第3話 現状2

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 俺の日常は朝の七時から始まる。

 七時に起きて、朝食を食べて七時半には家を出る。

 八時十五分には職場に着いて八時半から就業開始する。

 特に楽しみもなく、たった二年されど二年、仕事に来て最初に感じていた嫌という感覚もなく今では機械のようにPCに向かって作業するだけだ。

 仕事において俺が徹底しているルールがある、それは仕事中電話がなっても絶対に取らないことだ。

 誰も彼もが誰かとるだろうと顔を伺いだして仕事の手が止まるのだが、俺は取らない。

 上司に怒られても取らないし、同僚から、はぶられても取らない、二年目から飲み会に誘われなくなったがもちろん取らない。

 今では有線のイヤホンをして仕事をするくらいだ。専門性の高い仕事という訳ではないが、面倒な作業が組み込まれているため基本的に他の人はやりたがらない。

 今日も画面を見つめて大体三時間、十一時半に仕事をいったん中断してご飯を食べに出かける。

 他の人はまだ仕事をしているが俺は特に気にせず出かける。

 俺に対しての問い合わせは大体この時に机の上に書置き等で行われる。

 このように俺に関わることを拒否しているのに俺の机は職場の真ん中付近、端に移動させてくれればいいのだが。

 昼飯は食べに行くことが多いのだが、今日は職場の入った建物のそばにある公園で食べる。

 そのために今、建物一階のコンビニに行っている。

 いつもはエレベーターで向かうのだが、今日は道場で習っている歩法を練習するため階段で降りている。職場が七階だ。

 昨日の訓練で二撃目の打ち込みが遅くなったのは体重の移動が遅れたせいだと考えた。

 弾く一撃目に重点を置きすぎたこともあるだろうが、そもそも刀で弾くことよりもいなすこと、もっと言うと当たらないことの方が重要だ。

 体幹を鍛えて移動の時に流されない体が必要だ。

 階段を降りながら足を横に開き膝を横腹まで上げて階段を下っていく。

 時々しているのだが前回したときよりも楽にできるようになっていた。

 それにうれしくなり調子よくリズムよく降りているとエレベーター側から話声が聞こえてきた。

 今はたぶん三階でうちの会社の階ではない。

 しかし聞こえる声はうちの会社の他人だ。

 ゴム底の本領発揮とばかりに静かに歩いてエレベーター側から死角の二階の踊り場まで降りていると内容が聞こえてきた。

「そういやあんたって銅のこと知ってたっけ?」

「一応は知ってるけど、面倒な仕事を黙ってしてるんでしょ?」

 俺の話。

 この女、俺が昼飯食べるの分かってこの時間から話してるな。

「確かにね。してるけど、なんだか気に食わないのよ」

「ムスッとした顔が気になるだけじゃない?」

 俺ってムスッとしてたのか、顔。

「あんた、顔知ってたの?」

「私人事だし、そういえば銅って道場通ってるらしいけど知ってる?」

「道場? ここら辺で言えば黒川道場だけど、そこ?」

 あれ、結構バレてるじゃん。

 バレたらバレたでいいと思ってたけど、どことなく隠すつもりはあった。

「彼氏が迎えに来てくれって言ってきたから、仕方なしに行ったら、ムスッとした顔で素振りしてた」

「それで?」

「彼氏が言ってたけど、もう合格もしてて講習も受けて免許の発行だけ、らしいのに道場通って、ダンジョンに潜ってないんだって」

「なーにそれ? ハハハハハ。合格してるのに行かないのって道場行く意味。ハハッハハッはあ」

 お前の彼誰なんだ?

