第4話 前進
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終業になった。
上河は問題なく仕事を理解したようだったから朝一時間みっちり教えることはなかった。
うれしいことに十四時には任せていた仕事をミスなく終えていたようだった。
今日こそは、と俺は誰とも話さずに時計が十七時三十分になると同時に帰った。
昨日と同じく大体十八時三十分には家に帰りつき、今日も今日とてバイクに乗り探索者協会へ向けて出発した。
今日は電話がかかってくることもなく、十九時二十分には協会に到着した。
探索者協会はこの県のダンジョンが最も多くある場所の近くにある。
この協会の周辺にはF級、E級、D級、C級までがあって県境にB級とA級ダンジョンがある、そこは他所の県の管轄だ。
協会に入ると受付で来訪目的を話す。
「どうのようなご用件で探索者協会へ?」
「探索者免許の発行をお願いします」
「試験はお済でしょうか?」
「えと、講習も受けて、仮免許もあって合格通知もあります」
そう言って俺はバッグから仮免許証と合格通知を取り出す。
「はい、銅様ですね。講習を受講したか、確認しますので少々お待ちください」
普通であれば終了証などがあるのだがダンジョン探索の講習はそういうのがない、一説によると講習で性格などを見極めているとか。
カウンターで待っていると一分も立たないうちに確認が終わったようだった。
「銅様、確認が取れましたのでこれから免許を発行します、三十分ほどお時間をいただきますが、大丈夫でしょうか?」
「はい。えと、武具を見たいんですが大丈夫でしょうか?」
「はい、大丈夫です。こちら、発行待ちカードを店頭で見せれば免許証がなくとも購入は可能となります」
「はい、ありがとうございます」
「発行できましたら放送でお呼びいたしますので、ごゆっくりどうぞ」
会釈して受付カウンターを離れたが、探索者協会ってホテルみたいな応対されるんだな。前の時と違ってる気がする。
受付から見えない場所にある武具コーナーに向かっていく。
武具コーナーは一階の半分のエリアを使っている。半分が武器、半分が防具になっている。
ちなみに他に一階にはポーションなどを売る装備品のコーナーがある。
武具コーナーの武器側入り口には、大特価と書かれた張り紙をした傘立てみたいなのに雑多に武器が入っている。
確かに武器で迫力があるにはあるが何かが違う気がする。
それは色がくすんでるとか、ちょっとしたバリがあるとか、歪みがあるように見えるだとかそういうのから来てる違和感だろう。
他のも見てみて変わらなかったら大特価でいいだろう、と武器店に入ると最高額と書かれた武器がケースに入って展示されていた。
それは長剣だった。
ガラスのように透き通った刀身は少し叩けば割れそうな薄さだ。
刀身とは違い、柄は金属製の重厚感のある角ばったものだった。
ケースの端に書かれている値段は三千万円でどういう武器かという説明もあった。
『魔石をふんだんに使った刀身は魔法の威力を上げ、魔力を籠めれば近接戦も可能になるほどの固さになる。 ※刀身がバラバラになった場合、修理は不可能です』
ダンジョン探索で絶対に壊さないかと言われれば絶対とは言えない。だから誰も買わないのだろう、高いというのもあるだろうが。
それから武器のコーナーを回っていくと、種類が多くあり選ぶというより眺めることになってしまった為、刀、片手剣、長剣を選ぶことにした。
値段はピンキリでハッキリ言ってどれがいいか分からない。入り口の大特価よりはいいのだろうがはっきりしない。
それに刀が欲しかったのだが、やはり何度も戦闘をするダンジョン向きではないからか品ぞろえが悪かった。
十分ほど見て回って候補を四つほどに絞った。
しかし、それらが体に合うか分からない為、店員を探そうとした時、声をかけられた。
「お客様、初めての装備選びですか?」
「はい」
気恥ずかしさもあるが店員ならよりよい武器の選び方を知っているだろうしちょうどいい。ここで聞いておこう。
