第2話 現状
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俺には夢がある。
だが最近それは、俺がただ妄想しているだけの事じゃないかと思うようになっている。
ダンジョンに潜ることそして、できれば伝説になって語り継がれたい。
そんな夢だが、現状は仕事をして道場に向かい訓練、そして帰って寝る。そんな生活だ。
免許を発行してもらうための合格通知書ももらっているがダンジョンに潜っていない。
勇気が出ないのもそうだが、現状上手く生活できていることもあり、怪我でもして無駄に金がかかればと考えるとなんだか無駄なことをしているような気がしてくる。
確かに俺の夢は生活には必要ない。
しかし、今の生活を変えてもよさそうなロマンがあって悩み続け道場に通っている。
今も道場前の駐車場に車を停めて道場への階段を上っている。
足音が聞こえ見てみれば、降りてくる学生が見える。
「おつかれさま」
そう一声かければ。
「さよなら」
「おつかれ」
「バイバイ」
「おつかれさまです」
口々にそう言ってくれるが、彼らは俺の耳がなくなってから言うのだろう。
『アイツまた来てるぞ』
『いい加減諦めろ』
『師範も歳なんだからこの時間から来るなよ』
『私よりも早く始めて進みが遅いんだから諦めればいいのに』
まあ、これらはすべて妄想だ。
彼らがそう言ったところを見たこと、聞いたこともない。
俺の他人を気にしすぎる心が作り出した被害妄想だ。
階段を上り切ると『黒川道場』と書かれた看板を掲げた引き戸が見える。道場の玄関だ。
下靴を脱ぎ、素足のまま道場に入っていく。
「こんばんは、師範。今日もお願いします」
大きな道場には師範がいるだけで他には誰もいない。
昼には道場を埋め尽くすほどの多くの人たちが合格通知をもらうために通っている。
有名どころの道場という訳ではないが、大きな道場が他にないため他からあぶれた人たちがここに来るそうだ。
「こんばんは、ソウ。それでいつになったら次の訓練に進ませてくれるんだ?」
「師範、あと少しなんです。刀の基本的な扱い方九つ、体が覚えそうなんです」
「はあ。そうか……」
これ見よがしにため息を吐く師範の名前は、黒川重陽。
聞くところによると子供、孫もいないらしい。弟がいるとは聞いたことがあるがそれだけだ。
「次の訓練もなにも、色々と覚えさせられましたけど」
そうだ、いろいろと技を覚えさせられた。
俺は九つの扱い方をまだ体がマスターしていないというのに。
「はあ。ソウ、そもそも扱っていくうちに覚えるものだ。最初からできるものなどいない」
「師範。俺はダンジョンに潜りたいんです。奇襲を受けてとっさに武器を扱えなければ死んでしまうこともあるかもしれません」
「ソウ、考えすぎだ。武器を使うより逃げることを覚えた方がいい、すぐ役に立つ」
「師範。逃げる前に襲われるから武器を使うんです」
そう言うと師範はまた、これ見よがしにため息を吐く。
「はぁ。分かった、今回で最後にするんだぞ」
「はい」
今回を最後にすれば平日の今日みたいな時間も週末のように新しいことを覚えさせられるのだろうか。自主練の延長線上に師範を交えてのこの訓練があることで覚えがよかったのも事実なんだけどな。
師範から木刀を受け取り、軽く準備体操をしたあと正眼に構え目を閉じる。
「目は閉じたな」
「はい」
「はじめるぞ」
この訓練はとっさに武器を扱えるようにすること。
俺が目を閉じている間に師範は移動して、あと一歩で俺に届く間合いまで移動している。
そして俺が目を開けたのを何故か察知して師範は動き出す。
目を開くと師範はいない。
すぐさま前進して後ろに振り向いて確認すると左の切り上げを放っていた。
これに対応するには刃を寝かせるのでは遅すぎるから振り向きの勢いのままこちらも左の切り上げで対応する。
タイミングよく体に当たる前に木刀同士は当たり小気味いい音が出る。
しかし対応したはいいものの、二撃目を出す前に師範の振り下ろしの方が来てしまった為、弾く以外の事が出来なくなる。
そうして何十度目かの弾きを終えたところで師範が。
「よし、もういいだろう」
「師範、今日の長くなかったですか」