 それよりも、笑いすぎだろ。

 ダンジョンに挑む人って何となくで挑む人は案外すぐに見切りをつけてやめる人か本気の人ばっかりなんだよな。

 だからダンジョンへ行くために道場通っているとかバレたらバカにされると思ってたんだけど、そもそも動かずに準備運動していた時点で笑われるとは、そろそろ踏ん切りをつけるべきなのかもな。

 そこから盗み聞きもせずにコンビニでおにぎり三つ買って公園に向かった。

 いつもと同じく公園には誰もいなかった。

 ベンチに座り、踏ん切りをつけるためにこれからの予定を考える。

 まずは合格通知と仮免許をもって探索者協会に向かい免許を発行してもらう、これは元々の予定。

 それからが重要だ。

 武器を防具を購入しなければならない。なんならダンジョン産の回復薬があれば、尚いいんだが、そこはお金と相談だ。

 武器、防具と荷物を運ぶ用のバッグ、お金足りるかな。

 ボーっと空を見てたそがれているとスマホからアラームが鳴る。

 十二時十分のアラーム、十五分から仕事を再開しないと定時に帰れない。

 いつものように少し早足で向かうと廊下から聞こえていたざわつきが一瞬にして消えた。

 あの二人が話したのだろうか。

 そうであれば仕方ない、笑われるようなことをしているわけではない、人よりも勇気が必要なことをしているだけだ。そう、考えて気にしない。

 机には書置きが置いてあった。いつも思う、メールでいいだろうに。

 連絡事項は二件。

 社内アンケートに答えること、もう一つは社内報の記事の作成を再来週までに行う事。

 社内アンケートは確認してみるとサブワーク導入の可否だった。

 可にして回答を終える。

 社内報の記事作成はあなたの趣味を写真とともに掲載して総務課に提出することとあった。

 総務課に直接メールすることとある。

 写真は一枚なのに文字数は四百字以上とある、多すぎる。仕事が早く済んだ時にでもしよう。

 確認を終えると周囲の同僚たちが立ち上がって部屋から出ていく、十二時十五分になったようだ。

 これから下手すれば二時間ぐらい帰ってこない人もいる、外回りだとか言ってそんな仕事ないのに。

 仕事をさっさと終わらせて定時で帰る。探索者協会は二十時まで開いているが、会社からは遠いから定時で帰らなければ免許の発行が遅れるかもしれない。

 それから四時間、十六時十五分まで問題なく仕事を続けることができた。

 定時は十七時半、実労働時間八時間の仕事だ。

 もう仕事としては今日の分は終わっている、しかし暇していることがバレると無駄に仕事を頼まれてしまうから今は明日の仕事をしている。

 その後はなにも仕事を頼まれることもなく、現在時刻は十七時、このくらいになると自分の机を掃除したり床を掃除したり仕事を終えて掃除をしだす人が増える。

 俺もその流れに乗っかろうと机周辺の片付けを始めると靴底の固い音が聞こえてくる。

 大体の人は音の少ない靴で歩く時も音を立てないよう、無意識的に意識しているのだが、自らの事を周囲に知らせるかのように歩く人物は、この会社のこの建物では一人だけだ。

「銅くん、これ明日までに頼めるかな?」

「主任、今日は用事があるので帰ります。他の人に頼んでください」

 主任だ。

 係長と課長もここにはいるのだが、その二人よりも横柄だ。

 その二人の方は話が通じる。

「そうか。それはあれか……道場に、行くとかか? イひひひひひっ。夢を見るのは構わないけど、会社でまで夢を見続けられても困るなぁ?」

 こういう時の対処法は簡単だ。

 冷静に対処して周囲の目を嘲りから奇妙なものを見る目へ変えることだ。

「はい、そうです。ですので他の人に頼んでください」

 周囲の人の視線があるのだろうが恥ずかしくて周りを見たくない。

「そうか。それなら、早く、帰るといい」

 嫌味たらしく言われたその言葉に煽るかのように返事をする。

「はい。お疲れ様です」

 わざとらしく元気に声を出して言う。

 こうやって相手にされたことを返している自分の行動がとても子供じみていて成長していないと感じる。

 最近、こういう嫌味が多くて我慢していたから不満が少し噴き出てきたようだ。

 抑えなければ周囲となじめていない俺は異物と認められると潰されてしまう。

 そこから誰にもちょっかいをかけられることなく、十七時三十分になった。

 エレベーターを使い、駐車場まで急いだ。

 この時間は少し渋滞しているため帰るのに一時間かかる。

 車内からは毎日のように同じ景色を見ているのだが毎週変わるところがある、ガソリンの値段だ。

 今日は昨日と変わらず一リットル当たり百六十五円だ。

 子供の頃は百三十円台だったらしいが本当だろうか?