「それでしたら、武器よりも防具を選ばれた方がよろしいかと」
「え? そうなんですか?」
「はい。表層に出てくる魔物は木刀でも倒せますし、ホームセンターでも武器になりうるものは売っています。それに攻撃の当たらない初心者はいませんから、痛みを和らげるほうが生きて帰れます」
死ぬこともあるのがダンジョン、なんだか少し浮かれてたみたいだ。
「おすすめの防具はありますか?」
それから店員と一緒に武器側から防具側に移動した。
「ご予算は幾らぐらいでしょうか?」
「えと、最高二百万ですけど百万で押さえたいです」
貯金と相談して今決めたが二百万はダンジョン探索で儲けが出ないと難しい。
「分かりました。それでしたら五十万円の防具のある場所まで行きましょう」
連れていかれた先で見たのは思いがけないものだった。
「こちらが五十万円の防具になります。十個ありますが、気になるものはありますか?」
「はい、あの、えと、全部金属しかないんですか?」
問題はそこだ。
俺は鍛えているとはいえ、金属の鎧を身に着けてダンジョンを探索することはできないだろう。
「はい、金属以外で高い防御力があるのは百二十万円からの中層魔物の革を使ったシリーズです」
それよりも安い値段で革防具はないのか、費用を抑える妥協はしない。
「もっと安い革防具はありますか?」
「表層魔物の革防具なら安いですが、表層魔物と力の弱い中層魔物にしか防御力を発揮しませんし、お客様は予算から見てもダンジョン探索を本気でされると思いますから、探索者が長く探索する中層で通用する中層魔物の革防具がおすすめなんです」
店員がしっかり説得する道筋を整えてきているのが分かる。
なら俺はその道筋を歩いて問題がないか確認するだけだ。
「分かりました。百二十万円の革防具見せてください」
防具側の入り口から値段の安い順に並べられていたのだろう、奥の方に進んでいくと色とりどりの革防具が並んでいた。
鎧一式があるもの、腕、脛、腿、頭など各種あって、もしかして鎧一式じゃなくて各部百二十万円だってりしないか不安になった。
「これらの防具のなかでもおすすめなのが、こちらです」
示されたのは、黒色の胴と腕と腰回りの防具セットだった。
「この防具はオーガの変異種である、ラースオーガの革を使った防具で耐衝撃性、耐摩耗性、耐刃性、耐魔性が中層でもトップクラスの防具です」
「一二〇万円の性能ではないですよね?」
そもそも中層魔物の革防具なんて高いのに変異種なら、もっと高いのは目に見えている。なぜこの値段なのか。
「こちらの防具、というよりもラースオーガの性質で防具を買うのを拒否される方が多いんです」
性質も何も、俺は魔物に変異種というものがいるのも今日初めて知った。
「ラースオーガは誕生した時から周囲の魔物を攻撃します。魔物が自ら他の魔物を攻撃することはラースオーガ以外では確認されていません。その性質からかラースオーガを材料に作った武具を持っていると魔物に狙われやすいという噂があるんです」
眉唾だと言ってやりたいが、本職が警戒するなら本当なのだろう。
「命あっての探索者ですので噂を信じてしまうのも分かります。ダンジョンにも幽霊が出たとか奇妙な館があるとかそういう話もあるので、しかしそれで売れないんです」
俺の興味は他の防具に移っていた。
赤色の全身防具、茶色の何枚も重なった肩当、股付近まであるブーツ、所々に金属で補強してある全身防具、段々意思が固まってきた。
「こちらを今ご購入されるのであれば百二十万円で同じラースオーガのブーツ、膝、肘、肩当て、帽子をお付けします」
そう言って紹介した順に装備を出していく。
肩当てまではよかったのだが、帽子が雰囲気を壊している。
軍用ヘルメットの形をした革の帽子だ。安全性から被った方がいいのだろうが躊躇してしまう。
「帽子って革製ですけど防御しっかりしてますか?」
「表層では革製でも問題ないと聞いています」
中層はダメなんだ。
「そうですか。こちらの防具はどんな性能なんですか?」
