいと左に木刀を薙ぐが右手側にサッと避けられて先ほどよりも近い距離で飛び込んでくる。

 左に薙いで伸ばしていた両手を薙いだ力を使って左肩の上まで持ってくる。逆袈裟を狙う。

 右足を引いて俺の体に爪か牙を立てようとした狼の首に息を鋭く吐きながら木刀を振り下ろした。

 狼は地面に体を付いた。

 一撃を入れたとはいえ、絶命はしていないだろう狼に再度攻撃しようとすると、動かない。

 おかしい、と思い木刀で軽く付くと動かなかった。

 狼の生態に詳しいわけではないが、狡猾と聞く。

 死んでいると思わせているのかもしれない。

 背中を向けた瞬間、飛びかかられると考えると恐ろしくて気が抜けない。

 そうして木刀を向けたまま数分動かずにいると狼の体が崩れた。

 砂のように形あった状態から地面に崩れて広がっていく。

 倒せていたようだ。

「デカすぎだろ。俺の胸ぐらいまで高さあったぞ」

 迫力あったし、威嚇している顔が怖かった。

「ん?」

 狼が崩れた場所に魔石以外のものがあった。

「おっ。ドロップアイテムきた」

 すぐに拾いに向かうとドロップアイテムが何かわかった。

「牙か?」

 恐らくは狼の牙だった。手のひらに収まる牙だ。

 取得したアイテムの点数は六点でいくらになるか分からないが、今日はたくさん得るものがあった。後は帰るだけだ。

 来た道を戻って誰ともすれ違わずにダンジョンから出ることができた。

 そこそこ汗もかき疲れた、更衣室に入って部屋につけられている時計を見ると時刻は十三時だった。

 昼飯も食わずにボスと戦闘しようとよく決心したものだ。

 防具を外してバスタオルを購入してシャワー室を借りる。

 講習で来たが存在を知らなかったため、バスタオルを買う羽目になった。

 シャワーを終わらせ、着替えて更衣室出口横にある換金・鑑定所へ向かった。

 換金所は壁を背にコの字型の机に職員が囲まれている場所だ。別名が監禁所だ。

 机の上にはPCとPCと同じ大きさの木箱、職員の前にはトレーがあった。

「魔石とドロップの換金に来ました」

「分かりました。魔石はこちらの木箱に入れてください。ドロップはトレーに、免許証をテーブルにおいてください」

 指示に従い木箱に魔石五つとトレーに牙を置き、テーブルに免許証を置く。

 魔石を入れると木箱から転がる音が聞こえてくる。

 その間に職員はトレーにある牙を鑑定しているのか虫眼鏡で見ている。

 木箱から音が消え、職員が虫眼鏡から目を離してこちらを向いた。

「ドロップアイテムの牙は通常のものよりも大きいですが、ただの牙ですので装飾的な価値しか持ちません、鑑定の結果二千円です。換金しますか?」

「いえ、記念に貰っておきます」

 地道にやっていくしかないが、最初がこれだと先が思いやられるな。

「分かりました。魔石ですが通常のF級魔石が四つで千円、二回りほど大きいF級魔石が一つの四千円で合計五千円になります。確認してください」

 ドロップアイテムよりも魔石の方が高価なんだな。

「はい、確認しました。ちょっと質問なんですけど職員さん、F級魔石って何ですか?」

「はい。探索者でも段々覚えていくことなんですが、魔石は魔物の強さによって色と大きさが変化します。F級ダンジョンだからF級魔石という訳ではありません。表層魔物の大半がF級魔石で表中層の魔物は強さによってF級からA級まで分かれています。F級の魔石の色は見たと思います、透明です。これに色が付き始めると等級が上がったと思ってください」

「はい、ありがとうございました」

 そう言って俺は車に向かった。

「そう言えばこれ、どうしよ?」

 車までの少しの間にポケットへ突っ込んでいた狼の牙を取り出す。

「明日師範にプレゼントすればいいか」

 師範は欲しくないだろうが、どうにかして渡そう。

 それから車に乗り込んで荷物を降ろし運転席に座ると気が緩んだのか、声が漏れる。

「はあぁぁぁ。なんか疲れたー! 帰って寝て明日道場に行って師範に報告して戦闘の相談をする!」

 そうやって意気込んだのに車を駐車場から出したのはそれから二十分後のことだった。

 

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 翌日、まだまだ暑い中、車を駐車して道着と牙を持って道場に向かっている。

 山の中だからだろう、大量のセミの鳴き声が聞こえる。

 今日、道場に来ているのが何人かは知らないが、少なくない時間、師範と二人で話さないといけないから、すごい嫌な目で見られるんだろうな。

「こんにちは」

 道場に入ると誰もいなかった。

 気が緩むが、まあいいかと道着に着替えて師範を探しに行こうとすると、道場に師範と見たことない人が出てきた。

「おお、ソウ。来たか」

「これから仕事でしたか、それでしたら邪魔になりますから失礼します」

 その人が礼をして下がったところで、師範に話しかける。

「あ、師範。これいらないのであげます」

 そう言って俺は牙を師範が取れるように手に載せて差し出す。

「おっ! それはD狼の牙。しかも大きい」

 素性の知らないおじさんが話に入ってくる。

「これってどこのダンジョンの? パーティー組んでる?」

 何だか面倒なおじさんのようで、師範を見るとため息をついて話し始めた。

「ソウ、こいつはワシが教えていた一人じゃ。今はダンジョンに入って教えた剣を取らずに盾を構えとる。時々こうやって話すくらいの仲じゃ」

「はははっ、盾持って攻撃を受ける方が性に合ってるんですよ。それで答えは?」

「F級のダンジョンで取りました。パーティーは組んでいません」

 師範が時々とはいえ話しているくらいなら、信頼できる人なんだろう。

「おお、それはちょうどいい。ソウ君、うちのパーティーに入ってみないかい?」

 怪訝な顔をして師範を見ると、またしてもため息をついて話し始めた。

「そろそろ、パーティーが解散するらしくてな、次のパーティーのために人を募集しているんじゃ。どうだソウ、入ってみるか?」

 確かにパーティーに入るのもいい、というよりパーティーの方がこれから戦闘においては気が楽になりそうだが。

「どうして解散するんですか?」

「一時的なパーティーとして募集して今のメンバーは組んだ。全員したいことがあって納得して組んだ。そのパーティーは目標を達成しそうなんだ、だからだ」

「今度のパーティーはどうなんですか?」

「続けられるなら長く続けるつもりだよ」

 今度もお試しパーティーだったら、何で誘うのか疑問だったけど、それ以前に受けるか答えが決まらない。

「そもそもパーティー組んだことがないので、入る入らないを決めづらいんですけど……」

「それもそうか。じゃあ試しに今のパーティーでパーティーとはどういうものか経験してみないか?」

「いいんですか? 入らないかも知れませんけど」

「いいんだよ。偶に組んだり、どういう感じか知ってれば知り合いに紹介したりできるだろ」

 懐のでかい大人は憧れだ。

「そうですか。それなら試しに入れさせてもらっても、いいですか?」

「もちろん。師範、彼と予定を組みたいんですけど少し時間いいですか?」

 師範は笑いながら頷いている。

「今日は大したことをするつもりはないから、問題ないぞ」

「よし、それじゃあ、まずは自己紹介だ。俺は相田拓斗(あいだたくと)、師範が言っていたようにダンジョンでは盾を持っている」

 俺と比べるとこの人は大きい。体も筋肉で服がきつく見えるくらいだ。

「銅蒼です。これからよろしくお願いします」

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