 この車はガソリン車だが最近は電気自動車も増えてきた。俺自身も通勤で使ったり道場行くのに使ったり近場にしか行かないから最近は電気自動車にしようかと考えている。

 ただ少し高いのが選ばない理由だ。

 二百万円台だったら間違いなく買うのに。

 ランニングコストが安いとかそう言うのもあるだろうが俺は一括で購入できるか、固定型の残クレじゃないと買わない主義だ。

 大体一時間で家に到着した。

 バイクのカバーを外して玄関まで持って入る。

 今日の夕飯はファストフードと決まっているから特に準備することもなかったため、部屋からヘルメットとグローブ、バイクの鍵、耐摩耗性に優れた夏用のバイクジャケットを着て、小さめのワンショルダーバッグを持った。

 バッグの中に車検証、合格通知、仮免許と財布を入れて玄関を出る。

 ブレーキディスクに付けている鍵を外し、リアホイールに付けているロックを外して玄関まで持っていき家の鍵を閉める。

 バイクは手軽そうとか涼しそうとかいう人たちがいるが安全を考慮した場合はそうじゃない。

 ヘルメット被ってグローブしたり、暑いのに長袖長ズボンだったり、盗まれたら嫌だからカバー掛けて重いカギしなきゃならなかったりする。

 鍵を差し込んで捻り、セルスターターを押すと鼓動感ある音が聞こえてくる。

 二気筒ミドルアッパーのバイクは最近、国産、外車ともに増えてきている。

 俺が購入するときに重視したのは軽さ。

 重いと乗るのが億劫になったりするタイプの人間だから、最も軽いネイキッドをこの排気量で選んだら外車になった。

 軽さのおかげで道場に行くのも休みの日はバイクで行くようになった。用意するのは面倒だが。

 バイクに乗り携帯でナビを設定した。そのままスマホはハンドルに付けているマウントに装着したが、到着予想時刻が十九時半だった。

 免許発行の最終受付がその時間だったはずだからギリギリだ。

 インカムがスマホと接続されたのを確認して探索者協会に向かった。

 向かい始めて二十分くらい経った頃、音楽を遮って会社から連絡が入ってきた。

 出たくないのだが、明日の仕事に響くような事だとより面倒になるため潔く電話へ出た。

「もしもし?」

『もしもし、銅さん、ですか?』

「はい」

 聞こえてくる声は最近採用された新人だ。俺の二個下になるのかな。

『あの、上河です。今大丈夫ですか?』

 大丈夫かと聞かれたら大丈夫じゃないと言いたくなる性分だが、新人相手にそれをするべきではない為、穏やかに答える。

「今、大丈夫です」

『え? ほ、本当に、大丈夫ですか? 敬語使って話してくる時って何かしてる時だけですけど……』

 俺の思う穏やかと新人の思う俺の穏やかは違っていたみたいだ。

「いや、ダイジョブダイジョブ。なんかあった?」

『はい、あの、銅さんの断った仕事が僕に回って来たんですけど、ちょっとよく分からなくて』

「はあっ⁉」

『いや。あ、あの、ご、ごめんなさい!』

 思いのほか低くて脅すような声が出ていたのだろう、新人が即座に謝ってきた。

「上河に対してキレたんじゃないよ、新人に回す仕事でもないだろうからキレたんだって。というかどういう風に回って来たんだ?」

 頭のおかしな連中だとは思っていた。それでも同僚たちは陰口叩く程度のものだと思っていたが、あれか、俺が断ったから新人に仕事が行って仕事が終わらなかったら、俺がそもそも断ったからっていうつもりなのだろうか?

