オムライス

「確かに立派な厨房だね。上の階は寝室だったんだ?」


「うむ、もともと高貴な者を幽閉するための塔なのじゃろう。人間とは業の深いものじゃ」


「寝室にあったチーズとサラミはおつまみか。魔王ちゃん、こんなおぞましい歴史がありそうな塔でリラックスしすぎだよね」


「無口なゴーストならたまにおるぞ。人族などアンデッド化した方が親しみが湧くというものじゃ」


「それもそうか」


「さて、ご飯は炊けておるから、ケチャップライスじゃの。まず鶏もも肉とタマネギを1cm角に刻むのじゃ。鶏皮は別にしておくとよいの」


「ほうほう」


「オリーブオイルを温めたフライパンで、鶏皮から炒めるのじゃ。鶏皮から脂が出たら鶏肉とタマネギを加えてさらに炒める」


「音も匂いもおいしそうだね」


「タマネギが透き通ってきたら弱火にして、トマトケチャップと粉末コンソメ、塩コショウで味付けするのじゃ。中火に戻したらご飯を加えて混ぜる。うむ、味加減はよいようじゃの」


「味見したいな」


「しょうがないのぅ、ホレ……できたケチャップライスはお椀に入れておくのじゃ」


「おいしい……早く、早く食べたい!」


「焦るでない。お椀のチキンライスを皿にあけ、楕円形に成形し直す。卵2個に塩コショウを加えてしっかり溶き、ザルで濾しておくのじゃ。

 今度はケチャップライスを炒めたのより小さい、18cmのフライパンを使う。中火でバターを溶かしたら、弱火にして卵液を流し込む。フライパンをゆすりながら休まずかき混ぜ、スクランブルエッグを作る。ゆっくりじわじわがポイントじゃ」