そう言って俺はオーガの防具の隣を指した。
「そちらはこのラースオーガに比べれば劣る性能なんですが、いかがでしょうかラースオーガの防具は?」
「売れ残りをセットとはいえ、百二十万円で周囲と同価格で売るのはダメなんじゃないですか。あんまり意欲がわきません」
「そうですか。それでは百十万円でさらにラースオーガの手袋をお付けします」
そう言って黒い革手袋を出してくるが、まだ駄目だ。
これじゃなくてもいいんだから俺は引かない。
「隣の赤色の防具もいいですね。派手さもあるけど関節近くの革が柔らかそうです」
「そうです、関節付近の革は動きやすさを重視して薄く柔らかい部位を使用しています。しかしこちらのラースオーガの防具は衝撃を受けた場合、固くなりしっかりと衝撃から身を守り、なおかつ衝撃を吸収します。どうでしょう、手袋とさらにラースオーガの革で作った背嚢をお付けします。百万円でどうでしょうか?」
売りたくて仕方がないのか値段まで聞いてくる。
こうなるとラースオーガ装備が本当に俺に敵を運んできそうで買うのを躊躇する。
「あー、あの。例えば私がこれを買うとして他にダンジョン探索で必要になるものは何でしょうか?」
俺がなんとなく申し訳なさを感じてそういえば、パッと目を輝かせて先ほどよりも元気に説明してくる。
「必要なものは回復薬とそれを安全に携帯するホルダー、背嚢の中には予備の回復薬と食料、ロープ、もしも用にマッピングするための濡れても問題ない紙と鉛筆、お好みで合羽と火をおこす道具と調理器具ですね」
多い。
それを持ち運んで戦闘なんて考えたくもない。
「一先ずは表層を進むために必要なものを教えてください」
「あ、それでしたら、初心者セットシリーズに表層攻略セットがあります。会計カウンターの隣にありますので、ご確認ください」
「それいくらですか?」
とても必要なことだ。
俺は段々とあまりいい噂のない防具を買う気になっている。
どれだけ値段を下げられるか、これからここで気持ちのいい買い物をする気にこの店員がさせるのか。
「低価五万円なんですが、今回ラースオーガセットを購入した場合、無料で提供させていただきます」
「買います!」
こういうのを買う時って言うのは気分がいいものだ。
そこから店員を一緒に防具を運んでいると、館内放送が流れてきた。
三十分も経っていないのだが。
『銅様、銅様、免許の発行が可能となりましたので、入り口受付までお越しください』
「すいません。呼ばれたので行ってきます。会計可能な状態にしておいてもらえますか?」
「分かりました。お待ちしてます」
「はい、すみません」
そう言って俺は受付に向かった。
受付に向かうとカウンターに免許が置かれてあった。俺は発行待ちのカードをその隣に置いた。
「銅様、発行待ちカードの返却を確認しました。こちらが第一種探索免許証になります。お名前、生年月日、現住所等、間違いはないでしょうか?」
「はい」
「こちらの免許、探索者協会や系列店舗での買い物の際、提示していただければ購入が可能になります。また、ダンジョン付近の物件、ホテルなども通常価格よりも安く購入可能になります。その他の詳細な説明は探索者協会のホームページに載っておりますので、ご確認ください」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
「いえ、これから頑張ってください」
「はい、ありがとうございますー」
免許を見ると、俺の顔はちょっとしかめっ面だった。講習の時の写真だと思う。
現在時刻は十九時四十五分くらい、二十時くらいにここを出られそうだ。
会計に向かうと店員がお金を払うだけの状態にして待っていた。
「すみません、お待たせしました」
「いえいえ。それでは免許証の確認をさせていただきます」
まだ手に持ったままの免許証を店員に見せて財布を取り出す。
「はい、確認しました。お支払いはどうされますか」
「カード一括で」
「はい、分かりました。っとその前にお客様、この防具を試着してませんよね」
「え、はい」