「えっと、僕の教育係が今日付けで銅さんに変わったみたいで前任は下村さんでした。それで教育係、いわゆる先輩の仕事は後輩が片付けるんだと主任のほかにも下村さんから言われて、えっと、することになりました」

 開いた口が塞がらない。

 バイクに乗りながらイライラしていると碌なことにならないからコンビニで停まって電話を続ける。

「下村さんて、あの細かいこと気にするくせして自分の体形気にしないババアだよな」

『確かに細かいことを気にする方ですね』

「というか教育係変わるとかいつ言ってたんだ。連絡なかったけど」

『十八時頃です』

「時間外だよそれ。マジか、進捗どうなん? 全く分からん?」

『はい、二割くらいしか分かりません』

「そらそうだ。教えてねえから、はぁー分かった。今から会社行くから、残業できるか?」

『はい、残業できるか聞かれてできますって言ったら残されたのでできます』

 なんというか新人なのに苦労してるな。俺も関係あることの所為で。

「二時間くらいかかるかもだから、仕事なかったら遊んでていいぞ」

『遊ぶってなにかできるんですか?』

「会社から歩いて十五分くらいの所にゲームセンターあるくらいだけど」

『自分の仕事終わってないので終わらせます』

「わかった、すぐ向かう」

 電話を切ってすぐにエンジンをかけて会社に向かう。

 これから新人には悪いが下村さんを潰すために頑張ってもらわなくてはならないな。


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 今日こそダンジョンに潜ったが、また問題があった。

 この周辺のダンジョンは基本的には中層までも魔物しか出ない初心者から中級者にちょうどいいダンジョンだ。

 探索者は探索者協会の、というより、鑑定技能によっていくつかの色に分けられる。

 紫、青、赤、黄、白、色なしだ、一部では黒もいるらしい。

 私たちは赤で中級者だ。

 鑑定技能では魔力の馴染み具合を見ている。強くなればなるほど魔力は馴染み色をなくすらしい。私は見たことがないが。

 そしてこの周辺のダンジョンは初心者から中級者向けで、中級者となると私たちのパーティーしかいないらしい。

 それを言われたのが探索者協会に、このダンジョンに潜る届け出をしに行った今日だった。

 一応、他の探索者も潜っているらしいが初心者ばかりだそうだ。

 このダンジョンの最深部では現在、中層から中深層で出現する武装しているオーガが目撃されているらしく協会は赤もしくは黄の中級探索者を他の支部から派遣してもらおうとしていたところだそうで、ちょうどいいと私たちに最深部の武装しているオーガ討伐の依頼が出された。

 もちろん協会側も慣れないダンジョンですぐに討伐はできると考えてはいない。

 討伐の期限は二か月後で早ければ早いほど報酬はいい、連携の訓練とこのダンジョンに慣れることを考えて一か月後を目標とすることにパーティーで決めた。

 ダンジョンまでの移動は人によるが私は今、タクトの車に乗っている、コウキも一緒だ。

「ただのオーガを倒した実績はあるけど、あの時どう倒した?」

 倒した覚えはある。ただ、みんなボロボロになった覚えもある。

「覚えてないのか? 皆で左足のアキレス腱をぶった切ってやろうって」

「そうそう、タクトも隙あらばシールドタックル決めてたし」

 そんなだった?

「切ったのは覚えてるけど……」

「コウキ、俺がシールドタックルをしたのは切った後だ。アキレス腱切ったらより動くようになったろ」

 タクトが運転しながら助手席のコウキに確認する。

「ああ! 調べたら角が二本ある個体はそういう技能があったんだっけ、部位欠損や体力の減少で発動する技能」

「そうだ。オーバーワーク、体力の減少を無視して動けるようになる。体力の減少というより痛みを低減するものだったな」

 そんなのだったか。結局どうにか倒したのは覚えている。

「重い一撃を決めてもすぐに向かってくるから辛かったな。最後はナナカの弓で決まったんだったか」

「そうそう、シオンの一撃が効いて動きが止まって、ナナカが近くまで来て目ん玉に撃ち込んだんだよな」

 話を聞いているうちに思い出してきた。

 確かにそうだった、遠距離から撃って魔物に少しずつダメージを与えるナナカというイメージを変えたのはあれからだった。

 後ろから足音軽く走ってきてジャンプ、顔まで近づいて弓を撃ち込み、ダメ押しとばかりに目を蹴って離脱するその動きを見て、私の見えない後ろではアクロバティックな弓使いが援護していると思うと心強くなった。

