幼馴染の知っている『僕』は『俺』

武 頼庵(藤谷 K介)

幼馴染の知っている『僕』は『俺』

※前書き

  ちょっと長い物語になりますので、ご注意を!!

  頼庵にしては珍しい中編? 作品です。


  ジャンルが違うかも? 現実恋愛かな? その辺は感想でお願いします!!



 ウチの近くにある児童公園から聞こえてくる子供たちの笑い声や悲鳴や怒る声。自分が通う学校に行くために毎朝通う道で、ふと「あれ?」と思う感情の揺らめきをこの頃何度も感じるようになった。


 実際に今、いつも僕の隣に来るであろう幼馴染のアイツは、俺が感じているこの感情をなんと表現するだろうか? 聞いてみたいところではあるけど、実際にその反応を間近で見ることを警戒し、怖がっている自分がいる。

 アイツとは俺がこの町に5歳で引っ越してきた時から隣の家で暮らしている家族の一人娘。そして、それから今までの同級生にして幼馴染の奈都なつのこと。


 初めは小さな音だった地面を蹴っている音。これは奈都が僕の方へと駆けて来ているからで、そのまま何もしないでいればだんだんと大きくなってくる。そして息遣いまでが僕に確認できるようになる頃にはすでにその存在が真横にまで近づいている証拠だ。


――そして彼女は言うんだいつも。


「おはよう和巳かずみ。なんか最近大きくなったね!!」

 ここ何年も変わらないそんな言葉を。

 ピタッと俺の半歩前に停まって、クルっと制服のスカートとリボンもひらひらさせて、俺に向けて「にっ」と向ける笑顔。


――さぁ来るぞ!!

いつものように少し身構える。


「おはよう和巳!! ?」

 俺に向けた笑顔は、毎日のように何度も見て来ていた顔なのだ。だけど……。

「今日?」

 僕はその一言に反応してしまった。焦りを感じて知らずに右手で言葉が聞こえないように口を塞ぐ。

「どうしたの?」

 僕の顔を見ながら奈都は首をかしげながら不思議そうな顔を僕に向けている。そして右手の人差し指を自分の顎に押しつけるのだが、これは彼女の癖なのだ。本当に不思議に感じた時に良くやるので、幼馴染の僕は嫌という程そのしぐさを見て来た。奈都にとって僕の発した言葉などは些細なことのように、一瞬だけ不思議そうな顔をしてもう一度クルっと体を反転させ進行方向へと顔を向けた。

「いや……。何でもないよ。いこうか?」

「うん!!」

 その前まで会った二人の会話をなかったかのようにする僕。僕の言葉に素直に従う奈都は今日もご機嫌なようで、朝からとても元気に返事を返してきた。そのまま学校へ向けて二人で歩き出す。

 

僕と奈都は身長差にして20センチはあるので、奈都が隣に来たりすれば僕を見るために少し顔を上げる必要がある。それを嫌ったのか最近ではあまり僕の顔をじっとは見てこなくなっていた。だからこそを知らないということも言える。


 子供の頃――とはいっても小学生の頃までだけど――までは常に顔の位置は同じくらいで、喧嘩をするにも話を聞くにも同じくらいの高さで、共に顔を突き合わせるようにしていた。


――そうか、だからんだな。


 今の自分を見て奈都がどういう反応するのか知りたいという気持ちがある一方で、今の自分を知られたくないと思う気持ちもある。どちらかといえば、今は後者な僕がいる。


「何してんの和巳!! 早くいかないと遅刻しちゃうよ?」

 数歩先に歩き出していた奈都が体を反転させ、腰に手を置いて仁王様のようなポーズをしながら僕に向けて声をかけて来る。


「お、おう。そ、そうだな……」

 この気持をグッと胸の内にしまって止めていた足を動かし出す。俺と奈都が通う高校までは最寄りの駅まで電車で通学している。その間も気づかれるわけにはいかない。気づかせるつもりもない。


 何をってソレは一言ではいえないけれど、奈都が聞いたらきっとびっくりする。いや……俺から離れていってしまうだろう。だから誰にも言えないしもう言う事もない。


 今、奈都の隣にいる僕が、あの時の『僕』ではないってことを……。


 

