若竹煮
「しかし勇者よ、野菜は使わんのか?」
「え、野菜ばっかり食べてたらやせちゃう」
「やせぬわ! 玉ねぎくらい入れたらどうじゃ、ほれ」
「なにこれ、植物系スライム?」
「もしや調理前の野菜を見たことないのではあるまいな?」
「ふふーん、これでも貴族のご令嬢だからね」
「オムライスにも入っておったろ」
「そうだっけ? やせちゃう」
「じゃーから、やせぬわ! ぬし、野営はどうしておるのじゃ?」
「お肉焼いてパン食べてるよ。お肉は筋肉になるし、パン食べれば筋肉が動く。完全栄養食だね」
「貴族令嬢の発想ではないじゃろう」
「実家には縁切られたからね」
「それは……大変じゃったのぅ。じゃがやはり、ぬしの腕で料理勝負など無理がある。われは弱い者いじめが嫌いじゃ」
「じゃあボクが魔王ちゃんに料理を教わって、ちゃんと作れたらボクの勝ち、ってのはどう?」
「む、よいじゃろ。ちゃんと教えたら作れて当然ゆえ、われは手を出さぬぞ」
「決まりだね。お題は――」
「ご飯ものの次は副菜じゃの。『若竹煮』、われの好物じゃ」
「若竹煮ってなんのお肉の煮物?」
「ワカメの肉とタケノコの肉の煮物じゃな」
「タンパク質が足りない。筑前煮みたいに鶏肉入れない?」
「入れてもうまいやもしれぬが、それは若竹煮ではないのじゃ」
「いいよ、いっそ牛さん豚さんと鶏さんを煮物にしようよ」
「動物煮か……ぬしは食卓にどれだけの地獄を作れば気が済むのじゃ? よいか勇者よ。副菜というのは野菜、キノコ、海藻を中心にビタミン、ミネラル、食物繊維を摂取するのが役割じゃ」
「お、なんか栄養学っぽい」
「栄養学じゃ。今宵は魔王が献立の基礎を叩き込んでくれるわ。汁物もそうじゃが副菜とは舌を休め食欲を増進するものじゃ。薄味で季節感のある献立をたてるのじゃぞ」
「そういえば春も終わりだね。魔王ちゃんて暦を気にするタイプだったんだね」
「無論じゃ。われは魔王、魔族を束ねる雇用主として日々スケジュールに追われていたのじゃ! わかったら取り掛かるぞ。
タケノコは掘ってすぐ灰汁抜きしたのをもらったのじゃ。真ん中あたりで分割したら、穂先をくし形に、残った根もとはいちょう切りにする。厚さは穂先が1.5cm、根もとが1cmくらいじゃ。ワカメは今のうちに水に浸けておくがよい」
「ここ妙に食材充実してるよね。王都の貴族って案外気が利くんだ?」
「これは世話係の兵卒から、愛らしいわれへの貢ぎ物じゃな。人族も捨てたものではないじゃろ?」
「魔王ちゃんにそんなことを言われるとは思わなかったよ……これ、根もとは固いから薄く切るんだね。あ……」
「聖剣を料理に使うでないわ! チョコレート菓子になったじゃろ!」
「ごめんよ、ボクはキノコ派なんだ」
「戦争の火種になりそうなことを言うでない。われがあとでおいしく頂こう」
「そういえば魔族って全員魔王ちゃんに雇用されてるんだよね」
「うむ、安定の失業率ゼロ、死ぬまで終身雇用じゃ。種族は様々でも数は少ないからの」
「元来魔族とは、人族が人と認めない知性ある生き物の総称だからね」
「なんじゃ知っておったか。魔族の歴史は迫害の歴史よ。いずれは人族を滅ぼし、生き残りを配下に加えてくれるわ!」
「根絶やしとか言わないところが魔王ちゃんだな」
「んん……余計な口をきかずに手を動かせ。水で戻したワカメは……なんかピンクになって動いとるの」
「まだ聖剣は使ってないよ? 早く戻るように軽く魔力を込めただけ」
「そういう出来心のちょい足しが、おいしい料理の敵じゃ! こいつ、食えるのか?」
「うねうねするだけだから大丈夫。光ってないし」
「さっき光るどんぶりを食わされた気がするの」
「まぁまぁ。これは水を絞って切るんだね」
「手の中で動いて気持ち悪いのぅ……」
「切ると悲鳴をあげるけど気にしないでね」
「気にするわっ、持って帰れ!」
「よく見て、口も喉も無いから声じゃないんだ。悲鳴によく似た音が鳴るだけ。ていっ」
「ギャーッ!?」
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