「件のオーガにたどり着くまでにそもそも問題がないわけじゃないぞ」

 タクトの言葉に私達は黙って聞き始める。

「一から五層は基本的なダンジョンの表層魔物が出てくる。稀に同種もしくは混成のパーティーで出てくるらしい」

 表層魔物はネズミ、ウサギ、イタチ、犬、猫、狼などだ。魔物というよりも動物だろう、ちょっとした違いはあるが。

「六層から十二層は表層から表中層の魔物が出てくる。表層の魔物はパーティーで表中層の魔物は十層からは稀にパーティーで出てくるらしい」

 表層魔物は探索者なりたての初心者が戦闘経験を積む相手。

 表中層から出る魔物は中級以降の探索者が最も多く戦闘をする相手だ。というのもこれ以降は同じ魔物の装備が違っていたり、パーティーを組んでいたりというのが続くからだ。

 魔物はゴブリン、コボルド、オーク、オーガなど道具を使い戦闘をするタイプのものが多い。

 道具を使わない技能や肉体的な能力に特化した魔物は中深層から出てくる。

 話を聞いている限りでは普通のダンジョンなのだが何が問題なのだろうか?

「問題は十三層から最深部の十五層までの魔物だ。ここは普通のダンジョンと同じように表中層から中層の魔物が出てくるが、数が多い。もちろん倒せなくはないだろう。でも出来るなら討伐対象のオーガ以外の魔物に見つからないように動きたい」

 それは難しいだろう。

 普通のダンジョンでさえ割と魔物と会うのに数が多いとなれば戦闘音で駆けつけてきそうなものだ。

「だが、それは無理だろう。最深部にいても他の魔物もいるだろうしな」

「それより、中級者は俺達以外いない状況で、どうやって最深部にオーガがいるのを分かったんだ?」

 コウキの質問にそうだろうなと言わんばかりの顔で頷きながらタクトが説明してくる。

「それは三か月に一回行うスタンピード調査で協会職員が見つけたからだそうだ」

「スタンピード調査ってなんだっけ?」

 コウキの疑問に私とタクトは一瞬目を合わせた。

「うそでしょ?」

「お前本気か?」

「え? なに?」

 当のコウキは本当に分からないような顔をしているからそうなのだろう。

「お前な、そもそも探索者ってのはスタンピードが起こらないように事前にダンジョンを間引いておく者たちのことで、その一環で探索だとか一攫千金だとかがあるんだぞ」

「緊急時の招集とか覚えてない?」

 心配になって思わず聞く。

「それは覚えてるけど、そもそも緊急時って何なんだ?」

「緊急時ってのはな、スタンピードの起こる前兆があったとか、ダンジョンから魔物が出てきたとかそういうのだ。探索者たちは何にも押して招集を受け付けなきゃならんのだ」

 コウキが思いのほかギリギリで一種の免許試験を突破したのが分かった。

「コウキ、探索者の常識しらないと探索者の相手できないよ。それでよく試験突破できたね」

「分かってるよ、試験の時は公務員試験の勉強も並行してたんだよ。早いうちから頑張ろうって」

 その話を聞いて、眉を上げ、目を見開き、体を少し前に寄せて、本当に⁉ と言わんばかりの顔をしてしまった私は軽率だった。

「あ! シオン、お前本気かって思っただろ。成績は振るわなくても少しずつ俺の頭に刻まれてるんだよ」

「ごめん。確かに最近成績よかった、て言ってた」

「言ってたって、お前に言ったんだよ、あの時。他人事みたいに言うけど」

 何となくこのまま話していればヒートアップしそうな予感がした。

「お前ら、もう着くぞ。準備しとけ」

 タクトの言葉にとくに返事もせずにコウキも準備を始める。

 時々、こういうケンカのようなことは起きるが、ダンジョンに潜るのであれば話は変わる。

 私も静かに準備を進める。

 大きなバッグの中に着替え、鎧一式と戦闘中に持つ用のレッグバッグが入っていることを確認した。レッグバッグの中身はポケットに回復ポーション二個、バッグの中に包帯、ガーゼ、テーピングだ。