 7歳の頃の話にはなるけど、僕と奈都は大きなケンカをした。二人ともに意固地になって謝ろうともせず、かといって仲直りしたくないわけじゃない。隣同士に住んでいるからこそ『負けたくない』なんて勝手に思っていたんだけど、それは奈都も同じだったようで、この時のケンカは結局の所、両家の親たちの計らいにより、何となくではあるが仲直りすることが出来た。それでもその間は1週間かかっている。

 

 それからもケンカはしょっちゅうしていた。でもお互いが素直になれず、そのたびに両家の親が登場することになるのだが、「結局はケンカするほど仲がいい」なんて言う言葉でかたづけられてしまっていた。

 

――この頃からだったかな? 僕の中では『俺』に変わってきたのって……。


 奈都といる時は元気はつらつな子供だったけど、ひとたび外の世界に出ると途端に自分の中に閉じこもってしまう性格が嫌になっていた。奈都は僕とは逆で、いつもどこでも元気いっぱいな活発で明るい女の子という感じ。しかもこの当時は僕の身長の方が奈都よりも低かったこともあって、二人でいると知らない人達にはよく姉弟に見られたりもした。

 だからこそ、悔しかったという事もあるが、この当時から自分を変えたかったんだと思う。小さいながらに奈都に対して、恋心が芽生えていたと今になってははっきりとわかる。自覚することが出来なかっただけだ。

 

 だから少しでも早く大きくなりたかったし、少しでも早く強くなりたかった。そんな思いとは裏腹にどっちの事も一向に上向かないまま、ずるずると小学生生活が終わりを告げ、中学校へと進学した。

 中学生になると、それまで着た事の無い制服に身を包むという事もあって、少し大人になった気になっていたのだが、同じく制服に身を包んだ奈都の姿を見た途端に、自分の中に生まれた自信は木っ端みじんに砕け散った。


 そこに居たのは、暗くなるまで一緒に泥まみれになって遊んでいた子ではなく、制服を見事に着こなしていて、少し大人になったような雰囲気を醸し出す女子だったのだ。


「和巳!! どうかな?」

 ウチに来たと思ったら、クルっと1回転しながらその姿を見せてくるいつもの奈都。

「え!? あ、いや……似合ってねぇよ……」

 ついくやしさからか恥ずかしさからか分からないけど、クチにしてしまった言葉。もう取り消せないと気付いた時には遅かった。


「そう? ……なんかごめんね?」

「え? 奈都……?」

 そんな言葉を言い残して奈都は泣きながら僕の家を飛び出していった。

 小さい頃からケンカもして来たけど、泣いた事なんて見たことが無かった。いつもは僕の言葉に対して僕に言われた事の何十倍という威力の言葉で返してくるのが、僕が知っている奈都であって、今目の前から泣きながら出て行った奈都は僕の知らない奈都だった。

 

 僕らの後ろで事の成り行きを見守っていた両家の両親は、それまでパシャパシャとうるさいくらいに撮っていたシャッター音が途切れてしまうくらいにうろたえていた。気づいた時にはもう奈都はいないし、僕は追いかけていくどころか、その場で奈都の出て行った方を向いたまま固まっていた。


――え? どういうこと……? 何があったの? あれ……奈都は?

 そんな考えと感情が押し寄せるばかりで、結局お隣のご両親が奈都を追いかけていっても、何も行動に移せないでいたのだが、ウチの両親に後でしこたま怒られた。怒られている時に「奈都ちゃんの気持ちを考えなさい!!」とか言われた気がするけど、その気持ちという部分が僕にはわからなかったんだ。

 

 次の日にはいつもの奈都に戻っていたけど、僕はこのままじゃいけないと改めて思った。特にこれまで一緒に成長してきた奈都の気持すらわかってやれない自分が嫌で、ちっぽけな男になってしまっているんじゃないかと考えるようになった。


 そんな事を考えても、毎日寝ると次の日の朝は来てしまうモノ。自分でどうすればいいのか分からないから、結局は今まで通りの生活を続けることしかできないでいた。


 