「説明まだでしたね。ダンジョン産の武具は使用者の制限があるんです」
なにそれ、防具の着用にレベル制限でもあるのか。
「ダンジョンで魔物を倒して魔力を体に馴染ませて強くなっていくんですが、探索者ではない一般の方の場合、中層の武具を装備できない方がいます。基礎的な肉体の強度が指標になっていると聞きます。試着してみましょう」
店員に手伝ってもらいながらラースオーガ装備を付けていく。
すべて着ける必要があるか分からないが、気にせず着ていく。
胴は脇腹にあるベルトで調整するもののようでそこだけ革が二重になっていた。
腕は前腕から手の甲付近までのガントレットのようなものだった。こちらは腕に少し黒っぽい金属が付いていた。金属で防御力を上げているのだろうか。
肘当てと膝当てはよく見るプロテクターを革で作ってあるものだった。
肩当ては胴に取付用のベルトが付いてあって一式でつくってあったことを知った。
腰回りは革でできた短いズボンに前掛けが前後共についているものだった。これも大きさの調整は外側のベルトでできて、そこだけ二重になっていた。
これに帽子、ブーツ、手袋をつけてラースオーガ防具セットが完成した。
「どうですか? 動けますか?」
動けなかったらどうしようと思ったが、そもそも着ているときに動けたんだから動けるだろうと両手を上げてみる。
「上がった」
腰に手を当てて上半身を前後させる。
「動ける」
腿上げをしてみる。
「動けます、店員さん」
「そのようですね。この背嚢も背負ってみてください」
腰から首元までの背嚢は胸、腹、腰にベルトがあって動きの邪魔にならないように固定できるようだった。
これも先ほどと同じように問題なく動くことができた。
「それでは会計しますので防具を外してください」
そう言われ防具を外していると、店員はカウンターから出て布と保湿クリームが入っているような容器をもってきた。
「こちら防具の状態を最適に保つための魔物革専用のクリームです。探索した後にはできるだけ手入れしてあげてください。こちら定価二万円ですが、今回はサービスさせていただきます。これらの商品、ラースオーガ装備、帽子、胴、肩、肘、膝、腿、ブーツ、手袋、背嚢の九点と表層攻略セット、魔物革専用オイル、クロスの十二点で百万円です。カードよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
カウンターに並べられた商品を見ながら、深夜帯で通販サイトを見てしまって衝動買いしてしまったような気分になった。
まあ、夢に向かって嫌でも二歩目を踏み出せる、いい状況に持って行けたのだと思う。
その後、店員と一緒に装備を買い物かごに入れて俺の車まで持って行っている途中、探索者であろう人達が入ってきた。
四人組で男女二人ずつのパーティーなのだろう、彼らが入ってきただけでここは賑やかになった。騒がしいという人も、もしかするといるだろうが賑やかというほうが似合う。
女性の年齢はパッと見分からないから定かではないが、二人とも俺よりも若く見える。
男性の内一人は俺よりも若く、もう一人は俺よりも明らかに年上だ。
ラフな服装で来た彼らは受付に装備を補充しに来たといった。
表層攻略セットにも入っている回復薬とかを買いに来たのだろう。
出口に向かうため彼らの近くを通り車に荷物を積み込む。
「十二点すべて積み込みが終わりました。本日はお買い上げありがとうございます」
「ありがとうございました」
車に乗り込みルームミラーで後方を見ると店員はこちらが去るまで見送るつもりなのか、こちらを見ている。
ネームプレートには平仮名でやまかみと書いてあった。
そのさらに後方には先ほどのパーティーが受付を抜けて、購入するために装備品売り場へ向かっているのが見えた。
アクセルを踏み探索者協会の駐車場を出ながら俺もパーティー組みたいなと思ったものの、そもそもダンジョン入ってないと思い、一歩ずつ前進すればいいと考えなおした。