「手際いいね」


「われを誰だと思うておる。まだ卵液が全体に残っているうちに火から下ろし、卵の真ん中に成形したご飯を乗せるのじゃ。そこにフライパンを傾けながら卵を被せる」


「あれれ、あんまりきれいに包めてないよ?」


「今見えてるのは裏側ゆえ、ご飯をキッチリ包む必要はないのじゃ。全体をフライパンの縁に寄せてレモン型に成形したら、皿へ逆さにあける」


「お、きれいなレモン型」


「大サービスじゃ、ケチャップで文字を書いてやろう……『世界の半分』っと。勇者よ、われの配下になればこれをくれてやろう!」


「わーい、いただきまーす」


「少しは悩まぬかーっ?」


「おいしーよ、『世界の半分』。もぐもぐもぐ。ここで視聴者の反応も見てみよう」


「生配信を見ておる城の魔族たちのコメントじゃな。いつの間にモニター持ち込んだのじゃ……ふむふむ、

『勇者たんうp乙』

『オムライスはデミグラスソースが究極』

『オムライスはフワトロが至高』

 ……貴様ら贅沢じゃな、サボって動画見てる奴は残業付かぬと知れっ!」


「乙ありー。ボクは魔王ちゃんに『おいしくなる魔法』をかけてほしいな」


「なんじゃ、そんな魔法があるのか?」


「あるんだよ。両手でハートを作って」


「こうか? 急に笑顔になって勇者気持ち悪いのじゃ」


「魔王ちゃんも笑顔で詠唱するよ。おいしくな~れ」


「おいしくな~……やらんわ! おい、これ料理勝負であろ? ぬしはいつになったら調理を始めるつもりじゃ?」


「うん、だから魔王ちゃん作る人、ボク食べる人。このオムライスは魔王ちゃんがおいしく作って、ボクがおいしく食べたから、引き分けだね」


「なんじゃと!? そんなの勝負にならんではないかっ、食っとらんでぬしも何か作らんか!」


「えー、次はお肉が食べたいなぁ」


「ならば肉料理を作ってぬしも食えばよかろう。どんぶりがよい、あれはよいものじゃ」


「しょーがないな。じゃまず牛ちゃんをスライスして――」


「ほほぅ、なかなか慣れた手付きではないか」


「刃物はね、勇者の奇跡でイメージ通りに扱えるの」


「チートじゃのぅ……いやちょっと待て。このスライス肉、親指サイズの牛になったぞ?」


「聖剣で切ったから聖別されて、高次の存在になったんだね。この剣で負傷した仲間に斬りつけると回復するし」


「なんじゃと!? 人族は恐ろしいものを平気で作りおるわ……」


「次は豚ちゃんもスライスして――」


「む、また肉じゃと? 今度は小さなピンクの豚になったのじゃ……」


「ピンクなのはボクの髪の色の影響だね。鶏ちゃんは小さく切って――」


「鶏も!? 鶏は羽と首がない姿で歩くから気持ち悪いのじゃ……高次存在なぞ食っても平気かのぅ?」


「動物たちをフライパンに集めて――」


「まさか……や、やめるのじゃあ」


「火力全開」


「ぎゃーっ!! 残酷じゃ、こんなものわれの配下たちに見せられぬわ、R18!」


「いやいや、お料理なんてこんなもんだからね。動物の死体から皮を剥いで、骨から肉をそいで、切り刻んだりミンチにした上に熱湯や火や熱した油で――」


「食欲なくす言い方やめんかーっ! ああ……小さな動物たちがこんがりと……」


「ご飯に乗せて大根おろしと刻みネギ乗せて、めんつゆとポン酢かけたら、はい完成」


「なんか光っておる! なんじゃこの料理、動物たちがたくさん召されたという印象しかないが!?」


「えーと……動物丼?」


「動物丼!?」


「うん、いろんなお肉が乗ってるから動物丼、おいしそうでしょ」


「おいし……そうかのぅ?」


「あ、忘れてた。これをまぶして、はい今度こそ完成」


「なんじゃその粉、スープの素か?」


「プロテインとBCAA。筋肉の材料と筋肉のエネルギー源。お肉とご飯の関係だね」


「肉とご飯の関係ならもういらぬじゃろ!? ちょい足しで心を折りに来るの禁止じゃ!」


「大事だよ筋肉。健全なフィジカルはたいていの魔法を凌駕するからね。この塔の結界は筋力で破って侵入できたし」


「魔術師が聞いたら卒倒するような話だの。その割にぬしは細っこいではないか」


「目に見える筋肉なんてとっくに超越したからね。魔法的な何かで」


「おい、それ結局魔法ではないのか」


「魔王ちゃんもお肉食べたら、おっきくなれるよ」


「余計なお世話じゃい! われの小型ボディは愛らしくてよいものじゃ」


「最後に頼れるのは己の筋肉だけだよ。さぁこれ食べて魔王ちゃんも筋肉つけよ?」


「われも十分力持ちなのじゃが……これ、誰が食うのじゃ?」


「魔王ちゃんが食べないならボクの不戦勝だよ。みんな観てるよ」


「ぐぬぬ、食べ物を粗末にする魔王と思われては沽券に関わるのぅ……おのれ勇者、いただきます! もぐ……あ、おいちぃ」


「どう、筋肉増えた?」


「料理の感想に筋肉が増えるとか減るとかないじゃろ。これ見た目と作り方はドン引きじゃが――」


「ドンブリだけに」


「クソ駄洒落はともかく、動物の形をしていても骨や臓物はなくただの肉じゃの。外はこんがり、中はジューシーでさっぱりした味付けもよいものじゃ」


「筋肉になりそうでしょ」


「そういう視点は持ち合わせておらぬが、サプリメントは味がしないのでセーフじゃった。よし、二度と作るな」


「なんで!?」


「あんなの料理じゃなかろう。貴様、加熱にも魔法を使ったな?」


「ちょっと光らせただけだよ。でも視聴者にはうけてるよ、動物丼。ほら」


「なに、

『無性に深夜の動物丼食いたい』

『魔王様×肉勇者たん尊い』

『猿と狸と虎で鵺丼作ろ?』

 ……貴様ら、バランスのよい食事をとらぬか! 鵺丼の奴、蛇を忘れておるぞ、仕事はどうした!」

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