 そんな中で変わってしまった事もある。

 それは奈都との距離間だ。

 中学生になると部活に入らなければならないという事で、僕はサッカー部へ、奈都は軟式テニス部へと入部した。僕らの通う中学は公立である事も関係しているのか、必ずどこかの部活には所属しないといけない。


 実は、いつも通りの何気ない生活を送っていたんだけど一件の事件が僕を襲った。

 ある日曜日の事。僕は部活の友達数人と自転車に乗りながら、部活を終えた疲れなどを愚痴を交えながら会話をしつつ、ショッピングモールへと向かっていた。強化合宿と銘打たれたこの合宿は、先輩たちが引退して抜ける為に、次のレギュラークラスの選抜を兼ねて行われるという大事なモノ。そのための買い物をしようと、この日都合のついた人たちで集まったのだ。

 

 もう間もなくショッピングモールへ着くというところまで来た時、僕の前を走っていた友達のうちの一人がふざけていたのか自転車ごと車道へ倒れこんでしまった。そこへ迫る自動車。


パパパパー!!!!

キキ―ッ!!


 大きく鳴らされるクラクション。迫りつつあるブレーキ音。

 僕の体は咄嗟に動いていて、自転車を降り、友達の所へと向かうと、体を引きあげ起そうとした。


ドンッ!!


 鈍い音が響いたと同時に僕の意識は飛んだ。



 気が付いたのはベッドの上で、目を覚ました時にはベッドの周りを多くの人が囲んでいた。誰かは分からないが目を覚ました僕に気付いた人が、すぐにナースコールをしてくれて、駆け付けた看護師さんや医師によって触診や聞き取りなど、簡単な検査をされた。この時僕の周りにいた人たちの中に奈都の姿があったかは記憶にないが、後になって聞いた話だと、毎日ずっとお見舞いには来ていたらしいので、多分いたのだろう。

 

 目を覚ましたのは『あの日』から1週間も経ってからだったらしい。それまではずっと寝たきりだったので、体のいたるところが痛い。


 そうこうしている内に経過観察をすることになって、目覚めてからも5日間はそのまま入院することになった。入院している時は暇なので、クラスメイトや部活の先輩後輩などがお見舞いに来てくれるのは大変ありがたかった。そこで僕はを聞くことが出来たのだから。


 そんな事がありつつも無事に退院することが出来た僕だが、その後は後遺症の心配もあるとのことで部活をすることが約1年禁止にされた。それまでは毎日のように走り回っていた僕に、それは厳しいと両親に抗議して、渋々筋トレと軽いジョギングは許してもらった。なんとジョギング初日には奈都が付き添ってくれて、「私も体力づくりしたいから」と笑顔のままに言われると断れるわけもなく、そのまま毎日二人で走ることが日課になった。


 僕はこの頃から一人称を友達の前では『俺』に変えた。サッカーをするうえで、今までの自分を考えると、『僕』と言っている自分が弱く見えたからだ。でも奈都の前ではいつもの自分に戻ってしまうのか、つい僕と言ってしまう。そんな見かけだけの強さしかない僕は1年たっても中身はそれほど成長することが出来ずにいた。

 

 

 

 僕とは逆に奈都は心身ともにとても成長していて、特に胸部装甲が……げふんげふん!! 体つきも女の子っぽくなり、おしゃれにも気を付けるようになったためか、次第に男子にモテ始めるようになっていた。僕はいつも隣にいる奈都に対して表立って気持ちを伝えるようなことはしていなかったが、この時は既に奈都の事が女の子として好きだったんだと思う。

 

 その証拠という訳ではないけど――

「おい和巳!!」

「なんだよ。何か用か?」

 3年生になってクラス替えのあった春。初めてクラスメイトになった男子に声をかけられた。

「隣のクラスの奈都って子。お前と付き合ってんの?」

「は? 付き合ってねぇよ……」

「ならさ、紹介してくんね?」

 そんな会話があって以降の事を覚えていない。

 友達から後に聞いた話によると、俺とその男子はかなり大きな殴り合いを始めたらしい。しかも教室の中でである。そういう訳ではっと気が付いた時には、すでに先生に取り押さえられていて、そのまま職員室に連行され、事情を聴かれることになったのだが、自分が何に対して怒ったのか、殴り合いになった原因すらも思い出せなかった。

「すまん……」

「いや……俺も悪かった」

 その後、この男子とは仲良くなるのだが、卒業を迎える時には疎遠になっていた。


――そういえば、アイツバスケ部だったな……。今でも自分がバスケ嫌いなのはたぶんアイツのせいだ!!