「逃げることを覚えない奴を長生きさせるために防御を教えてるんだ」
じわっと汗をかいていることを自覚して頷くだけしていた。
いつもよりも集中していたようだ。
「それで最初の切り上げを弾いた後どうしようと思っていたんだ?」
「袈裟切りで当てられればと思っていました」
「もっと柔軟に考えるんだ、ソウ。ここは道場だがお前と二人で稽古しているのは道場のやり方に従わせたいからじゃないんだぞ」
「無手でどう挑めばいいのか分からないんです」
「柔軟に考えるんだ、ソウ。モンスターは何もなくても遮二無二攻撃してくるだろう。それと同じだ。得物を持っている相手がいれば振らせない、得物を持っていない相手には届かない場所から攻撃する、いかに自らが有利な状態で手札を隠したまま戦えるかが重要だ」
実践となれば容易にはできないだろうことを平気で言ってくる師範が強いのは、それらを徹底しているからだろう。
「分かりました。もう一回お願いします」
「はあ。これで最後だぞ」
なんだかんだいいながら師範は訓練に付き合ってくれるから助かる。
最後の一回も結局はこちらが防御の練習するだけになった。
しかしさっきと違うのは師範に武器を振らせないように間合いを極端に短くとったことだ。
「その感じだ、ソウ。いずれお前がダンジョンへ潜るようになれば多対一を経験させねばな」
「そうですね、決心するまで時間がかかるかもしれませんが……」
「この前ダンジョンに潜っている鎌谷を模擬戦で下しただろう、今決心しても特に問題はないんだがなあ」
うれしいような恥ずかしいような変な顔をしながら俺は笑っていただろう。
それより、あの人、鎌谷っていうんだ。
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「ありがとうございました、師範。おやすみなさい」
「気をつけてな、ソウ」
あれからは自主練を師範に見てもらいながら今日は終了した。
今は二十時、暗くなっても街灯が少ない道場の階段を下っている。
階段下には駐車場があり俺はそこに車を停めている。
ここから家までは大体三十分くらいかかるが二十時にもなると他の車が少ないおかげでその半分の時間で着く。
車に乗り込み着替えを入れたバッグを助手席に放り込み車を出す。
エンジン音と走行音だけが聞こえる車内でいつものように独り言をだらだらと言っていく。
「ダンジョンに入るって言ってもなあ。一先ず装備代金が通販で見る限りだと全身に魔物の皮を使った最安でも二十万円、武器が地球産だと最近は高騰していて十万からのものも多いわけだが……どうする?」
本当にどうしよう。
「どうする? 金はあるにはあるがこれからの事を考えると貯金しておきたいし、でも好きなことをはじめるなら金に糸目は付けない方が気持ちよくスタートを切れそうだし、でも、大体新しく購入したものってどこか気に入らないところが出てくるからな」
そこからは運転に集中しだしたのか特に考えることもなく、家に帰りついた。
賃貸の一軒家、築年数は四十五年で水回りだけきれいにしたと聞いている。
マンションやアパートで他人の生活音が気になりすぎるため二か月ほど前に引っ越してきた。
住宅街だが隣の家ともそこまで近くなく気にせず車を夜中に出すこともできる。
車の駐車スペースの隣にはカバーをかけた二輪車がある。
賃貸戸建てライフを満喫している。
玄関を開け特にただいまと言うこともなく、今日することを片付けていく。
シャワーを浴びて洗濯機を回し冷凍していた食材を食べる。
仕事の着替えを用意して弁当を作り、洗濯物を干す。
ここまでやってようやくPCを起動させられる。
起動していつものごとくゲームをしようとしたが夢を現実にするための第一歩ということで通販サイトを使い早速、魔物の革の鎧を見ていく。
絞り込み機能によって値段の制限をかけると途端に検索結果が三件になった。
一件目のキャッチコピー、PU革で最も高いの防御を提供することが可能。PU革鎧。
二件目、ゴートレザーを使用しており防御性能も折り紙付き。羊革鎧。
三件目、Dウルフの革を使った鎧で裏ボア仕様です。D狼革鎧。
結果、どれもいらない。
一件目は翻訳をして掲載したのまるわかりのものだから買いたくない。