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免許の発行された翌日。
今日からダンジョン探索と行きたいところだが、今日は金曜日。
予定としては今日道場へ行きダンジョンに行くことを報告、木刀をどうにかもらう。
明日は装備を持ってダンジョンの表層を探索するつもりだ。
今日も昨日と同じく上河に少しずつ仕事を教えている。
上河自身も間違えても俺がフォローできる環境にいるため、間違いながら覚えていっている。
俺が来た頃は間違えたら怒られて、理解してやり直しをしているわけではなかったから苦痛だったのを覚えている。
今日の仕事も昨日同様に問題なく終えることができ、そのまま道場に向かう。
道場は平日、毎日しているが休祝日は師範に言っておけば大体開いてもらえる。
道場に着いたのは18時50分、山近くになると渋滞もなくなりいつもよりも早く着いた。
階段を上がって道場に入ったら師範以外は誰もいなかった。
学生らは休みのようだ。
「こんばんは、師範」
「こんばんは、ソウ」
「えと、探索免許証を発行してもらいまして、明日にはダンジョンに潜ろうと思っています」
「ほほぅ、ようやっとか」
「はい、それで相談なんですが。鍛錬用木刀を探索の武器として使いたいと考えていまして、借りられますか?」
現状は表層しか向かうつもりがないため木刀を借りたい。
魔物とはいえ生き物を殺す感覚に俺が適応できなければ昨日の百万円は無駄になるだろうが、そうなれば勉強代と考えることにしよう。
「なんだ、そんなことか、帰りに好きなのを持って行きなさい」
師範は柔らかい笑顔で許可をくれた。
「ダンジョンに潜るのであれば、いつもとは別の訓練をせねばならんの」
そう言った師範は両方の口角を上げていたずら好きな子供のような笑みを浮かべた。
「ダンジョンに潜るからこそ、いつもの訓練をして調整するべきです、師範」
「それをしながらできる訓練がある。これは誰でもできるが常時これをできるようにならねば意味がないからな、起きている間は訓練を怠るでないぞ」
「わかりました。結局どういう訓練なんですか?」
起きている間できる訓練。歩き方とか姿勢とかだろうか?
「呼吸とそれに付随する姿勢だ。しっかり見ておくんだぞ」
そう言って師範は肩幅に足を開いていたところから少し重心を落とし、呼吸を始めた。
分かりやすくしているのか、呼吸の音が聞こえてきた。
しかし、呼吸しているのに体に動きがほぼない。
肩や胸はほぼ動いていないのに呼吸は続いている。
「よし、ワシは今からソウを押すが押されないように耐えるんだぞ」
「はい」
急に言われたが重心を低くして師範が押してくるのを待つ。
呼吸が分かりづらいから、いつ押してくるか分からなかったが師範との距離はそこそこあったため、押されても大丈夫なように構える。
走って距離を詰めてくる師範は、倒れまいと前後に足を開き、前のめりになっている俺の両肩に手を添えた。
そしてそのまま、もう一歩踏み出した勢いと、添えた両手を伸ばして俺を押した。
体重は六十キロ以上あるのだが、師範によって押された。いや、押されたというよりも飛ばされたと言った方が正しい。
両脚は床から離れて体は宙に浮き、尻から着地した。
「師範! 今のは何ですか?」
「呼吸法と身体操作の賜物よ、ソウも早いうちに覚えるといずれできるようになるぞ」
「わかりました。師範、教えてください」
「分かった。一先ずやり方を教える」
まずは大きく呼吸をして肩が上がった場所で肩を動かさないようにする。背筋が鍛えられれば簡単にできるらしい。
次にお腹の下、丹田を意識してそこの力を入れながら呼吸をする。この時、師範のように軽く重心を落としておくことが重要とのこと。
簡単に言うと、丹田に力をいれながら分かりづらく呼吸をして重心を落とす。
「習うより慣れろだ。やってみな」
そう言われたため、まずは深呼吸をする。
分かりやすく呼吸をして体の動きを理解する。
息を吸うと同時に胸郭が広がり肩は上がる。
吸った空気をお腹まで送って力を入れる。