 そして車の後席から前席の途中まで伸びる細長い金属塊を見て問題ないと確認を終える。

 確認を終え前を見るとダンジョンに併設されている建物が見えた。

 私は一つのダンジョンしか潜ったことがなかったため知らなかったが、同じ建物だった。

 建物の周囲には駐車場があり、駐車場の入り口は警備員がいて探索免許証の提示を求めている。どこも同じようだ。

 私たちの番になるとタクトが持っていた三人分の免許証を提示して確認を済ませる。

 駐車して建物に入っていくと、ここもいつもと変わらずだった。

 正面すぐに多くの受付があって、ここの受付は空港の保安検査のようなものだ。

 今回のダンジョンでの予定を言って、手荷物検査、上着を脱いで金属探知機を通り問題なければ、X線を通ってきた手荷物を回収して更衣室に向かう。

 着替えたら更衣室から出てすぐの場所で集合となった。

 女性用の更衣室も今までの所となにも変わらず、施錠可能なロッカーとシャワーとトイレがある。

 入り口に近いロッカーで着替え始めると後ろの方から段々と足音が近づいてきた。

 すぐ後ろまで足音の主が来ると右肩を二度叩かれた。

 左から振り返ると頬に指が当たる。

「はい、アウト」

 そう言ってきたのは着替え終わったナナカだった。

「今日は左だった、案外分からないもんだ」

「戦闘中は背後からの攻撃も対処できるのにこういう時は何でできないのか? そんなことよりさ、遅くない? 連絡してから二十分よ」

「ごめん。タクトがガソリンスタンドで並んでたんだ」

「今日は何をするか聞いた?」

 着替えながらナナカと話しているとちょくちょく更衣室に人が入ってくる。

 女性の探索者というのはやはり少ないため、こういうところで話をしてみてパーティーを紹介してもらうのも手かもしれない。

 車で話している感じだとコウキは手ごたえがあるみたいだし、これからの事を考えなければ。

「ダンジョンの説明を受けただけ」

 それからは特に話すこともなく、着替えを終えた。

 そこそこ大きな剣を背負ってナナカと一緒に更衣室を出ていく。

 更衣室を出るとタクトとコウキはもう待っていたようでこちらの更衣室出口を見ていた。

「おっ、ナナカ来てたのか」

「そっちが遅れてるんだけど? もういいよ。それより今日何するの?」

 ナナカが尋ねるとタクトは悩んだ末に答える。

「連携の訓練をしたいが、今日はできるだけ六層まで行くことを考えよう。連携の訓練は明日以降だ」

「確かに相手の頭数が増えないと訓練し辛いし」

 それもそうか、私としては早く訓練してオーガに挑戦したいと思っている。

「それじゃあ、行くぞ」

 いつもの順番、コウキ、私、ナナカ、タクトの一列でダンジョンを進み始めた。


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 現在時刻は十九時四十分、案外早く会社まで着いた。

 地下駐車場に降りて後続がいないのをいいことに入り口ゲート前でエンジンを停止して、バッグの中の財布から駐車場の社員用ICカードを取り出して、ゲートを開けた。

 エレベーターまで行こうとして、そういえばと思い、スマホで上河に電話をかける。

 呼び出し音が三回ほど聞こえて上河が電話に出る。

「もしもし、仕事終わったか?」

『はい、十分ほど前に自分の仕事は終わりました』

「仕事終わらせてから飯にするか、飯の後に仕事をするかどっちがいい?」

『お腹は空いてます、仕事に集中できないくらい』

 俺よりも食べ盛りなんだろう。俺もお腹は空いているが仕事を済ませてから食べたい派だ。

「そこの鍵の閉め方覚えてるか?」

『? はい。窓とドア、全部鍵かけて警備のスイッチ入れるんですよね。で鍵は観葉植物の鉢の下ですよね』

「今日、車?」

『? はい』