 などとしょうもない事を考える。



「どうしたの和巳……何か変だよ?」

「あ、いや、ちょっと昔の事を思い出してな」

 隣を歩く奈都が顔を覗き込みながら不安そうな顔を向けて来た。この春から通うようになった高校は自宅から徒歩でも15分あれば着く。だからこうして歩いているわけだが、隣りを歩く奈都も同じ学校に通っている。そのため、小学生当時から変わらない毎日一緒に登校するという事が続いているわけなのだが、今の自分にはそれでも十分だと思っている。


「おぉ~い!! なつ~!!」

「あ!! えみちゃ~ん!!」

 登校途中にはもちろん友達とも会うこともあるので、こういう時はいつも一歩引いた感じで奈都が友達と一緒に登校する後を追うことにしている。


――本当に朝から元気だ。羨ましいな。

 などと一人ため息交じりに考える。

 因みにこの『えみちゃん』という子も小学生からの知り合いだ。奈都とは割と住んでいる場所が近い事もあって、遊びに行く範囲が被る事が頻繁にあり、そこから仲良くなったようだ。

 その仲良しという範囲に俺は入っていない、なにしろ学校などで女子に話しかけられることも少ないし、こちらから話しかけることも何か用事が無ければしない。かといってボッチなのかと言えばそうでもない。今の高校に入ってから仲良くなった部活仲間もいるし、クラスメイトのやつらもみんな良い奴ばかり。こんな俺にも気さくに話しかけてくれる。


「ホント和巳君といつも仲いいよねぇ~!!」

「え!? そ、そそそ、そんなことないよ!! もぉ~変な事言わないでよぉ~!!」

 えみちゃんの指摘に奈都が反応して、ぽかぽかと殴る。あまり痛そうに感じないその攻撃から、二人でしている会話は冗談の範疇だと理解できる。隣同士並ぶ二人の会話を後ろで聞く限りでは、ほほえましい幼馴染の会話に聞こえるだろうが、実の所、俺は知っている。


――奈都の内心は穏やかじゃないだろうなぁ……。

 そんな事を考えていたら、学校の正門が見えて来た。

 そこには一人の男子生徒が、門に寄り掛かるようにしながら立っていて、俺たちの方に顔を向けていた。少し遠いのでその表情までは良くとらえる事は出来ないが、多分とても複雑な感情を表に出さないようにしている事だろう。


「おはよう奈都」

「お、おはようひかる

 校門前に着いた途端に、ニコッと笑うその男子は俺とえみちゃんの事は眼中にないとばかりに、俺たちと並んで歩いていた奈都の横まで来ると、そのまま二人で校舎の方へと歩いて行く。

 俺とえみちゃんは校門の前で立ち止まり、二人が並んで歩いて行くその背中を見ていた。これが中学校卒業前から続いている。

 そうこの光と言いう男子は、中学生の時に俺と喧嘩したアイツの事で、なんと光の方から奈都に告白し、夏休みの前頃から付き合っているのだ。

 だから俺とヤツはケンカしたこともあって、疎遠になった。

 

「ねぇ……和巳君」

「なに?」

 この日は珍しくえみちゃんから声をかけられた。

「いいの? あれ……」

「いいもわるいもないだろ? ああして付き合いだすことにしたのは奈都なんだから」

 ため息交じりに言葉を返すと、俺は校舎へ向けて歩き出した。

「そう……なんだろうけどさぁ……納得いかない(ぼそっ)」

 俺の後ろをトコトコと付いてくるえみちゃんが何か言ってることは分かったが、そんなに気にしていなかった。いや今はやりのラノベ主人公のように、鈍感系都合いい時だけ難聴主人公じゃないので、言っている事は聞こえていたが、本当に俺の中では気にしていなかった。確信という程のものではないけど『奈都と光』という二人に何か感情的なモヤの壁があるように感じていたから。