二件目は良さそうだったが地球産のものでダンジョンに潜るのであれば、そこそこ厚く作らなければならないのか重そうだった。
三件目に関して、ダンジョンは大きなダンジョンを除いて環境の変化はないから裏ボアはいらない。そしてこの県に大きなダンジョンはない。なおかつ大きなダンジョンに行く人たちは基本的にダンジョン狼『Dウルフ』よりも上質な装備をもっている。
こうなるとダンジョン近くの店舗で買うしかない。
ダンジョンの探索を許可する団体は探索者協会という国際的なものらしいと知ってはいるが他は特にしらない。
探索者協会は武器防具の販売製造を許可されていてなおかつ、武器の製造を許可する権利も保有している組織だ。
個人店と言って販売している人も探索者協会から許可を得て、都道府県知事に報告して許可を得て販売をしている。
探索者協会の店はダンジョンのすぐ近くにあり、ダンジョンで使うものも売られている。だが探索者の免許を持っているものでなければ入店できない決まりがある。
明日にでも探索者協会に行って一先ず免許を発行してもらおう。通販では品ぞろえが悪いのもあるが、店員に対して値引きの交渉もできない。
そうこうしていると時刻はもう二十二時だった。
零時には寝ることにしているから今から一時間はゲームの時間、もう一時間は動画を見る時間だ。
今しているゲームは無料のMMORPGで新作のゲームは特にひかれるものがないため最近は購入していない。
このゲームでは近接職を使っていて武器は両手剣だが筋力のステータス値を上げて片手で扱えるようにしたキャラだ。開いている手には拳用の武器をつけている。
走るスピードが遅く、持久力と連撃につかうスタミナが少ないため基本的にはソロでゆっくりゲームをしている。
ゲームを起動してログインするとデイリーミッションをこなして眠る、家に帰ってからの日課になっていた。
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今日は散々だった。
あれだけ連携の練習をしようと勢い込んで隣県のダンジョンまで来たのに、二日酔いでタクトが寝込んでいる。
ダンジョンから出たヒールポーションなら一発で治るんだろうけど絶対に飲ませなかった。
提案した当人がああなっているのはひどい話だ。
ナナカは協会からの依頼で新人探索者の監督依頼で一人だけダンジョンだし、コウキはタクトがいなくて探索しないならと公務員試験のために勉強中だ。
それぞれの目的があって私たちはパーティーを組んだ。
コウキは探索者の免許を取り探索者として二年ほど活動した後、公務員になる予定だったがまだなれていない。試験に落ちたからだ。
探索者として活動していた実績があると探索者相手のことには駆り出されるようになるから出世も早いということで今パーティーを組んでいる。
ナナカは探索者協会の職員となるため、職員に必要な最低限の戦闘力を得ようと思って入ったらしい。今はもう探索者協会の職員の募集要項にある戦闘力の基準は満たしているようだが、他のメンバーのため、パーティーに残ってくれている。
タクトは新人の育成を行って探索者の死亡を減らすために今は有用な指導を私たちに試している所らしい。
私は、ダンジョンに潜り、能力を上げて色々なダンジョンに潜りたい。しかし経験が浅いから幼馴染のいるパーティーに入った。
皆、今では頼もしいパーティーメンバーだが、コウキは合格も見えてきたようで解散が近くなっている。タクトはまた新しい新人を訓練したいだろうし、ナナカは目的を達している、コウキはあと少し、こうなると私はどうすればいいのだろう。
もっとダンジョンを探索して強くなりダンジョンに潜る、その繰り返しがしたい。
野良の募集でパーティーを組めればいいが組んでも一回限りだったりして永続的にパーティーを組めたりはしない。
自分から声をかけていってもいいが人を見る目が私はない。
どうしようかを考えてもただ頭を悩ませて嫌になるだけだから、すべてを気にせず、今日はもう寝る。明日はダンジョンだ。
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