「それじゃ、カギ閉めて警備かけて、車運転できる用意をして飯食いに行くぞ」

『本当ですか、分かりました。ちょっと待ってください』

 上河が来たのはそれから二分後だった。

「銅さん、バイク乗ってたんですか?」

「うん、それより何食べる?」

「んー、中華が食べたいです」

「宝華亭だな、ここから二十分くらいだ」

「分かりました、車こっちです」

 上河に呼ばれて向かった先で俺は目にしたくないものを見た。

 俺の今の年収では買えない車がそこにはあった。

「上河、これお前の車か?」

「はい、両親はエントリーモデルがお前にピッタリだと言って、買ってくれました」

 車を初めて乗るエントリーではなく、大排気量車の中でエントリーなのだろう。

「乗ってください」

「あ、ああ」

 座席数二席、四リッターのV型八気筒ターボエンジンだ。

 どうにか席に着き、発進するのを待っているとエンジンがかかった。

 その振動にびくっと体が反応するが無視をして何事も気にしないようにとスマホにナビを表示した。

 そこからの事は道順を指示したことしか覚えていない、気にしないは無理だった。

 見晴らしのいいその車の席から正面に来る車のナンバーを四則計算で十にするのでも無視はできなかった。

 店についてテーブル席に2人で座り、料理が出てくるのを待つ間に思わず聞いた。

「上河、なんでうちに入社したんだ?」

「就職して働いて生活するためです」

「あの車買う財力があったら、働かなくても良さそうだけどな」

「両親曰く、社会見学みたいなものらしいですけどね。働くことがどういうことか理解したら仕事を継がされるらしいです」

 ここは田舎だから自転車じゃなく軽自動車で、なおかつ、くたびれたスーツ、ワンルームのアパートじゃないと働く苦しさは分かりづらいぞ。

「そうか。うちで仕事をするってことが分かったから、教育係として俺は仕事を教えるから」

「わかりました。あっ、来ましたよ料理」

 上河に言われてすぐにテーブルに皿が置かれる。

「麻婆豆腐と醬油ラーメンセットね、会計の時この紙もってきてね」

「はい」

 俺は麻婆豆腐、上河は醬油ラーメンセット、上河の方が四百円高い。

「上河、これからの予定話すから、しっかり聞いてくれよ」

「はい」

「今日は簡単な作業を上河に任せて、後は俺がする。明日から少しずつ俺の仕事教えていくから。そういや今の仕事って大体どのくらいで終わるんだ?」

「十六時くらいですね。あとは締め切りが月末の仕事を少しずつしてます」

「そうか、それじゃ、朝一時間教えるから覚えてってくれ。上河が覚えたら俺は下村さんの仕事を少しずつなくしていって果てには、あの人がいる意味はないと周りに思わせたい、っていう理想な」

「根に持つんですね」

「それはもちろん」

 それから飯を食べ、会社で仕事を済ませ、帰り着いたのは深夜零時だった。

 いつものルーティンもせずに明日の用意だけして眠った。

 翌朝も変わらず通勤しているとラジオから毎度おなじみの幼児による、ダンジョンの注意喚起が流れてきた。

『ダンジョンには近づかない。武器を持ってる人には注意する』

『中高生のダンジョンへの侵入が時折あります、みなさんも注意を促してください。SA、探索者協会が八時をお知らせします』

 探索者は必要な存在だし良い人もいるが、ある程度のお金を持って試験に受かればだれでもなれるものだ。人柄がどうとか犯罪を起こさない限り問題ではない。

 時報の後十五分もしないうちに会社へ到着した。

 会社についてまずしたのは今日の仕事の確認、いつもと変わらない仕事量と分かったらその仕事から上河に教える箇所をピックアップしておく。

 八時三十分、始業だ。俺は上河の下へ向かった。

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