 その事がよく分かる事件は少し先になるのだが。


 

 忙しくも楽しい時間はあっという間に過ぎるモノで、高校生生活もすでに夏を迎えようとしていた。俺は高校になってからもサッカーを続けていたので、部活の方に力を入れていたし、奈都は中学生時代にしていたテニスを止め、男子バスケ部のマネージャーになっていた。初めは中学生時代からのバスケ部である、えみちゃんに勧められて女子バスケ部に入る予定だったみたいだが、ここでカレシ面した光が割って入り、男子バスケ部のマネージャーとして入部することになったらしい。

 部活帰りのえみちゃんに時折捕まっては愚痴を聞かされていたので、このことは本当の事なのだろう。

 しかし奈都が、人から言われただけで、そこまで従うモノなのか疑問が浮かぶ。それはもう一人の幼馴染として長い事一緒に成長してきた、隣りで一向に愚痴の止まらないえみちゃんも思っているみたいで、しきりに「聞いてみて?」とか言ってくるけど、俺の方からそんな話は出来るわけがない。


――かといって、ぜんぜん気にならないわけじゃないんだよなぁ……。

 という葛藤を感じる時間を過ごすことが多くなっていた。


 この頃は、こうしてえみちゃんと帰る事が多かったし、朝も大体一緒に登校する毎日なので、俺の『彼女』だと勘違いしている奴もいたが、俺たち二人はただの幼馴染なだけ。

 これはえみちゃんに聞いても同じことを言うから間違いない。

 しかしそれが原因で夏休み前に奈都とえみちゃんのケンカが勃発した。本当にちょっとした事でいつもの登校時間からソレは始まった。


「ねぇえみちゃん……」

「なにぃ~?」

 いつもと変わらぬ朝の一コマになるはずだったこの日は、こんな会話からスタートした。もちろんこの日も三人で登校中だ。前に二人、後ろに俺一人の陣形。


「えみちゃんてさぁ……和巳と付き合ってるの?」

「はぁぁ~!?」

 奈都の一言に驚いたえみちゃんが立ち止まった。そのまま俺の方へとチラッと顔を向けると、奈都の方をキッと睨んだ。

「奈都……それ本気で言ってる?」

「え!? えと、その……そういう話出てるし、そうなのかなぁ……て」

「「はぁぁぁ~」」

えみちゃんと俺から大きなため息が漏れた。


「それで?」

「え?」

「付き合ってたらどうするの?」

「えと、応援しようかなぁと思って……」

 えみちゃんは信じられないといった表情をしたまま固まった。

 そのまま1分は経っただろうか、だんだんとえみちゃんの顔が赤く染まっていく。


――あ、やばい……。

 俺は瞬時にこの後何が起こるかを確信した。えみちゃんがこんな風に顔を赤くする時は決まって、で怒った時なのだ。

 これもすでに何度も経験済みなので分かる事。ここ最近では無かったので忘れていたが、このモードの時のえみちゃんは相当怖いし、なかなか仲直りしてくれない。奈都がそうなってからよく相談しに来ていたので覚えているのだが、長い時は2か月程は口もきいてくれなかったはずだ。最後にこんな感じになったのは確か――。


――そうだ!! 奈都がアイツと付き合うとか言い出した時だ!! 