さらに下腹部にも力を入れながら、重心落とす。
段々出来てきた。
「よし、そのまま五分だ」
出来てきたがそれは無理だ。
五分も力を入れて耐えられない。
「師範、五分は無理です」
「できるところまで耐えるんだぞ」
そう言われ、出来ていなければ逐一指導が入り恐らく五分経過した。
「はい、終了」
知らぬ間に出ていた汗を拭いながら、思っていた以上に速い呼吸を整える。
「ソウ、無駄に力が入りすぎだ。全力じゃない、力を込めておくだけだ」
「そう言われても下腹部とか力入れづらいですよ」
「そうか? 膀胱に力を入れるのと同じだぞ。下腹部が難しいならお腹を膨らませる為に入れる力を膀胱まで届かせればいい」
師範のようにイメージで筋肉まで反応させられない俺は膀胱に力を入れることを思い出す。
トイレと同じだ。
「師範、トイレ行ってきます」
「わかった。五分後には再開するぞ」
五分の間にトイレで下腹部に力を入れる方法を大便により思い出した俺は、道場で師範からのゆっくりとした攻撃を呼吸法を継続しながら避けていた。
「師範、まずは走るとか歩くとかじゃないんですか?」
「使う状況が限られているなら問題ない。だがソウ、お前は探索者だぞ。いつ何時誰が攻撃してくるか分からない。眠るときもできた方がいいが出来ないならば、起きている間はいつでも、どこでもできるようになっておいた方がいい。だから今、緩急つけて攻撃してるんだぞ」
それからは呼吸法を試しながら攻撃を避ける以外にも攻撃したりもした。
「師範、これいつまでするんですか?」
「今日はこれまでだ。これからは道場で普通に訓練しながら呼吸法をしてもらう」
そう言われ道場の時計が二十時になっているのに今気づいた。
「ソウ、これを持っていけ」
渡されたのは鍛錬用の木刀だった。
普通の鍛錬用木刀の場合、柄は普通の木刀の太さなのだが、ここのは木刀自体が少し太く色によって重さ分けされている。
俺が渡されたのは黒色の木刀で重さは五キロほどだ。
一番重いのは薄茶色の木材の色をした木刀で十キロある。
「ありがとうございます、師範。お借りします」
「そいつで魔物を殺すんだから返さなくていい。しっかり帰って来いよ」
「はい、もしもの時は木刀置いてでも逃げます」
「はっははは、冗談言えるんだから問題ないな」
冗談ではないんですが、師範。無理だと感じたら逃げます。
「はい。今日もありがとうございました、師範。おやすみなさい」
「気を付けてな、ソウ。呼吸を忘れるなよ」
師範にそう言われながら道場を出た。
明日はダンジョンだ。
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今日の探索は順調だったと言えるだろう。
当初の目標である六層にまで行けたし、連携の訓練もできた。
しかし、連携の訓練で魔力回復薬を多く消費してしまったから探索後の今、探索者協会へ買い物に向かっている。
「タクト、マナポーションは買っていいんだろ?」
「一人一本だったらな」
コウキが聞いたのはポーションがとても高額だからだ。
マナポーションはダンジョンから出てきたもので、魔力回復薬はそれをもとに人間が作ったものだ。
違いは回復量と消費期限だ。
魔力回復薬はマナポーションに比べ、回復量が少なく、消費期限がある。マナポーションには消費期限がない。だから高額だ。
そこから特に話すこともなく、協会の駐車場に着いたのは十九時四十五分で他に車が五台ほどあった。
入り口のドアを四人で抜けると防具らしきものをカゴに入れてこちらに近づいてきている、店員と恐らく探索者がいた。
相手もこちらに気付いたようだったが、目礼して駐車場に出ていった。
年齢は私よりも年上だろうか。
「シオン、行くぞ」
「うん」
コウキに呼ばれてみんなと一緒に装備品売り場へ向かう。
知らない人に興味持つよりも明日のために準備しないと、明日からは本格的に連携の訓練をするんだから。
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