「奈都のばかぁぁぁ!! あんたなんてもう知らない!!」

「え!? ちょ……ちょっとえみちゃん……」

 大絶叫というくらいの音量で、奈都に対して怒りが爆発してしまったえみちゃん。そして彼女にそんなに怒られてしまった事をビックリする奈都。 

「おい奈都……追いかけなくていいのか?」

 立ち尽くしたまま動こうとしない奈都の横に並んで声をかける。

「…………」

「奈都?」

 返事がない事に心配になって顔を覗き込むと、大粒の涙を流しながら奈都は泣いていた。


「どうしよう……えみちゃんを怒らせちゃった……」

「おい奈都!!」

「ねぇ和巳!! どうしたらいい!? どうしてえみちゃんは怒ったの? 私が何か……間違ったこと言ったのかなぁ……」

 小さな声で俺に問いかけてくるが、その問いに対して俺は回答を持ち合わせていない。

「僕は知らない。直接えみちゃんに聞いてみろ」

「…………」

 奈都にそんな言葉をかけたくはなかったが、これは俺が何かを出来る事じゃないし、口を挟むべきではないと感じた。だからこそ突き放すような言葉を奈都に返したのだが、その事にも奈都は驚いたようで、目を大きくしたまま俺の方を向いて更に固まった。


 考え事がまとまらないのか、そこから動こうとしない奈都をどうにか道路の端の方へと腕を引っ張り移動させた。そのままずっと涙を流して泣いている。


 結構な時間をその場から動かずに過ごしていると、学校の方から走ってくる男子が見えた。


「何やってんだよ!!」

ソイツは俺と奈都を見ると大声を上げる。その声にビクッとする奈都。そのまま顔を声のする方へと向けた。

「光……?」

「もうすぐ門が閉まるってのに来ないから心配になって……で、どうゆう状況なんだ?」

 こいつの思考回路の中では、この状況の戦犯は俺に確定しているのだろう。明らかに問いただそうとしてくる口調がとげを含んでいることがわかる。あれ以来疎遠になったコイツとまともに会話することの内容がこれとは思わなかったが、大きなため息をついてから光に言葉をかけた。


「さぁな。俺は関係ない。詳しく知りたいなら奈都に聞けよ」

「な、なんだと!! お前何かしたんだろ!! おい!!」

 光が何か言っているが、俺は構わず学校へ向けて歩き出した。


――まぁ、アイツが何か出来るわけじゃないだろうけど、奈都のカレシなんだ。頑張ってみろ。

 声には出さないでいたが、また何かわめいている光と奈都に対して、そんな思いのままに歩き続けた。


 

 この件は結局の所凄く長い間解決することは無かった。

 何度か奈都の方からえみちゃんにコンタクトを取ろうとしたみたいだけど、そのたびに躱されてしまい何も伝えることが出来ないでいた。初めの頃は二人の事にあまり興味を示さなかった光ではあるが、奈都が日に日に元気を失っていく姿を見ているからか、ようやく重い腰を上げた。しかしその場所が良くなかった。

 なんとそこというのは、放課後の部活時間帯で有り、自分たちバスケ部だけじゃなく、その他の部活に来ている生徒が大勢いる中で、えみちゃんに対して突撃したのだ。

 そんな状況だから、当たり前にみんながその様子を見ていた。光も初めは大人しくえみちゃんの話を聞いたりしていた様だが、だんだんと自分の意見が通らなくなっていくと大きな声を上げ始め、最後の方は怒鳴り声と間違いそうなほどの声量でえみちゃんに食ってかかっていた。


 なぜ俺がこんなにも詳しいかというと、実は俺が部活しているグランドは、バスケ部などが部活している体育館からほど近く、その声の大きさもあって部活の仲間たちが体育館に群がったのだ。その中の一人が俺。途中からの事しか分からないが、初めから見ていたヤツの話を聞く限りでは、結構問題になるような発言もしていたらしい。


――あほらし……。

 俺はそんな感想が出てしまう程に、目の前で行われている凸イベントを眺めていた。

 えみちゃんは、同じ女子バスケ部の仲間たちや、その他の女子にも守られていたし、もともとそんな事で気持ちの負けるような娘じゃない。だから心配していなかったのだが、俺が気になり見ていたのは別なところ。

 そう、当の本人たちから少し離れたところにいる奈都の事だ。

 どうもいきなりの事にビックリして大きな目を見開いて慌てているようだが、光の言葉がだんだん荒くなるにつれてその表情が険しくなっていった。とうとう光が男子バスケ部のメンバーたちに、無理やり引き離されて行くときには、何度か見たことのある冷たい奈都の表情になっていた。


――お? これは終わりそうだな。

 俺はその奈都の表情を見ただけで感じ取った。


「えみちゃん本当にごめん……私が間違ってたみたい……今更気づいちゃったよ」

 奈都は静かにえみちゃんたちの方へと歩いて行くと、凄く深々と頭を下げた。その様子を周りの人たちは黙って見つめる。

「……本当に気づいたの? 奈都……今度は間違えない?」

「うん。大丈夫だよ。そうか……えみちゃんは前から知ってたんだね……」

「奈都から相談されてた時から言ってたでしょ?」

「うん。ごめんね。本当にごめん……私はえみちゃんが言うようにバカだよ……」

 そう言うとまた奈都が大粒の涙を流し始める。その姿を見たのか、えみちゃんはため息をつきながらもスッと奈都に近づいて背中に腕を回してギュッと抱き締めた。奈都はそのままえみちゃんの前でワンワンと泣き続けたのだった。

 するとえみちゃんが辺りを見渡して、俺に気付いたようで一つウインクをしてきた。俺にはそれが「後はまかせなさい!!」と言っている様で、えみちゃんには失礼だけど男前だなぁなんて思ってしまった。


――間違いなく本人の前では言えないけどな。



 こうして奈都とえみちゃんのケンカはひとまず幕を閉じたのだけど、問題は残った。それが光の事だ。あの時その場所には大勢の人が居たし、騒動を聞きつけた先生などが後から駆けつけてくれたので、光はそのまま職員室へと連行されたらしい。

 光るが放った言葉は俺も後半だけだが聞いていた。まぁあまり人に言っていい事じゃなかったのは確か。そのために部活動の参加を無期限停止。反省文も書かされる事にもなり、ご両親もその話を聞いたらしく、学校へ謝罪とえみちゃんちにも謝罪をしに行ったみたい。


 学校への謝罪には光は同席したみたいだが、えみちゃんちにはいかなかったと、当のえみちゃん本人から聞いた。光が言うには「俺は間違ってない。だから謝る必要はない」と言っているらしい。そんな事を言ってるようでは学校に来ても日頃から態度に出てしまう。高校に入学してからは背も高くなり、そこそこイケメンという噂話もあって、バスケ部のレギュラー候補だしモテていたみたいだが、今回の件でかなり株価は暴落したようで、光の話と言えば『暴言』という事しか耳にしなくなった。


 そんな日常であり、非日常が交互に来るような毎日を過ごして夏休みに突入する頃には、二人のケンカの事と光の事などが話題に上る事が稀になり、夏休み突入と共に消えた。

 もちろん中には面白がって「その後情報」などという触れ込みと共に、また噂にしようとするヤツもいたけど、夏休み中って噂話にばかり構っている暇はない。特に部活に一生懸命なモノたちにとって、それは邪魔でしかないのだから気にすることもなくなる。

 それはもちろん俺が所属するサッカー部内でも同じこと。夏場はスタミナをつけるトレーニングや、合宿などで時間に追われている。夏休み中に家にいる事の方が稀。

 なのだからもちろんえみちゃんに会うことも、奈都に会う事もほとんどない。あのケンカ以降にしっかりと会って会話したのは登校するときぐらい。毎日15分足らずなのだから詳しく聞く事すらできないし、俺の方から振っていい話題でもないし、結局の所はほったらかしのままにした。


 そうこうしている間にも、遊び回るやつはいる。夏休み中には花火大会や、海に行くなどイベントも多いから、恋人などがいる場合は、周りから冷やかされながらも恋人同士で会うというやつらももちろんいる。 

 そんな中で流れて来た噂の一つ、『光と奈都の破局』。

 噂なんて本人から聞かなきゃわからないし、もしも本当の事だとしても、本人同士が別れることを決断したのなら、周りが騒ぐ事じゃない。俺も特に気にしないようにしていたのだが、部活が久しぶりに休みになった二日間にあっさりと事実だという事がわかってしまう。


「うん。別れたよ」


――マジかよ!?


 天気のいい日に休みだという事があまりなかったので、家の中で過ごそうと思っていたのだが、やはり身体を動かしたくなって庭に出た。そこで軽くストレッチをすることにした。


サクッサクッ

 

 庭に続く芝生の上を歩きながら近づいてくる足音がする。気になって音のする方へ顔を向けると、真っ白なワンピースにローヒールのサンダルを履いて、髪を下ろした姿の奈都が近づいて来ていた。


「奈都……」

 ストレッチを止めて奈都の方へと向き直る。

「久しぶり」

 俺に向けて微笑む姿は、いつも元気なときの奈都そのものだった。


「あぁ……久しぶり。どうした?」

「ん? 何でもないよ? 姿が見えたから来てみただけ……」

「そうなのか? まぁそれならいいけど」

「うん……」

 久しぶりに二人だけという状態に気恥ずかしさもあって、幼馴染とは言えないようなぎこちない挨拶をする。


「わるいけど、ストレッチしてるからさ」

「いいよ。見てる」

 奈都はそういうと、縁側の方へと歩いて行く。ウチの庭はそこまで広くは無いが、ちょっとした縁側のようなものが有って、そこから中にも入って行ける。しかし奈都は中に入って行く事はせず、そのまま縁側にちょこんと座った。


「いいのか? こんなところにいて……。アイツに見られでもしたら……」

「大丈夫。もう別れたから……」

 こんな時にしかチャンスは無いので、さすがに直接は聞けないから遠回しな聞き方をすると、奈都はあっさりと事実だと認めてくれた。

「そうか……別れたんだな」

「うん。別れたよ」

 奈都の方へ視線を向けると、俺の方を向いて微笑んでいた。

「本当はね、夏休みの前には別れてたんだよ」

「え!?」

 

――それは知らなかった情報だ。とすると、夏休み中に出回った噂はどういうことだ?


 俺が考えた事が、そのまま顔に出てしまっていたようで、俺の方を見て奈都は笑い出した。

「あはははは……。本当は別れたことは夏休み明けまで言わない約束になってたんだけど、光が……ううん。アイツが我慢できなかったんじゃない? 言っちゃったんだよきっと」

「へ~……」

 そんな軽い返事しか出てこないのは、こんなに素直に話してくれる奈都に驚いているから。そんな俺に追い打ちをかけるような言葉が奈都から発せられる。


「和巳……私はあなたが好き。私と付き合ってよ」

 芝生の緑の香りを包んで、夏場特有の生ぬるい風が俺と奈都の間を吹き抜けていった。

「わかった……いいよ。も奈都の事ずっと好きだったし」

 ストレッチを止めて態勢を戻して、奈都のいる方へと歩いて行く。その間も奈都は俺の顔を見てるが、その表情は大きく目を見開いて驚いている様子。


「奈都? どうした?」

 近づいた俺の顔をもう一度見つめながら、小さな声が奈都から洩れた。

 

「あなた……誰? いつもの和巳じゃないよね?」


 この時から俺は幼馴染が知っている『僕』ではなくなったのだ。いや、正確に言えばようやく『俺』として奈都と向き合えるようになった。


「俺は俺だよ。和巳だ。奈都……これから俺が話す事を信じてくれ……とは言わないけど、最後まで聞いてくれ」

「え!? う、うん……分かった」

 俺はそのまま奈都の隣に座った。

 そして――



「僕はから俺になったんだ――」


 奈都にしてみたら突拍子もない話で在り、現実感の湧かない話だろう。でも奈都は最後まで聞いてくれた。その頬には涙が流れていたけど、どう感じているのかは分からない。

 多分これからが本当に二人の始まりなのだろう。


 本当の意味でこの日に『僕』は『俺』になったのだ。





※後書き

お読み頂いた皆様に感謝を!!


以前UPしたものよりもボリュームを大幅に上げました。

読み応え……しかないかもしれませんが、お付き合いいただきありがとうございますm(__)m


以前上げたときは、連載版にしようと思って書いていたのですが、その後執筆活動休止等色々あり、予定通りに至らなかったので、改めて書き直しました。


本作品のご感想など頂けたら嬉しいです。

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幼馴染の知っている『僕』は『俺』 武 頼庵(藤谷 K介) @bu-laian

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